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倉庫キャラとして

作者: カスミ楓


 ファイルニール大陸にある最大の国、ベイルロード帝国。その首都であるベイル帝都にある大通りに面してる広場の一角には露店商人がたくさん並んでいた。

 百数十人はいるであろう露店商人とそれ目当ての客でとても賑わっており、帝都の名物となっている。

 並んでいる商品は魔法のかかった武具や道具から生活用品、果ては怪しげな呪いの道具など多種多様である。もちろん偽物もたくさんあるだろうがここでは騙されたものが敗者である。

 そんな中に何の商品も並んでいない露店が一つだけあった。年は十代前半で神官の服を着込んだ少女がこう叫んでいた。


「どんな商品も一日銅貨二枚で、最大一ヶ月預かりまーす。残り枠三十八です!」


 預かり屋。

 恩恵ベネフィットと呼ばれる神々の技の一部を保持している人が希にいるが、彼女もそのうちの一人だった。彼女の持つ恩恵は倉庫インベントリと呼ばれ、どんな物でも生物以外を異時空へ格納することができる優れたものだ。

 もちろん格納できる数は人によって異なり、殆どの人は数個から数十しか入らないが、彼女は驚くべき事に一千もの数を格納できるのだ。

 それを利用して格安で重要な物を預かる倉庫屋を営んでいる。

 何せ一千個だ。しかも残り三十八枠と言うことは九百五十以上埋まっている。一日銅貨二枚でも全枠埋めれば銅貨二千枚=大銅貨二百枚=銀貨二十枚=大銀貨二枚になる。

 ちなみに大銀貨二枚あれば一ヶ月は暮らせる額だ。一日で一ヶ月分を稼げればかなり儲かっているといっても良いだろう。


 と、そこへ中年の犬の獣人が話しかけてきた。ただ完全な犬の顔ではなく、人間の顔に犬の耳が頭についている半獣人だ。

 身なりはそれなりに良く物腰も柔らかい。おそらくどこかの豪商か、もしくは貴族に仕えている付き人だろう。


「ソーコ、こんにちは。以前預けたもの全部引き出し頼みます」

「あら、レギウスさんこんにちは。えっと……レギウスさんから預かった物は……五個で十一日前です。一日おまけして銀貨一枚で良いですよ」


 紙に記載した預かり品リストをチェックしたソーコは、即座に計算した。

 単純なかけ算だが、この世界の人は数値を計算出来るものが少ない。ましてや暗算が出来るものなど国に仕える官僚、あるいは商人くらいだろう。

 レギウスと呼ばれた獣人も今でこそ慣れたが、初めてソーコに荷物を預けた時は驚いたものだ。成人したての、しかも神官服を着た少女が計算を瞬時に出来るなど普通はあり得ない。


「おまけしてくれるのですか、それはありがたいですね」

「ご贔屓にして頂いてますから。それにあまり細かい硬貨が増えると持ち運びに困るんですよ」


 一日一個銅貨二枚、日本円にすればおおよそ二百円の価値だ。預かり屋の性質上小銭が増えるのは仕方ないが、百円硬貨が何百枚もあると考えると確かに重くなるし場所も取られるだろう。

 ソーコは目を塞ぎ、まるでそこに入れ物があるかのように手で空を掴もうとすると、突如空間が割れた。そしてそこから次々に物を取り出していく。

 これが彼女の持つ倉庫インベントリと呼ばれる恩恵ベネフィットだ。

 レギウスは八レベルの魔法使いである。どちらかと言えば研究寄りで、それなりに魔法の知識はある方だが、一体これがどのような仕組みで動いているのかさっぱり理解できない。

 これこそが神の技を模倣した恩恵ベネフィットか、と幾度となく見ているにも関わらず感動してしまった。


「はい、全部引き出しました。確認お願いします」


 そうソーコから言われ、はっと気がつくレギウス。確かに目の前には預けた品物が全て揃っている。

 当たり前だ。彼の見ている前であの空間にこの品物を入れたのだから。ソーコが取り出さない限り、永遠に誰の目にも触れることはないのだ、この恩恵ベネフィットは。

 しかもソーコの言うとおりなら、一千もの数を仕舞うことができる恩恵ベネフィットなのだ。これだけでも大量の物資を荷駄一台も使わず運ぶことが出来る。更に彼女は腕利きの僧侶なのだ。

 当家に迎え入れる事が出来れば一体どれほどの価値になるのか計り知れない。

 レギウスは辺境伯家に仕えている下僕の一人だ。ただ辺境伯なだけあって、治めている土地は遠い。そして業務上、年に数回帝都へ訪れる必要がある。

 最低限の荷物しか持たないようしているが、やはりどうしても辺境伯家としての立場がある以上、荷物は嵩んでしまう。行き帰りにしか使わない豪華な旗や紋章、お供の衣類などは帝都内では使用しない。だからこそ、ソーコの預かり屋はありがたい。

 レギウスは銀貨一枚を渡しながら「我が家にお仕えしませんか?」と誘ったものの「私は今の生活が気に入っているのですよ」と断られてしまった。これもいつもの事である。

 辺境伯は大貴族だ。貴族として命じれば平民一人を強制的に仕えさせる程度は楽に出来る。だがソーコは辺境伯家以上の貴族から保護を受けているらしく、強気には出られないそうだ。

 非常に残念だ、と顔には出さずレギウスは礼をした。


「また宜しくお願いします」

「ありがとうございました、またお待ちしております」


 受け取った銀貨を懐に入れたソーコは売上帳簿へと記載する。きちんと記録しないと、あとで税金を納める時に面倒が起こるのだ。

 本当はこのような露店ではなく、預かり屋としては大通りに面した街の入り口に小さくても良いので実店舗を持ちたいのだが、人気の場所だからか空きがないし、空いてたとしても到底手の届く値段にはならない。そのため露店でフリマのような格安の場所で営んでいる。


 ここで始めた当初は全くと言って良いほど誰も来なかった。

 百以上も並んでいる露店では目立たないし、そもそも他人に荷物を預ける、など余程信用がないと出来ないだろう。持ち逃げされても文句は言えないのだ。

 ただ一年半前に起こったとある事件で彼女の名が一気に売れ、そこからようやく固定客がつき始めたのだ。そして固定客は固定客を生み、今では枠も限界近くまで埋まるようになった。

 

「あとは金を貯めて実店舗をどうにかして手に入れれば、生活も安定するな」


 今は安宿に泊まりながら毎日この場所で預かり屋を営んでいる。

 しかし実店舗が持てれば店内で寝起きも出来るし、食事だって作れる。移動が無くなるだけでもかなり楽になるだろう。


「それにしても長かった。ここまで来るのに二年近くか」


 彼女、ソーコは元々この世界の住人ではなかった。いやそれどころか女性ですらなかった。

 このソーコという女性も、元々はの作ったゲームキャラクターの一人だ。

 彼はとあるバーチャルゲームを長年プレイしていたのだが、そのゲームは一アカウントにつき三つのキャラクターが作れた。

 メインとなるキャラは男の剣闘士ソードマスターでレベル百五十、サブキャラが男の魔導師ウィザードでレベル百三十八、そして最後に倉庫キャラとして蒼子そうこという女性の僧侶プリーステスでレベル三十がいた。

 倉庫キャラ、というのは長年プレイしているとどんどんアイテムが増えていくのだが、当然一つのキャラでは持てる限界がある。課金すれば拡張する事も可能だが、複数のキャラがいるとどのキャラがどのアイテムを持っているのか分からなくなるので、大抵のプレイヤーはアイテムを格納するだけのキャラクター、すなわち倉庫キャラを作るケースが多い。

 ちなみになぜ倉庫キャラがレベル三十なのか、というのはこのゲームで倉庫を利用できるようになるクエストがレベル三十以上でないと受けられなかったためである。

 更に女性キャラにしたのは、フィールドボスを倒すと希にアバターをドロップするのだが、女性専用アバターも中にはある。売るのもいいけどどうせなら自分のキャラに着せて見てみたいから女性キャラも作った、と安直な考えに過ぎない。

 そしてとある日、彼はそろそろアイテムを整理するか、と思い立ち倉庫キャラでログインした瞬間、ゲームの世界へと迷い込んでいた。しかも倉庫キャラの姿として。


「せめてメインの剣闘士キャラ……いや魔導師キャラなら高レベルだったしものすごく楽になったのに、なぜよりにもよって倉庫キャラなんだよ」


 レベル百五十は最大レベルであり、やり方次第ではソロで高レベル向けダンジョンのボスも倒せる。当然街の近くにいるようなモンスターどころか、中堅のダンジョンですら傷一つ負わずに無双できるだろう。

 しかし倉庫キャラはレベル三十の僧侶だ。使える魔法も、単体の中回復、範囲の小回復、解毒、病気治癒、聖球弾、弱身体強化バフだけであり攻撃手段は殆どない。更に長年倉庫にため込んでいたレア級アイテムは全て消えており、空となった枠がむなしく残っていただけだった。

 幸い街の近くのモンスター程度ならレベル三十あれば武器で殴るだけで十分倒せる範囲であり、また課金して最大まで倉庫枠を拡張していたので荷物にも困らなかった。そして倉庫に預けていた金は無かったものの、手持ちの金が金貨十枚ほどと、クエストで貰った杖と女性用の神官アバターを装備したままで残っていたので生活するには暫く困らなかった。

 しかし金貨十枚を使い切るまでに安定した仕事を探す必要がある。


 そして彼……彼女は思いついた。倉庫枠がこれだけあるのだから、駅にあるコインロッカーの仕事をやり始めてもいいのではないか、と。倉庫から出し入れするだけなので彼自身としては疲れないし死ぬ事もない。更には元手もかからない。

 彼はコインロッカーの仕事を始めながら、いくつか冒険者ギルドの仕事を受け、最終的に皇族である第三皇子をひょんな事から助け、伝手を得て、今に至っている。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ふぅ……疲れた」


 露店の終了する十八時ぴったりにソーコは敷いていたゴザを畳み、帰宅していた。

 この世界は夜が早い。みな二十一時前には寝て、朝五時には起き出すのだ。

 魔道具である街灯に魔力を注ぎ込む帝国軍の治安隊が我が物顔で闊歩する大通りを、隅の方を歩きながらソーコは座りっぱなしで痛くなった腰を叩きながら歩いていた。

 

 唐突だが彼女は現在十四歳で、まだ未成年ながらとても美しい。

 それはそうだ。ゲームのデフォルト設定の外見を少しカスタマイズしただけであるが、デフォルト設定というものは基本的に美形なのだから。

 カスタマイズした箇所も、髪を銀色のロングにして、目を朱色に、身長は限界まであげたが、年齢はそのまま、そしてかなりグラマラスな体型にしている。

 顔立ちは幼いが身体はグラマラスであり、そのアンバランスさも相まって、一人で夜に外を歩いていると、声をかけられる事が非常に多い。


「よぉよぉねーちゃん、俺らと一緒に一杯やらねーか?」

「一杯やったあとはいっぱいやるんだけどな」

「ばっかかおめー? でもまーそのとーりなんだがな」

「「ぎゃっはっはっは」」


 大通りを外れ裏道へと入った途端、十八時過ぎだというのに既に顔を真っ赤にしている男三人組がソーコの前を遮った。これも良くある光景である。

 ソーコは神官服だ。つまり回復役であり接近戦を苦手としている。この距離まで近づけばまず魔法を使われる前に殴り飛ばす事ができるだろう、と男達は思っていた。

 酔っていてもきちんと状況判断しているのは、この男たちは前からこのような事をやっていたのだろう。

 さっきまでいたはずの治安隊はいつの間にかどこかへと居なくなっていた。

 治安隊と言ってもせいぜいレベル五くらいしかない。そして目の前にいる男たちはおそらく推定十レベル程度はあるだろう。もしかすると十五レベルに達していても不思議ではない。


――確かに自分は僧侶で近接攻撃は殆どない。……でもな。


 目を一瞬だけ塞ぎ、手を握るとそこにはいつの間にか一本の細い剣が握られていた。

 これはこの世界にきてから一番最初に買った剣だ。メインのキャラは剣闘士ソードマスターでよく使っていた剣は両手剣だったが、サブウェポンとして細剣も愛用していたのだ。

 軽くて素早く攻撃できるから、手数を頼みたい時に便利だったからだ。

 そして軽く上下に一閃させる。

 ここはゲームのように僧侶は剣を装備できない、という訳ではない。ちゃんと持って攻撃することも可能だ。

 もちろん体力も腕力も剣闘士キャラの時と比べ劣っているので、その通りの動きは出来ないものの、剣闘士キャラで長年色々工夫し鍛えた技と度胸は身についている。

 百レベル以上のモンスターと幾度となく斬り合っていたのだ。目の前にいる二十レベルにも満たないような相手など、全く恐れる要素はない。


「貴方たち邪魔。やるなら片腕の一本くらいは覚悟するように」


 自然体。人を斬ることに何の躊躇いも無い。

 この世界へ来て二年、その外見から幾度もこういった男たちに狙われ、時には浚われたのだ。こういった手合いに向ける手加減というものはとうの昔に失せていた。甘い態度を取ると、最終的に奴隷商へ売られるコースとなる。

 その態度が男達を恐れさせ、そして意識せず一歩後ろへと下がらせた。


「……おい、こいつもしかして」

「まさか斬腕神官?」

「や、やべぇ……」


 暴力を用いて絡んできた相手の腕を切り落とす神官服を着た少女につけられたあだ名が、斬腕ざんわん神官。二年ほど前から帝都で飛び交っている噂だ。更にレベル四十の剣士が挑んで剣で負けた、という噂すら流れている。

 ソーコとしては戦闘力を削ぐ意味で腕を切り落として、余裕があれば回復魔法で止血だけする比較的大人しい方法をとっているつもりだが、そんな不本意な名前がつけられるとは思ってもなかった。命を奪わないだけマシだと思っている。


「ちっ、い、いくぞ!」


 男たちは慌てるようにソーコの前から消えていった。

 不本意な名前だが、剣を出すだけで消えていくのなら便利といえば便利だ。


――大通り歩いたほうがいいかな。でもこっちのほうが近道なんだよなぁ。


 ため息と共に出した細剣を倉庫インベントリへと仕舞い込むと、ソーコは再び歩き始めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「お帰りなさいませ、ソーコ様」

「お帰りなさいぃ、ソーコさまぁ」


 ソーコの自宅は貴族街にほど近い場所にある六LDKくらいの家だ。

 一年半ほど昔、ひょんなことから第三皇子を助けた謝礼として貰った。更に一人では不便だろうと、メイドを二人も派遣してくれている。

 どちらもソーコとほぼ同世代の女性で、アリアとネイルという名の姉妹である。更に言えば皇族が派遣するメイドだけあって二人とも下級とはいえ貴族のお嬢様だ。

 貴族が平民のメイドになるなど本来なら不本意なはずなのに、なぜか二人は甲斐甲斐しく尽くしている。ちなみにアリアは十六歳、ネイルが十五歳で、アリアの話し方は間延びしてのんびりした性格だが、逆にネイルはしっかり者である。


「あーーー、もうつっかれたああああああ」

「あらソーコ様、また殿方の腕を斬ったのですか?」

「今日は斬ってないよ。剣出したら向こうが逃げてった」

「ソーコさまの武勇伝、楽しみにしてたのにぃ」


 残念そうに言うアリアに苦笑いするソーコ。もしかすると、刺激が欲しくて平民に仕えているのだろうか、と邪推してしまう。

 被っていた帽子をネイルに渡し、夕飯は何、と尋ねると、シチューです、と答えられた。

 アリアとネイルは元々皇族や皇族に近い人に仕えるべくメイドの技術を学んでいるためか、作る料理も素晴らしくおいしい。しかも明日のお弁当までついでに作って貰えるのだ。これだけでも派遣して貰っている価値がある。

 自室へと歩いて行くソーコに二人が付き添う。


「私はとてもありがたいので良いのだけど、本当に貴女たちは私に仕えて良いの?」

「はい、何度も申し上げていますが、わたくし達はとても楽をさせて頂いていますし、将来他の貴族に仕えた時の練習にもなります」


 確かに平民からすると六LDKは広い家だが、貴族からすると非常に手狭である。しかも住人はソーコたった一人だけであり、衣類などの洗濯物も少なく、そして出迎える客も滅多にいない。

 更にソーコは朝から晩まで広場に居て家にいる事はないし上司であるメイド長や執事長もいないので、休憩も各自自由に取り放題なのだ。それでいて貴族に仕える程度の給金が皇族からしっかり貰えている。

 ここまで楽な仕事はそうそう無い。

 また、上級貴族や領地持ち貴族でない下級貴族は貧乏なものも多い。収入は少ないにも関わらず貴族としての行動、活動が義務のためだ。そのため皇族、上級貴族は下級貴族の側近や付き人を雇って給金を払う義務がある。


 自室についたソーコの服を二人はテキパキと脱がし、部屋着へと着替えさせていく。

 最初は着替えくらい自分でやると主張したものの、練習させてください、と懇願され今ではなすがまま、慣れてしまった。


「それにソーコ様は将来ヘンリック皇子の正室になるお方ですし、今のうちに媚びを売っておくのも貴族の嗜みです」

「いや、私は結婚なんてしないから。というか平民が皇族に嫁ぐなんて無茶だし」


 ヘンリック皇子はソーコが偶然助けた皇族で第三皇子だ。

 そして皇子がソーコに一目惚れしたため、平民にもかかわらずここまで良い待遇を与えているとの噂だ。

 しかしソーコも言っている通り、平民が皇族に嫁ぐ事は正室はおろか側室ですら不可能である。だからか、ソーコをどこかの上級貴族の養女として迎え入れ、その後正室にしようと企んでいる噂も流れている。

 またアリアやネイルからすれば、皇族に仕えるためにメイドの技術を学んだとはいえ、下級貴族がそうそう簡単に皇族に仕える事などできない。だから将来皇族になり得る可能性のあるソーコに仕えておくことで、先手を打っているという事情もある。


「でもぉ、第三皇子だから皇族の義務も少ないですしぃ、それでいて皇族扱いになるのですから、お得ですよぉ」

「バーゲンセールみたいに言わないで。それに何度も言ってるけど私は男と結婚なんてしないってば」


 二年ソーコとして生活しているが、やはり心は男だ。

 どうしても男と結婚なんてできないし、ましてや子を産むなんて想像すらつかない。


「あら、それではわたくし達といちゃいちゃしますか?」

「うーん、惹かれる提案だけどそれも遠慮するかな」


 はアラサーだった。そしてアリアとネイルの年齢を考えると事案発生である。

 それに最初は自前の裸を思う存分鑑賞したけど、さすがに二年も経つと正直飽きてくる。そしてソーコは文字通り設計された美形だ。アリアとネイルも十分美少女だけどソーコに比べると分が悪い。

 要は綺麗すぎるものに見慣れたせいか、あまり女性にも興味が無くなってきている。最も男の身体だったら話は別になるだろうが。


――ちょっとこれはやばいよな。


 とは思う物の打つ手がない。


「殿方に興味が無いなんてもったいないですぅ。ソーコさまはお綺麗なのですから、ここはがんがん行くべきですぅ。皇族の正室なんてぇ、玉の輿という比喩では足りないくらいですよぉ?」

「一生働かずに食べていけるのは魅力だけどね。でも今だって平民にしては十分稼いでいるし、預かり屋なら年とっても続けられるし」

「でも吹きさらしの外に朝から晩まで居るのはお辛いですよ?」

「うん、そうなんだよね。本当の所を言えば、街の出入り口近辺の大通り沿いに店舗が欲しいんだけどね」


 コインロッカーとして本来の客層は観光客だ。街の入り口近辺で観光に不要な荷物を預け、街中を観光し、そして帰るときに荷物を受け取る。これがベストである。

 だが帝都で地価の高い場所は貴族街近辺、東西大通りが交差する中央、そして街の出入り口である。正直な話、到底ソーコには手が届かない値段だ。

 百歩譲って大通り沿いの店舗を考えたとしても、毎月金貨五枚は覚悟が必要だ。そしてソーコの収入ではやはり手が出ない。そもそも大通り沿いの店は個人で経営するのを考慮していないのだ。


「どこかに金貨一千枚くらい落ちてないかなぁ」


 部屋着に着替えさせられたソーコは、食堂でシチューとパン、サラダを食べながらため息をついた。

 日本円にしておおよそ十億円だ。それだけの金額があって買えたとしても、せいぜい二十坪程度が限界であり、更にそこから建物代が入る。

 ちなみにソーコの貯金額は金貨五十五枚だ。平民としてなら十分以上貯めている額であり老後もさほど心配はないが、店を持つには少々どころか思いっきり足りない。


「そんなぁソーコさまにぃ、お仕事のご依頼がありまぁす。お金を稼ぐチャンスですぅ」

「ぁぁん? 私は預かり屋で忙しいんだけどさぁ」


 預かり屋なのだから毎日居る必要がある。預けたけど引き出せない、では客からすれば非常に困る。

 雨が降ろうが雪が降ろうが、毎日あの露店にいるのだ。風邪を引いても自前で病気治癒の魔法を使って治すくらいだ。


「ヘンリック皇子と一緒にバースデイルダンジョンへ散歩しにいくご依頼です」


 ネイルは文句を言うソーコをスルーして依頼内容を告げた。

 皇族からの依頼ということであれば、預かり屋を急遽休んでも誰も文句は言わない、いや言えない。

 ただ言えないだけで不満は高まる。ソーコとしては信用度を下げる行為だ。しかし預かり屋がここまで信用を得られたのも皇族から何度も依頼があり、尚且つ完遂させているからという理由もある。


「……今回は何階なの?」

「いつもと同じ五階層です。同行者もいつもと同じリミック上級騎士とアリミデイル宮廷魔導師ですね」


 バースデイルダンジョンはこの町から一番近いところにある初心者向けのダンジョンだ。十階層からなり、レベル十前後の複数人パーティが推奨されている。

 そして皇族は二十歳くらいまでにここを攻略する事を推奨している。遙か昔、魔族と人族が争っていた頃は必須だったものの、人族側が勝ち、魔族が大人しくなってからは推奨とされるようになった。


「五階層ということは、またレベル上げですか」


 ヘンリック皇子は剣士だがレベルは八と低い。攻略するには十以上、安全を考慮するなら十二は欲しいところである。

 同行するリミック上級騎士もアリミデイル宮廷魔導師もレベルは三十近い。最下層へいくだけなら彼らに守られていれば十分可能だろう。

 ただしこのダンジョンのボスは範囲攻撃をしてくる。それに巻き込まれた場合、レベルが低いと死ぬ可能性が出てくるので十二は欲しいのだ。


「皇子は十七歳ですが、どうしても二十歳になるまでに攻略したいそうですよ」

「はぁ……あくまで皇族があのダンジョンを制覇するのは推奨でしょう? なぜそこまで拘ってるのかな」

「ソーコさまにぃ、少しでも並びたいからだよぉ。それくらいおわかりですよねぇ?」

「あっはい」


――男の沽券っていう奴か。理解は出来るけど、いざ自分の身に降りかかるとさっぱり分からないな。


 ソーコと出会った時皇子はレベル五だったが、皇族としての義務もある中、一年半でレベルを三あげたのは彼なりの頑張りなのだろう。

 ゲームでレベル上げをしたソーコだが、二年ほど依頼を受け何体かモンスターを倒しているもののレベルは全く上がっていない事から、相当レベル上げが大変というのは理解できる。

 おそらく自分はこれだけソーコの為に頑張っているんだ、と見せたいのだろうけど正直理解できない。


「とにかくご依頼です。露店はわたくし達が看板でも掲げておきますので、ソーコ様は街の西門出口へ六の鐘までに集合ください。後はごゆっくり皇子とご歓談ください」

「いやまって、ダンジョンだよね? 歓談するような場所じゃないよね?」

「ソーコ様は後衛ですからご歓談しながら皇子の護衛をお願いします」

「いやまって、皇子って剣士だよね? 前衛だよね? 何で後衛の私が護衛なの? そもそも後衛にいたらレベル上げできないよ?」


 冷静に依頼内容を伝えるネイルに縋るソーコだが、あっさり振られた。

 ソーコの食べ終えた皿を片付けながら、五の鐘に起こしに来ます、とだけ言って二人は食堂から出て行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌朝、というより明け方ネイルが起こしに来て、そのまま無理矢理着替えさせられ、そして家を追い出された。コインロッカーの仕事は六の鐘に起きるので、まだ眠い眼をこすりながら西門へと歩いて行くソーコ。

 ダンジョン、と言ってもソーコからすればかなり格下なので、装備もある意味適当な物を着ている。

 いつもの女性用神官アバターに、クエストで貰った信者の杖だけだ。杖がなくても魔法は使えるが、威力が増すので魔法を使う職業は杖を持つことを推奨されている。

 そして倉庫インベントリには細剣と短剣を一本ずつ。モンスターは倒すと死体は残らないが、動物は残る。そして動物の肉は解体すると売れるのだ。また肉をお土産にするとアリアとネイルが喜んで料理してくれるし、余ればどこかの店に売っても良い。

 我ながら二年で逞しくなったな、と実感するソーコだった。


「ソーコ殿!」


 西門を出ると既に皇子一行が待っていた。

 昨夜ネイルが言っていた通り、剣士のヘンリック皇子、同じ剣士のリミック、魔法使いのアリミデイル、そしてソーコの護衛二人だ。何故護衛が先に着いているのかは分からないけど。

 こうしてみると、前衛が四人、そして後衛が二人とバランスは良い。欲を言えばもう一人魔法使いがいれば雑魚戦で楽になるくらいだ。ただしレベルの低いものがいると最奥にいるボスには参加してはならない。何故なら範囲攻撃をしてくるからだ。余裕を持つならレベル十二くらいまで上げるのがゲームではセオリーだった。


「おはようございます、ヘンリック皇子」


 丁寧に挨拶するソーコ。相手は何せ皇族だ、下手に対応すれば首が物理的に飛ぶ事もある。

 だからなるべく関わりたくないんだ、と声に出さず呟くソーコ。


「うむ、今日は宜しく頼む!」

「はい、後衛はお任せください」


 ヘンリック皇子の体格は恵まれた体格をしている。おそらく遺伝だろうが皇族の男はみなそれなりに体格が良い。中でもヘンリック皇子は飛び抜けている。それ故か、過信し無謀な攻撃をする事がしばしばある。

 レベルを上げるならそれでもいいが、周りの立場からするとハラハラするだろう。蘇生の魔法はレベル八十以上の司教ビショップにならないと使えないから死亡するとほぼそこで終わりだ。

 そしてこの国、いやこの大陸中を探してもレベル八十以上というものは皆無だ。


「ステータス」


 ヘンリック皇子が空に指先で横を切ると、その空間にプレートが浮き出てきた。プレートに記載されている内容をさっと斜め読みし確認した皇子は満足げに頷く。

 どうやらレベルを確認したようだ。

 ふとここ最近ソーコも確認していないと思い、同じように「ステータス」と唱えた。


 氏名:蒼子(女)

 年齢:14(3352年)

 レベル:30(23873/30000)

 職業:僧侶プリーステス

 スキル:回復(小)、回復(中)、範囲回復(小)、解毒、病気治療、聖球弾、身体強化(弱)

 恩恵:倉庫インベントリ 951/1000


 プレートにはこのように記載されていて、HPやMP、力や体力などといった表記は一切無い。

 また、スキルを使う場合は、このプレートの文字をタッチするか、或いは『言葉』で唱えるか、のどちらかとなる。主に前衛なら『言葉』で、後衛ならプレートをタッチする者が多い。


――やっぱりレベル上がってないなぁ。まあここ最近ずっとコインロッカーしかやってなかったから仕方ないけどさ。


 金もそれなりにあるし、一時的にコインロッカーの仕事を休業してレベル上げに専念でもしようか、と思ったが、コインロッカーは信頼が大切だ。一回休業すると次再開したとき、また長い間信用と信頼を回復するのに時間がかかるだろう。


「では出発しよう!」


 皇子が元気よく片腕を上げて号令をかけ、一行はダンジョンへ向けて出発した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「いやさすがソーコ殿! 素晴らしい! 余は感動したぞ!」

「あっはい」


 バースデイルの五階層にはカーレイダスと呼ばれる蓮の葉に手足が生えてる、見た目少々気持ち悪いレベル四のモンスターがいる。顔に纏わり付いて窒息死させようとしてくるのだが所詮は葉っぱ、手でも簡単に引きちぎれる。

 ただし数が多く、また地面は湿地帯であり滑りやすい。油断するとあっという間に十枚くらいのカーレイダスに纏わり付かれてしまう。最もフルフェイスの兜なら窒息もしないだろうが。

 そう、弱くて数が多いのだ。

 手当たり次第狩りまくればレベル六や七までならすぐにあがる。問題はそれ以降レベル差ができてしまうのでなかなか上がらないのだが、それでも危険度が低くそれでいて経験値を貯められるのは大きい。またここで上げられる限界がレベル十九であり、それ以降は経験値が入らなくなる。

 つまり頑張ればレベル十二もいけなくなはい。ただし、アイテムは一切ドロップしない。そのため、経験値稼ぎ目的以外のものはこの階層にくる事は滅多に無い。


 そしてこのヘンリック皇子はいささかドジだ。女性がドジならまだ救いようもあるけど、大柄な皇子がドジはどうしようもない。

 今日も足を滑らせカーレイダス複数枚に襲われ、窒息させられそうになっていた。

 本来なら護衛役であるはずのリミック上級騎士が助けるはずなのに、なぜかソーコの方を見ているだけである。


——俺に助けさせて点数稼ぎをしたいのか。


 前述したが平民が皇族に嫁ぐ事は正室はおろか側室ですら不可能である。上級貴族の養女になれれば可能だが、平民を上級貴族の養女として迎え入れる事も実際は難しい。

 だから下級貴族の養女となってから上級貴族の養女へ、そして正室という段階を踏む必要がある。下級貴族ならばある程度の実績があれば平民を養女にすることも可能だ。

 そのための点数稼ぎである。


 まあそれはともかくこのまま放置しておくと、皇族の一人がダンジョンで窒息死、という事になる。もちろんリミック上級騎士も皇子が限界近くになると助けるだろうが、そこまで放置させる訳にはいかない。

 仕方なく細剣を倉庫インベントリから取り出して皇子を救い出した。


「さすがソーコ殿ですわね。わたくし、感動致しました」

「私でなくともリミックさんなら簡単に助けられたのに」

「そんな馬に蹴られて死んでしまうような行為、わたくしもリミックも出来かねますわ」


 徐々に囲い込みが出来てきている。

 皇子を助けたあと、アリミデイル宮廷魔導師が駈け寄って褒めてきた。彼女は侯爵家の者だ。皇族に付いて行動する側近なら最低伯爵家以上でないとならないらしい。ちなみにリミック上級騎士も伯爵家だ。そしてどちらも上級貴族であり、皇族の正室へ出せる身分だ。

 要はこの二人どちらかの家の養女になるため、その家の者の目の前でソーコに実績のあることを見せる、という作戦なのかも知れない。そうでなければわざわざソーコを同席などさせる理由が見つからない。護衛などこの二人だけでも十分すぎる程なのだ。


——この国から逃げだそうか。


 ただゲームでは帝国以外にもいくつか国はあるが、この大陸最大の国が帝国である。その皇族ともなれば他国への影響度も非常に大きい。正直逃げたところで、他国で捕まるのがオチだ。

 そうなれば皇族の意図に逆らった平民、ということで軽い処分くらいはあるだろう。

 そして別の大陸は未実装である。つまり海を渡ったとしても別大陸があるかどうかは不明ということだ。

 逃げ場が無い。

 はぁ、と大きくため息をつくソーコ。

 いっそ死んでしまおうか、もしかするとログアウトできるかもしれない、とさえも思ってしまった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして十五年の月日が経った。

 ソーコはヘンリック皇子から逃げられず、結局正室として結婚となった。

 また経歴としては、メイドのアリアの実家に一度養女として入り、その後アリミデイル宮廷魔導師の実家へ。そこで三年ほど貴族としての修行を行った後、十八歳の時にヘンリックと入籍。

 現在三十三歳で二児の母親となっている。


 さて、皇帝の兄弟は一応皇族として扱われ、離宮で生涯を過ごす。またその子も皇族として扱われるが、孫は平民となる。これは貴族であっても同じであり当主の兄弟の子までが貴族、それからは平民となる。そうしないと皇族や貴族が無限に増えていくからだ。

 ちなみにそういった平民は貴族の家に雇われる事が多い。なにせ親が皇族や貴族だから貴族社会を知っているので、その分教える手間が減るからだ。辺境伯家に仕える半獣人のレギウスも父親が貴族だったため、辺境伯家に仕えている。


 そんなソーコだが、現在細剣を構えて双子の息子たちと対峙していた。

 両方とも十四歳、そしてレベルは驚くべき事に六十を超えている。一人は剣闘士、もう一人は魔導師だ。

 そう、ソーコという倉庫キャラ以外に作った、のメインキャラとサブキャラにうり二つである。


——まさかこういう展開になるとはなぁ。


 自分の愛用していたキャラが目の前にいて、自分に向けて剣を構えている。

 感無量、というべきか、俺はお前らになりたかった、というべきか。


「母上、参ります!」

「いつでもかかってらっしゃい」


 ソーコの外見はこの世界にやってきた時から一切変わっていない。デフォルトの身長を限界まであげたため設定上は十二歳だが、見た目なら十五歳程度だ。

 その理由は、ゲームのキャラは年を取らないから、だと推測している。

 ただ息子たちはこの世界の住人らしく、顔立ちはが作ったキャラに似ているけど身長体重などは年相応だ。

 傍目から見れば親子でなく姉弟に見えるだろう。


 年齢に見合わない鋭い剣筋がソーコを襲う。が、軽く細剣で剣先をはじき返して狙いをずらす。

 剣の技量は未だソーコのほうが若干上だが、力や敏捷は息子の方が上である。なにせソーコのレベル三十五に対し、息子達はもう六十三なのだ。

 なぜなら息子達には恩恵ベネフィットの一つ、経験増加があったからだ。九歳の頃にはバースデイルダンジョンであっという間にレベル十九に達し、そのあと帝国内にある各地のダンジョンを巡っては攻略を繰り返し、僅か五年で六十三に達した。

 ソーコのレベルがあがっているのも、息子達に同行したためである。


 弾き逸らされた剣を戻そうとあがいているところへ、ソーコは蹴りを放つ。それをもろに喰らった兄が飛ばされるのと同時に、火の矢が数本ソーコ目がけて飛んできた。

 が、難なくそれらを剣ではたき落とす。

 ええっ!? という驚きの声を上げている弟の方へ一足飛びに駈け寄った。が、途中で兄が遮る。

 結構深く蹴りが入ったはずなのに復活が早い、とソーコは思った。これもレベル差だろう。


「母様、僕たちのほうがレベル高いのになぜそんなにお強いのですか。魔法を剣でたたき落とすなんて、普通できませんよ」


 弟のほうが抗議の声をあげる。

 が、それはそうだろう。息子達はモンスターとしか殆ど戦わないがソーコはPvPもやっていたのだ。むしろレベル百五十に達した時点でソロでボス討伐か、PvPしかやっていなかった。

 そして火の矢は中央からやや先端よりに魔力塊があり、そこを狙って斬れば勢いを無くすのだ。こんな事を知っているものなど、PvPをそうとうやり込んでいないといない。


「私が一枚上手なだけよ。ほら、いいからかかってらっしゃい」

「よし、行くぞシエン!」

「わかったツルギ兄さん!」


 後衛のシエンが使う魔法を的確に落としながら、ツルギの剣をうまく受け流すソーコ。

 彼ら親子は二年後、迫り来る襲撃イベントで活躍することはまだ知らない。








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