其の六 捻くれ者のデュオ
<>(^・.・^)<連続投稿最終日〜!
「──陛下。本日はお日柄もよく、突然の来訪を受け入れてくださり誠にありがとうございます」
「うむ。儂もお前の発想は気に入っておる。疾く話せ」
「は。では此方をご覧ください」
男は抱えたケースから書類の束を取り出し、それを国王の傍に控える最も信用のおける腹心が受け取った。
腹心は妖術的仕掛けが施されていないことを検めた上で陛下へと手渡した。
それから暫くの間、陛下は手渡された書類の束に目を通したのち、やつれた男の間で質疑応答を繰り広げた。
書類は一般的なコピー用紙のサイズで成り立っており、その一枚目の表面には男が持ち込んだ計画の名前が記されていた。
『琉球王国商業及び産業用地の拡大計画書』。
それこそが男が持ち込んできた計画である。
「──うむ。話は分かった」
「は。ありがとうございます」
瞳を閉じたルーディは、書類を膝の上に降ろしてその書類に向けていた目線をやつれた男へ向ける。
「我が琉球王国にあまり数のない大型商業施設の建設、及びその需要により近い距離で応えられるように工業地帯を作り上げる。そういう計画だな」
「はい。これでこの琉球に暮らす人々の生活はより瑞々しくなるでしょうし、より若い層の移住も見込めます。そうした人たちの雇用も、工場で提供できるのです」
「儂としては、琉球が更なる発展を遂げるのは喜ばしいことだ」
反応を見て好感触だと判断した男は、片膝をつき俯いていた顔を上げた。
瞬間、男は玉座の絢爛さと荘厳さ、そしてそこに腰掛ける王、ルーディの存在感の大きさに圧倒される。
しかしそれももう何度か経験したこと。
「で、では早速、融資と建設許可の後押しの方を」
「いや、残念だがそれは不可能だ」
男が、ルーディの口がその言葉を紡ぐためだけの形に動かされるのを目撃するのは、これで何度目なのだろうか。
そして、その次に続く言葉も経験則から粗方予想がついてしまう。
「確かに実利で言えば有益な計画だ、そこは認めよう。しかしだな、お前のこの計画は琉球の国土を食い潰す前提になっている。これでは余りに、環境を考慮に入れていなさすぎる」
「そ、それは」
「儂を含むマジムンは土地に深く根付いている。木々の緑、雲の白、海の青色。それらすべての連関の上に我らは成り立っており、それはマジムンに限った話ではないのだ」
「しかし」
「人間でさえ同じこと。儂はこの足で各地に出向き、民がこの風土を愛しているのを肌で感じている。その調和を乱すのは極力避けるべきだ」
理路整然とした説明をするルーディに対して、男は視線を合わせ続けられない。
実の息子には我慢した追い打ちを、互いの意見をぶつけ合うべき会議の場では解禁する、琉球国王としてのルーディ。
「それに、だ。この商業施設の事業計画に関してはよく練り上げられているが、工場を建てた後の話は殆ど記載がない。何を作るのか、何処へ売るのか、原材料は何を使うのか、ランニングコストはどの程度かかるのか……応えられるのならこの場で補足してくれて構わん」
「そ、それは、商業施設の運営が上手く行った際に考えようと」
「百歩譲ってそれはいい。だが、雇用創出まで考えているお前がその程度のことを考えないとは思い難い。腹の内に一物隠し持っているのなら、この計画を通すわけにはいかない」
「あ、その」
「そこまで考えてからまた来てくれ。今日の所は一旦帰るといい」
そのまま男は反論する言葉を思いつかず、呼び寄せられた国王の従者に連れられて退出していった。
扉が閉まる音を聞き届け、ルーディは背中を背もたれに預けて息を吐く。
男が膝をついていた場所に妖術が仕掛けられていないかを確認した腹心が、玉座の傍へと舞い戻り国王に声を掛ける。
「ふぅ……」
「陛下、お疲れのようですわね」
「あぁ。何時まで経っても進展しない計画書を延々と見せ続けられるのは精神的に消耗する。面白くないと分かっている映画を何度も見させられるようなものだ」
「そのくらいのユーモアが残っているのなら、まだ元気なようですわね」
「相変わらず手厳しいな君は」
もう一度大きく息を吐き、瞳を閉じて倦怠感と摩耗した精神力を回復する。
同時に妖術を発動させ、彼の統治下にあるすべての植物から少しづつ生命力を分け与えてもらい、数秒後に瞼を開いた。
ルーディは琉球王国における妖怪であるマジムンの中でも高位の存在、ガーナームイである。
彼は森の化身とも呼ばれ、あらゆる植物と通じ合える素養を持っている。
それを活用できるか否かは彼自身の人柄と努力によるもので、瞬時に生命力を補充できるまでになるには彼の並々ならぬ尽力があったことはまた別の話。
第二王子にもその素養が流れているのだが、それもまた別の話。
「では、またのお越しをお待ちしております」
「……あぁ」
城門前まで付き添った王城勤務の役人には目線を向けず、ずっと口を閉ざし続けた男がようやく息を漏らした。
その目線でさえも意味のある場所に注がれているのではなく、ただ眼球の黒い部分を身体の前方に向けているだけ、といった印象である。
やつれた男は城門を出た直ぐ近くに停車してあった黒塗りの高級車の扉を開け、するりと乗り込んでゆっくりと閉扉した。
「おかえり兄者。どうだった──と思ったが。その顔を見れば分かるな」
「……出してくれ」
兄者、と声を掛けた男は運転席に座っており、その大柄な体格のせいで外目には少々窮屈そうに見受けられる。
細身で栄養失調気味である男に比べて、運転席の男は筋肉質であり、ともすればその二の腕が細身の男の胴体よりも太いのではないか、とさえ見える。
加えて運転席の男は背筋も伸びており、服装も皴一つなく丁寧に着こなしていた。
後部座席に乗り込んだ男の指示で、運転席の男はアクセルを踏み込み車を発進させる。
観光客を魅了する琉球の自然風景が車窓を滑っていくが、細身の男はそこにも目を向けることはなく、助手席の背もたれに顔を向け続けた。
「……今日も、駄目だった」
「あぁ、そうみてえだな兄者」
「あのデカブツ、何度話を持って行っても一向に首を縦に振らない……」
抑揚のない声で、細身の男は運転席の男の言葉に応答していく。
運転席の男は知っていた、これは彼の兄が不満を溜め込んでいる前触れであると。
その予想の通り、細身の男は抱えていたアタッシュケースを隣の席に放り投げ、その上に勢いよく拳を振り下ろした。
「クソッ、クソッ! どこまでも人をコケにしやがってェ、あのクソ木偶の坊がァ!」
「──兄者」
「結局私の意見を聞き入れる気なんて最初からない癖に、馬鹿にするためだけに何度も何度も『また来い』なんてほざきやがってッ!」
「俺は直接その場面を見たわけじゃねえが……兄者を馬鹿にすんのは許せねえな」
当たり障りなく、しかし本心を伝える運転席の男であるが、兄者と呼ばれる男がどこまでその言葉を聞こえているかは分からない。
何度も何度も繰り返される鈍い殴打音に、眉一つ動かさず安全運転をする運転席の男。
数分間我を忘れたように暴れ散らす細身の男であったが、それが終わると既に手遅れであるが大きく深呼吸をした。
「はぁ……ふぅ」
「落ち着いたか、兄者」
「あぁ……もう大丈夫だ、心配をかけた。あの木偶の坊どもは許せないがなァ」
未だ語気の荒い細身の男の声音は、寄る波音や海鳥の鳴き声と調和することは一切ない。
「それで。結局アレやるか、兄者」
「そうだな、これ以上はもたついていられない。奪うぞ」
「あぁ。決行は、確か」
「決行は──明々後日だ」
二人のこの会話の意図をそれ以外が理解するのは、その明々後日である。
戻ってきた自分の部屋で、正座しながら机に向かうセルゥの姿。
彼は明かりを灯し筆記具を手に持って、机の上に重ねられた経済学の課題を言いつけ通り熟していった。
そのままその日に指定された分野を全てやり終えた後、彼は脚を投げ出して背後へ倒れ込んだ。
木々に囲まれて葉のざわめきを聞くのが好きな彼であるが、畳の上でそよ風を全身で感じながら横になるのも好きなのだった。
反対に、やる気さえあれば直ぐに終わらせられる宿題をどうしてもやる気になれなかったのは、彼が実用的というよりは比較した際に学問的な勉強に興味を抱けなかったからなのだが。
「はぁ」
陽が沈み始めたこのころ、窓から射していた日差しはその盛りを消し、虫の合唱が響き渡る。
その中にいるからこそだろうか、彼は自分のちっぽけさが嫌になる。
本当は、彼は逃げたくないのだ。
やりたくない宿題からも、厳格な父親からも、そしてまだ見たことない相手からも。
けれど、いざその瞬間になると頭が真っ白になり、身体がいう事を聞かなくなってしまう。
「僕は、どうすれば」
独り言を繰り返しても意味がないのは分かっているのに、ぐちぐちと不満を漏らし後ろ向きになるのをやめられない。
そんな自分を、彼は弱い存在だと心の内で考えていた。
「……また、行こうかな」
そして、逃げていると思われることは承知の上で、今自分に出来ることはまたあの森へ向かう事だけだと思い直す。
そのインガマヤラブとしての能力を発揮して、再び海を越え空港のある島へと慰めを求めて移動するのであった。
<>(^・.・^)<次回からは週一投稿予定!
<>(^・.・^)<場合によっては今までと曜日変えるかも〜!