不肖の妹
「お兄ちゃん、今日って予定とかあるかなぁ?」
いつもは「あんた」とか「兄貴」と
たいへんおざなりな呼び方をする妹が、
この日は「お兄ちゃん」ときた。
ははーん。
さてはこいつ、何か裏があるな。
甘えた声に浮かんだ鳥肌をさすりつつ
「なに?彼氏でもできた?」
と聞くと、
「い、いや、えっと、そんなんじゃなくてね」
などと目に見えてうろたえる。
「わっかりやすいなぁお前」
何か言いたそうに
口をパクパクさせていたが、
しばらくして観念したらしく、
気になる人がいて、明日がその人の誕生日だから
日頃の御礼もかねて何かプレゼントをしたいのだ
というようなことをしどろもどろに語った。
こいつに目を付けられた男も可哀想に。
「で?俺にどうしろと?」
「何がいいか……分かんなくて、その」
つまり、何か喜ばれそうなものを
見繕ってくれという用件らしい。
「お前の友達のことをなんで俺が知ってるんだよ」
無難な断り文句のつもりで
至極当然の問い掛けをしたはずが、
どうも本題に触れてしまったようだ。
「それがね、本居君って言うんだけど、有川浩の作品が」
スルーするつもりで
適当に相槌をうっていた。
少し待て。
聞き捨てならん。
「なんだって?」
「有川浩、さんが好きなんだって」
なるほど。
なかなかどうして、
見所のあるヤツじゃないか。
「だから、読んでみろとあれだけ」
「いやー、本ってすごくいい子守歌だよね」
この不肖の妹は確実に人生の三割は損をしている。
有川浩にも宮部みゆきにも、
モンゴル800にもブルーハーツにも、
世にあるあまたの素敵に手をのばそうとしない。
「なるほどな。俺のボーナスを
たかりにきたんじゃないのは褒めてやる」
「え?何言ってるの。そっちも期待してるからね」
すでに朝から母によるご機嫌伺いを受けていて、
こいつもこいつで乙女に似つかぬ下心。
駄肉に費やすくらいなら
もっと感動を知るべきだ。
「よかろう。なんたる偶然か、
今日は先生の新作の発売日だぜ。
パジャマ着替えて居間にこいや」
不幸な同志にせめてもの慰めだ。
ついでにこいつと母にも見繕ってやるとするか。
今日の行く先は商店街に決まった。
ミンミンとじゃかましい通りを抜けると、
今度はガヤガヤとけたたましい街角にぶつかった。
木にはセミが、
道にはヒトが溢れている。
よくもまあこれだけ数がいるものだ。
やかましいったらありゃしない。
「で、お前は本居それがしのどこに惚れたよ?」
「それがしじゃないよ。
恭司君。そんなの分かんないし」
「てんで見込みがねーのにご苦労なこってなぁ」
目をつり上げて頭を叩こうとぴょんぴょん跳ねる。
悲しいかな、身長差とは絶対的なものだ。
もしこんなところを見られたらどうするつもりかね。
人混みを縫って、
寂れた横道にはいる。
人混みを縫うといえど、
せいぜいが前に並ぶ人を
ジグザグと交わすくらいで、
都会の繁華街や夏祭りの混雑に
比べればてんでたいしたことはない。
「しっかしそんなに着飾ってどうすんだ?」
改めてしげしげと眺めてみると
暖色系のワンピースに花柄のサンダルときた。
ここまでちぐはぐだと笑えてくるな。
いっそ麦わら帽子でも買ってやろうか?
「お洒落でしょ?」
うわ、言い切りよったよ。
お洒落ですかさいですか……
馬子にも衣装というのさえおごがましい。
「ほれ、着いたぞ。ここだ」
案内したのは商店街にある小さな書店。
横目で見ると依頼人は微妙に不服そうな顔をする。
「小さいねぇ。向こうの本屋さんは6階建てだよ?」
確かに一つ辻を超えれば、
大きな全国チェーンの書店がある。
「まあね。ただな、こういう小さい書店ってのは
本好きには重宝されてるもんなんだ。
だから、もしかすっと……」
「発売日に置いてなかったりするんじゃないのー?」
失礼にもほどがある。
まだ昼前の時間帯なので、
ちょうど店頭に並び始めた頃だろう。
店内に入るため、手動の引き戸に手をかけ
カラカラと小気味よい音を立てさせる。と、
「おや、誰かとおもたらコマヤンやんか!
おまはんも隅におけまへんなぁ。
今日はえらいべっぴんさんつれてはら」
この辺では耳にしない
(本場でもうさんくさいような)関西訛りで、
入り口横のカウンターからにやにやと声をかけてくる男性。
「佐田さん。ちょっと聞きたいんすけど」
「はいよ。なんや?嫁はん向けの貢ぎ物でっか?」
何やら書き込んでいた書類から
手を放しカウンターに両肘をつく。
胡散臭い関西弁と無造作な黒髪、
似合ってない花柄のエプロンが特徴的な
《ブックスかりんとう》の店長、佐田司さんだ。
「あ、あの。私、妹、兄の」
わたわたと弁明するのを楽しそうに眺めて
「まあせやでな。
コマヤンにこないな彼女できたら
もうウチみたいなさびれた本屋、
きてくれまへんもんなぁ」
「いや、えと、だから、い、妹です」
「通じてるって」
「ほいて、名前はなんちゅうん?」
「きょ、本居君……です」
「いやいや、お嬢ちゃんの名前よ」
佐田さんとひとしきり笑いあって、
こんなんで告白なんか無理っすよね。
と問い掛けると、ほぉなんて言って身を乗り出した。
「ほいたらなにかい?
今日はその意中の兄ちゃんへの
プレゼント探しっちゅうわけやな?」
声を潜めて佳織に尋ねる。
「その、兄にじゃなくて、えっと」
「ぷっ。なははははは!
コマヤンとこの妹はんオモロいなぁ。
朝からようわろわしてもろたわ」
失笑して本格的に腹を抱える
店長に頷き返してから本題に入る。
「ちと待っとれや。確か《LIFE》を定期購読してはる人やわ」
フルネームをつげると、
どうやら覚えがあるらしく。
「ほらな。当たりだ」
「ていきこうどく?」
さすがに文弱は伊達じゃない。
気に入った月刊誌などを、
毎月買えるように注文してもらう契約かな。
と噛み砕いて説明してやる。
ふーん、なんて生返事がかえってきたのはご愛嬌だろう。
「せや、その兄ちゃんから、
取り置き頼まれとる本があったわ。
今日発売のイチオシ作家の最新作。
あの子もお目が高いでぇ」
「ほんとですか!
そ、それ、買わせてもらえませんか?」
目を輝かせて、カウンターに身を乗り出す。
その肩を捕まえて引き戻しながら、
「ばか。取り置きだっつってんだろ。
他の人に買われないようにって予約してんだ」
「せやねん。すんまへんけど、
この本は人気たこうてなぁ。
うちにはいった在庫は、ほとんど
全部取り置きに回しとるんですわ……
っと、はいはい、今出まっせー」
顧客帳をめくっていた佐田さんが、
鳴り出した電話の受話器へ向かう。
しょげて肩を落とした佳織が、
「ほら、やっぱり置いてないんじゃん」
なんてぶうたれてくるので
「あほなぁ、本居君は予約してるんだろ?
そんな本買っていっても喜ばれるわけねーよ」
「あ、そっか」
この世間知らずめ……
「はい、わっかりました。
ほな、ご注文の本は、えぇ、また後日?
わっかりました。ほいたら、次回入荷でまた連絡しますわ。
はい、はい。おおきにまいど!失礼しますー」
電話口でもペコペコと頭を下げる。
受話器を置いた店長は、ニコニコと
「噂をすればなんとやら、やな。
ちょうど今、本居はんっちゅう
常連様から今日は買いにいけんさかい、
それ店頭販売に回して今度入荷した分を
置いといてくれちて頼まれたんや」
こっちの反応をニヤニヤと眺め、
じらすように溜めたところで
ひそひそと落とし文句を紡ぐ。
「お嬢ちゃん、今ならとっくべつに売ったげるでこの本。
かたえぇ包装紙付いて2000円ぽっきりでええんよ?」
そんなバカな、と思ったが佐田さんは
レジ横の棚からハードカバーを抜き取り、
包装紙とともにカウンターに置いた。
不肖の妹は、自己の不器用を
都合よく忘却しているのか、
誰が包むのか考えもせずに飛び付いた。
「まいど!またきてやぁ!」
景気の良い掛け声に後押しされて
《ブックスかりんとう》を出る。
横に歩く佳織はほくほく顔だ。
「言っとくが、買っちまった以上
プレゼント包装は自分でするんだぜ?」
サァーッと青ざめてる表情が面白くて、
仕方がないからちぐはぐなコーディネートでも
こましに見える靴を見立ててやることにして、
「夕飯塩バターラーメンにしてくれたら
やり方ぐらい教えてやってもいいかなぁ」
とこれ見よがしに呟く。
狙い通りスーパーに行くから
じゃあ、またあとでねありがとう
と言い捨てて走り去る妹に苦笑がもれる。
世話が焼けるのか単純なのか。
ちぐはぐな妹の服装を思い出しながら、
懇意にしている仕立て屋さんへと足を向けた。




