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04 愛があるから殺したい

「どうした御影!! 一発ぐらい当てろよ!!」

「逃げてばかりじゃおもしろくないぞ!!」

 無責任な言葉が容赦なく悠人にかけられる、試合も中盤に入り引いて見る者も少なくなっていた。

リング前列に詰める男子たちは、自分たちに危険の及ばないイベントに躍起になっていた。

異常繁殖のタケノコのように飛び上がっては声援まがいのアドバイスを飛ばし、ここぞとばかりに格闘技を語り、右だ左だと好き勝手な実技指導の声を上げている。

「そこでダッキング!! へたくそ、回り込めよ!!」

 苦悶の格闘を続ける者に対して、身勝手で景気のいい声。

モーションモデルのように腕を降り素早く頭をさげる、となりに並ぶ友達に自慢げな顔を晒してエキサイトする生徒たち。

傍目で見ているものにとって、今時珍しい異種格闘技戦。

間近で見ることの少ない暴力が現在目の前で行われている、テレビ中継でも規制が入れば相手を殴打するシーンは滅多に見られない。

今それが素人対決とはいえ汗飛び散る至近距離で見ることができるうえ、金もかからぬイベント、否応なく盛り上がるのも仕方のないこと。

 騒ぐ男子諸氏の後ろには少ないながらも女子が並んでいる。

珍しいもの見たさと、少しの心配と、勝敗に対する嘲りの叫声を添えるために。

悠人の思考をもって端的に言うのならばそういったものがリングを取り巻き、好き勝手に声をあげて好き勝手に擬似闘争に参加し、自分たちのストレスを散らすように楽しんでいる。

「どうでもいいこと……」

 大きめのヘッドギアと前髪の下で悠人の口は苦く曲がっていた。

右に左に、素早い動きのパンチは正直捉えることができていなかった。

目の前に写った手があっという間に視界を塞ぐ壁となる図は、普段は不動の重しに上に立つ置き型看板が突風に巻かれ顔面へと一直線の突っ込みをするのと同じぐらい質・量ともに恐怖だ。

それでも精神的に穏やかだったのは、この場をやり過ごすことに集中していたからだ。

「忍耐、忍耐、忍耐……うまくやり過ごすんだ」

 暴音スイングの大砲と細かく動きを制する風切り音の中で悠人神経を尖らせる精密な作業は開始直後から淡々と始めていた。

まわりの喧騒に腹を立てるなど今やって一理もないことを遥か遠くに捨て去って、目前の脅威をどう使うかという「作業」の中で、懸命に佐伯との距離を測っていた。

 救いだったのは特待生である佐伯亮治のボクシングが本当に綺麗だった事。

悠人は少しだけかじったボクシング知識で相手の技量を刺し測っていたが、素人目の物差しで見たままで言っても綺麗なフォルムを見せるボクシングだった。

「あと少し……もう少し、うまく……うまくダウンしてみせる……」

 綺麗すぎる佐伯のパンチはそれ故なのか意識したほど重くはなかった。

とはいえ的確に急所に当たれば悠人のダウンは必至であることにかわりはなく、それを防ぐためにガードは高く顔と首周りを守るように上がったままになっている。

「ボディいけよ!! 佐伯!!」

「腹狙え!! 腹!!」

「うるさい!! わかってる!!」

 ラウンドを重ねたことによって焦れる気持ち、声援は佐伯にとって良いことでないのが少しずつ現れてきていた。

ルールはアマチュアのそれだったが、試合は5ラウンドという長丁場だった。

現在4ラウンドで、すでに通常の試合のラウンド数を超える運動量を周りに詰めている生徒たちは理解していなかった。

単純に佐伯が仕留めきれないでいる、と考える者と、悠人がうまく逃げすぎているという見方で男子のざわめきは大きくなり、その大半が佐伯の背中を押すという図式によって当の本人の焦りが見え始めていた。

「……しんどい……頑張るなぁ……」

 汗で滑るギアの下で悠人は佐伯のステップを読み取っていた。

「右、左、左左……右……」

「おい!! 逃げるな!! 成り上がり!!」

「聞こえない、聞こえない」

 なんども自分に言い聞かす、今必要なのはこのパターンの中にある踏み込みのステップとその音だけ。

佐伯は絶対に大きな一撃を狙ってくる、それを見誤らない度胸だけ。

「良し!!」

 回転を上げ飛び込む足、鋭く踏み込む。

悠人の右にひねった体のスキを逃さない一撃は言葉と同時に脇に刺さっていた。

「いってぇ……でもドンピシャ」

 言葉には出さなかった、できるだけ自然にむやみに吹っ飛ばされる図に見えないように、膝から前のめりに倒れてみせる。 

糸が切れるというより、それまで立ってい物の中にあった芯が抜かれてしまったような無駄のないダウンを、体制を崩しキャンバスに手をつきそのまま仰向けに倒れた。

「やった!! うまくやりきった!!」

 心のガッツポーズ、自分を見下した目で腕をあげる佐伯の姿を確認した目には、ナイフを持って悠人の腹めがけ飛び込んでくる恋歌の姿。

「お命頂戴仕る!!」

「うぁぁぁぁああああぁぁあぁぁああぁ!!!」

 一瞬の交差がリングの中にいる3人の間で行われ、歓声を断ずる沈黙の中で時間は止まった。

手を挙げ健闘を讃えよとした佐伯。

飛び込んだナイフを悲鳴をあげ立ち上がってしまった悠人。

そしてリングにナイフを刺した恋歌。

三者三様のおかしなオブジェ。

「……恋歌さあぁぁぁぁん!!! 僕を殺すつもりですか!!!」


「愛があるから殺したいのです」


「わけがわからないよ!!」

リングに束の部分まで刺さったナイフ、まともに受けていたら腹から背中まで突き抜けていただろう恐怖。

避けなかったら死んでいた、または今現在血の泉を作って悶絶の中にいたのは確実である。

だが、避けた事により今までの演技が無に帰していた。

飛び上がったこのポジションから、もう一度リングに寝転べば万事解決とはいかない沈黙の中で悠人は恋歌と対峙していた。

満面の笑みで引き抜いたナイフを振るチビで狂気のメイドに。

「なんでこんな事を……」

 変な質問だった。

自分がわざと負けようとしている、または負けるまど恋歌には告げてはいなかった。

それでも勝つ事が良いことでないのは理解されていると考えていた。

自分のしたで斜に構える恋歌に目配せで状況のまずさを知らせるが、知っても知らぬという顔は涼しそうに言い返す。

「いえいえ、今までのねじ曲がった根性も悪くわないのですが、もっと先の感情というのも欲しくなったので」

「感情が欲しいて何で?」

 悠人の頭はフル回転だった。

どうこの場を繕い乗り切る事に、ただ良い方向には回っていない事は本人も自覚していた。

それは恋歌の意味不明な問答でもわかっていた。

頭は確実に回っていない、周りで呆然としている生徒達の目をごまかすには良い策など浮かびようもない。

「えーっと、何か欲しい時は先に行ってくださいよ……」

「先も後もありませんよ、欲しいのはご主人様貴方の生きる道で隆起を繰り返す感情の全てです」

「余計にわけがわからないよ」

「それはこっちのセリフだ!!」

 立ち上がり三文芝居に興じた悠人の襟首を、真っ赤な顔になった佐伯が掴みあげていた。

「わざと負けてやがったんだろ!! そうやって、いつだってなんだって、できたくせに素知らぬ顔しやがって」

 怒りと荒れた息の彼に、言い訳の効かない今悠人は思わず頭を下げていた。

「ごめん、申し訳ない……今のは無しってことで」

 謝罪は最後まで口から出なかった、掴んだ襟首を引き抜かん勢いの佐伯の迫力に押されて。

「簡単に謝りやがって、俺はお前のそういうところが一番気に入らねーんだよ!!」

 上がりきった息、整える事のできない感情の棘。

佐伯亮司の尖った目が、呆然とした悠人の目を指す。奥底にしまった忍耐を、憎む礫を砕くように。

「気に入らない……」

 事ここに至ればリングを囲むものたちにも事態はしれていた。

悠人がダウンを演じていた事も、佐伯の本気をいなしてきた事も。

掴みあげられた事で悠人の行き場は無くなっていた、心も体もさまよう視線を擁護する者もいない。

「本気になれば……もっと気に入らないくせに……」

 苦く噛み締めてきた口から、閉じ込めてきた本心が溢れ出てしまうほど、卑屈の魂がこぼれてしまった。

「見たことない本気をどうやって気にいるんだよ!! 本気を見せろ!! それから決めてやる!!」

 激昂溢れる佐伯の怒りに背筋を正したのは悠人だったが、それに答えたのはスピーカーのハウリングだった。

耳の穴に針を刺すような素早い音、脳みそに直接刺すような何かがここにいる生徒達に宣言していた

『私は支配する』

 戦いへと集中していた悠人の耳にも、同じように逆上の闘志を燃やしていた佐伯の耳にも聞こえていた

「何? 何を支配?」

「ああ、お前にも聞こえたのか?」

 天井に埋め込まれているスピーカーを見る

二人には一瞬世界の色さえ変わったように見え、耳を売った気音ではなく言葉も聞こえていた

「なにを支配? どういう事かな?」

「なんだじゃねーよ!!」

 絶叫は悠人のものでも佐伯のものでもなかった。

リングサイドで持論を戦わせていた、戦わない決闘者達の豹変だった。

振り上げていた拳を二人に向け、一線を開けて達観を見せていた顔に怒りを表して

「剣闘士よぉ!! グタグタの試合をやるな!! もっと殺しあえ!!」

「そうだ!! 血を見せろ!! 我々を喜ばせろ!!」

 光を失った目は集団催眠を受けているとわかる、それに素人である悠人や佐伯が気がついてしまうほどに異常な状況だった。

 最前列を乗っ取り観戦を楽しんでいた生徒達が、今やリングに入り込もうという勢いで拳と怒号を伴って迫る

「支配者よ!! 我らに満足いく快楽を与えよ!! 盛り上がらぬ闘技を見せるな!!」

「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」

 連呼される単純にして凶悪な願い、上等で平坦な暮らしを刺激する戦いを「夢」に見る富める権力者達にとって最高のショー、生き死にのライブを続けろと狂気の瞳は告げていた。

 一方で悠人と佐伯は向き合った戦いの間から一転、背中合わせの攻防となっていた

「恋歌さん、何笑っているの!!」

「笑ってませんよ、ハッピー決まっただけですよ!!」

 同じようにリングの中へと飛び込んだ恋歌は明らかに状況を楽しむ笑みを見せ、グッドと合図を送る始末。

それで疑うなというのは無理な話

「恋歌さん!! 変な薬でも使ったの? この騒ぎ……」

「残念ながら私は何もしていませんよ、ただ何かしたい人が介入してきただけですよ。この場を支配したい人がね」

「支配? なにを」

『支配者は慈悲深い愛があるからこそ、ひれ伏す愚民を殺したいと思うのよ』

 今一度耳に届いた凶悪にして甘い囁きに、恋歌は抜群の笑みでとび上がって答えた

「盛り上がってきましたね、この場を『支配』する者からの挑戦ですね!!」

「何言っているのかわからないよ」

「理解したければ、殴り殺せですよ!!」

 知るために話し合う時間を作りたかったら戦うしかなかった。

雪崩を打ってリングに殺到する生徒達は大火を呼ぶ狂気の火の粉、振り払うためにやれる事は決まっていた

「御影!! 勝負は後だ!! くるものを殴れ!!」

「わかってます!! でも……」

「グラブ着くけてるんだ! 殴ったって死にはしない!!」

 戸惑いや躊躇、そんな時間はなかった。

無数の拳が二人をめがけて飛んでいる、佐伯はすでに応戦に入り、悠人は目をつぶりそうな一瞬の中にいた

「殴る? そんな事……」

「自分が今日を生きるためにですよ!!」

 迫った学友、どうしても殴るという行動に入れなかった悠人を守ったのは恋歌の足払いだった

「やらないとやられますよ」

「できないよ!! 憎くもないのにどうして」

 何もかもが突然過ぎた、佐伯との戦いにやっと一つの区切りをつけたばかりの悠人には、観衆だった学友を殴る理由がない、なぜここで争わなくてはならないのかをどうしても知りたかった

「単純明快ですよ、理由は一つ。ご主人様は剣闘士の義務を守っていないからですよ!!」

 剣闘士の義務。

それはコロッセオで戦うもの達に課された当然の使命。

観衆を前に、憎しみを持って相手を倒す事などほとんどなかった事だろう。

その日相対する相手を初めて見る事も多かっただろう彼らは、見世物に享楽を得る観衆のために相手を打ち倒す事に躊躇はしなかった。

それこそが彼らの責務であり、戦う事を生業とする者の義務

「僕は剣闘士じゃない」

「でも見世物です、見る側を満足させなかった責任がありますよ」

 野蛮な理論だ。

正直にそう思った。戦いは程遠いところにあって、近づきたくもない。

そう願いを強く感じた矢先だった、背中を合わせていた佐伯の体重が悠人の側にのしかかっていた

「佐伯くん?」

 返事はなかった、そけれを聞き取るだけの静寂もない、ただ佐伯がダメージを負った事はすぐにわかった。

顔面を飾った血の色に

「佐伯くん!!」

 体は自然に動いていた、反対側の攻撃に対して応戦する拳は矢のように飛び、佐伯に殺到する狂気の拳である男子生徒達を吹き飛ばしていた

「背中はお任せください」

「ああもう……手加減してよ!!」

 言い合いしている場合でも、戸惑っている場合でもない、倒れた佐伯を守って戦う二人。

もはや乱闘、四角いリングの中に人がジャングルを作るように生えている。

すし詰めの乱戦の中で、悠人の動きは冴え渡っていた。

自分と恋歌で佐伯を守り四方八方の敵をなぎ倒す、ただやみくもに手を伸ばし向かってくる者達を避けては切り返しで殴り倒す。

恋歌はカメラに映らない角度をしっかりと見て戦うという余裕を見せ、足技で迫る者達を切り崩す。

 リング以外でも別の騒ぎは起こっていた。

暴動のごとくリングに迫ったのは最前列を陣取った者達だけだったのだ。

後ろで事の成り行きを見ていた白川彩奈は声を張り上げ、騒ぎに呆然としている学友達を引っ張っていた

「先生を呼んで!! 見てる人は静まりなさい!! 騒がないで!!」

 男子の馬鹿騒ぎ、そこからの暴動、彼女はうしろで遠巻きに決闘を見ていた生徒達に喝を入れていた

「喧嘩ぐらいで騒がない!!」

 その喧嘩ぐらいの決闘が大多数を巻き込んだ乱闘になっている事に泡立たない生徒の方が少ない。

逃げ出したり、騒ぎを恐れたりする者達でボクシング部のトレーニングルームは大混乱になっていた。



「御影……俺を置いて逃げろ、こんな混乱になったんじゃお前が責任を取らされる……」

 乱闘の中心、台風の目にあたる部分で攻防は続いていた。

片手で自分を支え、乱打の雨をかわす戦いを見た佐伯はやっと立ち上がれるまでの回復を得て言った

「俺が……いればなんとかなる……」

 なんとかならない怪我を頭に負っている佐伯。おそらく軽めの脳震盪、視界を赤くそめている彼を放り出せない

「ダメだよ、おいては行けない!!」

 実際置いていけば佐伯はタコ殴りにされる。

この狂った集団は悠人だけを狙って拳をふるっているわけでない事は理解できていた。

何か熱に浮かされたゾンビのように、ただやみくもにリングにいた自分たちを狙い攻撃を続けている。

攻撃はめちゃくちゃで方も何もない当てずっぽうなものだが、これだけの集団になるとそれだけで危険な塊になる

「お前な、逃げないと、先公が来た時に」

「わかってるよ!! 責任ぐらい!!」

 この騒ぎの責任を取らされる。

佐伯はともかく、悠人の学園内での地位は最底辺だ。二人で始めた喧嘩でも最終的には地位の低い悠人が責任を取らされる

「お前じゃ取れねえだろ……だから俺が……」

「だからって置いて行けないでしょう!!」

 佐伯が残ってうやむやにするという方法もあるが、事が収まる時間までに佐伯が暴行にさらされる。

そんな選択は悠人にはできなかった。

「見捨てましょうよ、ご主人様を苦しめた御仁などいない方が良いでしょうに」

 この乱戦の中でも恋歌の冷たくも愉快犯的発言はよく聞こえていた

「今日だってこの人のせいでこんなところに引っ張り出されたたわけですし」

「それはそうだけど、ここでそんなことはできないよ」

「なぜ助けるので?」

 脳裏をかすめる闇、そこに囚われている悠人の思いは単純に吐き出した

「見捨てられないんだよ!! ここは僕が守る!! 他の事は後で考えればいい!!」

 今目の前にある危機から、この男を助ける。

自分を煽り学園から追放をしようとした相手であっても、本気で戦う事を願った佐伯を見捨てられない。

苦い思いを奥歯に噛んだ悠人の声に、恋歌は紅潮していた

「いいですね!! それがご主人様の最たる感情!! その力、『矛盾(コントラディクシオン)』を行使し道を開きます!!」

 満載になったリングの中で、背中を守って戦った恋歌はガン全の生徒を踏み台に飛び上がり、ムーンサルトで天井に付けられていた平形スピーカーをぶち抜いていた。

「遠隔操作の根本は音、初動を防ぐことはできませんでしたがこれで根元をシャッターアウトですよ!!」

 へし折られたパネルスピーカー、降り注ぐ破片の雨の中で恋歌はカメラに向かって中指を立てていた

「続きがしたければいらっしゃいませ!! 支配者さまよ!!」

 めまぐるしい攻防、戦う四角形の中で恋歌は走りリングの支柱である4本のコーナーを巧みに使い、『支配』を切られ混迷する生徒達の間を縫って走る。

戦わず戦い、夢遊に恐慌する者達の延髄を切って。

飛び回る影に目を奪われている暇はない、悠人は恋歌の開けた道を進み佐伯を守って近寄る者達を殴り倒す。

闇雲に飛びかかる輩を避けて丁寧にして細かなふりで相手を飛ばしていく

 本気じゃないと道を開けない。

恋歌の攻撃ですっ転ぶ者達の間を抜き、背中を取られないポストの側に佐伯を隠し上半身をうまく使った格闘術を展開する

「お前……それ近接格闘術甲型だろ……すげー技もってんじゃねーか、隠してやがったな……」

「隠してましたよ、喧嘩は大嫌いですから!!」

「じゃあなんのために磨いてるんだよ……」

 なんのために武道に磨きをかけたのか、相手を打ちのめす技を懸命に身につけたのは、わかっていても今言う事じゃない、強いて言うのならば

「今ここを切り抜けるためにですよ!!」

 コーナーと佐伯を背負った悠人の戦いは終局へと突っ走っていた。



「なんだこれは……」

 それに尽きた、トレーニングルームに駆けつけた先生たちの目の前に広がっていた光景は、ここが戦場なのかと思ってしまうような有様だった。

 リングの中になだれ込んだ男子生徒達はことごとく失神、その有様も十人十色。

ロープに引っかかり暖簾のようになっている者達もいれば、リングに溶けた餅のように重なる生徒達

「御影悠人、君かこの騒ぎを起こしたのは」

 すでにリング下に降りた恋歌、それ以外にリングの上に立っていたのは悠人と佐伯だけだった。 

教員の目は厳しく尖り、少しの返り血をつけた悠人の顔を睨らむ。

この騒ぎは大きかった、詰めかけていたリングサイドの生徒達を巻き込む乱闘。

総数40人になるだろう大乱闘の責任を、一体誰が煽って始めたのかという責任が悠人にどっしりと視線とともにかけられていた

「君のせいだな、やっぱり君のような成り上がり者を他の生徒と一緒に生活させるなんて不可能だったんだ。まったく大迷惑だ」

 富裕層通うこの学園、成金である悠人には自分を助けるバックもない。

うつむいたまま諦めた顔は卑屈に笑っていた。

これで全て終わると

「……すいません」

 後の祭り、これだけの乱闘を起こした責任の取り学園を去る。

それでいいという諦めで

「責任を取ってもらうよ」

「はい……いっ!」

 これでいい……押し殺した声がちくりと刺す痛みで起きる

「バカやったのはこいつらだ、俺たちがやったのはただの試合だ!!」

 背中を丸め反省の姿勢に入っていた悠人の手を持ち上げたのは佐伯だった。

二人ともがともに着けていたグラブの腕を見せて

「俺たちは試合をした。こいつと俺で、グラブを着けて正式な形で試合をした!! それにこいつらが勝手に乱入して勝手に殴りあっただけだ!!」

 乱闘をしていたのならばグラブはしない、喧嘩をしていたわけでない事を佐伯は全面に出し先生の顔に突きつけて言った

「こいつらが勝手に暴れた、俺にも御影ににもなんの責任もない!!」

 実際そうだが、そういう言い訳を思いつけないほど学園生活の負け組だった悠人は目を丸くして佐伯を見る

「佐伯くん……」

 切った額の血を払い、豊前とした顔を堂々と見せる佐伯の手が悠人の背中を叩く

「シャキッとしろ、俺たちは真っ当に戦った。周りのバカとは違う」

 きつく睨む尖った目が悠人の頬を軽く叩く

「笑えよ、この乱痴気騒ぎを起こしたバカどもを見下してやろうぜ。俺たちの戦いの当てられて騒がずにいられなかったバカどもをさ」

 嘲りの心も悔しさも、全部一緒くたに投げ捨てた佐伯の顔は晴れていた。

局地戦をともに戦った戦友のような気持ちを悠人は感じていた

「……はい」

「わかったか先生達よ、俺たちの試合は真っ当なものだ。それを汚した奴らが悪い、さっさっと始末をつけてくれ!!」

 助けたはずの佐伯に抱えられた悠人の姿に先生たちも黙らざる得なかった。

御影悠人との試合を申請した張本人である佐伯亮司にそう言われたのでは、責任を押し付けるわけにもいかない。

駆けつけた先生達の仕事は気まずい表情で顔を合わせ、手早くタンカを運ばせるだけだった。



「音を切られたのもありますが、少々遠すぎてコントロールしきれなかったようです……申し訳ありません」

「ううん、楽しかったわ」

 無数にして小さなショート、割れたガラステーブルの上で真珠の腕を回っていたニンブスは消え、心地よい午後の日差しの中に北条愛守姫(ほうじょう・あすか)は立っていた。

てにはグラスを、淡い青を見せる飲み物の前でいたずらな笑みを見せて

「もうすこし修練を重ねれば、姫の大切な感情である『支配(インペリウム)』を絶対のものにできます。何か良いきっかけがあれば……より強力に」

「それは今日見つけたわ」

 スカートを揺らす一回転、彼女は大いに喜んでいた

「ねぇ真珠、学園に行きましょう」

「はい、姫の望む支配がそこにあるのならばどこまでても。貴女の支配を欲する感情が私に力を与え、全てを平伏させる事でしょう」

「学園? そんな小さなものを支配したいのじゃあないのよ。私は世界の全てをこの足元に平伏させる。それこそ私が生きている意味なのよ」

 愛守姫の声に真珠は下がり膝をついていた。

支配者成る方、その感情により生まれし力『支配』を自分に与える使役する主人を深く尊敬していた

大きくてを開き沈みゆく太陽さえも手のうちに抱こうとする愛守姫

「行きましょう、軽やかに勇ましく、そして全てに快楽と恐怖を与えんがために」

 瞬きを始めた星の下、絶対の対決者はモニターに映る小さな星の子とその主人を見つめていた。

「貴女の力、いずれ私のものとなる力を育てなさいな」と。





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