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Devil’s patchwork ~其の妖狐が神を討ち滅ぼすまで~  作者: 國色匹
第二章 成長と願いと
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其の五二 その手をもう一度

<>(^・.・^)<遅くなりましたァ!

「奏ッ!」

「オニーサン随分慌てちゃって~。取って食べようってんじゃないんだからぁ、顔こわぁ~い!」

『これは………』


 ざわついたグラウンドを高みから見下ろすその姿、奏を肩に担いでいる姿には見覚えがある。

 先日のアウトレットパーク、そして美術館にて出会った彼奴、トットーだ。

 盗賊染みたタイツ生地に全身を包み、片手を口の前に置きながら歪曲した笑みを此方へと向けている。

 司会も解説も参加者一同も頭の処理が追い付いていない様子、その中で辛うじて俺だけが下手人と面識があった。

 故に、時間が止まったように呆気に取られたままの会場で、唯一俺が意味のある言葉を投げかけられた。


「トットーッ! その女の子を返せッ!」

「この子? いや何言ってんのオニーサン。折角手に入れたオタカラ、簡単に手放すわけないじゃんねー?」


 睡眠薬でも嗅がされたのか、ピクリとも動こうとしない奏が、トットーの肩の動きに連動して揺れる。

 つま先から掌まで力が全く入っていないのを見て、最悪の事態が想定されてしまった。


「まさかお前、奏に何かしたのか!?」

「さっきからオニーサン自分の言いたいことばっか言ってなぁい? いやこの子、奏ちゃんだっけ? はちょっと寝ててもらうだけ! ワタクシだって仕事だからその辺はきちっとしないとね!」

「仕事………? いやそれより、早くその子を離せ!」

「えー、必死になっちゃってだっさーい!」


 落ち着け俺、今だけは絶対にしくじってはいけない、相手のペースに呑まれるな。

 トットーは確かに人を苛立たせる才能があるが、嘘を吐いた記憶はない。

 それに《宝石団》メンバーからも、トットーが予告した時刻以外のタイミングでブツを盗み出したことはない、と聞いている。

 だったら一先ず奏の命は失われていない、グラウンドから校舎の屋上はかなり遠いが狐の視力で何とか見える、目立った外傷もないと。

 二度後れを取った相手に警戒を強める俺に対し、興が乗ったと言わんばかりにトットーが言った。


「あ、だったらオニーサン、此処は一つ賭けをしなぁい?」

「賭け? お前何言って」

「乗らなかったらこのまま逃げちゃうよぉ? オニーサンがあまりに真剣でバカみたいだから、ちょおっと遊んであげようってのにさ?」

「───分かった。何が要求だ」


 会話をしながらも、目線は守るべき、守らなければならない相手の方へ。

 それでもトットーの愉悦に滲んだ笑みが視界を掠めるのは、俺が意識しすぎているせいかトットーの主張が強いのか。

 ゴール地点に到達したものの周囲の様子がおかしいと気が付いたのか、ルニードさんやチウメの困惑する声も聞こえ始めた。

 俺の返事に口角を上げたトットーの、奏を担いでいない方の掌の指が立てられる。


「難しーことは言わないよ、オニーサンが分かんないからね! ルールは簡単、今から十分以内にワタクシとこの子を見つける、ただそれだけぇ」

「範囲は? 人数は?」

「んー、流石にこの街、まで行ったら広すぎかな~? オニーサンのことだし、このガッコの中だけにしてあげる! あ、当たり前だけどぉ、探すのはオニーサン一人だけね? 破ったら………ね?」


 ぐったりとした奏の頭に人差し指を宛がいながら言ったトットーに、何も言うことができなかった。

 一歩間違えれば落下、そうでなくとも何らかの手段で気絶させられている以上、命に別状はないとしても体調が万全というわけにはいかなかろう。

 それに、先程トットーは命は取らないと言っていたが、逆に言えば命だけは後生大事にしてもそれ以外の保証はない、ということだ。

 考えたくはないが………興味本位や趣味と称して腕や足の一本、臓器の一つや二つを引っこ抜いてもおかしくない異質さ、危うさがトットーにはある。

 衰弱状態にある奏にこれ以上何かされたら、と想像してしまった途端、全身の関節がコンクリートで固められたように身動き一つできなくなってしまった。


「分かったぁ? んじゃスタートね?」

「──────あァ」

「♪

 あ、言い忘れたけどぉ、オニーサンが来ても来なくても、最初に決めた場所からは動かないから!

 逃げ回っちゃったらぁ、オニーサンじゃ見つけられないもんねー!」


 鼻唄と共に奥へと姿を消した二人。

 十秒もしないうちに司会の人が声を上げ始めたのは、流石の根性と評するべきなのだろうか。


『な、何とッ! マスターズの一人、綿貫奏選手が連れ去られてしまったッ! バディーズのトロン選手、一体どうする!?』

『これはこれは、面白くなってきたねぇ。ここいらで一発逆転したいと思ってたトロン選手には丁度いいんじゃぁないかい?』

『そうですね、一刻も早い救出、それこそがバディーズとマスターズの絆の強さを示す何よりの証拠になりますから!』


 頭の回転が速いことこの上ない。

 彼らは、この異常事態すらも一つの演目(ショー)にしてしまった。

 十分という定められた時間では警察を呼んでも間に合うかどうか分からないし、生徒がさらわれたとあればこの後も続く文化祭の進行に支障をきたすのは明白だ。

 それを防ぐため、聊か強引ではあるが騒ぎを故意に起こしたことにしたのだ。

 観客もトットーが現れてからどよめいていたが、司会と解説の態度、そして開会時のパフォーマンスがあったことを踏まえると、一発逆転の要素としてサプライズがあってもおかしくないと考えたのだろうか、次第にどよめきは収まり俺への声援へと変貌する。


「頑張れー!」

「気張れ、気張れぇ!」

「うおぉ!」

「トロンー!」


 つい先ほどまでのミッションで感じていたアウェー感はとうに過ぎ、今度は英雄宜しく応援を繰り返されるむず痒さが襲ってきた。

 対策を考えよう、と一旦聴覚へ割いていた意識を思考へ回そうとしたとき、知った声が知らない声色で滑り込む。


「なぁトロン。大丈夫でよ?」

「トロン君、これはミッションの一部ではないのでしょう?」

「ルニードさん、チウメ」


 心配、戸惑い、それから焦り、その他諸々が()い交ぜになっているのが声から容易に推測できる。

 この非常事態に心配が籠っていることに、彼らの優しさが見え隠れしている。

 努めて冷静に、全く焦っていない体を装って慎重に言葉を選ぶ。


「いや、これはあくまでミッションだ。司会も言ってたろ?」

「そうだけどよぉ………」

「では、僭越ながら助力を」

「気持ちは嬉しいけど、これは俺だけでやりたいんだ」

「んなこと言ってもよ」

「頼む」


 意図していた形ではないにせよ、これは俺が奏を大切に思っていると証明する決定的なチャンス。

 此処を逃す手はない。

 以前のタイムリミットまで長く相手方の指定もなかった誘拐事件とは違い、今は俺一人で解決しなければならない。

 だから、というかなんというか。


「かっこいいとこ、見せたいんだ」

「───フッ、ハハッハァ」

「………では、我々は万一に備えましょう」


 大きく笑うチウメと困った顔をするルニードさんは対照的なようで、しかし秘めた考えはきっと変わらない。

 二人の目が物語っていた───仕方のない奴だ、と。

 後ろ手を振って去る彼らに振った手を、そのまま顎に運び考える。


「………さて」


 制限時間は十分、既に一分ほど経過しているから九分ほどか。

 虱潰しにするか、と思ったが、それは現実的じゃないと考え直して棄却する。

 俺はこの校舎に詳しくないし、当初に想像していたお嬢様校に比べたら小さいとはいえ十分に立派な校舎だ、走り回っても隅々まで探す前に時間が切れる。

 運が良ければ見つけられるかもしれないが、俺は奏の命を運に任せたくはない。

 であれば、決め打ちをするほかない。


「でも、どうやって」


 思考を巡らせろ、二人は何処にいる。

 二人、ではあるが奏の意思で行き先を変えるとは考えにくい、居場所はトットーが決めたと考えていい。

 トットーなら適当な場所に居てもおかしくはないが、それでも行動を推測するのは可能なはずだ。

 では彼女が居そうな所は何処だ?


「………オタカラ」


 校舎屋上から聞いた言葉の中にあった、一つのフレーズが気にかかる。

 順当に考えればお宝、自称怪盗であるトットーが好んでいる筈のもので、口にしてもおかしくはないのだが。

 ただ、トットーは奏を指してオタカラと発言していた。

 だったら金銭的価値のあるもの以外を意味に抱合している可能性が高い。

 単に価値のあるモノを指してオタカラと言うのであれば、潜伏場所もそういった物が多いところ、例えば美術室であったり音楽室であったりを選ぶだろう。

 大穴を突いて校長室、とかもあり得るかもだが。


「いや、多分そうじゃない」


 此処で俺がオタカラの意味する方向性を推測するのに、もう一つ根拠がある。

 それは、トットーが盗品を必ず返しに来ているということ。

 これもまた《宝石団》メンバーからの証言であり、界隈に詳しい彼らの言となれば信憑性は十分。

 そこまで考えた時、一つの仮説が組み上げられる。

 トットーは物品そのものではなく、盗み出し尚返すという()()こそを()()()()と呼んでいるのではないだろうか。

 加えて言えば、体験のみならず伴うスリル、更にそれを生み出してくれる何かも含めてのオタカラなのではないか。

 言動からして刹那的な生き方をしているのは殆ど確定と言って差し支えないだろうし、この仮説はかなり近しいところを攻めている気がする。


「で、結局其処は何処なんだ?」


 極上の体験、スリルを届けるような場所。


「………まさか」


 一つだけ、心当たりがある。

<>(^・.・^)<次回は木曜16時予定!

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