6話◆白塗りの太郎◆
太郎は自分の顔を鏡で見て満足感に浸っていた…洗面台には絵の具が無造作につまれている…
「アンナこれでお父さんも受け入れてくれるよ」
そう、太郎は遂に越えてはならない一線を越えてしまったのだ。絵の具で自らの顔を白塗りにしてしまった…さらに黒い革じゃんまで着ている。
そこへお母さんがやってきた………
「た、た、太郎!あんた何やってんのぉぉぉぉ〜〜〜!!!!」
「ママ……」
絶句である。そりゃそうだ。この前まで副生徒会長で絵に描いたような真面目君が、今は白塗りの化け物に変身しているのだから。
「あんた頭大丈夫!」
太郎が少し恥ずかしそうにテヘヘと笑った。ママは汚物を見るような目で太郎を見ている。
「太郎!一緒に病院いこおお!!!」
「ママ……これもアンナのためなんだ。変な目で見ないでよ…」
「アンナちゃん?生徒会長で真面目で可憐で清楚で大和撫子なアンナちゃん?
あんたの白塗りと何が関係あるのよー!!!」
ママは太郎を罵倒している、化け物、化け物と罵倒している。太郎は最初黙って聞いていたが、遂にヒューズが切れた…
「キショアアア!!!!ママなんて嫌いだ!!」
太郎は走った。突然の奇声で転倒したママを残して……
太郎は走った!
あれから毎日ギターを弾いた、指の革は破け血が出るまで弾いた…
太郎は走った!
あれから毎日ヘビメタを勉強した1日5時間…
太郎は走った!
あれから毎日ヘビメタを聞いた、好きだったフォークソングのCDは捨てた……
そして全身白塗りまでしたのだ…アンナの父に認めてもらうために。
太郎はヘビメタ喫茶の前に立った。ドクロがまるで太郎を招き入れるように見ている気がした。
「アンナ!僕は君のために変わったよ!今の僕ならヘビメタ喫茶に入る資格はあるよね?
お父さんも……受け入れてくれるさ!!」
太郎は強い決意のもと扉の前に立った。
「ふぅ…」
一呼吸おく……
ガチャッ!
「いらっしゃ………えっ太郎君?」
白塗りアンナである、太郎の変貌をまじましと見ている。太郎はどこか誇らしげである。
「アンナの白塗りすがた……似合ってるよ。お父さんいるかな。」
太郎は少し照れながら言った。アンナはテヘヘと笑い奥に入っていった。
「パパ〜!太郎君がきたよぉ〜♪」
すると奥からアンナはマスターをつれて戻ってきた、マスターは太郎の姿を凝視している…
「キシャアアア!!!」突然奇声を上げて太郎にあるものを渡した。
ヘビメタ許可証である。
「パパ…」アンナは涙ぐんでいる。
「太郎君これはね『ヘビメタ許可証』と言って信頼できる常連さんにしか渡さない物なの…
カウンター席で食事できるんだよ。パパは太郎君のこと認めたってことなの……」
太郎は嬉しさのあまり震えている、マスターが太郎の肩を叩く
「太郎君!今日はゆっくりしてったらいい。」
アンナの肩も叩く
「アンナ、今日はもう上がっていいぞ!」
そう言うとマスターは奥に消えていった。アンナと太郎は仲良くカウンターに座った。カウンター席にはキングが座っている。
「おう坊主仲間だな!」
キングは太郎の肩を叩く、アンナはキングはこの店の常連さんだと紹介した。
とても楽しい時間が過ぎていく。2人は夢を見ているようだった…太郎はアンナを見つめたアンナはキャとクネクネさせる。ヘビメタの話題で盛り上がる、実に微笑ましい光景である。
2人はエレキの話題に移った……
「太郎君のギターIbanez何だすっごーい!ねぇ♪ねぇ♪何弾いてるの〜?」
「イングウェイ・マルスティーンだよ。結構うまいんだぜ!」
「ウェイ様弾けるの!すっごーい♪♪♪」
口からでまかせである、ギター始めたのは一週間前だ、イングウェイなど弾けるわけがない、ただアンナに気に入られたい一心でついた嘘である。男の悲しい性である…
「ねぇ…太郎君のウェイ様聞きたいなぁ…」
アンナは目を輝かせている。この展開は非常にまずい…
「えっ!で、でもギター持ってきてないし!」
「………聞きたいなぁ…ギター壁に掛かってるの使っていいよ…」
まずい、まずい…
さらに追い討ちを掛けるようにキングが言った。
「坊主イングウェイ弾けるのか!すっげーなぁ♪おーいみんな、坊主がイングウェイ弾けるってよ」
周りがざわついている…この展開はまずい!
非常にまずい!!!
すると白塗りの顔をしたマスターが満面の笑みで太郎に近ずいてきた、右手にはギターを持っている、太郎の顔が青ざめてくる…
「太郎君、気を使わなくていいよ。このギターはIbanez ピカソだ、私のお気に入りの一本だが、君に弾いてもらいたい」
太郎の手には幾何学模様が鮮やかなギターを持たされていた。マスターがアンプを繋いだ。最悪である!店内中、太郎を注目している、太郎の目には涙が浮かんでいる…
一瞬の静寂……
アンナは小声で頑張ってと言っている…
「………」
「………」
太郎はもう引けなかった…なかばヤケクソである
「え……KISS弾きます」ピックを持つ右手は震えている………
モッモコッ…
「………」
モッモコッモコッ…
「……クスクス」
失笑である。どこからかヘタクソ…っと聞こえてきた。マスターが太郎の肩をポンと叩いた。太郎はギターを返す、恥ずかしさと情けなさで涙がこぼれ落ちる……
その時……
『ギュワーン!!!ダララララーーー!!!!』一気に店内が歓声に包まれる!マスターである!手にしたギターをかき鳴らしているのである!!半端でなくうまい!
エイトフィンガー、タッピング、スウィーブ……高等技術のオンパレードである!
店内は奇声に包まれる!口から泡を吹いて興奮している者までいる!!!その時キングが壁にあるギターを手にした、Gibson レスポールカスタムである!!キングがステージに上がる!!!
『ギュワーン!!!!』
こちらも半端でなくうまい!すると今度はマスターがアンナを手招きしたアンナは壁にあるギターを手にした、モノトーンのGibson フライングVである!!アンナがステージに上がる!!!
『キュイーン!!!!』
こちらは2人と違ってボリューム演奏、クウォーターを多用した鳴きのギターだ!もちろん半端でなくうまい!!!
3人は発狂したように白目をむき奇声を上げ演奏した。客の興奮もピークに達する、泡を吹いてる者もいれば、全身をかきむしってる者もいれば、興奮して全裸になる者もいる!
ジャン!
「………」
3人のジャムセッションが終わった。客はもう一度大きな歓声を上げる。太郎は立ち尽くした。涙がポロポロ落ちる…
そりゃそうだ自分のヘタクソなプレイの後、あんな超絶プレイを見せられたら…惨めでたまらなかった…太郎がアンナをじろりと見た。
「アンナは僕より、ヘビメタのが好きなんだーーー!!!!!
うわぁぁー!!!!!」太郎は涙を流して走った、アンナも追いかける。
「太郎君まって!!!」
「………」
「お願い!!!」
「………」
太郎が立ち止まった。
「……僕は君のことが好きだった…君の事をもっと知りたくてヘビメタを勉強したんだ……
でも…君は僕よりヘビメタのが好きなんだろ!」
「違う!」
「嘘だ!じゃないと僕のヘタクソプレイの後、あんなプレイ……できっこない!僕は惨めでたまらなかった!」
「ごめんなさい……でも私、太郎君が好きだから…
もし太郎君がホップス好きなら私ホップス好きな女になる……
もし太郎君が演歌好きなら私演歌好きな女になる…………」
アンナは涙をポロポロ流し、声を上げて泣いている、太郎が我に返る。
「ごめん…言い過ぎた…アンナの気持ちを考えずに、本当にごめん……」
「ううん…私こそ、太郎君の気持ちも考えずに………本当にごめんなさい……」
太郎とアンナは見つめ合い抱き合った。
涙で白塗りの顔は酷く汚れているように見えた…………
人は恋をすると周りが見えなくなる…
全てを犠牲にしてでも恋に生きようとする…
たとえ悲しい終わりになるとわかっていても恋をせずにはいられない。
恋とはそれだけ魅力的なものなのだ…
『完』