其の五五 本当の………
<>(^・.・^)<おはよう世界
2023 12:00 追記
<>(^・.・^)<バレンタイン特別編が話外話集に更新されてるのでよければ是非
<>(^・.・^)<本日16:00に本編も更新致します〜
「奏、?」
疑問符が付いてしまったのは何故だろうか、と問われても答えは一つだけ。
つい先ほどまで奏が縛られていた椅子には見知らぬ女性が座り、先程の奏と全く同じ姿勢で吊られているからだ。
「~~♪~~、♪~」
「何?」
鼻唄をそよ風に変えて、女性は俺の耳をくすぐる。
訝しむトットーには注意を向けることもなく、俺は倦怠感と痛みで鈍る頭を必死に動かして、状況を理解しようとした。
そして、既視感と既聴感に思い至った。
あの女性は何処かで見た記憶がある、そしてこのメロディも聞き覚えがある、然し何処でだ。
これら二つが揃ったせいなのか、俺の頭の中では麗らかな春の日差しが優しく漏れ出し、鼻腔には豊かな花々の香りがする、ような気がする。
そんな得体の知れない、けれども心地の良い違和感が大きくなってきたころ、吊られている女性の瞳の片方が一瞬開き、俺の姿を捉えた。
「………あ」
そうだ、あの女性もこのメロディも、あの時綿貫家の花の園で体験したものと同じだ。
此方の世界にやってきてからすぐ、奏に助けてもらって一晩過ごした次の日の昼下がりに見た、あたかもこの世の天国のような光景。
それを構成する幾つもの要素に何時の間にか気付いていたのか、俺の心は奥底で安らぎを感じているようだった。
「奏チャン、なの?」
「♪~~~、♪、♪~~………ふぅ」
鼻唄が終わり、女性はゆっくりと顔を上げた。
大人びた美しさが天使のようでもあり、一方であどけない少女のような透き通る印象も持ち合わせている。
腰のあたりまでの長さの髪は吊られている事態とは裏腹に嫋やかに流れ、俺とトットーの鬼ごっこで何時の間にか開かれていたカーテンから射す西日を受けて宝石のように輝く。
存在そのものが春の訪れと形容するのが精いっぱいで、俺は彼女を表現するのに相応しい、形容に使うべき言葉をこれ以上持ち合わせていなかった。
自分の言語能力をこれほどまでに不甲斐なく感じたことはない、ないのだが、言葉にしてしまうことで失ってしまう雰囲気や心の動き、彼女の表情や髪の靡きのことを考えると、迂闊にこれ以上言葉を重ねる気には到底なれなかった。
その桜色の唇が動き出す。
「───トロ」
「奏」
予想もしていなかった事態の筈なのに、納得はいく。
あの時俺の目を奪って離さなかった女性の正体は、綿貫奏その人であった、というのが状況の示す答え。
何者だろうかと考えたこともなかったのは、何処かでそうであれと願っていた自分がいたから、なのだろうか。
俺の名前を呼びながら此方へ向ける微笑を見ると、碌に言う事を聞かなかった身体に活力が宿っていく気がする。
その声を聞き届けた耳には砂糖がまぶされたかのような感覚すら覚えた。
「だいじょうぶ? まだ、動ける?」
「あぁ、今動けるようになった」
互いに、奏の変化について触れるような野暮はしない。
そんな余裕がないというだけではなく、それがどうした、と何の不純物もなく心から思うからだ。
快復とまでは行かないし決して本調子ではないが、今は疲れも痛みも先程よりはだいぶマシに感じられる。
片膝を体育館の床に着き、手で勢いをつけて立ち上がる俺の頭に奏の声が届いた。
(きいて、トロ。いまのトロ、ふだんとちがうの、わかる?)
(普段と違う? 奏の御陰で元気にはなったけど、特に何も───)
奏の言葉に促されて心身に何やら変化があるのか探ると、ふと気が付く。
確かに何かが違っている、具体的にどこと指摘するのは難しいが、荷物を背負ったような、枷が外れたような言い表しがたい感覚がした。
(あぁ、確かに普段とはちょっと違う感じがする。奏か?)
(そう、わたし。説明はあとでするけど、今のトロは妖術がもうひとつつかえるの)
(え、は? 妖術がもう一つ?)
(そう。さっきトロ、『氷をいかすなにかがあれば』、って言ってたから)
奏の発言が衝撃的過ぎて、聞かれていたかと照れくさくなる余裕もない。
妖術を、もう一つ、使える。
ただでさえ三種類の妖術を使えるという、多くの妖怪よりも優位な特性を持つ俺には分かる、これは途轍もないことだ。
妖術一つというと軽く聞こえるが、これは単なる足し算ではない。
例えば炎の能力と砂の力があれば大爆発を起こす方法を得たのと同義であるし、強靭な身体に加えて遠距離攻撃を得たのならば有利に立ち回れる相手が激増する。
故に妖術の数とは、足し算ではなく掛け算なのだ。
それが分かっていながらも持ちうる手札で戦い抜くしかないから、俺は様々な戦術の開発の為日々鍛錬に励んで稽古をつけて貰っているのに、外付けで妖術が使えるようになるのであればその前提が崩れてしまう。
困惑に支配された俺は、目の前に五線譜が現れた事実に今更気を留める。
(………これは?)
(それがあたらしい妖術。いまのわたしじゃ、五回分しかつかえないけど)
五線譜は波打ちながらゆっくりと俺の視界を回っていく。
俺の頭を惑星としたならば、五線譜は衛星が動くだろう軌道を描いており、傾きと視界から消える方向を考えると、孫悟空の頭の輪っかのような形、というのが早いだろうか。
「───まー奏チャンが今どーなろーと、オニーサンとの競争にはカンケーないか。あと一分だけどぉ、ダイジョウブそ?」
「───」
目線はそのままに、焦点をずらしてぼやけていたトットーのシルエットに意識を戻す。
勿論忘れたわけではないが、やっとのことで起き上がったくらいの俺の身体、更に飛んで跳ねてのアクロバットをする余裕はない。
でも、きっと奏はこの状況を打破するための力をくれたはずだ。
奏の能力や変化にも気になる点はあるが、それを気にするべきは今ではない。
(奏、使えるようにしてくれたこの妖術はなんだ? 教えてくれると嬉しい)
(うん、トロもしってるよ、それね───)
それからしばらく、俺は奏との念話に集中する。
訝しむトットーをよそに俺と奏は情報を共有し、奏が何故この妖術を選んでくれたのかを理解できた。
視界の中に収まっていたトットーに視線を向ける。
痛む右腕を彼女に向け、まだ痛みのマシな左腕で照準を固定する。
トットーは、俺が急に何をするのか分からない様子だが、かといって鬼ごっこ開始直後の手痛い攻撃を考えると立ち止まっても居られず、三百六十度に移動を始めた。
目線で追いかけるも、首も肩も軋んでいる俺の身体では精々が前方百八十度。
───ならば、別の方法で探知しようか。
「フゥッ………」
神経を身体の芯に集中し、全身のてっぺんから徐々に無駄な力を抜いてゆく。
そうして出来上がるのは、周囲の妖力に敏感な一匹の白九尾。
縦座標的に数値の大きい場所に固定されているのは、奏の身体の中で呼吸している妖力だ。
もう一つ、ぐちゃぐちゃに意味のない軌道を描いて動き回る反応を見つけた。
ならば此方が、俺が捕まえるべきオニ。
「トロ………!」
「───」
「オニーサンどったのぉ、諦めちゃったぁ!?」
傍らに落としてしまったであろう透鳳凰から、膨大な量の妖力が送られてくるのが分かる。
先日のサミハ戦でのことを考えると、今透鳳凰の柄の先端にある水晶は大きく輝いているだろう、まぁ今俺は目を閉じているから分からないのだけど。
そしてこれもまた只の推測であって事実かどうかは分からないが、耳に入る音から確信した。
掲げた俺の右腕の周囲には、水分が渦巻き集ってきている。
「──────《水流》」
「は?」
間抜けな声を漏らす妖力反応に向け、俺はトルフェの技を繰り出した。
何のことはない、腕や拳に纏わせた水を高圧で放出し対象へと放つだけのシンプルな技だ。
今初めて使ってみたけれど、風の妖術の使い勝手にかなり似ていた。
頭の周囲を回っていた五線譜は目で捉えていたのではなく妖力を探知する器官で捉えていたのだろう、今も閉じたはずの視界に残り続け、その線を一本減らしている。
「なッ、ちょ、はぁ!?」
「其処か」
一瞬勢いを落としたが再度速度を取り戻した妖力の塊は、自身を包み込んで余りある直径の水の柱からの逃走を試みる。
それに向けて、透鳳凰から送られる妖力で《水流》を発動し続ける。
俺の高風に似た勝手であるから意のままに方向転換をしたり緩急を付けたりすることが出来るのは、嬉しい誤算だ。
やがて体育館内を跳び回るトットーは角へと追い詰められ、動かなくなったのが分かった。
「く、来るなッ、来るなァッ!!」
「そういう訳には行かない。人の宝物に手を出した落とし前は付けて貰わないとな」
「~~~~~~~~~トロ、っ!!!!!!!」
やがて水の勢いは最高潮に達し、トットーを包み込み背後の壁にぶつかって弾けた。
<>(^・.・^)<奏のコレ、公式チート