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07 誅伐の徒は我なり

「月にピヨピヨと跳ねなさいなウサギさん!!」

 恋歌は嬉々としていた、それは青い闇の中でも見える真っ白な歯を見るにわかるほど。

間のつまった二人の攻防は闇の中では風切り音だけで、他者には何をしているのかわからない早さだったが、恋歌は息を切らすことなく語りかけていた。

「少しばかり私とお話ししませんか」

「話すことなどありません!! 大事を無用に広めるその口、縫ってさしあげますわ!!」

 暴風の風切り音、小さな二人のメイド、まったくもっておかしな戦闘が始まっていた。

 一方で御影悠人は逃げていた、全速力で。

理由のある逃走だった、恋歌を狙った影は同じメイド服を着た少女だったが悠人を狙っているのは輩だった。

世紀末も真っ青なほど、黒光りに鋲打革ジャン、手に手に携えた尖ったもの。

一度に相手するなんて前に飛び出してしまったら、圧倒的手数に勝てる見込みはなかった。

だからこその逃走、海岸通りに点在する雲梯やオブジェを盾に数を分散して戦うしかない。

「まてやこらぁ!! ブッコロしたるぅ!!」

「待つわけないでしょ!!」

 冷静さのかけらもない塊となった悪党ども、おそらく自分の首には賞金がかけられている。

悠人は素早く悟っていた。

それ以外に自分が暴力を受ける対象になる理由がない。

学園で行われるものとは違う別種の暴力は際限のない力による、殺意にも近い。

走る、逃げる、ターンして。

「やるしかない……どうやって……」

 逃げ切ろうという発想はなかった。

「警察はこない、そうなっている」

 恋歌の言葉が危機脱出の門を閉ざしていたから、戦うしかないそれだけが脱出の鍵になっている。

「死ね!!」

 ボコボコに曲げられた金属バットが縦にスイング、ターンから正面、正面から体ごと右に躱す。

進んでくる彼らの足に合わせコンパクトにまとめた左を当てる。

勢いで突進していたモヒカン頭が仰々しく飾り立てている耳、そのピアスを押して内耳に抉り込むように。

 止められない勢い、自分のスイングにつられる形でモヒカン男は前転する形で倒れる。

「……なんだ?」

 暴力の塊となって走っていたものたちが一瞬の危機を感じ下がる。

見越したように悠人は逃げる。

倒れたモヒカン頭は白目を見せてひっくり返っているが、誰も助けようとはしない。

「止まんな!! ひっ捕まえてブッコロせ!!」

「殺すとか、そんなとこ簡単に言わないでよ……」

 暴徒を先導する木元の姿、錆びたチェーンを振り回し殺意満点の言葉を美しい夜景のなおで叫んでいる。

 恋歌を遠巻きに見る形で悠人は走っていた。

メイド二人の戦いは回転の早すぎるコマのぶつかり合いのように所々に火花を散らしていた。

「……なんでみんなして暴力暴力なんだよ、話す前からこんなじゃ何がしたいのかもわからない」

 苦味に歪むくちびる。

背後に迫っていた相手を回し蹴りで遠ざける。

 夏の一歩手前、熱気を立ち上げるには早い季節の中で烈火の戦いは繰り広げられていた。



 悠人の戦いは知恵と勇気が必要とされるものだったが、恋歌の戦いは次元を逸脱したものとなっていた。

ウサギと呼ばれるおさげのメガネ少女は両手にクナイ、持ち手の尾につけた紐を操り距離感自由な攻撃を連続で続けていた。

「ピヨピヨウサギさん、自己紹介はしないのですか?」

 両手を開いた回転の技、緩急激しい刃物の台風を前に、恋歌の顔は緩やかな笑みを見せていた。

「随分と余裕があるようですね、クズ星座さん」

「恋歌。私の名前は恋歌・ピクシス。羅針盤座ですよ、間違わないで露店で売ってるウサギさん」

 相手の回転に合わせ飛んではしゃがみ、狂気の攻撃を、吹く刃筋風を追っては避ける。

「問題ありません!! 間違いもろとも貴女はここで死ぬのだから!!」

 光るメガネ、その下にある尖った目。

開けた口から煙を吐いて、メガネの少女は飛びかかっていた。

避けながらも押されていた恋歌を背後の白壁に縫い付ける一撃、石を砕き壁をえぐったクナイは恋歌の肩口、制服を刺して背後の壁までをも破壊し身動き取れぬように縫い付けていた。

「私の質問に答えてもらいますよ」

 動きを止めた恋歌の首に、右手から出したクナイの刃月の光を受けて青白く添う

「貴女の知る他の星座を、素直に白状してください」

「……そうですね、財団金井や北条コンツェルンまたは華族院関係あたりでは?」

「それはもう存じております。それ以外の……」

「私たちの情報は基本的に超財閥や大企業の管理下にあるはずです、金持ちありきの計画ですから」

「その認識は誤りです。計画が始まったのが50年前です、「特別な顧客」の名簿は中央管理室にあるのですから」

「中央管理室といえば離宮区(りきゅうく)新宿区街でしょう。政治も大いに絡んだ計画ですから」

 恋歌の目はゆったりとした溶けるような笑みを見せていた。

メガネ少女は相手の表情を読むことに長けていなかった、思わせぶりに態度に完全に乗せられていた。

「いいえ、この街の区役所兼海洋管理センターがっ……」

 メガネの鼻がめり込む、刃物を物ともしない頭突きが少女の顔面を襲っていた。

「あっ……ちっ」

 痛みに従い反って離れた上半身、がら空きになった腹に右ストレートが刺さる。

蓮撃の2打目に少女は鳴かなかった、いや悲鳴を出さなかった。

ヒビ入りとなったメガネを抑え一足飛びの離脱と攻撃に備えた構え。

「よくも……」

「おしい、もう2発はいけると思ってましたが以外と素早い。メガネを落とさなかったところを見ると本体はそっちですか?」

 殺気の閃光、一瞬で攻守を入れ替える打撃を前に恋歌の悪ふざけもまた絶好調であり、顔を抑えた相手を景気良く煽っていた

「あんた……わざと……」

「ええわざと捕まってみました。お言葉の件が確定であれば後は情報として必要ありませんので残念です、要件は終わりましたのであの世に向かってダッシュダッシュですよウサギさん」

 鼻っ柱を真っ赤にし出そうになった鼻血を抑えているメガネ少女の前で、恋歌のステップは早かった。

体制を立て直そうとした彼女の右側頭部を蹴る、痛みに抑えていた右手の半島を見越した蹴りにたまらず彼女はしゃがみ追撃の前蹴りを食らう。

ガードは半分役に立ち、半分はダメージに肘がしびれるという始末。

「情報……私から情報を引き出すためにこんな芝居を?」

 警戒しながら立ち上がる少女に、恋歌はファイティングポーズのない普通の歩みで間を詰めていた。

「そうですよ、だって私一番最後にこの街に来たのですから。いろいろと知るには誰かと話さないといけないでしょ」

 誘い出された、この罠を張っていたことをしっていたうえに、自らも飛び出さざる得ない状況にされた。

痛みで口に広がった鉄分を噛む

「……」

「下手ですね、戦い方は学ばなかった?」

「学んびましたわ……」

 後転で転がった先、素早くクナイを構えた相手に恋歌の休息を与えようとはしなかった。

「いかにも手本どおり、丁寧な戦い方ですものねっと!!」

 学んだ武術に点数をつけられるほど劣ってはいない、確信はなくとも恋歌より二つは上をいっているというおごりを打ち砕く一撃は、その手足ではなかった。

 地面への一撃。

恋歌の蹴りは足元の石畳を直撃、破砕させた欠片を弾丸のように吹き飛ばしていた。

「?!」

 地面を削り取る鈍い音、反射的に避けた少女の背後で世紀末的悲鳴が響く。

「……狙ってやった?」

「ええ、ご主人様をお助けするのもメイドの務めですから」

 その言葉通り逃げ回っては攻撃というパターンを続けていた悠人を助ける一打。

乱撃の破片は、間を詰め悠人を捕まえようとしていた悪党たちに浴びせられていた。

石畳の破片は容赦なく悪党の顔面と体を打ち据え、暗闇に紛れて飛んだ弾丸を避けることができなかった悪党たちは電気を切られたマネキンのようにその場ですっ転び、血反吐に塗れる。

中には四肢に当たった石礫に骨を折られたのか、手足があらぬ方向に向いているものさえいた。

 音に驚き振り返った悠人にとって地獄絵の背後、恋歌は指を揺らし微笑んでいる

「恋歌さん、危険なことはしないで……」

「またまたご主人様、ご遠慮なく殺してやってください。私もたまにはサポートもしますから」

 余裕の笑みは自分の前で呆然としていたメガネ少女へと牙を剥く。

「さあさあ、行きますよメガネウサギ」

 声と同時に抜き取ったクナイを投げる。

直球のそれをメガネ少女はかわすが、横に飛んだ瞬間で脚部に激痛が走る。

低空を走り打撃を加えていたのは、先ほど砕いた石の欠片。

「石ぃいを……汚いですわよ!!」

「勝てば官軍です、汚いというならば大群でここに現れた貴女の方では?」

「私は、そもそもこんなところに出るつもりは……」

「でしょうね、でも「あの話」を口にすれば、貴女は飛び出してくると思っていました」

 完全に踊らされていた。

今更ながらメガネ少女は、自分の方がこの戦いに呼び出されていたことを確信した。

本来なら、闇で手を繰り御影悠人だけを亡き者にできればよかった。

主人をなくせばこのゲームは終わるのだから、それを真正面に見据えた作戦が自分の軽はずみな激昂で完全に瓦解していた。

「卑怯者!! 貴女は私たちの使命を暴露しようとした、それはあってはならないことだから」

「使命に忠実とでも? 貴女のご主人様は貴女にそれを願って大切な私のご主人様を殺そうとしたの?」

「それは……」

 足を引きずりながらも機会をうかがう。

もはや外野の乱闘までを見渡せる視野はなかった

「貴女のしていることが正しいのならば、名乗ってくださいよ。私は自己紹介しましたよ、隠すことなく主人の願いに添って戦う者が、実は卑怯者な闇討ち専門の危ない人ウサギさんでよろしいですか?」

 恋歌の手には木元から奪い取ったあの日のナイフが見えていた。

一撃離脱の乱闘を続ける悠人の目にも、持ち主であった木元の目にも映っていた。

「俺のベディーちゃん!!」

「ちょっと黙っていて!!」

 飛び出した木元の足を悠人が引っ掛ける。

一分一秒の間に起こる事象が、まるで全て恋歌によって支配されているかのように見える。

そう勘ぐってしまうほどに、周りの全てが恋歌にとって都合よく回っていた。

「ナイスです、ご主人様」

 木元を引っ掛けたことで、追いかけていた悪党たちは雪崩をうって転げていた。

まるで昔の香港映画を見るような展開を前に、メガネ少女は屹立し言い放った

「私の名前は宇佐美砌(うさみ・みぎり)、ウサギにあらず!!」

「そうですかウサギさん、今血抜きして香草詰めにしてあげますよ!!」

 声とともに互いが突進、触れ合う刃物の火花が一合二合と光る。

笑う恋歌と、怒りでフル回転の砌。

荒れ山のように重なって倒れた悪党たちと悠人、目の前で行われる超常の戦いに声も出ない。

唯一の雑音は木元の「ナイフ返せ」という息も絶え絶えの声だけだ。

「刃物で戦ったら……」

 もはや刃筋も目に映らない回転を目の前に、悠人の手は静止の合図にさまよっていた。

止めようにもどうしていいのかわからない空間、メイド二人のスカートが綺麗な円弧を描くロンドはあまりにも殺伐としていた。

「恋歌さん!! 刃物を捨てて!! 相手の方も!!」

 近づくことができない暴風の前で悠人は叫んでいた。

背後で倒れ重なった悪党は、走り疲れたのか仰向けで小休止に入っている。

もともと瞬発力の暴力を得意とする彼らにマラソンはそうとう堪えた様子を確認して、二人の方へと近づいていった。

「二人とも、怪我じゃ済まなくなるって……お願いだから刃物はやめて」

 どこまで近寄ったらいいのか、月の光だけが教える刃物の軌跡に向かって悠人は手を伸ばしていた

「止まって二人とも、刃物を捨てて!!」

「刃物でなければ良いので?」

 右足を引いて綺麗にターン、余裕の笑みで恋歌は悠人と目を合わせる。

当然それを普通ではいられない目で、刺すような目線でみていた砌が吠える

「なめるな!!」

 流し目の恋歌はそういうとナイフを投げていた。

それは相手する砌にとって屈辱の上塗りであり、最後のチャンスでもあった。

手を離れた凶器、素手の相手を翻弄するスカートの目隠し。

 砌は踏み込みを効かせていた体を急に止めていた。

ひらめくスカートだけが今までの動きに合わせ周り、柔らかなシェードが恋歌の視界を奪う。

「とどめよ!!」

「そうかな?」

 止まったのは片方。

止まらなかった方が目標を失わなければ良いだけのこと。

行き過ぎた回転で間を詰める、もう一周のおまけをつけてスカート越しの相手である砌のボディーくの字に折っていた。

 溜め込んでいた気合が口からこぼれ落ちる一撃、頭脳の中に響くあばら粉砕の地響き。

砌は悲鳴など言葉という形を出すことのできない激痛のまま地面に叩きつけられ転がっていた。

「刃物なんてなくたって、殺すのは簡単簡単キスより簡単ですよ」

 抉り込んだ拳の感覚は確実なものだった、あばらをへし折り臓器を圧迫して潰す。

それを確信した笑みは振り切った右手を見る目を狂気に染めていた。

「あっ……がぁっ……負けは……しない……」

 血反吐の泡が唇をかざり、地面をペインティングする

「気合ですか、さすがですね、本体のメガネを落とさなかったのは感心感心。次で本体破砕してあげますよ」

 上へと指差す右手の前、全身が痙攣し震える体を砌は立ち上げていた。

「こんなところで負けるわけには……」

「……」

 二人の戦いを見ていた悪党たちも同じように背筋を冷やしていた。

「あんなのに勝てるわけねぇ……」

 一人がそう口走れば恐怖は伝播するというもの、追いかけていた目標はただの高校生だったがそれをガードするメイドには勝てないと理解してしまった。

なぜなら悪党達は皆一度は砌に叩きのめされた経験がある者たちばかりだった。

自分達を苦もなくノした砌を笑いながら誅殺しようとする者に勝てないというのは身をもって受けた痛みから理解するのは容易だった。

 理解のあとは見るも無残だった、蜘蛛の子を散らすとはよく言ったもの、それぞれが奇声をあげることさえ恐るかのように闇の中へと走って逃げ出していた。

「さあお仲間もご帰宅のようですし、終いにしましょうか。優しく激しく痛々しく昇天させてあげますよ」

 懸命に己を立たせている砌の頭を髪を引いて立ち上げる。

足はフラフラ、抵抗しているのは体に残った一握りの意気だけ、悔しさに涙が浮かぶ

「あっと、ヤル前に聞くことがありました……聞いていいですか、貴女の主人の願いは私や、他の主人を殺すことだったのですか?」

 引き上げた顔、頬を伝った血を舐める恋歌は不可思議と首をかしげた目で聞く。

「主人に対する邪魔者を排除するのは……当然でしょ」

「つまり主人殺しは貴女の望みなんですね。だったら良かった、そういう出来損ないの星座を破壊するのに躊躇は入りませんから」

「出来損ないとは!!」

「ええ出来損ないですよ。私たちは皆、主人の願いとその感情によって世界を動かす。そう決まっているのに貴女は自分の願望で主人に尽くそうとしている。これを間違っていると、出来損なっていると言わないで何になりますか!!」

「主人の願いは……ただ……」

「もう結構です、間延びは嫌いなので」

 絶対零度の目線が牙を孕ます口で告げる「さようなら」と小さく動いたその時、悠人が危機を叫んでいた。

「恋歌さん後ろ!!」

「ええそうでしょう」

 合わせたかのような回転、砌を体を頭を捕まえたまま回る。

利き足を石畳に埋めた力強い回転は、背中に迫っていた木元に砌の体を使った打撃を食らわせていた。

「俺の可愛いベティーちゃんをぞんざいに扱いやがって!!」

 打撃からなお突進してくる木元、気の狂わせるほどのナイフへの偏愛が片手に砌を持った恋歌へと向かう。

一方で武器代わりに体を使われた砌は、絶命しそうな痛みの中にいた。

それは木元にぶつけられたことだけが問題ではなかった。

無造作に振るわれる体もそうだが、頭だけで持ち上げられるというワンサイドにかかった力で首の根が折れそうな苦痛を味わっていた。

 それは見ている悠人に十分伝わっていた。

「恋歌さん、やめて!! そんなことしたら首が折れちゃうよ!! そっちの悪い人も落ち着いて!!」

「やかましい!! 俺はもう本気だ、女も女もぶっ殺す、そんでもってお前もぶっ殺す!!」

 ナイフを振り回す木元に正気になれというのは無謀なことだった。

片目が裏返るほど額を痙攣させた顔は、口の端に血の泡を浮かばせて喚く

「こんないてぇ目にあったんだ、殺しちまわねえとスッキリしねえよ!!」

「同感です」

 正面でナイフをえぐりこむ体制を入っていた木元の前、一瞬で間を詰めた恋歌は左手の指でナイフの刃を挟み掴み取ると、そのまま腕ごとねじりあげていた。

木元の指は有らぬ方向に曲がる、鈍く内側に響く骨折の音が数本重ねて聞こえる。

「殺さなければ、心身ともにスッキリ終われませんからね」

 声は同時に掴んだナイフを高く上げて……


「誅伐の徒は我、往生しなっせ!!」


「ダメだよ!!」

 振り下ろしていたら木元は額に愛するナイフを突き立てられていただろう。

ただ呆然と目を見開いていた間抜け面は、止まった獲物の輝きに怯えそのま地べたに座り込んでいた。

「何をするのですか、ご主人様」

 トドメを止めたのは悠人だった、いや悠人でなければナイフは止まっていなかった。

手を掴んだのが悠人だったからこそ、恋歌は動きを止めていた。

「殺すなんでダメだよ!! 冗談でもやったらダメだ!!」

「殺さないとまた来ますよ、この手の輩は」

「来てもいいよ、その時はまた話したり、ボクシングみたいに勝負をしたりすればいい」

「……この二人はご主人様を殺したいんですよ、スポーツでなんとかなる輩じゃありませんって」

 冷めた返事だった。

先ほどまで尖っていた語りとは違い落ち着いたトーン。

それでも片手にはナイフ、片手には重症で息も絶え絶えの砌を抱えている恋歌。

「ここは潔く殺しましょう。サクっとパリっと。そうしないとこ奴らが持つ恨みや怒りの因果を断つことができませんよ。後々面倒なのは嫌ですし」

 先延ばしにはしたくない、その理由はよくわかっていた。

周りを見れぱ騒然の修羅場、夜中だから白を基調とした公園にぶち撒かれた血の色が見えないのは幸いだった。

そしてこの流した血の量ほどに、怒りや恨みは倍速的に積もるものでもある

 砌も木元も、逃したら今日の倍返しを考えるだろう。

殺しに来たと言っているのだから、復讐劇が続くことも想像できたが、それでも悠人は「死」で終わりにすることに激しい抵抗を見せていた

「面倒だろうがなんだろうが、殺すのはダメだよ。その人っていう存在がいなくなってしまうんだよ。どんな人であろうと目の前でそんなこと……許せるわけないでしょ」

「面倒くさいですね。つまり繰り返し襲撃を受けるのもやぶさかではないということでしょうか?」

「ああ、別に面倒くさくないよ。いつだって相手する」

 はっきり答えた、遠回しな言い方は恋歌には通じない。

少しの間だったが、恋歌と過ごした日々で学んだ。はっきりと答えなければ恋歌は好きなように動いてしまうという危機感から、首を横に振るゼスチャー入りで返事した。

 悠人の睨む目の前で、恋歌の目は丸くなっていた。

何か不可思議なものというよりも新発見をした喜びにもにた笑みで砌を下ろし、ナイフをへし折った

「いいですね、それこそがご主人様の最たる感情にして私の力となるもの『矛盾(コントラディクシオン)』と確信しました。わかりました。殺すのは止めましょう。貴方のその恐怖と温情の矛盾した感情は実に美味しい。これこそが人間というものなのですね」

 感情。

それを欲する。

背筋に氷柱を刺されたような寒気、悠人は笑う恋歌に恐怖を感じていた。

今更なものだっが、彼女が名実ともに普通の人間でないことを知ってしまったという後悔にもにた寒気だった。

人を超えるために人を殺すことを厭わないほどに感情という経験値を欲しいる、彼女はそういう人造人間であることを思い出した

「楽しいですね、これから毎日復讐を受けたり攻撃を受けたりするわけです。巡る日々のなか常に(たま)の取り合いが予定として入っているなど愉快でたまりません。良い決断でしたねご主人様」

 口を開けて笑う、笑わない目で笑う。

だがどんな目標があろうとも、「殺し」は絶対に許さないというのは告げる必要があった。

「恋歌さん、誓ってほしい。これからどんなことがあろうと人は殺さない、当たり前のことなんだけど……そう、当然そうあるべきことを誓わせて悪いけど凶器を使って人を傷つけたり死に至らしめたりしないと誓ってくれ」

「誓いますよ。人は殺しませんし、凶器も使いません。貴方の願いに忠実でありましょう」

「絶対にだよ、僕との約束だ」

「ええ、絶対にです。だからその時々の風に揺らされる感情を私にください、私に、私に、私が天使になるために!!」

 天使になるために戦う者達、おかしな話だった。

法治国家である日本で殺人を犯すことは絶対の罪だ。

それが偶然の事故であれ、故意の狂気であれ、罪を前提に裁かれる国で

「殺人をしないと誓ってくれ」なんて、「どうかしている」と知りながらも、牙持つ笑みの恋歌に言わざる得ない自分の境遇に目を回しそうだった。

へたりこみそうだった悠人を前に、目を輝かせる恋歌

「しかしご主人様、降りかかる火の粉を払う権利は私にもありますよ。殺しませんけど……体術は使わせていただきますよ」

「わかっているよ」

「では」

 了解を得た恋歌はナイフの欠片を探し震えている木元を蹴って意識を飛ばすと、溶けた粘土のように這いずっている砌を捕まえた。

「よかったですね、またお会いしましょう。ウサギさん」

「……私は……宇佐美砌だ……」

 満面の悪意は犯行する相手に頭突きを食らわし、意識を闇に落としていた。

「いつでもいらっしゃいませ、ここはパラダイスですから」と。




「新港区海岸通り白波公園内での戦闘行動が停止しました。待機班は速やかにコード48の回収と現場の復旧を開始してください」

 忙しく動くカート。

全自動ロジテックの中央に組み上げられた全面視界のディスプレイ。

情報は文字として浮いては消え、それに添った形で荷物は運び出されていた。

 司令室のそこには人の女が座っていた。

薄暗い間接照明のせいで黒く見えるが、赤銅の肌と丸いメガネ、白衣姿の彼女は回転椅子から立ち上がるとモニターに向かって話しかけた。

「特別な一体、「末の子」はいいわね。なかなか活きの良い子が出てきたて楽しくなってきたわ」

 モニターの側から矢継ぎ早の除法が早回しで流れ出ており、ただ文字を次々と浮かばせて意見を交換していく

「世界4箇所。合衆国のサクラメント、イスラエルのエルサレム、ロシアのセルギエフ、そしてここ日本の新港区。88星座の名をもった子たちは全部配分されたわね」

 メガネにかかるチェーンを鳴らし彼女は名簿を読んでいく

「すでに半分が失敗していまや総数36人、うち新港区には8人。世界じゃ切磋琢磨の争いで5人以下が普通なのにね、この国は平和すぎて良い結果を得られないかもよ」

「それは早計だね」

「あら、起きてたの?」

 キーボードを弾く音だけ、まるで独り言のようだった部屋に機械で作られた声が響いた。

「この国は平和だけど、それゆえに心の闇は深い。迫る終わりの日に人の心は簡単に闇に転がり、銃器や薬物、軍事的武力以上に残酷な魂を目覚めさせるかもしれないよ」

「だから特別な子をこの国によこしたのでしょう。でもねぇ日本は甘々よ楽観的な予測にすぎないんじゃあないの、おじいちゃん」

「失礼なことを言わないでくれよ、我が娘よ」

 一つ目とは別のモニターから嗄れた音を作り込んだ声が割って入る

「あらあら今日は二人も起きていたの?」

「いや、私も起きているよ」

 さらにもう一つのモニターが点滅とともに声をかける

「あらあらあら、珍しいわね。月と太陽、それに金星が集まるなんて。日本の子にそれほどの期待を?」

 それぞれのモニターに映るアイコンは声に連動して点滅を見せる。

「世界の情勢によって進化した子たちはすでに何人かいる。サクラメントに1人とロシアで2人。意外だがエルサレムでは成功していない」

「ふしぎだね、信心が神の領域を侵さないという防止線でも張っているのかな?」

「だからこそ日本での結果が気になるのだ。無神論者が多くなのに全ての事象に神仏を感じる民族に」

「オーケー、よくわかったわ。でも一度に大量の資料を転送しないでちょうだい、私にだって仕事があるのだから」

 声とは別に各地で行なわれている結果や過程の報告が細かい文字として上から下まで、モニターを埋め尽くす勢いで流れたいる。

それだけを見るとコンサートステージのデモライトに見えるほどの眩しい情報に彼女は目を細め唇の前に人差し指を立てて沈黙を促す。

「とりあえず日本での観察は今日からスタートでいいわね、情報は随時送ってあげるから持ち場を離れず勉強してちょうだい」

「よろしいよ」

 情報だけを投げ込みすでに二つのアイコンは消えていた。

「我らが娘、愛しき魂、クリシュナ・ディビアよ。今日より悲願達成のためにより努力をすると誓っておくれ」

「言うまでもないけど私の命はおじいちゃんたちのものよ、今更誓いなど必要ないでしょ」

「いいや、誓ってくれ我が天使よ」

 シャマシュのアイコンは赤く燃えている。

計画に全てをかけた科学者の執念とその血の色であることは隠せなかった。

見つめる二重まぶたの切れ長目、赤銅の美女である女医クリシュナは胸にてを当てて返事した

「わかったわ、誓うわ「カルペ・ディエム計画」遂行のために私の命があることを。永遠に」

 宣誓に安心したか、ただの黒いモニターに戻った部屋。

中央に置かれた3Dディスプレイは煌煌と輪を映す。

「ニンブス、死と再生は俗なる者達によって天へと押し上げられる。神を目指した愚かな王よ、その階梯を見まごうことなく進め。天の王国へ至る道に立つのならば、人よ天に使える者となれ」

 ラテン語で書かれた文章と二重の円環。

「そうよね、いきなり神様にはなれないものね。まずは天使にならないとってね」

 暗闇の中、ただひたすらにキーボードを叩く音は響いていた。

心なしかリズミカルに。



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