09 作戦室で戦争は困る
「御機嫌ようから屠殺まで、どちらがお好みで」
物騒、それにつきる言葉を涼しい顔で恋歌は放っていた。
視線の前には雑踏、新港区の街並みも昼に近づき多くの人が行き交う賑やかな通りの中で。
岩清水のごとくナチュラルにしてサラリと飛び出してきた言葉に、近くを通った人の顔色がわずかに変わるような声に相対している者達は一歩引いてしまっていた
「……できれば話し合いをしたいのですが」
行き交う人の中、目の前に立っていたのはメイドだった。
組合が貸し出ししているメイド服を着た二人組。
一方は黒髪ロングに糸目の清楚系、もう一人は着崩したミニスカに金髪、まつげが天を目指してトゲトゲし瞳キラキラな凸凹コンビな二人組
「コントやるから仲間に入れという話ならお断りしますよ」
「誰がコントだって、テメー」
食ってかかったのは金髪の方だった。
明らかに改造してある制服、恋歌と黒髪が来ている標準型のロングスカートとは違う膝上10センチのミニスカメイドは唇を歪ませ睨みつけて
「黙ってついてこいや !! ツラ貸せって言ってるんだよ、どチビ」
「残念ながら手持ちのヅラはないので、バス停に並ぶおじさんの頼んでは如何でしょうか。何割か貸し付けに応じてくれる人もいるかもしれませんよ」
「ヅラじゃねーよ!! ツラだ!!」
癖毛混じりのミニスカメイド、目の上ぶん殴られたみたいな青いシャドーの顔は不用意にしてずけずけと歩を進め恋歌の射程に入って顔を付き合わせた。
見た目洋物玩具のお人形のように可愛い顔が、鼻筋口顎を顔芸人のように歪めてメンチを切る姿は、道行く人が避けて通りたくなるような一触即発の状態だ
「ふざけてんのかテメーわ」
小刻みに上下する顔が、背の低い恋歌の顔を睨めつける。
同期したように恋歌も首を上下させ、合わせた目線の間には確実に火花が散っていた
「あーあー、ふざけてませんよ。むしろその制服の方がふざけているのでは、森川メイド長に撲殺されたい、またわ私に……」
撲殺されたいとか、そう言うと同時に殴ろうとしていた。
ノーモーションの至近弾を顎に打ち付け、おバカなミニスカメイドを空に舞わしてやろうという悪意を敏感に察知した影があった
「彼女の制服は私達のご主人様からのものです、組合のものをいじっているわけではありません」
黒髪の糸目は一瞬にして入り込んでいた。
金髪ミニスカメイドの顔に恋歌の拳が入るモーションを取らせない真ん前に
「私たちは離宮区に主人を持つメイドです。私は鷲尾白崇と申します。彼女は棚橋レダ(たなはし・れだ)、今日ここに来たのは恋歌・ピクシス、貴女とお話しをするためです」
丁寧な口調、上がっていたテンションに冷水をかける整然とした態度を前に金髪メイドのレダは踏み込み過ぎていた身を引き、恋歌は引き続き揺れていた。
揺れて、いつでも戦えるように暖気をする顔で答えた
「つまり殺し合いのための紋切りに来たと解釈してよろしいので」
ひたすらに物騒な返答を投げかけて。
「離宮区?」
「そう離宮区、明日から行く事になってるじゃん。だから御影くん、私と一緒に行動しない?」
学園はすっかり昼食時に入っていた。
珍しく平穏な授業を受けた悠人だったが、弁当を持ってくると言った恋歌の不在で昼飯を抜こうかとため息をついたところで北条愛守姫に捕まっていた。
初めてあった男子になんの気兼ねもなく人懐っこい態度で手を引くと、屋上のテラスへと悠人を連れて行た
「なんで、行くんですか?」
「えー、資産家に挨拶するのよ。この学園って金持ばっかでしょ」
「……」
水色のガラステーブル、下には南洋の海を思わすビジョンが映し出されている。
個別のテーブルが置かれる植物の多いデッキテラスは天井に太陽光変更グラスをつけた最上級の休息エリア。
実際このテラスは学園でも名有りにして実力者が占有するスポット。
話しの飛躍もあるが、悠人のような成金企業の御曹司が大きな顔して入れる場所ではなく、肩身を狭くしながら愛守姫に伺うしかなかった
「挨拶って?」
「挨拶だよ、古臭い金持ちに新人金持ちな俺たちが挨拶に行っやるのさ」
小さく丸まっていた悠人の隣には一緒についてきた佐伯が陣取っていた。
ハイソなテラスに合わせ、厳選食材での食事が出されるここにあってハンバーガーとフライドポテトという市井のジャンクフードを前に並べた顔が俯いている悠人にポテトを差し出し
「無学な悠人には俺が丁寧に教えてやるよ」と
現在の東京都は人口流入の結果として改変され新しく設立した区と、旧来あった区を統合して作られた区、それに旧来からある区という形で23区を形成していた。
新しいものは新港区のように従来の土地から離れた浮島として作られたものが筆頭になるが、旧来の区を統合して作られたものの筆頭といえば「離宮区」がもっとも有名だった。
離宮区は古き良き時代の日本を写した街として存在する。
震災で逃げ出し真新しいく作り出された新港区の金持ちとは違い、地元に根付き数代を過ごした本物の血筋を持った富裕層が住む場所として。
地震以降安全を求め、新しい区へと息子たちを送った者は多い。
同時に年寄りと老舗は陸地に残ったというケースも多い、つまりは有数の金持ち区が親族縁者によって交流を持つのが新港区と離宮区だった。
交流という挨拶。
本拠地としてではなく、金持ちにとっての避暑地という見方が強い新港区。
子供達のために作られた学園から、陸地に住まう本家への挨拶。
地震以降色々なものが分断され始めていた日本の中で、金持ちの集合体はこれ以上の分裂を招かぬよう結束する必要を痛感していた。
残った者たちにもきちんと目を向けているというゼスチャー。
次の時代を担う若き経営者の卵たちは、そういう古臭いしきたりに縛られている。
が、この交友も表向きなものになっているのは否めなかった。
実際には震災で無くなった店も多ければ、潰れてしまった会社も少なくない。
さらには本社自体を日本国内に置かなくなった会社が圧倒的に増えていた。
もともとの名目はともかく交流会というお題目は、旧来の社会見学のようになっていき、今では新都学園に通う生徒たちの息抜きに変化していた。
離宮区港区街こそ金持ちたちの住処として定着しているが、新宿区街には大型カジノが出来ていた。
2000年代臨海部にカジノを作る計画があったが、様々な条件が合わず作られずにいた。
それが地震から向こう国庫の増産を見込む政府により内地に作られた。
国が経営してはいるが、企業のバックアップによって作られたそれには世界各国からの客が訪れ大いに日本国を助けた。
復興資金の捻出に頭を悩ませていた政府にとって、カジノは大活躍の名所になった。
そこに遊びにいくという「挨拶」を新都学園は続けていた。
「カジノに遊びに行くって事なの?」
嬉々としてカジノの話をする佐伯に田舎者である悠人には理解の範疇を超えるものだった。
実は関西にもカジノはあった、関西というか四国にだが。
地震からの国土回復に必要だった資金を回収するためには東京都一箇所だけではまったくたりなかったからだ。
だが、そこに子供、それも学生の身分ではいるという事は考えた事もなかった。
当然日本国の規則でもそれは違反とされていたからだ。
「それはダメでしょ、だって法令違反だよ」
今更な注意だ。
ここにいる者たちは警察権力さえ程度金で捻じ曲げる事が出来る財閥子息子女の集まりだ。
普通の学生とは最初からスタートラインの違う人種は、その世界に見合った活動を必要とする。その実地のための場所としてカジノを楽しむという言い分に悠人はダメだと首を振る
「僕はいいよ、そういうのは社会人になってからだ……」
「硬い硬い、いいか社会に出たらこういう場所で取引するのは当たり前になるんだぜ。慣れる必要はあるだろ」
昼間から管巻く酔っ払いのような佐伯は何度か足を運んだ事を自慢げに話していた。
同じように笑顔でうなづく北条愛守姫も
「カジノにはブランド店や高級レストランもいっぱい出店しているのよ。そういうものを見て回る私の楽しみに付き合ってくれてもいいのよ」
慣れた二人の間で肩身の狭い思いをしていた悠人に救いの手を伸ばしたのは白川彩奈だった
「交流会がある事は忘れないでよね」
トレイにクラブサンドを乗せた彼女はそのまま悠人の隣、佐伯で挟むような形で着座した
「交流会には男女2組による「班」を組むのは規則よ、この4人で成立という事でいい」
座っていきなり話を決めていた
「私はクラス委員の一人よ、初めて離宮区にいく御影くんに色々と教えてあげるのは義務だと思ってる」
「どうして……義務……」
お節介も行きすぎると義務になるのか、まるで授業参観に張り切る母親のような態度で柔らかい笑みを寄せる
「御影くん、カジノはあってもお金ないでしょ。だったら財団社会の勉強をした方がきっと身になるわ。私が色々な人を紹介してあげるから、まかせて」
貧乏人を見る裕福な笑顔。
輝く瞳に天使の輪が見える髪が眩しくて、現実から逃げたくなる悠人。
このクラスの中で御影産業の財力はそれほど低くはない、むしろ後発の企業としては大成功を収めており西ノ島新都の筆頭施工会社にまでなった会社の息子が、お金持ってないと言われるのは結構に惨めである。
「……実際会社やばいから、十分なお金はないけど……、なんでその言い方なのさ」
「どうしたの、心配しなくたっていいのよ。私が付いているわ」
「はい……」
うつむき自分に向かってつぶやく、落ち込んでいいのか腹立てていいのか。
微妙な空気を発生させながら沈む悠人に、佐伯はご機嫌だった。
「金なら俺が出してやるよ、老人会の手伝いや介護はうちの会社に回しとけ白川」
医療器機の一大メーカー白真の息子は、ヒラヒラと振る手元にデイサービス事業部の宣伝を電子版にのっけと白川に投げ、悠人の肩をバンバン叩く。
いわゆる「いいひと」で通る白川は頬を膨らませ、眼前の不逞の輩に釘をさす
「勉強会も兼ねてる交流会に出席しないのは道徳の授業を拒否した事になりますからね。私が委員である事でそういうものを短縮する事ができるのをお忘れなく」
いいのか悪いのか。
クラス委員である白川にはそれなりの権力もあった。
彼女がいれば交流会で会う老人を厳選できる、無駄に長話の多い老人に当たらずに済むという危機回避ができる
「私は全然オッケーよ、白川さんも一緒がいいなー」
理路整然と責められ沈黙した佐伯に代わって、北条愛守姫がにこやかに応える。
一方で佐伯は納得しない顔だった。
実際白川を苦手としている悠人以上に、佐伯はお節介焼きとでしゃばりというレッテル貼りをする程に白川を苦手としていた。
白川より砕けた性格の愛守姫の方が、同様の楽しみを共感しカジノに行くのも楽だ。
交流会を短めに終える事ができるのは賛成だが、白川の態度からしてカジノに行こうという直前になって反対されたらとんだ水入りだ
「どっかで巻くのかよ」
「それもいいけど、適材適所ってやつを学ばないと」
抗議の目線をくれる佐伯に愛守姫の声は甘く囁く
「社会見学する前に、社会のあり方を学ぶのよ。ここも交流も一緒でしょ、苦手なタイプの人間を手駒に使えないと良い経営者になれないわよ」
甘く甘く甘ったるく熱い毒。
とろけた口調の中に密度の濃い嫌味が普通に入る。
「それに、後から残り物の子が入るよりずっといいわ。早く決まった方が予定を立てやすいってものでしょ」
難しい話から一転して軽い結論。
佐伯にはそれの方がわかりやすかった。
暗躍する会話の中に悠人は意見する機会もなければ、その権利もない。
社会見学の挨拶会、そりれにより作られた班に従い出かけるばかりだった。
「そうだ御影くん、メイドさんも連れて行っていいのよ」
「はい?」
ほぼ自分の立場が他人に依存して動かされている悠人に、愛守姫は余裕の笑みを絶やさず見せ続けていた
「メイドなんて必要ですか?」
学校が主催する会にメイドを連れて行く?
ピンとこないという顔に細い指先が指示している
「いた方がいいわよ、きっと。世情に疎い御影くんには絶対に必要だと思うよ」
そうだろうか
とても恋歌が自分より世情に対して正常な位置にいるとは思えないという困惑を頭に浮かべる悠人、それさえも愛守姫は見透かすように微笑んでいた。
「お弁当を届けるという仕事がありますから、手短にお願いします」
ビルの谷間、表通りから裏道につながる一角に恋歌と、訪ねてきた二人のメイドはいた。
海風が細かな路地を走り、鞴が立てるような奇妙な音を響かせている
「いろいろと御託をならべるより、私は鉄拳での解決が一番早いと思いますが」
相変わらずの口調、その声にイコライザーがごとくテンションを上げて噛み付くミニスカメイドの棚橋レダ。
「そんなに決闘がおのぞみかどチビ!! 海に浮かべてやろうか!!」
「やめなさいレダ」
言葉の汚さもさることながら、足を上げて威勢を見せるレダの姿はチンピラそのものだったが、連れの不出来を抑えるように黒髪を揺らす鷲尾白崇は冷静だった
「話し合いに来ただけです、ノーネームスターの仲間として」
ノーネーム。
有名な12星座とは違い、聞けば思い出す程度のその他の星たち。
「仲間とはまた異な事ですね、私たちは常に敵対する事で第二感情の獲得をしているものだとおもっていましたが」
「最終的にはそういう事になるのでしょうが、今はそうなる手前にいます」
「手前?」
「そうです各々が個別に動いており隙の多い時間は今なのです」
努めて理論的であろうとする硬い口調。
鷲尾は意図的によっくりと話しかけていた。
恋歌にしろレダにしろ喧嘩で解決したがるもの達がいる中で忍耐強い作業をしている。
真上から少しを過ぎた太陽、薄暗闇の中で恋歌の目は尖り緊張を高め始めていた。
ここは狭い、ビルとビルの間を通る獣道。
この先は突堤に繋がる落下防止壁があり出口は入ってきた道ただ一つ、ここを選んだのは鷲尾だった。
理由は互いに暴力を振るいにくい狭所であるからというものだったが、出口の側に鷲尾がいるのはいかにも不穏だった。
和平を望むに不似合いな場所、そこにメイド達は集まっている。
「で、不意打ち友の会でも結成したいという事でしょうか?」
「現状では私たちが狩り合っても得られるものは少ないのですから」
「少ない?」
「所詮無名星座ですから」
きっぱりとした卑下、むしろ清々しいほどの自虐に恋歌は笑う
「だったら徒党を組んでも微々たるものじゃあないですか、無力に無力を重ねるなんて無意味ですよ。そんな事をして一体何になるのですか、私はくだらない底辺の感情は見飽きてますし」
「簡単にな参戦ですがそう見られる事、それが狙い目なのです」
あざ笑う相手に冷静な糸目は前に一歩出ていた
「12星座の者達からすれば私たちの存在は本当に微々たるものです、それは作られた私たちが一番よく知っている。だからこそ力を合わせて12星座の者を先に倒す方が良いではないですか」
一理ある。
瞬時に恋歌はそう思った。
同時にある事に気がついた、このメイド鷲尾はこの街に住む他の星座の事を知っている、と。
「それでその打つべき有名星座は誰ですか?」
ナチュラルに聞いた、話の流れであれば簡単に相手の名前を白状するのではという安直な思案に基づいて。
だが鷲尾はどこまでも冷静だった。
「先に良い返事をいただけますか?」
手強い、路地を縫って走る風が鷲尾の黒髪を舞い踊らす。
「私達と手を組むか、組まないか。私は貴女の同盟を歓迎したいのです」
糸目の奥にある鋭い敵意を隠す、笑う唇は手を開いて答えを待っていた
「やっぱり解決は早い方がいいですね、ますまずな意見ですが私が弱者に見られるのは癪に触りました」
振るう拳、恋歌の心象ゲージはつまらないに一気に傾いていた。
弱いから寄り合い、強者である12星座を倒そうという意見は一見魅力的に見えたが面白味に欠けていた。
何を持って無名である自分を弱いと決めつけているのかという憤りの方が大きく前に出る結果を招いたに過ぎなかった。
「一つ聞きたかったのですが、どっちが星座の子なんですか? 撹乱を目の前に仲間になれとは随分な言い方と思いますが」
「どちらもですよ、私達はどちらも星座の子です」
すでに徒党を組んでするもの達、どちらが本物かなど分からなくても数の脅威を前に出したもの達と同盟などあり得なかった。
「お断りしますよ、名無しの弱虫チキン座さん」
「なんだとテメー!! お前みたいなチビを保護してやろうっていうのに!!」
話あいというより怒鳴りあい、それもれだの一方的な罵りを柳のごとく避けあざ笑う恋歌。
互いがわかりあったのは、互いが嫌いである事だけだった
「そんなくだらない作戦を立てて大威張りするなんて、薄味すぎですよ」
「頭使え!! くそチビ!!」
「二人ともやめてください見苦しい。困りましたね、作戦室で戦争は本当に困る」
片口を釣り上げ戦闘へとシフトする恋歌の姿に鷲尾は2歩引いて言った。
相手の感情を読み、理解のために距離を取るを体現し、入れ替わるようにレダが前に出る。
「選手交代だ。どチビ、いい気になるなよ」
ニーハイの足を前に、攻撃スタイルに構えたレダの前、恋歌はやはり笑っていた
「むしろいい気分です。矢張りこっちの方が解決が早いですから!!」
風が吹く、耳に響く共鳴音はゴングと変わりレダは恋歌に向かって飛びかかっていた。
「減らず口からへし折ってやる!!」
一足飛びで間を詰め、ボディーを狙うナイフが折り返しのレースを飾っている袖から飛び出す。
言葉通折るのではなく刺す、最小の移動でまっすぐに伸びた腕を恋歌の体をコンパスのように小さくクルリと交わし右フックを入れている。
ナイフを持っていた手を殴るという細かい攻撃にレダの爪が割れ、獲物が吹き飛ぶ。
「いったぁあああぁ、やりやがったな!!」
「なかなかどうして、ご主人様の甲型を見真似でやってみましたが、こういう所で有用なのですね」
チビの恋歌がさらにコンパクトに刻むように狭い路地で動く、レダは一瞬痛みにひるんだが戦闘を担当しているという自負がそれを超えて攻撃を継続させていた。
実際この狭さで大ぶりのパンチや振りかぶったナイフは壁に当たってしまう、縦ラインで互いが手を出し、避けそして前後へと体を振っての攻防が続く。
「チビぃぃぃいいい!!」
「なんですかヒステリアさん!」
下から上に伸びる攻撃は厄介。
同時に上からかぶせるような手数だって、厄介になる中でレダは膝を壁に擦らせながらフル回転だった。
武器を使わない恋歌の攻撃だが、前腕のガードには十分重さが響いていた。
骨の芯に響く痛みで顔が歪むが、怒りが顔色を変えさせない。
「いい気になるなと言った!!」
距離が必要、執拗に細かく距離を刻み打ち込みを続ける恋歌を、引き離す必要をレダは感じていた。
小回りが効く相手を突き放す前蹴り、そのつま先に仕込みナイフ。
当たらなくても距離は取れる。
「暗器使いですか、なんでみんな似ているんでしょうかね」
ウサギさんこと宇佐美砌も暗器を使った、どちらかといえば忍者のような刺客だったとニヤつく顔は飛ばされた蹴りをバックステップで回避。
レダの望む距離はできていた。
「痛めつけられればなんだっていいんだよ!!」
またも袖口から飛び出す凶器、それは拳銃だった。
「逃げ場はねーよ!! 羅針盤!! 殺った!!」
黒光りの凶器、手元に入る小さな口径ではあるが至近距離の飛び道具がマズルフラッシュを見せる。
「トウシローさん」
当たった?
音はした、だが恋歌は倒れてはいなかった。
むしろ姿がなかった、通路の幅を狭めていた室外機の頭を蹴り上へ飛んでいた。
逃げるのではなく加速を得るために、壁を床に見立てて体を固定、地面でいうのならばしゃがんで足払いをするような形で、レダの顔面を左へと。
打ち下ろした蹴り重かった。
いくら恋歌がチビとはいえ中に浮いたままではなく、壁を足場にしっかりと固定した一撃を耐える事は出来なかった。
そしてここは狭い道だった。
蹴られた体は踏ん張りが利かず、反対の壁へと体を打ち付けていた。
「まだまだ行きますよ。私のポリシーは、死なない程度に殺すですから!!」
レダは手から拳銃を落とさず乱射に近い形で2.3発と無意味な発砲していた。完全に脳震盪の状態だった。
目が右と左で別々の方向を剥く失態の中で吠えながら、次の一打であるボディーをえぐるようにくらい吐血していた。
「どごだぁぁっあ、この野郎!!」
背骨までを貫通された痛み、全身の神経が毛羽立ち、皮膚を突き破る痛みで膝が折れる。
そこまで叩きのめされた姿になっても、半分飛んだ意識の中で後ろにいる鷲尾だけは確認していた
「逃げろ鷲尾、私はぁぁっあっあ、ここで殺る!! こいつは危険すぎる!!」
避けられない殴打が傾いだ首の根を直撃し、繋がっていたレダの神経が解ける。
最早立ってはいられなかった。
前のめりに崩れる、落ちてくる頭を真正面に、それを蹴りあげようとした恋歌だったが素早く離れていた。
殴打の暴風以外なかったところに、小さな風船を刺すような異質の風が真上から走っていたからだ
踏み込んでいたら刺さっていた。
五寸はある長い針が地面に落ちている。
鋭利であり美しい輝きを見せる針に下がった恋歌は、倒れたレダを肩に連れる鷲尾に聞いた
「一体何人の星座を取り込みましたか? 本当はフォークダンスクラブなんですか? 」
ウォーミングアップは終わった。
そのぐらい短い時間の闘争だったと笑う恋歌に、糸目の鷲尾は澄ました表情を変えなかった。
「勘違いなさらないでください。私たちは常に一つの星です、全てであり一つ。今日は引き分けてあげます。離宮区へいらしてくださるのをお待ちしていますわ」
立ち込めるモヤ、吹き抜ける風を織り交ぜ裏路地を曇らせた世界の中で、交渉決裂に終わったメイド2人と上にいた者の気配は消えていた。
「……まったく昼食の時間を過ぎてしまったじゃあないですか」
手元の時計を見た、G耐久型の腕時計に入った亀裂を見て
「いい攻撃でしたねぇ、楽しみが増えましたけど……ご主人様がいないと意味がないですね」
「明日から離宮区に行くとは、行きわヨイヨイ途中は屠殺帰る頃には霊柩車ってやつですね」
「……いきなり物騒だね」
突然の予定だったが、自宅を任せるにしても、休暇を与えるにしても恋歌には言っておかねばならないと話した悠人の前で笑顔は踊って見せていた
「当然の事ながら私も参ります」
当たり前のようにそう言い放って。
交流会は2泊3日、注意要項に侍従・侍女を伴う事は許可と書かれている。
富裕層にとってこれは当然の事、こういうものだと思うしかない。諦めた悠人は少なめに荷物をまとめ始めた。
何事も起こらない事を願いながら。