其の五三 握り返す日
<>(^・.・^)<実は前回が101部分でして
<>(^・.・^)<気付けば遠くへ来たもんだ、という感慨ぶかみ
わたしはふと、自分が意識を失っていたことに気が付いた。
ゆっくりと脳みそが覚醒していき、瞼は自分が閉じていたことを思い出す。
「あ………?」
更に気が付いたのは、自分が何か椅子のようなものに座らされ縛り付けられていること。
何処か、どころかかなり覚えのある感覚。
世の中で、では範囲が広すぎるかもしれないけれど、少なくともこの国でこんな体験をしたことのある人はそうそういないだろうな。
その可笑しさと、やや慣れている自分の境遇の異質さに、思わず笑みが零れてしまう。
「ふふ」
「───あれぇ? なぁんか余裕?」
暗がりで視界が不明瞭だけど、下の方から何やら女の子の声がする。
あの鬼の大佐さんよりは軽薄そうな声、彼に会った誠実さは感じられない。
不気味さはあるけれど、かといって泣き叫ぶくらいに余裕がないわけじゃない。
「だれ?」
「ワタクシ? 聞いて驚け、ワタクシは世紀の大怪盗、トットー!」
「───」
「あれ? 反応うっすくなぁい?」
下からの声と会話を交わす。
薄いのは貴女の態度の方でしょ、と言いたいところだったけど、下手に刺激しない方がいいと思ってがまんした。
脚は揃えられ腕は後ろに回されて拘束されているから、今何かされたら何もやり返せない。
「ここはどこ? どうしてあなたは下にいるの?」
「どこ、って言っちゃうのは面白くないからいわなぁい。そ・れ・とぉ、ワタクシが下にいるんじゃなくて貴女が上にいるのかもよ?」
「ふぅん。おしゃべりだね」
「まぁね!」
鼻息まで聞こえてくるみたい。
このままこの子とお話を続けても、耳と頭が痛くなるだけじゃないかな。
この前、うちに〈妖技場〉の黒原小豆さんが来た時に似た感覚がある。
口を動かして覚め切った頭で、そもそもわたしは何をしていたのかを思い出す。
「コンテスト………」
「あー、なんかやってたね! 見てたよ見てたよ、奏チャンとオニーサン、ぜぇんぜん息合ってないんだもぉん、笑っちゃったぁ!」
「いま、みんなは?」
「そんなの知らなぁい。ワタクシ、オタカラ以外興味無いからぁ」
参加してたみんなが無事かどうか聞きたかったんだけど、返事は凄く中途半端。
でも多分大丈夫、彼もいるし、ルニードさんもチウメさんだってすっごく頼れるから。
だから、今回は前とは違って、わたしのせいで誰かを傷付ける、ってことにはならない。
心配なことには変わりないけどね。
「ところでぇ、奏チャン、今自分がどういう状況か分かってるぅ?」
「ゆうかい、でしょ? それか、かんきん、かな」
「そこまで分かってんだぁ、さっすが綿貫んとこのお嬢チャンだね!」
「どうも………?」
「いやぁ騒がれなくて助かるぅ! 人間をオタカラにしたのは初めてだったからさぁ、泣き叫ばれたりぃ、パニックになっちゃったりしたらもうどぉしようかって!」
彼女の声には、ところどころ屈託のなさそうな笑い声が挟まる。
言葉の含むニュアンスと、声色とか調子とかが釣り合ってないかんじがする。
ただ、今この場面を心から楽しんでいるのは確か。
「ねぇ、どうしてわたしを攫ったの?」
「お仕事だから?」
「誰からたのまれたの?」
「そこは言えないよぉ、キギョウヒミツ! ってかてかぁ、どうしてそんなに落ち着いてんの? いくらオジョウサマでも、ちょっとオカシーよ?」
どうして、だろう。
言われて、自分でも自分の落ち着きようを不思議に思った。
でも、一個だけ言えるのは。
「だって、トロがいるもん」
「へぇ、信頼してんだ? 今日はズタボロだったのにぃ? 奏チャンって意外とおばかさん~?」
「うん、信じてる」
「───」
暫く返事はなかった。
それまでは打てば響くような、会話のキャッチボールじゃなくてピッチングマシーンと呼んだ方がいいようなトットーちゃんが黙った。
「………え、だって全っ然息合ってなかったじゃん」
「うん、今日はね」
本当は、ここ最近、と言うべきなのかな。
この前の夜、修行の帰りに変なかっこうしたトロに会ってから、わたしたちはちょっと喧嘩してた。
いや、違う、嘘、わたしがちょっと気になりだしたのはその前、〈妖技場〉の最初の試合の日、トロが夜に出掛けてたときから。
それまで単に言っていないことはあっても嘘は吐かなかったトロが、何か隠し事をしている雰囲気を出してた。
そんな日の次の夜に、会うはずない時間に会うはずない場所で、見たことないかっこうをしたトロに会ったから、わたしの不安が爆発しちゃった。
あんなの、ただのワガママだったって、後から思った。
でも、なんだか顔を合わせ辛くて避けちゃって、トロが謝ってくれた時の言葉じゃ不安が解決される訳じゃないって気付いちゃって。
わたしは多分、もっと知ってほしかったんだと思う。
好きな食べ物とか、今までやってきた趣味とか、最近ハマっていることとか、学校でどんなことがあったか、登校中に見た猫ちゃんが可愛かったこととか、お友達と話したこととか。
それに、トロが普段どんなことしてるのか、どんなこと考えてるのか、誰と会ってるのか、どんなことが好きなのか、どんなことは嫌いなのか、わたしも知りたい。
なのに、不安が強くなっちゃって、トロの気持ちも考えないで、ずっと傍にいるって約束したのに勝手に怖くなっちゃって。
「でも、トロはきっと来てくれるよ」
「………へぇ? ま、間に合うといーけどね!」
それでも、きっと彼は来てくれる。
前例もあるし、それに約束を破るようなひとじゃないもん。
わたしはもう怒ってないし、トロもこの前からずっと仲直りしようとしてくれてる。
お互いにお互いのことを話し合って、そうしてこれからもずっと一緒。
………でも、ちょっと怖いかも。
今のこの状況、トットーちゃんの言ってることからすると、何やら時間制限があるみたい。
こればっかりは多分だけど鬼の人たちに連れてかれた時よりも、今の方が厳しいかも。
もしも、もしもそうなったら、わたしは………
(トロ、こわい………!)
(───奏)
抑えきれず漏らした心の声が、想像していなかった返事を引っ張ってきた。
そうして、何処からともなく光が差し込んでくるのが見えた。
………おそいよ、もぅ。
[***]
辿り着いた体育館の、扉を開く。
ギ、と重い音を響かせながら、ゆっくりと暗闇が割れるように光が差していく。
本来ならば人で溢れて然るべき、特にこの時期ではその傾向がさらに強くなるはずの場所で、彼女たちは居た。
「───ふぅ」
散々自分を納得させ、宥め賺してようやく辿り着いたこの場所、それでも道中何度も間違っていたら、と考えた。
そんな俺が真っ直ぐに来られたのは、それなりの理屈が通っている自負があっただけではない。
「………」
す、と左手に持った透鳳凰を撫でる。
俺が体育館に舞い戻って来た時、既に扉の入り口に此奴が居てくれた。
待っていた、とでも言わんばかりの風貌は、俺の決断を後押ししてくれているようで、胸を撫で下ろしたものだ。
闇の中から、横に伸びる光の柱の中へと一つの影が現れる。
「………オニーサン、よく来られたねー」
「まさか本当にいるなんてな。拍子抜けだ」
精いっぱいの強がりを見せつける。
勿論出てきたのはトットー、屋上にいた時と全く同じ格好をして、同じように人を小馬鹿にする笑みを浮かべていた。
先程は精神を削られていた自負があるが、今はその態度に苛立つこともない。
(奏、いるか?)
(トロいるよ、上)
良かった、本当に同じ場所にいるようだ。
此処でトットーだけは居ても奏は別の場所にいる、という状況であれば制限時間との兼ね合いがどうなっていたか分からない。
上、との言葉通り天井のあたりを見回すが、如何せんカーテンというカーテンが閉じられ照明もないこの体育館では、目が慣れるまでに少々時間がかかる。
陽も暮れ始めてきた黄昏時、外の眩しさを当たり前のように受けていた俺の目ではすぐには奏を見つけられないかと思われていたのだが。
「あっ」
「トロ」
「じゃっじゃじゃ~ん、奏チャン此処に居ました~!」
予めセットされていたのだろうか、スポットライトが奏の姿を映し出す。
奏は座らされた状態で、後ろ手に縛られていた。
それだけならばまだ喫緊の問題ではなかったのだが、問題は今奏が居る、いや吊るされている場所。
「なっ、奏どうして其処に!?」
「さっぷら~いず! どうどう、人質がステージ中央で吊るされてるとぉ、スリル満点じゃなぁい!?」
「………ここかぁ」
ステージの天井、壇上を照らすライトが一列に並べられているその真ん中、縄で椅子ごと奏が吊られていた。
水平ではないにせよ天地はひっくり返っていないから、頭に血が上る心配はない、ないが………
それでも高さは優に十メートルを越え、縄が切れてしまえば衝撃は凄まじく、最低でも重症、打ち所が悪ければ死に至る可能性だってある。
合点がいった顔をする奏と対照的に、一気に顔の血の気が引いたのが自分でも分かってしまう。
入り口付近でしばし呆然としていたが、やがて我に返りトットー相手に食って掛かった。
「おいどういうつもりだ!」
「なぁんでよオニーサンこわぁ~い! 折角ワタクシが最っ高のスリルをあげようって言うのにさ?」
「そんなの要らない、何言ってるんだ!」
「待ってトロ!」
「おぉっと待った、今ワタクシに殴りかかるのはおすすめできないな~」
状況が頭の中に染み込むと、俺はすぐさま奏の下へと走り出していた。
そこへトットーが道を塞ぐように立ち塞がる。
掲げた手には、ボタンが取り付けられた薄い立方体が握られている。
「それは………」
「いくらオニーサンでも見れば分かるよね?」
此処まで人を振り回しておいて、更に悪辣な仕掛けを用意しているらしいトットーには、怒りの念を通り越して理解不能、という感想が沸いて来る。
あくまでも推測だが、あのボタンが押されてしまえば恐らく奏の身に危険が及ぶ。
しかし傍観を続ければ、縛っているのを解いたり外したりする必要はあるにせよ、トットーが奏を連れ去って行ってしまう可能性もある。
だったら、俺はどうすれば………!
「だっさい顔してるねぇオニーサン? まぁまぁちょっと付き合ってよ」
「今度は何をさせようって言うんだ?」
「簡単簡たぁん。五分ワタクシとやりあって、スイッチ奪えたらオニーサンの勝ち! 押させたり押しちゃったりしたらオニーサンの負けね?」
言葉を聞くと同時に、動かし始めていた足に力を籠める。
跳躍、そして接敵。
先ずはその手に持つ立方体を叩き落としにかかった。
しかし右手は見えない力で弾かれ、自分の足元に着地する俺を見たトットーが、愉悦を感じて口角を吊り上げた。
「ざぁんねん、触れませぇん!」
「………そうか?」
そして俺は左手に掴んだ柄から透鳳凰を引き抜き、そのまま床に円状の僅かな切り傷を付ける。
何をしたいのか理解が追い付かない様子のトットーを尻目に、俺は切り傷に氷の力を付加した。
瞬間、トットーを囲むように付けられた傷から風が立ち上り、透鳳凰の能力で強化された《高風》が彼女を吹き飛ばす。
「な、ッ!?」
「そういう訳か!」
想定通りの反応を得た俺は、《高氷》で身動きを鈍らせるトットーへ、仕返しと言わんばかりに透鳳凰で一閃した。