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16 いつか大きな財産に

 軋む、全身が。

一瞬離れたレールの上、強制的に戻されたトロッコはぶつかり合いしがみついていた悠人の体もブランコにように振り戻され踊らされていた

「まったく納得いきませんよ、私のいないところで何を楽しんでいるのですか」

「……恋歌さん!!」

 押し付けられたレールが放つ激しい金切音と光を足蹴に、恋歌は立腹の顔を見せていた

「ラストだけをご一緒ですが、燃えて参りましょうぜ!!」

「ぜっ……?」

 衝撃と共ににデッドエンドからの帰還、ストレートに入った道へと戻った悠人は目の前にしっかりとバランスをとって立つ恋歌に、今までの経緯を話し言い訳をする余裕はなかったが

「どうしてここにきたの……」

 精一杯の残念がこぼれ落ちていた。

意気軒昂な恋歌と入れ替わるように沈痛な面持ちとなる悠人

「どうして? ご主人様、貴方といることで、そうです共に進化するのですから」

 頬を打ち流れていく熱気、上り詰めていた意気が停滞へと落ちそうになっていた。



「やばいぞ!! このままだとボーダーラインを間違いなく越す!!」

 渋6の実況中継を担当していた松前朝定(まさき・ともさだ)は建築現場の必需品ガラ袋で作ったフードの中、ふっくらした温和な顔を強張らせインカムを耳に抑え込み、仲間たちに指示を飛ばしていた

「沼にスポンジを、エア球も、なんでもいい落下地点に投げ込め!!」

 揃いも揃ってズタブクロをかぶったような小汚い姿、炭を塗りつけた顔の集団。

ロクデナシたちに隠れ実況のカメラを回していた彼らもまた焦っていた

「間に合うのかよ!!」

「間に合わせろよ!! 命がかかっているんだぞ!!」

 渋6放送という狂気の賭けを電波に乗せている集団、その正体である旧宮学院の生徒達は慌ただしく行動を開始していた。

 一方で松前は返事をよこさない紅海を呼び続けている

「おい!! 紅海、聞こえてるのか!! ブレーキ踏めよ!! まじでやばいんだって!!」

 懸命の声に帰ってくるのは荒い息遣いだけ

「紅海!! 返事しろ!!」

 景色は矢のように飛び、正面にはゴールライン、その先はレールが途切れる断崖絶壁「チキン・ラン」が待ち構えている。

 これは狂気のダービーだ。

スタートからラストまで、競技者の勝機を緩ませない仕組みはしっかりと作ってある。

どこまでいっても楽には勝たせてくれない、ゴールの果てにあるのは空へと飛び出し途切れるレールだ。

 問題は接戦になれば成る程にこのゴールが危険だったこと。

停止を早めれば最後に抜かれる可能性があるが、ゴールラインを突っ切って走れば無くなるレールの果てで沼に向かってダイブすることになる。

無論、落下ポイントを沼にセッティングをしたのは死者を出さないための工夫だが、現状であれば投げ出されるのはトロッコと人、同時に飛び同時に落ちるという危険性だった。

人の上にトロッコが落ちれば……そんなことがあったら……

 勝つための最後の試練、今までこれを見られるほどの接近したレースはなかったし、こんなスピードで突っ込んでくるのは初めてだった

「できるだけ広く、あるだけの風船を投げ込め!! 早くしろ!!」

 主催である旧宮学園のメンツは撤収の準備と並行で崖に救助の道具を投げ込んでいた。

 参加者に及ぶ不足の事態の回避はできるのか?

松前朝定の心配はそれだけではなかった。

下で騒ぐ狂乱のロクデナシたち、彼らの掛け金の行く末は後数秒で決まるが全体を通してみれば大した金でもない。

 現地観戦するものなど本当の文無しか、観光ついでに怖いもの見たさでここにきたお上りさんでしかなく、そいつらを気遣う必要なとどこにもなかったが、問題なのはこの放送を買って視聴している者たちの方だった。

 違法であるこの放送は冗談のように法外な金で回線へのアクセスを許可していた。

理由は、当初自分たちの楽しみに対する記録動画にすぎなかったのだが、是非見てみたいという変な横やりが入ったからだ。

 学生の楽しみに首をつっこむなどろくな者でもないと高を括って高額請求した。

こんなもの誰も見ないだろうというものだったが、赤が活躍するようになった頃からこの支払いに応じてアクセスしてくる者が現れた。

 名前こそ普通だがバックのでかい奴、そういう臭いのする客が。

今その客たちは賭けのクライマックスを見守っている、死人なんか出すわけにいかないこの事態を。

 ここで放送を切るという選択はない、ここで切れば高額の支払いをしている顧客からのバッシングが嵐になる。

違法放送だから「しらね」といって逃げる手が通用した頃の客とは違う。

 そもそも主催者である旧宮学院は富裕層の第二子第三子が通う学校だ。

そこの生徒たちが行うこのイベントに、文句を言わずに金を払う客とは……

相手がどんな者たちかを知っているからこそ、放送を切ることも逃げることはできない状態に入りパニクっていた。

「ダンボールも新聞紙も!! なんでもいいありったけ投げとけ!!」

 もう止まらない。

目前に迫るトロッコがスピードを落としているとは思えないし、赤はインカムに出ない。

 いずれにしろ出したくないのは死亡者だ。

そんなことがあれば渋6放送どころが、この場を更地にされてしまう。

松前は一人構えて祈る、喧騒と拳の祭典は劇的なラストへと向かい瞬間を切り詰めていた

「頼むよ紅海!! 止まってくれ!!」



「止・ま・れ・ねーよ!!」

 誰に言われるまでもない、止まるという選択は赤の中になかった。

危機一髪から戻った悠人を出し抜き台車一台の差をつけて前を走るっていたが、ウエイトを得たせいで落ちた悠人をがっちり引き離したかったから。

 一方で切るように競り合う金属の音と引きずる台車の上で悠人と恋歌は顔を合わせていた

「どうしましたご主人様、さあさあさあ!! 参りましょう!!」

 恋歌は赤のトロッコと同じように黒がしがみつく場所に立ち、最後のストレートへと進む悠人を煽って見せた

「……どうして……なんで……」

 戻りの強烈なインパクトで捕まっていたバー共々前のめりで膝をついた悠人は、墜落という一時の危機からは脱した、本心でこう思っていた。

「来てほしくなかった」と。

 悠人は一人だったからこそという思いに支配されていた。

誰も傷つけない、たった一人の戦いだったのにという思いが大きすぎた

「無事でよかった……恋歌さん」

「ええ無事ですよ、ご主人様もとっても元気でよかったです。さあ勝ちましょうぜ」

「?! ぜ……って勝つ?」

「当然じゃあないですか、勝負は買ってなんぼですよ」

 あっけらかんとした顔がウインクをしてみせる、何事もなかったかのようにそういう恋歌に、揺らいだ「自分の意思」ほんの少しが戻って来た

「でも……危ないよ」

 悠人の言葉に恋歌は踊る、一回転してにこやかに

「お忘れですか? 危険は私のデザートですよ。ご主人様の波立つ感情も然り迷いと意気込みの蜜の味。殺す気で行きましょう、相手の勝機を。悲嘆をくれてやりましょう貴方か彼に」

 伸るか反るか、勝ちも負けも赤と悠人の二人のもの、ならば悔やむ方をとりたくはない、だけど

「当然のことですが私は死にませんよ、まだ危機も優美も不足してますから」

 何かを見切られた感じ、いつだって恋歌の目は確実に悠人の心の奥を射抜いている。

苛立ちを掬いあげるように人差し指が踊って

「よろしいですかご主人様。あなたは負けますか? 負けてあげますか?」

 揺らいでいた心を正常へと回帰させる煽りを告げる。

実力で負けるのならばこれは止む無しと思えたか、否!!

ここまできて脱落することを許せるか、否!!

 弛緩していた両腕がトロッコを漕ぎ出すバーを掴み押し下げる

「勝つだけ!! ただそれだけ!!」

 魂の着火は確実だった。

なぜという疑問が燃えて消えるほどの思い。

ここで手を抜くのかと問われたことに血が上った。

負けてあげるなどあり得ないこと、巡った血は止まっていた時を押しスピードは活力を取り戻した

「僕が勝つ!! 絶対に勝つ!! 乗ったのは恋歌さん自己責任だからね!!」

「ガッテン承知の助です!! その美酒をいただきとうございます!!」

 赤のトロッコにまだ手は届く、捕まえるのではなく追い抜くための力を込める。

相手の背中を見続けて終わるのは嫌だ、思いの限りの力漕は風を大きく押し分けて疾走した



「なんだって今日はこんなに人がいるんだよ」

 棚橋レダは赤の隠れ家から下に広ろがるハロゲン灯の並ぶ道を歩いていた。

ロクデナシたちを蹴倒しながら。

何せ彼女はミニスカメイド、上に革ジャンを羽織っているとはいえニーハイのその足は飢えた男たちにとって美味しいオカズになってしまう

「ねーちゃん、慰めてくれよぉ、おらぁすっからかんになっちまったぁ」

 歯抜けのジジイから、粋がったにいちゃんまで、それを蹴倒し殴って前に進む

「うるせー!! 負け犬どもは帰ってマスかいて寝ろ!!」

 どんなに可愛くても口の悪さからキレのある体術までワンセットの凶暴メイド。太ももにかかったピンクガーターベルト、チラリと見えるナイフがより凶悪さを示している

「なんで急に祭りになってるんだよ……赤の野郎予定にないことしやがって」

「すきじゃー!!」

 躊躇なく前蹴り、足にしがみつこうとした歯抜けオヤジをすっ飛ばす

「邪魔だっつーの」

 見られて恥ずかしくない下着だから平気で足をあげる。

それに歓喜する野郎どもに目もくれず、状況を確認するために回りを見回し視線は止まった。

案山子のように掲げられたひび割れたパネルモニターの中に

「? 何? 赤……クロエ!!」

 赤の台車の上、必死にしがみついているが絶対に泣いている大切な末っ子の姿に体は即座に動いていた

「赤!! クロエを殺すつもりか!!」

 ラストまでのストレート、最早のスヒードにトロッコの車輪が浮き足立っている。

いつレールからテイクオフしても不思議じゃないトロッコの上で、クロエこと僕様の黒は半泣きになっていた

「なんでクロエまで揃ってトロッコに乗ってるんだよ!!」

 飛び出したレダ、衆愚が拳を振り上げ絶叫の不協和音で満ち溢れるゴールに向かって走る。

ロクデナシ共の背中を足場に蹴飛ばし走る、後ろからは見えているだろう下着のことなど気にする余裕はなかったが、それを見ることの出来た者もほとんどいなかった。

疾走で風が巻き上がる早さ、それに巻かれた砂塵で目をおおうのが精一杯だっただからだ。



「俺様は負けない!!」

「僕が勝つ!!」

 黄色と黒のトラテープでデコレートされたボーダーラインを割ったとき、トロッコ2つは横一線に並んでいた。

勝敗はその先5メートルで決まるところで悠人はついに赤に追いつき並んでいた

「てめぇぇぇえぇえぇえ!!!」

「かぁぁぁぁぁつ!!!!」

 弾丸のごとく、鉄の台車がぶつかり合い火花と維持を散らして行く。

どちらもブレーキの音など聞かせないまま

「もうダメだ!!」

 運営の松前朝定(まさき・ともさだ)は顔を真っ青にして息を飲み、レダはダッシュで飛ぶ。

ロクデナシの絶叫が海を割る奇跡のように途切れ、シーンはコマ送りになって見えた

互いの譲らぬ意地がまっすぐにゴール切った

「ゴォォォォオォォォォォォォォル!!!」

 誰もが瞬きできない時にいた。

チェッカーフラグを半裸のピエロが振り回し、ロクデナシたちが壊れたロボットのように膝から崩れ落ちる。

爆竹が其処彼処と鳴り響き、オッズボードの前で馬券の花が散り、ハロゲン灯を飾ったガラクタの塔が次々に壊されていく。

暴風が連れてきた後の祭り、ボロボロの電光掲示板に出された試合結果はドローだった。

「ウォォォオォオオォオオォォ!!!!」

 まさかまさかのドローに、にわか実況たちが騒ぎ立て、観覧の文無しが吠え、男たちは燃え尽きていた

「信じられねーよ!! 赤とハゲ!! まさかのドロー!! 誰がこの結果を予想できたか!! っ否!! そして!! オッズボードの勝者は黒だぁぁぁぁぁぁ!!! 完全無欠の唯一一点!! 負け犬どもはひれ伏せぇぇぇぃい!!」

 熾烈を極めたトロッコレースの勝者は体を張った二人ではない、この賭けにおいて唯一悠人の勝利とドローに賭けた黒だった。

ボードに示された勝者の名前に敗北者たちは項垂れ、花火は次々に打ち上げられていく。

 レースは終わったのだ。

そうレースは、しかしトロッコは止まっていない。

二人ともが全力で漕いだトロッコが今更止まれないレッドゾーンへと確実に入っていた。

目の前には空、途切れたレールの向こう側は漆黒の空と汚物で埋め尽くされた底なしの沼だ。

ブレーキを踏んでどうこうなる距離は忘却の彼方だ

「はっはっはっ……」

 吹っ切ったゴール、繋いでいた緊張の後で悠人の息がボロボロと不規則にこぼれ出していた。

だが風を受ける顔に濁りはなくなり、恋歌もまた喜びを口にする

「大丈夫ですよ!! この先もずっと、さあ飛んでしまいましょう!!」

「はっはっ、あはははははははははははは!!!」

 ボロボロの息が紡いだのは笑い声だった。目の前が真っ暗で何も見えない未来だとしてもここまで走った自分の中にある歓喜を抑えることはできなかった。

 やりきった、迷いも悔やみも振り切って、最後まで自分の意思を貫いた。

「やったぁ!! やってやったぁぁぁぁ!!」

 トロッコは飛ぶ、漆黒の空へと星の海へと、両手を挙げたガッツポーズで叫ぶ。

レールのない世界へと、悠人の心は完全に解放されていた。

落下する月へ、悠人の身に寄り添うように飛んだ恋歌もまた満面の笑みで目を輝かせていた

「新しい出会いでこの心はまた満たされます!! やっぱりご主人様と一緒は最高です!!」

 落ちた運命は今、羽ばたく未来へと第一歩を進めたのだ。



「……待ちやがれ!!! 勝ち逃げなんて……絶対に許さねーぞぉぉぉぉぉ!!!」

 落ちた巨星、常勝の王だった赤は沼から仰向けに空を見て吠えていた。

怪我はなく威勢の良い遠吠えを響かせて。

松前たちが投げ込んだスポンジやクッションのおかげというものもあったが、振り落とされた黒ことクロエの救出に飛んだレダから軌道修正のキックをくらいトロッコに踏みつぶされるのは回避できていた

「待ちやがれ!! ハゲェェェェェェ!!!」

 負けた。

ドローという勝負の判定は赤には到底納得できるものではなかった。

ここまで自分を追い詰めた男はいなかった、でも、それでも勝つのが当然だった。そのはずだった。

「くそったれ……俺様が、俺様が負けるなんて……有り得ないんだよぉぉぉ!!!」

 落下でかぶった泥と汚物、負けた男を飾るには分相応の不名誉な勲章。

顔も真っ赤な髪も泥を飾った姿から、目だけが燃えて吠え続ける

「戻ってこい!! もう一度俺と勝負しろぉぉぉぉ!!」

 熱く激しい夜、真っ白に燃え尽きる前に冷水を浴びせられた男、赤。

青嶺紅海と御影悠人の運命の出会いは奇縁となる、その最初の勝負は終わった。



「はははははははははっ!! 燃やしてくれたのぉ!! 滾らせてくれたのぉ!!」

 釣殿に響く野太い笑い声、青嶺大海は自らの膝を何度も叩き興奮冷めやらず、子供のようにはしゃぐ姿を見せていた。

お抱えの医者が心配そうに落ち着きなく前に出る、気持ちを抑えてと指示するのも構わず顔は輝いていた

「いやいやいや、はははは紅海め、見事にしてやられよったわ」

 夜を背景に沼に落ちていった紅海の姿はしっかりと実況されていた。

渋6放送の醍醐味は勝者も敗者もしっかり最後まで映しきるところにある。

泥沼の中、天を仰いで吠える紅海の姿に大海は若さという血潮を嫌という程感じていた

「ああわしも出たい、わしに若さがあれば、わしも挑みたい!!」

 身震いに付随する筋骨の動き、かつてはやんちゃの限りを尽くし遊んだ大海は本当に羨ましそうに目を見開いていた

「あやつの滾りを感じたわ、あの遠吠えも……若さとは素晴らしい。良い勝負だった、どちらも良い男ぞ!!」

 拍手する手の前で慌ただしく放送は途切れた、富裕層の視聴者にとりあえずでも満足いくところまでは見せることが出来たという形で

「おうよ、紅海の相手だったあの小僧は何者ぞ」

 モニターの火を落とした照明の下、壁に張り付いていた侍従を呼ぶ。

呼ばれた男は初老の白髪頭で眉をひそめた顔を近づけると、小さな声で大海に告げた

「御影産業、御影旅人(みかげ・たびひと)が子息、御影悠人にございます」

「うははははははははははは」

 聞くや大きくなった笑い声は愉快とさらに手を打った

「そうか、そうか、なんという運命。建築の雄である我らを破り大舞台に躍り出た御影か」

 敵を褒めるという余裕は大海ならではのものだった。

ここに黒海がいたのならば、立ち上がって討伐を叫び出すことだろうとほくそ笑む。

冴え渡る思考は華族界では会うことのない、会社単位の会合で見た御影旅人の姿を思い出していた。

 御影旅人。

日本の建築業界を二分化するならば、南洋開発と御影産業はまさに好敵手と言えただろう。

西日本の再開発をめぐり圧倒的な支持を得た会社の社長。

関東の威光を跳ね返し中部から西での南洋を駆逐した男、世界へとその力を示すため西ノ島新都の仕事を南洋から掠め取った鷹。

 大海からすると息子と同じ年で名実ともに年下になる御影旅人だったが、その目は鋭く強い意思をよく表していた。

年の割にはどっしりと構えた大きな男だと実感するほどに。

互いが初めて顔を合わせた名古屋会議の時、初めてその姿を確認する。

即座に息子黒海にはない強さを感じとっていた、もしこのまま日本が進んで行くのならばこの男が率いる会社に南洋開発は駆逐されるかもしれない。

 ワンマン社長と言われつつも、周りに有能なブレーンを置き、仕事に向かっては冷徹と熱い一手を繰り出してくる男に

「同じ舞台に上がってこい」そう願ったことがあったと思い出した。

「そうか、あの男の息子だったか……」

 巡り合った運命。

明るくなった部屋の中で、リプレイをモニターに映して目を細める。

好敵手と成るべく現れた男、その男の血を継いだ息子のガッツポーズと笑顔を


「紅海よ……負けたことがあるというのが、いつか大きな財産になる。良い巡り合わせ、良い敵に出会ったな」


 そうは言いつつもできれば自分が相対したかったという顔。

目を閉じ髯をさすり、深呼吸し長い息を吐き出す

「そうよな、青嶺の男がこのままとはいかんよな。ならばこの戦い、今一度めぐり合わせてやらねばのぉ」

 思慮深く鋭い思考は理解していた。

目の前に広げられた御影悠人の情報を見るに、交流会に来た新港区の生徒だと知った

「新都学園の交流会、わしにも会いに来てもらおうではないか」

 会いたくなった。

紅海を負かした男に、直に声をその姿を感じてみたくなった。

老いた闘将は尽きぬ胸騒ぎに悪い笑みを見せて、自分の隣にて胸を両手で押さえている織姫に気がついた。

手折られそうな花は心臓を痛めたようにも見える

「言わぬことではない、織姫、喧騒に疲れたのであろう」

 弱々しく首を振る織姫に節くれが目立つ大海の手が頬をさする

「今日はもう下がるが良いぞ、わしはこういうのが好きだから……」

 嫌うなとはなかなか言えないもの、それに気がついたのか織姫は顔を上げると荒くなった息の中で答えた

「平気です、少し驚いただけです。ええ驚いたのです」

 熱くなった頬に心配する手を縋るように掴む

「これからもご一緒します、どんな時もお側に置いてください」

 黒髪の枝垂れた眉の下、ただ画面を見つめる織姫にも熱い夜は過ぎていった。



「……どうもありがとうございます。わざわざ迎えに来てくれるなんて、本当に助かりました」

「ホテルに戻ってから大々的にして大きく宣伝するように言いたまえ!! この六郷今里宗四郎(ろくごういまざと・そうしろう)に対する感謝とその涙を!!」

 ホバーバイクの上、バブルシールドに亀裂を作った宗四郎はヒステリックに叫んでいた。

大げさに身振り手振りを見せる姿は滑稽な指揮者に見えるが、こうなった一因である悠人は苦笑いで聞くしかない。

 自分を探しに私設の黒服を使てくれたことにも驚いたが、何より陣頭指揮で自らが来ていたという事実に驚きただ礼を言うに終始せざる得ない状態だ。

 なにしろ落下した悠人をキャッチしたのは期せずしてトロッコレーンが途切れるの最終地点付近をうろついていた今里家の面々だった。

飛び出した瞬間、恋歌に抱えられた悠人は、落ちてくる物体を悠長に眺めていた宗四郎のバイクに見事に着地していた。

結果宗四郎はテコの原理よろしくバイクからすっ飛ばされ、近くの雑木林にダイブするという被害を被っていた

「顔のそれは弁償した方がいいのかな?」

「無論であるぅ!!」

 いつも自慢げにつけているバブルシールドタイプのモニターは、蜘蛛の巣のようにヒビが入り顔色が見えにくくなっている始末。

これは高くついたなと酸っぱい感じになっていた悠人だったが、隣に座る恋歌は堂々としたものだった

「弁償の必要ありませんよね。今里様は寛大にして偉大な方ですから、すべてを許したまう菩薩のような、新しい時代の指導者のような方ですから!!」

「そっそっそうよな、まー我輩は世のため人のためになるなら着地点にでもなる男よ、まーよろしい、我輩を褒め称えることで許そうではないかー!!」

 バイクに三人乗り、後ろの座席を悠人と二人で占有している恋歌はジットリと宗四郎を見つめて意見を押し返す。

そう言われると良い気になってしまう宗四郎をうまくコントロールしていた。

当主の息子が手玉に取られる姿にぐうの音も出ない今里家の黒服達も疲労困憊の帰路を走る。

「ご主人様、次からはきちんと私も連れて行ってくださいね。お付きの者として常に一緒にいて同じ愉快な体験をしたいという希望をよく覚えて置いてください」

 ご機嫌になって前を向く宗四郎を尻目に、恋歌はホッと一息の悠人の鼻を人差し指で押して注意する

「今回のは……運が良かっただけだよ」

「運、実に結構なことじゃないですか。人事を尽くして天命を待つは極限の取引ですからね。そこにあるスレスレの勝負に吹き出す血は甘美でありましょう。そして次は殴り合いに参加しますから」

 相変わらずの物騒。

なぜ生臭い方へと走るのだ、この人は。

 心地よい疲労が0時前の夜にいる悠人を支配し瞼が重くなってきていた。

今日の疲労は楽しかった、そういうおもいが胸につまり完全燃焼の緩やかな眠りを誘う

「ご主人様、負けなくて良かったのですか? 勝って良かったですか?」

 ホバーバイクの心地よい振動、夢心地を前に尋ねられた悠人は薄く笑った。

それは今まで自分を戒め卑下して見せていた寒々しいものではなく、初夏を喜ぶような爽やかなものだった

「やりきって良かった、ただそれだけかな」

 初めて達成感というものを存分に味わった日、その思いが幸せな眠りへの導入となっていた。





 

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