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06 人の進化

「……なんか、どう言っていいか……」

 海岸通りを歩く二つの影。

恋人同士が歩くにはおしゃれな作りの道を、初めて友達を得たむず痒い気持ちを抱えて歩く悠人と後ろを恋歌が行く。

 新港区は西日本海大震災以後、都心から人口流失が起こったことで首都機能一新と東京都区政の統合が進み新たに作られた区だ。

 土地の少ない東京都の中にあって、東京湾に作られた人工島をまるまる一つ新しい区として成立した場所であり同時に「特別区」でもあった。

この区に住むには特別な許可が必要で、それは人工島の管理運営をまかなえる税金を納める事のできる者達、つまり富裕層に限られていた。

とはいえそれは居住に限りで、他区からの往来が制限されているわけではない。

仕事で街に入るものを規制したりするものではない。

 ただし17時から06時の間は新港区を他の区とつなぐ橋に警備が立ち、居住許可証のないものは一切通行できないという厳重な部分も持っている。

 区政については住む者の財力が極端に高いため潤沢な税を抱え、街の外観は統一された美しさを作る事に大きく力を振るっていた。

 海岸線のこの区画も対岸のウォーターフロントを夜景に臨める美しい場所であり、日中は多くの観光客などで賑わう通りでもある。

今そこを二人は歩いている。

 小刻みに揺れる肩は後ろから見てもよくわかる。

普段は目立つ事をしないと心がけている悠人は、歩き方さえ控えめで背中を丸めている事が多いが、今日は踊るように揺れている。

佐伯亮司という粗暴にして男気高い友達を、この街に来て初めて得た事が心底うれしかったのだ。

「さあさあ、ご主人様。もったいぶらずに今の気持ちを口に出してくださいよ」

 変化を見せた主人の姿に、後ろを歩く恋歌は聞きたい事がいっぱいで軽めのスキップを踏んでいた。

その足音で自分が浮かれていた事を再確認させられた悠人は緩んでいた顔を急いで隠した。

「別にもったいぶってるとかそういう事じゃないよ。確かに久しぶりの友達ってのは嬉しいけど緊張もするし、不安でもあるし……」

 うまつ紡ぎ出せない気持ちに目を泳がせる悠人を、恋歌の目は輝きで見つめ返していた。

「それは興味深い。喜びの中に不安がある、どういう感じですか?」

 浮ついている側とは正反対の冷静な響きで。

興味のある事に熱心な瞳が距離を詰める、顔に息がかかるほどに覗き込む。

「……そういえば恋歌さん変な事言ってましたよね」

「私は変な事なんか言いませんよ、律儀で正直なだけですよ」

 何に律儀で何に正直なんだろう、口に出したら蹴られそう

「いや……言ってましたよ。不思議な感じの……」

 覗き込み近づく顔を避けるように夜空に目を向ける。

思い出したのは試合の時の事、恋歌は佐伯にわざと負けようとした悠人に言った。

「もっと先の感情が欲しい」と

「あのさ……感情が欲しいって何? そんなのどうして欲しいの」

 欲しいと言われてあげられるものではない。

それはわかっていた、だから変な聞き方になったと眉をしかめながら相手を見る。

「簡単な事ですよ、私感情を持っていないんです。だから欲しいのです」

「はい?」

 浮かれていた脳天がクラっと揺れる。

とんでもなく変な答えだと直感していた、感情というものがない人間なんて考えられなかったからだ。

訝しむ悠人の目を恋歌のまっすぐな目と、半笑いの口が追う。

「正直に言ったつもりなんですけどね。変ですか?」

「いやいや……ねえ恋歌さん、感情のない人間なんていないよ。生きていれば色々な事を感じるでしょ」

「普通の人間ならば、そうなのでしょうね」

 わかっているという口調、唇には柔らかい笑み。

そこに感情がないとは思えない仕草を前に悠人はため息を落とした。

「普通だよ恋歌さんは、普通に感情を持っているよ。おかしな事を言わないでよ」

「それは良かった。V(ブイティーアール)を見て勉強した成果が出ましたね」

「勉強した? そうじゃなくって普通だよ」

「いいえ、今現在の話す方や仕草は「島」で教えられた基礎感情にすぎません。これだけできれば仕事をクビにならずに済むと教えられましたので」

 話は微妙にずれていた。

悠人が思う感情というのは、生まれ持った感覚というものだったが、恋歌のそれは学習で得たものだという。

 不可思議すぎた。

生きていれば人は見よう見まねと他の人間との関係に揉まれて個別の感情を構築し「人」という集合体に入っていく。

人との関わりを学習というのならば、言葉の行き違いなのだろうと感じる事もできるのだが、恋歌の顔を見るともっと別のものではと考えさせられる。

笑っているように見える目に、感情の兆しが薄いような感覚。

初めて会った時の事を思い出す寒気、悪党のナイフを片手に自分に聞いた時の目

「ご主人様、あなたは死にたいですか? 殺されたいですか?」

 普通ではない問いだった。

彼女は普通ではないのかもしれないと常識の範疇での逸脱を思い浮かべた。

初めて会った時のあのおかしな言い回しを思い出して

「メイドの初期教育はしてきたってことだよね。変な言葉使いとか、時々ヤクザ弁とかでるあたりは普通じゃないってことだよね」

 意味深な笑みに踏み込まず、これまで感じたことで率直な聞いた。

出会った頃から変な口調、それこそ個性であり感情の発露に見えるのだから仕方ない

「ああ、あれはですね。私ご主人様の新学期に間に合うようにここに来る予定だったのですけどね。途中で色々ありまして、そこで色々なビデオを見て覚えちやったんですよ」

「ヤクザ映画で言葉を覚えたの?」

「そうですそうです、あれはいいですねー、切った張ったがよくわかって。ご主人様と出会う事でその意味はより深く深海のごとく楽しい経験となりましたよ」

 それであの「おひかえなすってご主人様」なのか……個性的すぎるだろ

そしてそれを「好む」というのも個性的な感情ではないかと今一度思う

「ほらやっぱり好きなものあるじゃないか、それが感情があるって証拠だよ」

 微妙な自己満足。

話してみれば恋歌も普通に女の子だ。

変に女の子意識の高い甘々な方向にいないだけで、趣味や好みを持っている普通の子だと安心した

そういうものなんだという思い込みを次の廉価の言葉が打ち壊していた

「違いますよ、感情は後付けの「資源」にすぎませんよ。遠回りな言い方をしてもあれですからね、ハッキリとしておきましょう私は人造人間なんです」

「クローン?」

 思わず返したのはそれ、クローンは最近では少なくない医療技術の1つだ

再生医療の1つで四肢の部分欠損を補うために作られることはよくある、人体の完全クローニングは倫理規定というのがあってされていないというが、実際は何人かの著名人や富裕層がそういうものを作っているという話ぐらいは聞いていた。

 恋歌もそれなのかという問いに、彼女はアメリカ人のような両手を挙げた「ヤレヤレ」のポーズを見せている

「違いますよ、クローンは元の人間の複製ですよね。私は完全個体として作られた人型の人工物なんです」

「どうして?」

 変な問いだった。

正直そう言われてどう答えて良いのかわからなかったのだ。

これはもう聞くしかないところにいるのだろうという諦観、どんな与太話であろうと今日なら少しは余裕があるという諦めで

「いいですねぇ、そういう風にチキパキと話が進むのは良いことです。私は作られた人の器です、だからこそ他者から感情を注入する必要があるのですよ!!」

 饒舌だった。

今まで少し怒ったような困ったような顔をみせるばかりで、笑といえば物騒一直線だった恋歌が蝶のように舞って話をする。

新鮮な姿を見ながら聞かされる話は突拍子もなかった。

 彼女は人造人間。

「私を構成する成分の22%は特定の人間のクローンからできていますが、残りは全部人工物によって作られています。製造の初期段階では「感情」はおろか「心」もありません、ただの器なんです」

 クローンとは違う、作られた人の形。

「クローンは結果的に生きた普通の人間を作ります、人造人間は人形の上位モデルみたいなもので結論から言うと生き人形というものになります」

「だから心がない?」

「人形は稀に魂を持つことはありますが、魂だけだと不気味でしょう。表情は変わらないし目は開きっぱなし実に不気味ですよね。感情があれば表情豊かになるだろうし、それが心へと昇華すれば繊細に動く。魂という生き物の原点的要素だけではそこに至れない」

「だから感情が欲しいってことなのか……な_」

「エグザクトリーで、さぶらはむ」

「でもなんで他人の感情が欲しいの? 今生きてる自分のものだけで……」


「人の進化のため、現状の人類が次の形へと進化するためです」

「進化? どういう意味?」

 話題が飛躍した。

実際そう感じた悠人だっが、話題を打ち切ろれなかった。

断ち切ろうとするとこばを止めるように恋歌は回り込む、足音もさせない猫のように愉悦を浮かべた笑みの顔で人差し指を立てる。

「人を超えるために作られた人造人間である私自身の大切な使命でもありますからお話しましょう、それがこの話しのキモでもありますし」

「……どうぞ」

 押し負けたわけではなかった。考えてみれば、恋歌・ピクシスという突然来たメイドの事を知らなすぎて、今聞いたことだけでは知ったことの意味がわからない。

 だが知ってみたいという感情も湧き立っていた。

彼女の素性を知りたいと思ったのは、悪党との戦いで見せた力にもあった。

つまみ上げたナイフを頭一つ以上背の高い悪党が取り戻す事ができなかった握力など普通ではなかった。

「まずは、人間の進化は止まっているって事からかな……止まっているの?」

「ええとっくの昔に止まっていますよ」

 軽やかな返事は体を回転させ、顔を向き合わせる。

「人の進化は西暦前よりちよっと前ぐらいで完全止まってしまってます。人間は進化しなくなった生き物なんですよ」

「進化しなくなった……」

「考えてもみてください。人類は発生し繁殖し集まり街を作り狩りと農業を進め国家を作り力を安定させた。同じように雨風をしのぐために祈り呪い願い請う事で宗教を作り精神を安定させました。以後はそれらを理知的に促進させるために戦争をする。人間の歴史はこの繰り返しだけですよ」

「繰り返し……」

「リフレインは進化じゃないですよね、繰り返すのなら動物だって同じ事をしています。近年では物事を理解し効率を上げるための繰り返しです」

 歴史を好んで学んだ事はなかった。

悠人の祖父は三重で伊賀忍者の歴史を調べる事を人生最後の楽しみとしていた。

長じて日本の歴史をくまなく調べた人だったが、口癖のように言っていた。

「いつの時代になっても戦が続く、これなしに過ごす事はできんのかと本気で思うわい」と。

 各種文化や文明を築き生き続ける人類だが、「人」の進化という形を見るのなら現代人も江戸時代の人も変わらない。

道徳心の比率に多少の変化はあるが、文化形式は変わらず言葉や言い回しに変化があるだけ。

生きて死ぬというサイクルの中で、何かの次元を突破した人類はおらず「変化」を見せた者もいなかった。

「医療は進み延齢も不可能ではなくなった現在ですが、人間自体が次の存在にシフトしているという事はないですよね」

「次の存在?」

「そう次の存在への進化です。そうなるには何が足りないと思いますか?」

 何かが足らないから人類は進化できない。

そう言われている事で即座に気がついた。

「それで感情?」

「そうです、感情の増加により精神を強靭化することで存在はシフトするのです」

「存在のシフト……」

「体の不老や長生きを願うのならばサイボーグやクローンという手も現在ならありえるでしょう、では心の不老や不死、強化はどうしたらいいですか。精神の進化がないから人は人以上のものになれない」

「そのための人造人間なの?」

「イエス、さぶらはむ!!」

 飛び上がるメイド、その頭が悠人の頭を直撃する。

なぜこの込み入った会話の中で頭突きをするの? 目から火花の一撃に後ずさり

「なっ……何するの?」

「つながることで増す経験値。私を構成した特定クローンの脳波はご主人様と繋がっています。だからご主人様が経験することで得る感情経験値を私を動かす心エンジンのエネルギーとして蓄積していくことができるのです」

「心エンジン?」

「だから遠慮なく波風荒れた経験をしてくださいませご主人様!! 時に泣き時に起こり殴り殺し犯し焼く、転び笑い捻り縊り血を味わうような経験を私にくださいませ!! それが私の経験となり私の心を満たしていくのですから!!」

 物騒アンド物騒アンード物騒。

血肉踊るような殺伐の経験ばかりがほしいなんて、理解したとは絶対に答えたくない。

思わず酸っぱくなる顔、顎に梅干しできるような苦悶で悠人の目は全力で泳いでいた

「あの、思い出共有だったら楽しい方にいきましょうよ。恋歌さんどっか行きたかったの?」

「楽しいだけは飽きますから、楽しいなかにもグサッとスパイスを」

 スパイスが腹を刺しそうだ。

辛いもの食べたら毒殺とかされるような発言だ、カレーは好きだが恋歌が作ったら何か別のスパイスが入っていそうな危機感

「普通にしましょうよ」

「普通は嫌です、私の心エンジンを満たすのに普通なんてありえないです。ただの人間になるつもりはないので」

「ただの人間で良くない?」

「嫌ですよ、他者の感情を蓄積し精神の進化を求める私がただの人間になんかなりたいわけがないでしょう。私は天使になりたいのです、それが……」

 語尾は風を走った刃物に千切られていた。

確信に触れた今、話しを詰めたいと思い始めていた悠人の体は恋歌の蹴りに飛ばされ、海岸通の花壇に2回転ひねりの尻餅をついていた。



「無駄口がすぎませんか」

 吹いた風の正体は尖った針のようなナイフ、クナイだった。

先ほどまで立ってい位置に刺さる刃に悠人は息を飲み、恋歌は不敵な笑みを浮かべた。

行く手をふさぐ形で立つ小柄な影は、メガネに反射する光のしたで怒りを尖らせていた。

「やっと来ましたか、待っていましたよ泥棒猫さん」

「私は猫ではありません、恋歌・ピクシス」

 恋歌と同じメイド服、身の丈も同じぐらいに見える彼女は手に三本のクナイを持ち身構えている。

「お見知り置きどうも、初日から結構派手にご主人様を狙ってくれたので劇的な出会いになった事に謝辞を送りたかったので」

「減らない口ですねピクシス。残り物の分際で聖戦を汚す泥棒猫とは貴女の事」

「かぶってますよ、私は猫ではありませんよ……子猫さん、いいえウサギさんてすか?」

「黙れ!!」

 口合戦に火花が咲く。

恋歌も小柄な身だが、相手の少女も小さい。

違いが同じメイド組合の制服を来ているのに、敵対しているという不思議な図を見る悠人だったが、それに呑気なツッコミを入れている時間はなかった。

 相対する二人と逆の側で退路を塞ごうと者たちが見える、美しく整えられた石畳に不似合いな軍団。

赤い舌をアゴまで垂らした不逞の輩には見覚えのある顔もいた。

「あいつ……またか……」

フーリガン、手に手に凶器を持つ影は槍を持って立つ鬼のようにも見えて身が竦む。

美しいウォーターフロントに不似合いで禍々しい姿を浮かび上がらせていた。

「おや、あの時の悪党さん。もう復活とはなかなか」

「恋歌さん!! 逃げよう!!」

 飛ばされた悠人は、迎え撃つ形で立っている恋歌を呼んだ。

「勿体無いですよ。このテンション!! 欲しいものだらけです!! 今ご主人様の心に渦巻くそれですよ。恐怖と喜び、混在する殺意と焦り、苛立ちと弱音、混ざり合って新しい何が見えるのかを知りたい!!」

 狂気に笑う口、背中を向けたままでも恋歌の顔は容易に想像できるほど笑い声をあげていた。

それはあの日始めて自分を助けた時の姿と重なる。

「恋歌さん!! 警察を呼ぼう!!」

「来ませんよ!! そういうふうになっています!!」

「黙りなさい!!」

 警察がこない、驚きの発言を怒りの声が打ち消す。

「恋歌・ピクシス……貴女という人は口が軽すぎませんか。私たちの聖戦を、その意味を人に話すなどルール違反ですよ」

 甲高い声が鼓膜を刺す。

そう言って差し支えないほどの声だった。

小さな彼女は握ったクナイを両手へと増やし方を震わせる彼女は徐々に間合いをつめていた。

「人間じんかんの心にある歯止めを破り、人を超えた存在となるために私達はここに来た。なのに何がルールですか!!」

「お黙り!! 破綻者の星座め!! 天誅をくれてあげますわ!!」

「あっはぁ!! 十五夜に跳ねてお死になさい!!」

 にらみ合いから一転、円弧を巻くように走り出す二人、悠人の方には悪党の群れが迫りつつあり退路は完全に塞がれた形。

似ている二人の姿を背に悠人も覚悟を決めて立ち上がる。

逃げ道を探すにも戦わずという事はあり得ない状況を理解して身構えた。

「なんでこんな事に……戦うことが人類の進化とどんな関係があるの?」

 泣き言を口の中に砕き悠人は頭を働かせていた。

逃げられるのか逃げれるのか、恋歌を見捨てられないという小さな正義感を奮い立たせ熱い夜の深みへと流されていた。




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