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20 庭園の夢を見る

「区民証をなくした……だと……」

「……どうしよう、亮司」

 今二人は顔面蒼白で見つめ合っている。

この世の終わりのような悠人と、呆れて顎が外れそうな亮司とで。

交流会から帰り、開けた翌日の今を悠人はカジノの前で固まっていた。

 キンキンキラキラのわざとらしい照明が限りなく続く回廊。

入場する者たちのテンションを上げる消息は色々な世界を見せている。

近未来的なものもあればアンティークなものも、周りは小綺麗に身を飾った大人たち。

 青嶺大海の計らいで1日延長になった交流会日程、延長された1日は最初から白紙、これをチャンスにと遊興施設が集まる歌舞伎町へと出たところだった。

悠人と佐伯亮司、それに白川彩奈と北条愛守姫、おまけの今里宗四郎という4人は新宿区街にある歌舞伎町へと繰り出してきてこの始末である。

「新港区区民証を提示ください」

「えっ……」

 歌舞伎町の象徴とも言える一番街ゲートが再現された出入り口で悠人は硬直していた

「荷物……取り返すの忘れてた……」

 初日の遭難、翌日の交流会、ジェットコースターみたいな今日まで。

初日に赤にとられた荷物を取り返すために大勝負に出た、ドローだったが負けたわけじゃあない、十分だったが反論の声あげることはできたのだが時間がなかった。

「置いてきちゃった……」

「やっちめーましたね」

 剥き出した歯でニッと寄り添う恋歌、ヘッドドレスを新調したのか光って見えるのが余計に腹たつが抑えて聞く

「恋歌さんはもってるの?」

 笑っている場合か、そう問いただしたい顔。

そも侍従、メイドとしてここにきているのだから主人のものも一括管理していても普通と思いたいが。

 そこは恋歌である

「ありませんよ、あってもご主人様が戻れないなら意味ないじゃないですか。これからは賭博として生きましょうよ。下の渋谷区街で、緋牡丹博徒の誕生ですぜ!!」

「緋牡丹博徒って何? ぜっ……は、いいから、本当に持ってないの!!」

「本当にありませんぜ!!」

 清々しい笑みでにじり寄る顔を押し返しながら悠人は思い出していた。やりきった爽快感で、大切な荷物を置き去りにして帰ってきたことを。

戻った後もそれを考える時間がなかったことを。

 普通なら旅行鞄一式を失うことになれば出先で買い揃えるという無駄な手間が増えることで旅行気分をトーンダウンさせることだろうが、何せ金持ちの集団である新都学園だ。

ボロボロの雑巾のような服で戻った悠人に、亮司は二の句もなく新しい服を用意してくれ食事にも困らなかった。

 本来ならホテルでラウンジに入るのにも必要だった区民証も、今里家の配慮により学生免除で通っていたため今日まで気がつけなかった。

「では代わりに学生証を」

固まっていた悠人に、目深に制帽をかぶった係員は気を利かせていた、が

「学生証も……ありません……」

 あるわけがない、区民証も学生証も基本的にリストパソに入っているものだ。

荷物もそうだが、手持ちにあった金目のものであるリストパソが難を逃れているはずもない。

あまりズボラに亮司の顎が外れそうになっている

「お前……どうやって帰るんだよ」

「えっ? 帰れないの?」

「新港区に入れないだろ」

 当然そういうことになるのさえ知らなかった。

新港区は日本の東京23区における完全独立区だ。証明のない者が日をまたいで暮らすことのできない土地だ。

悠人は何も知らないまま、大切な証明を全て無くしていた。



「クロエ、それはなんですか?」

 すっきりピカピカの顔、眩しい朝陽を前に朝食の支度を済ませた鷲尾白崇(わしお・はくすう)はテーブルに座るクロエの腕かかったリストパソを見つけていた

「赤がくれたの、こないだのレースに付き合ったから……その、ご褒美って……」

 長めの前髪が目を隠し、白崇と顔をあわせるのにオドオドしている。

赤と渋6に行くことに白崇は良い顔しない、少し痩せすぎにも見えるクロエの肩は揺れっぱなしで返事を待つが、今日は白崇は機嫌がよかった

「そうですか、よかったですね」

 前日、交流会の手伝いで水鏡公園に出かけていた。

最悪の仇敵である恋歌と鉢合わせになったのはいまやオマケのような思い出だ

「運命の奇跡でしたわ、まさか主星様に会えるとは……」

 まったくの偶然だったが麗しの主星である青嶺織姫に会えたのは僥倖だった。

人間トーチになるぐらい体を熱くし、家に帰ってからはシャカリキにねっとりと励んだ。

おかげで今朝は太陽が黄色い。

朝一のシャワーで熱を流し、冷静な姿を取り戻してはいるが、心は未だにスキップを踏んでいる状態。

赤のことや黒ことクロエの持ち物などを詮索する気にもならないし、昨日、青嶺奥御台(あおみねのおくみだい)が来たことを細かく聞く気にもならなかった。

 緩んだ糸目は何度か頷いて、皿を並べ続ける。

今日は朝から豪勢になりそうだ

「使えるものならば大事にしなさいね」

「うん、うん、やったぁ……」

 クロエは許されたおもちゃに目を輝かせていた。

このマンションに住む紅海の元、白崇を長女、レダを次女に持つ末っ子のクロエは10歳になったばかりだが、事情があって学校には行っていない。

友達のいない毎日の中で、紅海が連れ歩いてくれるのは唯一の楽しみであり、その報酬は本当に嬉しいプレゼントだった。

 チタンを多用した腕時計型パーソナルコンピューター。

現在では外での活動に欠かせない最小デバイスとして都市部の人間は間違いなく持っている一品。

型は少し古いが、パックビジョン付きのシルバーベゼルの丸型タイプ

「クロエ、それはリセール処理してあるのですか?」

「今日赤がやってくれるの、それまでは電源いれちゃダメって」

 完全に盗品。

中身の掃除をしないと使えないことを口にしているが、いつものこと。

白崇はそれは気にしないようだ

「レダはまだ寝ているのかしら?」

「起きてるよ……ってなんだよこの朝飯は……」

 裸にワイシャツだけ、かなり扇情的な格好にボサボサの金髪を掻いていた顔が固まる。

目の前に広がった満貫全席に

「いったいなんの祭りだこれは、おい、白崇!!」

 四人が向かい合って座るテーブルの上、ところ狭しと並んだ料理。

太陽まし区、爽快な青空を見せるこの時間に、こってりした油物が並んでいる

「おいおいおい白崇、どうして朝からこんなに胸焼け直行メニューなんだ」

 声にドスが混ざるのも当然。

冷蔵庫にあった食材も、買い置きしてあったものも全部使ったであろう料理に

「昨日私の心は天国に飛び立ちました」

 直行なのは料理だけじゃない、スピリチュアルゾーンが朝まで続いている。

両手を胸の前で合わせた白崇はうっとりとした笑みでにこやかに語るのだ

「主星たる貴女の言葉に、普段なら鋼の心を持つ私ですがたやすくもヴァルハラへと導かれたの」

 天国オッケー、そのまま帰ってこなくてよかったのに。

本気でそう思うレダは、クロエの手を引き部屋から退場させる。

上着と鞄もセットで持ち出して

「これ……金入ってるから適当に買って食え」

 キラキラの星飾りがついた小財布を手渡し外へ、目が痛くなるようなギャル系小物をたくさんもっているレダだが、白崇がスピリチュアル系に脳みそを吹っ飛ばしている時は常識人だった。

この先白崇が歌うだろう不道徳をクロエには聞かせられないと実感していた

「さてと……もういいわかったから飯にしよう」

 何も聞かない、何もたさない、徹底した無視でなんとかこの場を乗り切りたいレダだったが、ついた火は簡単には消えなかった

「日々の生活でストレスを抱える私は砂漠の薔薇です。この心を神様はきっと見ていたのでしょう、あの人は私を溶かすようにやってきたのです」

 攫われてくれ、油気の少ない食材を探し口に運ぶが、心が胸焼けしそうだ

「そうかい、だったら今日は仕事休んでいいぞ。私が行くから、ゆっくりしていてくれ」

「そうはいきません!! 褒美をいただいたのならば、より奉仕をする事でお返しすのが私の流儀ですから!!」

「……だったら朝からこんなに飯を作る必要はないだろう。仕事に差し支えるわ」

「これは心と魂の奥深くに隠された記憶になるのです!! 食事は記念すべき晩餐となるのです!!」

「ねぼけるな!! 今は朝だ!!」

 絶叫のレダに向かって、白崇のターンが……花びら大回転!!

決して折れない変態文学少女

「私は昨日奇跡的にしてミラクルな形で織姫と出会い、ストレスの全てを溶かすと同時に心身の全てをもってあの人を感じたのです。穴とい穴から甘美な蜜を漏らすほどに!! おかげでベッドは聖なる泉と化しております。みなさいこの生気を失った体を!!」

 性なる泉がなんだってぇ!!

張り倒したい、マジで頭のネジが何本か吹っ飛びそうな言動に。

昨日でなくてよかったと痛感しながら。青嶺奥御台様が、豊風がいる時に、この変態が帰ってこなかったことが唯一の救いだった

心の底からレダはそう思った。

目の前で脱いだ白崇を見て

「……補給が必要だったのな、オーケー。わかった好きなだけ食って満たされて、いい仕事してくれ」

「わかってくれて嬉しいです。これは私の魂の浄化なのですから」

「浄化了解、早くその爛れた魂が浄化されるといいな……」

 どっと疲れる、両肩に10トンウエイト入りまーす。

掛け声が聞こえても不思議には思わない、そんな朝をレダは迎えていた。



「なんでできないんですか」

「と、申されましても。遺失届の取り下げをご本人がされているわけですから」

 カジノ入り口からUターン、ホテルへと戻った悠人は高い天井に落胆が響くような、そんな素っ頓狂な声を上げて疑問とぶつかっていた

「あの御影悠人です、本人なんですよ。どうして僕以外の人が遺失届を取り下げているんですか?」

 ここに来る前、区警察のポストターミナルに遺失届を出してきた。

これが早いほどに本人照明ができると亮司に言われたからだ、とりあえずでもそれを申請登録してきた。

ネットで登録した番号を、怪訝な顔で自分を見ている区警察を兼ねるホテルガードマンに差し出す

「ほら、見てください。ちゃんと登録してきました。だから」

「本人が遺失届を下げているのに、どうしてそんなものがあるのですか?」

 悠人はかなりやばい状況に立たされていた。

カジノから恋歌と共に撤退しホテルに戻ったはいいが、遺失の登録をした途端に撤回されていたからだ

「あの、言い難いことなんですがお宅様は本当に御影悠人さんなんですか?」

 ホテルに詰めている区警の目はナイフのように薄く尖っていた。

ここは身元不確かなものが出入りできる場所じゃない

「おれが認めてる、問題あるなら先生を呼んでくれよ」

 自分で事態の好転させられない悠人に、付き添ってやってきた亮司が割って入った

「宿泊中新都学園の生徒だつーの、俺が同級生、同じクラスにいるんだから問題ないだろう」

 青臭い尖ったものの言い方に対して区警の目は冷静だった

「なんのためにパーソナルコードを、学友の紹介などこの区ではなんの証拠にもなりませんよ。言葉だけなんてもってのほかです」

 相手は座っているが下に降りている手が何かを準備している感じはすぐにわかった

「あのあの!! 本当に、見ればわかるんです。おねがいです、先生を呼んでください!!」

「自分で証明してください、ここでもめられると困ったことになりますよ」

 慌てて飛び出した悠人に対する最終忠告だった。

悠人が考えている以上に厳しい規制、よく神宮で彷徨った自分がそのままホテルに入れたものだと今更ながら周りを囲んでいたメンツの「強さ」を実感した。

 自分よりいきり立っている亮司を止める。

冷静にもう一度考えをまとめる事の方が大事だと悟った

「亮司、やめよう。僕の事で問題になるのは良くない」

「お前!! だからってそのままってわけにはいかないんだぞ!!」

「わかってる、家に一度電話するよ。正しく手順を踏もう、騒いでも仕方がない」

 三重の実家に電話をかける。

今までだったらそんな事は想い浮かばなかっただろう。

三重に対する故郷愛はあるが、実家には気安く関わりたくないというわだかまりが全面に立って、迷惑を延長していたかもしれない。

「実家に連絡をとってポリスステーションに行くよ、そこで手配の記録を取ってもらうなり実家の証明をしてもらうなりした方がいいだろ」

 悠人は目の前で警戒の目線を向ける区警に礼儀正しくお辞儀した

「すいません、実家に連絡をとる事にします。その間警察の待合にいた方が良いですか?」

「いや、名前をこちらに書いてくれたらいいよ」

 尖っていた警察の目は少しだけ気を解いていた。

今まで卑屈で腰を低くしてきた、その癖が少しだけ相手に好印象を与えた形だが後は軽く署名して現場を離れるだけだった。



参議御所(さんぎのごしょ)様は若い頃から変わることなく遊び好きなのね」

 ショッピングモールへと歩を進めた北条愛守姫は、付き添ってここにきた春山真珠と壁越しに話しをしていた。

カジノから続く店、何層にもわたる色とりどりの壁が続き、賑わいは途切れそうにない。

博打であぶく銭を得た男をここに誘導した女たちが嬌声を響かせるモールの中に、宗四郎は彼の侍従共々荷物持ちとして立たされている

「何かイベントごとの報告でも?」

「うんうん、何かうごいてるみたいだよ」

 フィッティングルームで着替えたのは軽めの服。

端た金で帰る素材の悪い服に、カーテン前で待つ真珠は不服そうな顔を見せている

「いかがわしいですよ、こんなもの買わなくても……」

「真珠、買い物は目標の物を買ってハイおしまいなんてのはつまらないのよ。見て回り触れて楽しみ宝を見つけることに醍醐味があるの」

 愛守姫は自分と同じように参議青嶺大海が勝負を楽しんでいることを感じていた。

人に見えない小部屋の中で、コンパクト型のパソを開けて見る

「やっぱり「回廊」を使うのね」

「回廊……あの実験施設をですか?」

「そうよ、実験の間に息抜きのレースをやっているのだから……今回の件に使わない手はないでしょう」

 陽気な声はカーテンを引く

「北条さーん!! こんなのどうだろう、アラビアンナイト見たいでしょ!!」

 肌を透過させる薄い布地、踊り子がつけるバングルにアンクレット。

一揃えを売るコスプレのような衣装で彩奈が間に滑り込む

「いいわね白川さん。私もそれにしようかな」

 二人の会話など聞かない彩奈は、ここに来れなかった悠人に代わってお土産めぐりをしながら、すっかり自分の楽しみに没頭していた。

「彼女も連れて行くのですか?」

「ご要望があればね、仲間はずれってよくないじゃない」

 こんな時ばかり、区民証の件ではあっさり見限ったのにと、嫌な考えを巡らせてしまう真珠を前に愛守姫の笑みは悪い物を含んでいた。

今回の件で、御影悠人の区民証など北条家の力を持ってすればなんとでもできた、白川彩奈もそれに連れ添おうとしていたのを愛守姫が抑え、悠人は両耳とホテルに戻ることになった。

 これは誰かが楽しみを昇華させようとしている。

渋6放送さえ見ることのできる愛守姫にとって、企みが動いているのは平凡な日常をを破壊する快楽だ、乗れる波には乗っておく

「今夜はとびきりのお祭りになりそうよ、オッズも億単位に届くかも」

 賭ける気満々の笑みが真珠に耳うつ

「あの施設、そんなことに使って良いのですか?」

「いいのよ、たまにはそういうことに使わないと……色々と疑いがかかるでしょ、それに御所様は全部知っている方でしょ、問題なんて握りつぶしてしまうわ」

「参加する気なんですか、姫?」

 パッチリと黒のパンツスーツを着込む真珠に愛守姫の笑わない目は告げる

「真珠だって御影さんちのメイドを狩る時シュチュエーションにこだわったでしょう。みんなそういうものなのよ、戻らない時間の中で私たちは踊るのだから」


「「砂漠の砂の中で、庭園の夢を見るために」ですか?」


「そうよ特等席で。千夜一夜の遠くなったこの現世で、夢の一夜を楽しみましょうよ」

「何かあるの?」

 買い込んだ品物の袋を山のように増やした彩奈が再び舞い戻る

「白川さん、今夜一緒に出かけません」

 愛守姫は軽く誘った、宿命となったゲームへの時間は近づいていた。



「宗四郎のバカを連れてこれば簡単に解決したのに……」

「仕方ないよ、今里くんは……」

 思い出すにも苦笑い。

カジノを諦めショッピングモールに向かったところで一向は二つに分かれたのだが、証明の問題を手っ取り早く解決するために宗四郎も一緒に戻ってくれと頼んだ時のセリフがそれだった。

あのバブルシールドのしたでキリッと口を閉めて。

「我輩は女性のエスコートがある、男なら自分で問題を解決したまえ」と。

 その嫌みたらしい顔に瞬間着火で亮司がジャンピングニーを食らわしそうだったのを思い出すと笑えてしまう

「問題起こしたの僕だし、時間はかかっても手順通りに証明をあげた方がいいからね」

 苦笑いでロビーを過ぎる悠人。

亮司はあっけなく終わった問答に少し拍子抜けしていた。

客が出入りを繰り返すエントランスから喧騒を避けた回廊の方へ歩く悠人は、心配されるほどうろたえた顔はせず、むしろ少し和やかな感じで

「いいんだよ、あそこで揉めたら学園にも迷惑がかかるし、それに亮司が怒ると本当に喧嘩になりそうで怖い」

「言ってくれるじゃねーか!!」

 区警と喧嘩しそうな勢いだった亮司。言われてそこまで突っ張ってねーよとチャラける

「まずは自分でできる事をしようと思っただけだよ」

 軽くハイタッチ、学園初期の自分だったらこんなに落ち着いてはいられなかたが、レースから自分の中で何かが確実に変わってきていた。

 青嶺大海と話しをした事も大きかった。

この広い世界にいながら、自分ばかりという個室に閉じこもっていた心を解きほどいたように、少しずつ外の世界に馴染もうとする自分が楽しくなり始めていた。

 一方で物騒メイドの恋歌は不穏な素振りを繰り返していた。

リバーを執拗に狙う素振りを

「ふんふん、まあ最終的になくても鉄拳突破という手もあるという事ですよね。私はそう理解しました」

「ないよ……物騒なのはダメだよ」

 一人だけ思考ずれている恋歌をよそに

「電話を貸してもらえるかな」

 連絡をとるにも携帯もない状態、照れ臭そうに悠人は亮司に頼むと軽く投げてよこされた

「終わったら俺も頼んでおくよ、親父に言って身分証明をしてもらった方が早いかもしれないからな」

 良き友。

亮司の優しいさでに悠人は本当に申し訳なく思った。

次にここにくる機会があるのなら、彼の希望に合わせてカジノに行こうと

「とにお前はタイクツさせないよな。好し、じゃあ俺んちの病院に行こう。待合に最適最上階のスイートがあるしスパーもできる。やるだろ?」

「もちろん」

 せっかくの楽しみがお流れになった今、白紙だった1日をスパーリングで潰すのも悪くない、後になれば良い思い出になるだろう。

二人が友情を確認しあっている間、不満たらたらの恋歌はジト目で悠人に寄りかかってきた

「親愛なるご主人様、私はすごく退屈なんですが。これに対して精神的ケアはないので?」

「ケアって……」

「何もないと私の存在意義を疑われますから」

 何もなくてもその言動で違和感という存在感バリバリだ

どうしろと、そう聞きたくなる。

この物騒なメイドは騒ぎがない事を決して喜ばない。

むしろあそこで暴れたかったのか、そんな恐ろしい事がしたかったのかと問いただしたくなる

「恋歌さん、いろいろあったけど、丸く収まってくれるのが僕の願いだよ。ねっ」

「丸く収めるためには角を殴る必要はないのでしょうか?」

「……殴り合いがない事が一番なんですけど、理解してよ」

 丸く収める、それはいい線まで行っていた。

目の前に不審な集団が現れるまでは。



「親父は何を相談していた」

 青嶺黒海は社長室から外に広がる光景に目を尖らせていた。

南洋の本社ビル、高層階のワンフロアが社長室という広大な場所で、えみを望める窓から新港区を睨んで

「世間話のようなものばかりです、そちらの報告書以外でVがありますが……」

「……何が狙いだ」

 大理石で作られたテーブルのうえに広がるほうこくしょに、当日の録画。

なんども繰り返される会話の鼓動を黒海は読んでいた。

御影の息子、御影悠人という人物は極めて主体性の欠けた人物だ。

第一印象の通り、大海のまえで自信なさげな話しをしている。

「狙いなどと穿った見方はよくありません、黒海様。御所様は若者が好きなのです。特に内側に秘めたものを開けられない未熟な者が、背に触れそれを開花させる事を楽しみに……」

「つまり親父は御影の息子に力添えをしたという事か」

 突っぱねるような一撃、そういう事になるだろう。

自信のない若者の背中を押すという事は、この場合は敵を増やす事に他ならない黒海は感じ取っていた。

「御影のガキなど。なぜだ、あのまましておけばよかったのに」

 みるからにみすぼらしい心根、背筋を正す事なく背中を丸めている姿を見ればわかる。

黒海の目に写る悠人は、小さな存在だった。

 そのまま、小さなままにしておけばよかったと思えた。

大海と悠人の話しは進み、最後に至る過程の中で執念は背筋を正し毅然と話しをしている。

目の前で変化を見せた姿が、実に苛立たしかった

「花を咲かせる必要などなかったのに……」

 何もしなければ御影産業には未来などなく、それこそ配下におく事が出来たのではという思いが唇を強く噛ませる

「親父は懐柔はしなかった、まるで……あれは息子にしたそうな会話だったな」

「あの歳ではひ孫にしかなりません、きっとそういう事なんですよ。御所様は話しがしたかった。話し相手である少年に経験を授けより良き大人へと導きたかった……」

「傲慢だな、我儘な話しだ」

 我儘。

このくだりが黒海の中では大きなわだかまりになっていた。

許してほしいとは言わない、少し自分を許す、そのための我儘

「疲れるな、本当に親父にはもう何もして欲しくない。俺立場も考えてもらいたいものだ」

 下ろしていたメガネ、ウィンドーに写るしかめっ面の自分を振り払い予定に目を向けると、椅子に座った。

目の前にあるのは会社関係のものばかりではない、写真立てに入れた大切な家族の姿。

「今日は早く帰りたいものだ」

 毎日が会合のような黒海のつぶやきに、侍従は申し訳なさそうに新しい懸案を差し出していた

「新宿区街の実験室が昨日付けで貸し出されています」

「……「回廊」が? どこのメーカーだ」

「ルイーズ・ワイスという表向きゲームを作っているメーカーです」

「電気屋か?」

 深く沈んだ声が、情報を検索する。

テーブルの全面がディスプレイとして色を変えて

「台湾とアメリカの合弁企業のようですが、バックはセントラルセブンです」

「身内じゃないか、だとしてなんでそんな中途半端な貸切をしている。実験をするんじゃないのか?」

 黒海のテーブルに大きく映し出された「回廊」、離宮区で最大規模の面積を持つ新宿区街を囲むビル群、その内部を通る通路の事だ。

大きく一周、真円に近い形で作られたトンネルは巨大な実験施設。

青いラインで描き出された空洞の大きさはビルの土手っ腹を突き抜け、階層にして5階分はある

「来月の半ばまでは施設は使わない予定です。一般見学なのかもしれません」

「……注意しておく事だな、この施設をただの素人企業が使えるわけがない」

 広い世界、目の前に広がる景色を前らに頭の痛い午後を黒海はすごしていた。



「あんたが御影悠人か」

 ホテルのコンコースへと出る道を歩く悠人の前に、ふくよかにしてどっしりとした体格の少年が立っていた。

顔立ちだけを見るのなら温和な感じにも見えるが、後ろには同じ黒の詰襟を着た少年たちが従っている事で只者でないことを知らせる

「誰だてめぇら」

 並んで歩いていた亮司は名指しに素早く反応し前にでていた

「いや、僕がそうだけど」

 合わせて悠人も前にでた

「何か用でも? 喧嘩とかはしたくないのだけど」

 一見すると間違いない愚連隊に、今日もまた緩急の激しすぎる日だと警戒色をあらわにして

「ああ警戒しなくていい、喧嘩を売りに来たわけでもない。俺の名前は松前朝定(まさき・ともさだ)赤坂旧宮学院(あかさかきゅうぐうがくいん)の生徒だ」

 全然しらない、面識のない人物だ。

相手もそのことをよく理解していたようで、一旦途切れた言葉の後を続ける

「と、言ってもわからないだろう。渋6放送、トロッコレースの主催者だ」

 見覚えのある背嚢で目がさめる。

自分の持ち物を忘れたりはしないし、トロッコレースは忘れようがない

「それは僕の」

「あああんたの「負債」だ、今日売りに来たのは新しいレースへの参加だ」

 松前は背嚢を後ろの仲間に投げると、憮然とした顔のまま歩み寄った

「ついてこい、招待するぜ。勝てばお前の荷物を返してやる」

 15時の鐘がなる。

丸く収めるためには縁をつなぐ必要がある。

それが今やってきていた。


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