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08 知らぬ仏より知る鬼へ

 一夜明けた悠人の顔はバンソーコで肌色を塗りつぶすようなひどい面になっていた。

必死でにげまわっていただけ、という本人の認識は別に体の各所に熱源となる打撲や擦り傷が無数にあり、顔にも少ないながらの腫れが残っていた。

顔の怪我を隠すのに、前日佐伯からもらったスキンパッチは実に役に立っていたが、くれた本人である佐伯の目をごまかすに至らず、朝一番に目をつけられていた

「なんだよお前、俺以外と手合わせしてくるたぁ、けっこう派手にやってんじゃねーか」

 前日の戦者である悠人に、佐伯の声はご機嫌だった。

あの日、帰りに湿布薬や痛み止めを渡した後、それをすぐに使う良心的な消費者のような悠人の面に尖った目を近づけて

「てめー、ケンカする時は俺も呼べよ。きたねーぞ、甲型を教えろよ!!」

「いや、そんなんじゃないよ。その転んだたげだよ」

 身を以て悠人の一撃を喰らった佐伯の目には、悠人はすっかり「隠れ武闘派」に見られていた。

「おいおい、今更俺に隠し事はねーだろ」

「いやまあ……そうなんだけど……」

 打ち解けたこの学園での初めての友達。

佐伯の尖った態度は「悪友」と呼ぶにふさわしい熱い友情を示しているが、昨日のことを説明する術がなかった。

というか、悠人自身が軽い混乱の中にあって話をまとめられる自信がなかった。

 彼女たちの戦いというものをどう言っていいのかを。

進化を得るために戦うという言葉の意味がわからなかった。

人間という存在をも人間以上の存在へとシフトさせるために戦う。簡潔に言えばそれを行うために彼女たちの戦いが必要であり、その戦いを客観的に感じるために、直接の情緒を知る自分が必要ということ。

「私は感情がないんですよ」

 そんな人間が普通に話をすることができるものだろうか、習ったことをやっているという恋歌のセリフ。

感情の増加、それにより新しい存在へとシフトする。

幾重もの言葉は聞きなれたものだったが、重なりあいすぎて小難しいものに変わり、若い頭はパンク寸前になっていたが、何より気になったのは

「私は人造人間です」という自己紹介だった。

 人が作った人、クローンのような元を複製して作るものではなく、パーツから人工物を入れて作られた生き人形。

ロボット? それにしては生々しい言葉遣い。

サイボーグ? でも感情がなくなるような半身機械などあるのだろうか。

頭はどうなってるの、脳みそがコンピューターのチップみたいになっているとか、気になることは本当に山積みだった。

 それでも朝出かけていく恋歌の姿を見れば、全部が絵空事に思えてしまう。

「きっと僕をからかったんだ、僕に気を使ってくれて……」

 そう思えど、そのあとに続いた喧嘩は普通ではなかった。

相手のお下げ髪のメガネ少女も「その事」を大切な秘密だったように言っていた。

目の前でギリギリの殺し合いをした二人が、自分を騙すために話しを合わせているとも思えない。

むしろ本当の事だからこそ、相手の少女は怒っていた。

「だったら二人とも人間じゃないって事なのかな?」

 妖怪は信じないが、科学が作る人型はいそうな気がする。

まとまらない考えに悠人のテンションは下降を続けていたが、威勢の良い声に引っ張りあげられる

「なんだよ黙り込んで、俺に沈黙はねーだろ」

「あっうん、その、前に些細なことで言いがかりをつけてきた人がいて……偶然またあっちゃって、なんか逆恨みっていうか、で」

「なんだよ、やっぱりやったのか。それにしてもうまくやったなー、この街はセキュリティ厳しいってのに、やっぱり噂になってるあれか、闇闘技場とかあるのか」

「どうだろう、夜だったし暗かったからわからなかったのかも」

 街のセキュリティは厳重、だからこそ学園内に「試合」などという馬鹿げたケンカ正当化の儀式がある。

どの街でもケンカや暴力はご法度だが、この街は特にそうだ。

金持ちたちがより合う真新しい街、安全に万全を期した平和色の強い白い街、のはずだった。

 佐伯の言葉からよりそれを確認した悠人の頭の中で、否定するあの声がこだまする

「警察はこない、そうなっている」

 この街の常識の範疇から逸脱した激しい暴力を、その目で見てしまっていた。

闇の闘技場、本当にそういうシステムがあるのではと思うほどに、昨日のケンカを佐伯に知らせることはできなくなっていた

「ハロー、御影くん。初めまして」

 沈黙と言い訳を繰り返しながら教室に入った悠人にかかったのは、軽く明るい声だった

「初めてだよね、私は北条愛守姫(ほうじょう・あすか)っていうの」

 気安い挨拶、フレンドリーに笑顔。

栗色のゆるふわヘアーに愛想の良さそうな嬉目は悠人の席の隣を陣取っていた。

昨日までは個別の席でさえ距離を取られていた悠人の席に、接近するように愛守姫はにこやかに座って手を振っている。

今までクラスの女子で自分に話しかけてくれたのは白川彩奈だけだったのに、突然見た事ない女子に話しかけられるのをどう解釈していいのかと目が泳いだが、愛守姫はそれさえも楽しむかのように長い睫毛の顔を近づけて確認した

「御影悠人くんでいいんだよね」

「えっ……はい、御影です」

 握手と白く柔らかそうな手を差し出すが、悠人は未だ反応に困っていた。

正直なところ昨日の今日、もっとも気になっていたのは佐伯と試合をしてクラスの何が変わったのか、それを知りたかった。

なのに新しい未知なる同級生との遭遇で、用心深さがフル回転の乾燥機状態で思慮が枯れ果てそうなめまいを起こしていた。

「佐伯くん……彼女はこのクラスの人?」

 藁ではなく、まず友に聞く。

真新しい進歩で友達を頼った悠人の顔に佐伯は口を曲げて言う

「亮司って言えよ。つーか北条は入学式以来引きこもりだったお嬢様だ」

「ずいぶんな言い方ね、佐伯くん。引きこもっていても同級生の名前はきちんと覚えているわよ私。白真社のボクサーさん」

 男二人の会話にも顔色を変えない愛守姫は人差し指を振って、自分がただの引きこもりでない事を証明した

「昨日の試合面白かったよ」と

「はっ俺は面白くねーよ。っていうか北条、どうやって試合を見てたんだよ」

「うーん、学園内のカメラだよ。授業受けるのと同じように使えるからね」

「中継かよ、変な女」

 学園には各種部屋を映すカメラが付いている。

ネットで単位を取っていた愛守姫がそれを介して授業を受けるように、試合を見ていたのは誰にでもわかる事だった。

「試合しっかり見させてもらったわ、ご学友の皆様」

 今更気がつく緊迫、昨日の試合でクラスの距離は圧倒的に悠人から引いた位置にあった。

誰もが話しかけない「危険な人物」へと昇格したのだが、そんなものあってないようなものといわんばかりの北条と、さらには仲良く登校してきた佐伯の存在で困惑は悠人以上のものになって教室に渦捲いていた

「佐伯くんのさー、ボクシングスタイルって結構単調なのねー。見てて分かりやすくてボクシングってのに興味もてたわ」

「テメーに何でそんなことがわかるんだよ」

「わかるよー、第三者として客観的に見ていたからね。佐伯くんとは真逆で御影くんは面白いスタイルだったよね」

「えっ……僕はただ逃げ回っていただけなんで……」

 見ていたよという目が、怒りに飛び出しそうな佐伯を抑え、言い訳を始めた悠人も止められていた

「違うでしょ臨機応変にして相手の動きをじっくりと読み取る洞察力。結構やり手なんだよね」

 冷や汗、自分をこんなに見ている人がいたという脅威に返事ができない。

冷静な指摘に腹をたてる余裕がある佐伯とは別に悠人は目を合わせられない状態になっていた。

教室の中は、名前だけで籍を置いていた北条コーポレーションの子女の登校に驚き、ケンカから仲直りどころかすっかり打ち解けていた佐伯の姿に驚き、その相手である悠人に驚くという昨日までではありえない状態に距離感を測りかね、静かな波のようなざわめきがただ続くという状態が拡大するばかりだが、愛守姫にとって周りの反応などどうでもよいものだった。

「ねえねえ、そういえば今日は来てないの御影くんちの素敵なメイドさんは?」

「素敵? 恋歌さんの事ですか?」

 実際素敵にクエスチョン、昨日の乱闘ぶりを見れば素敵という要素はどこにもなく、学校のカメラに映った分だけで恋歌を見ていた愛守姫がどの部分を素敵と思ったのかも謎だった。

「素敵とは程遠いような気もしますが……あっと、いや昼には来ます。組合の方に顔を出してから来るそうです……」

「そう、よかった私の友達も可愛いメイドさんに会いたがっていたから」

「可愛い? はあ……」

 素敵も可愛いも該当しないだろう恋歌の姿。

それは悠人のみが知る本当の夜の顔、ナイフをへし折り、人の首を引っこ抜かんばかりに振り回したチビのメイド。

「どうしたの?」

 思い出して具合を悪くしていた悠人に、愛守姫の顔は常に笑みを浮かべていた。

「後でまたお話ししましょう」

 始業のベルが緩やかな鈴の音になって鳴り響く。

新しい朝が来た、癸卯を見つけにくい息苦しい朝の本の数分、悠人はクラスの様子を伺う暇もなく別の脅威を感じながら授業の時間へと入っていった。



「おや、もう歩けるんですねウサギさん」

「……宇佐美砌(うさみ・みぎり)よ……」

 新港区と品川区をつなぐブリッジは古き良き時代を模したような鉄骨むき出しにリベットを多数打ち込んだクラシカルな作りになっており、観光客を楽しませるのに一躍かっていた。

朝の早い時間はカメラを片手に朝日を望む新港区の写真を撮るベストスポットにもなっている。

 この橋を望む水路と船着場を一体化したビルに新港区メイド組合の事務所はあった。

ポルト大聖堂の回廊を似した低層階、上にバロック様式を取り入れた20階建ての中規模ビルの一室で、恋歌と砌は顔を合わせていた。

「……こんな時間に貴女は何しに来ているのですか」

「制服を新調に、貴女に結構破られましたので身だしなみを整えるためにやってきました」

「ちょっと遅すぎませんか、主人を置いて一人で来るには陽が高いですよ」

「朝は勉学の時間ですよ、貴女のような襲撃者は夜しか出ませんから問題なしです」

 現在朝8時半、メイドが活動を開始するには遅い時間である。

怪我も手伝う不機嫌顔の砌は松葉つえをつく重症の身ながら、帰り支度を整えていたところで恋歌と鉢合わせになっていた

「それにしても随分と早い回復ですね、元気そうで何よりです。次回いつ殺し合いに来るのか予定を入れてくれると私は助かりますが」

「……嫌味ですか、まあいいでしょう」

 嫌味だ、どう聞いても嫌味にしか聞こえない。

それを眉ひとつ動かさない白けた顔でいい倒す恋歌に、砌の血圧は上がりっぱなしだった。

今の状態では指一本動かせない身、ここまで回復できて歩けるのが奇跡の状態の重症を昨日、いや正確には12時間前に負わされたのだから

「そんな体で街に出たら他の星座に殺されません?」

 恋歌の対応は相手に対する思いやりというものが微塵もなければ、気遣いのかけらもない。

冷めた目線で砌の負傷を見て、小さく口を笑わしただ煽るという最悪の顔をみせるのみである。

「そんなドジはふみません!!」

 砌の忍耐力はあっけなく切れ、つえを投げ捨てていた

「もう治りましたから……なんだったら今ここで貴女を撲殺してあげてもよろしいのですよ」

 発言とは別に支えを失った体に痛みの電撃が各所に走り、微震に体が包まれ口がへの字に曲がる

「ほほう、朝から良いテンションですねウサギさん。望むところでございますよ」

「なんども言いますが……私は宇佐美です!! 頭にくる女ですね……」

 怒りで震えた体に痛みの刺激が走り声の末尾が崩れる、額に脂汗、食いしばる歯と涙をこらえる目。

一触即発である二人の図は、芯の通った高い声に止められた

「やめなさい二人とも、ここはメイド組合のロビーですよ。人様に見える場所での私闘はどんな形であっても許しておりませんよ」

チビの二人よりはるかに背の高い女性は髪を飾るヘッドドレスに金の認印、二つの翼がクロスに交わるマークをつけている。

新港区メイド組合社内メイド長、区内で働くメイドの管理を一手に任されている長森川紫衣(もりかわ・しえ)は片目モノクルを光らせた顔で二人に静かな鉄槌であるげんこつを落としていた。

頭蓋の頂点に落ちた打撃は音こそしなかったが重く体の芯に到達するもので、一瞬二人のメイドは横に揺れる

「特に私の目が届くところで暴力は許しませんよ」と、静かな叱責が嘘のような強烈な鉄拳の後につづくがダメージは如実に表れる。

 目玉を裏返し失神して崩れる砌と、踏ん張って足元の床を沈ませる恋歌。

普通に見えたゲンコツだったが、実際には岩をも砕く打撃であることがよくわかる結果でもあった。

こんな強烈な一撃をノーモーションのうえゆっくりとした動作で繰り出した森川メイド長だが、顔に力みもなく静かな眼差しを維持したまま指示を出す

「宇佐美さんはまだ怪我がなおっていませんから、部屋に戻りなさい」

 すでに失神している砌だが、怪我はやはり治っていない、根性で歩いていた彼女に遠慮のない打撃を加えておきながら説教は続く。

雨に打たれて潰れた段ボールのように床に溶けている砌を助けることはせず、続けてに恋歌を叱る

「恋歌さん、貴女もいちいち騒ぎを助長するようなことを言わなくても良いのですよ。特にここで騒ぎを起こそうなどという腹積りがあるのなら反省房に行く必要も考えないといけませんね」

「そんなつものはありませんので、反省房はお断りします」

 森川メイド長は新港区におけるノーネームスターズ、無名星座の戦士たちの管理を任されている。

昨日のような大怪我をした者の処置をしたり、死亡した際の遺体収容をする場所でもある組合ビルの管理者でもある。

他の星座のことは一切教えてはくれないが、島から日本に入った者はみな最初にこのビルに入り最低限の教育を施され「持ち主」の元に送り出される。

恋歌の場合はメイド服などを貸し付けもされている。

 表向き厳しさを見せないおっとりした表情の女性だが、そのげんこつは床に自重をめり込ませる威力を持ち張り手を食らえば顎が砕ける。

どうしてこんな怪力なのかは謎だが、この街で生きて行くうえで彼女の援助は必須であるため恋歌をもってしても逆らうことはできない人物でもある

「恋歌さん、宇佐美さんを個室に運びなさい。そして深く反省しなさい。しつこいようですがここではどんな形の戦闘も許しません、これは変わることのない鉄則です」

 ここでは戦えない、戦ってはいけない。

鉄の規則を前に、恋歌は砌を片手に抱え森川の後に従った。

「恋歌・ピクシス、星座の子との初戦の感想は送りましたか?」

「はい」

 樽でも抱えるように砌を右肩に抱えた恋歌に、森川婦長の声は徹底した静かなトーンで続けた

「ひとつ聞いておきたかったのですが、なぜ宇佐美砌を殺さなかったのですか?」

「殺したら、復讐が終わってしまうからです」

 滞りない返事だった。

恋歌には新しい感情ができていた。

何度もの復讐を受ける期待と不安という、矛盾の果てを知りたいと俯いていた顔は笑う

「それは、貴女のご主人様の望みなのですか」

「そうです、私の主人様は繰り返される殺伐を望んでいます」

「それは大変に良いことですね。では新たな感情を獲得した貴女に先に進む情報を開示します」

 窓のない長い通路、人気はまったくない場所、星座の子らを管理する長。

この婦長がここにいる最大の理由は無名星座のみに与えられる情報開示にあった。

「北条コンツェルンの子女付きに一人、星座の子がいます」

「存じております、ウサギさんに教えていただきましたから」

「ならばさらに先に」

 知っている情報には価値はない、そういう皮肉も強めに込めた声に森川は動揺を見せない、まるで少しずつ開示する情報に貴女たちは踊り祭と言わんばかりの切り返しで告げていた

「彼女は黄道十二宮の一人乙女座を頂くものです」

 湿った表情で俯いたまま従う恋歌の目に光が戻る


「知らぬ仏より知る鬼に、(たま)ゲットですね」


 熱のこもったつぶやきに森川は反応しなかった。

ただ背中を向けたまま砌を寝せる部屋のドアを開ける

「良い結果が出せるように、人とは違う道、ありふれた感情ではないものを見つけなさい。この平和な街で貴女たちが見つけ出すそれ人類シフトの鍵となるのですから、多い励みなさい」

 静かな回廊、婦長と別れビルの外へと踏み出した恋歌は高く登った太陽に目を細め、そして笑っていた

「大きな星、その星を落とした時どんな感情が沸き立つのか、楽しみです!!」



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