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14 俺に熱い血を注げ

「時間だ」

「うん……」

 旧世紀からトリップしてきたようなハロゲン灯が鈴なりに囲いとトロッコレーンを照らす、複数台が無造作に縛り上げられ葡萄のように組まれ掲げられる。

手に手に光を掲げ「コール」を叫ぶロクデナシたち。

生ぬるい風が夕日の終わりを告げ、灼熱を飾り立てた夜へと、深い時間へと進み出す中へ、悠人と赤は進んでいった

「おっう!! レディー(女)いない銭無男(ジェントルメン)、有り金は全部張ったか!! 心臓は売ったか!! 明日はどいつもこいつも天国にいけるように祈ったか!!」

 星の眼帯を着けたピエロが大きくてを振り上げる。

ツクシのようにひょろりと伸びた背高の彼は赤白と派手な色分けのベルボトムに上半身裸、カラスの羽を束ねたようなボアを首回りに飾った姿で観衆を煽る

「日々をダラッダラに生きる敗北者たちよ!! ショック死するような刺激に抱かれたいだろう!! 張った張った張った!! 右の頬を叩かれたら内臓えぐるまで賭け狂うまで張り倒せ!!」

「うるしぇあ!! おるぁ歯も全ぅ売っでぇまったぁ!!」

 大波小波の観衆音頭。

最前列には恋歌にぶん殴られ残った歯までも失った親父が飛び上がる。

老いも若きも煤けた灰色を纏い、薄汚れた熱気を匂わす異常な世界の中で、悠人は毅然としていた

「以外……だね、落ち着いている?」

 赤と供に前を歩く黒は、離れず怖じずステージに向かう悠人を見ていた

「平気だよ、別に死ぬわけじゃない」

 殺されるかもしれない、この異常なギャンブラーたちに。

でも死ぬ気はない、ここを戦いきるという覚悟はおかしな言葉に支えられていた

「死にたいですか? 殺されたいですか?」

 あの日、恋歌に出会った日、彼女は自分にそう問うた。

殺されそうなシーンの中で、死にたいと願った自分が今、殺されそうなこの場で、死ぬ気はないと言い切っている。

「なんだ……こういう事だったのか……」

 何かがより深くわかった気分、奇跡と運命と、隠してきた本気が波に乗るか反るかを楽しんでいる

「どうしたハゲ、ここで降りるのはなしだぜ」

「だから影だって、でもって降りないよ。勝つのに降りる必要はないだろう」

 足場板で組まれた肋骨のようなステージ、赤はその名のごとく真っ赤に染めた髪の毛を風に揺らし牙剥く歯を見せている。

人を漲らせる彼の顔に対して、いつもならうつむいていた事だろう

「言ってくれるじゃねーか、だったらもっと盛り上げないとな!! 主催者サイドとして!!」

 冷徹の目線、悠人自身は意識していなかったが赤にはそう見えていた

熱くなりがちな勝負の中で、クールさを保っている顔。

「文無し野郎が楽してズルして金儲けする、今夜の仕事はドリームジョブだ!! さ・ら・に・そこに華を添えてやるぜ!!」

 赤の負けん気。

クールである以上に、この運命に喜びを感じていた。

怖気ずいて逃げない相手、こいつを待っていたという気持ちの高揚は、このままでは時間賭けだけになりそうな悠人に自らを近づけた

「ハンデをやるぜ!!」

 この愉悦に全てを巻き込みたい、賭け事だけが人生になった廃人どもにもこの喜びを知らせてやりたい

「俺様のトロッコにウエイトとして黒を乗せる!! い・い・勝負をしてやろうじゃないか!! どうだ!! ロクデナシどもよ!!」

 燃え上がる祭り、賭けのオッズボード塗り替える。

MCのピエロは声を張り上げ

「どうする!! ハゲの勝利にかけるツワモノはいるか!! 夢見てるやつはいるか!!」

「あめぇ夢は見ねぇよ!!」

「それで10分でも伸びるのかぁ!! 生存率がよぉ!!」

 罵詈雑言が雨あられ。

賛同者は皆無の中で黒が手を挙げていた

「僕様がハゲの勝利、またはドローに1000円賭ける。……ハゲ、ありがたく思って……頑張ってくれ。この運命に赤が真っ白に燃えるために……頼むよ」

 くしゃくしゃの1000円札、これ一枚じゃタバコ1箱だって買えない。

ここにいる観衆で山分けしたら1銭の儲けにもならないだろう。

下品な笑い声が潮騒のように聞こえる中で黒はうつむいていたが、悠人は肩に手を置いて喜んでいた。

「ありがとう、期待に応えるように頑張るよ」

 赤VSハゲの賭けを全うに成立させるには小さすぎる金額だったが、悠人には大きなプッシュになっていた。

たかが1000円、考え方次第。

黒の大切な1000円は、1000円ぽっちではなく、1000円もの大金と悠人には思えていた。

奇跡にも運命にも値段はつけられない、後は踏み出した本気を本物にするために自らの決意を賭けるだけたった。



 トロッコレース。

手漕ぎトロッコ、平台に四輪のワッパがつくシンプルな形。

それを動かす原動力としての手漕ぎ用バーがちょうど真ん中についている、ブレキーは足元にある四角い箱のようなものを上から押す形で使用。

 今時の車は水素で走るのが一般的で自動運転も当然の世の中にあって、人力。

自分の持つ筋力と体力がこの板切の列車を動かし登坂し坂を下る。

このマシンのエンジンはおろかコントロールも全て体一つでこなし、山あり谷ありと蛇行を重ねるコースを走る。

賭けの対象となった己、それに熱狂する狂人達の声援をバックに知力体力の全てを賭けたゲーム。

「さあさあさあ!! 命を張った愚か者たちも、金を張った愚か者たちも天国直行の大勝負にだいぶしな!!」

 滑りつくような舌回しフラグを持ったMCはトロッコに乗った二人に合図する

「買っても負けて罵り合って殴り合え!! 買って嘲り負けて泣け!! それでは開幕!! レディーGO !!」

 一瞬違いの目を見て、そして前を見る。

赤と悠人、運命の一戦はついに車輪を動かした。



 離宮区の中でも旧財閥から富裕層が居を構える港区街(みなとくがい)はかつてのビル群が取り壊され台座となった埋立地が多くあり、その一角にある台地は庭を大きくとった邸宅が並ぶ街と変貌していた

「良い夜だ、よく星が見えておる」

 かつての平安貴族が住んだ寝殿造りを模した邸宅、この屋敷の主人青嶺大海(あおみね・たいかい)は八角形の離れ部屋、釣殿で天を覆うシェルミラーから夜空を見つめていた。

「この特殊グラスがあるからこそ見える空か……日本の空もいよいよいかぬな」

 東京の夜空は1世紀以上前の昔である高度成長期の廃鉄空の頃に比べればずっと綺麗になっていた。

車の排気ガスはほとんどなくなりクリーンエネルギーも多く採用され、格段に東京の夜は星を見やすくなっていたが、それでも富裕層の家には屋敷とその空を特殊グラスで覆っている。

直接星を見ることはなく、そのグラスによってより精度を上げた星の輝きに目を細める大海はヒゲから髪までを真っ白にした老齢の身を大きなベッドに横たえていた

「ここは静かすぎる、わしにとってはな……お前にはちょうどよいのだろうが」

 ざらつく声、しわがれた目は細く研ぎ澄まされ刃物のような目を片方だけ開ける。

往年の鋭い視線をベッドの脇に立つ女に向ける

「織姫よ、お前の星を真上に見るにはまだ二ヶ月は必要か?」

「……はい」

 荒い声の大海とは対照的に織姫の声には若々しい潤いがあった

 宵の青紫を深く染み込ませた黒髪と伏せたままの赤い瞳、メイド服と呼ぶには豪華すぎる仕立て、ロングスカートに肩を覆う赤い刺繍の入った黒のストール。

甚平を着崩した病人大海の視線は星ではなく美しい彼女を見つめている

「秋の頃には新港区の方に行ってみよう、なんだったらもっと南の島へと遠出をしても良い。お前と二人でゆっくりと船旅をしよう」

「……そんなことを、お体に障りますよ」

「治っている、その頃にはのぉ、ずっと良くなっている」

「どうか無理をなさらないでください。私はここにいるだけで、大海様、貴方といるだけで良いのですから」

「無理などしておらぬ……」

 堅固に残された歯を悔しさで食いしばる、彼の体には複数のチューブが繋がっていた。

年齢も90歳を超えた男とは思えぬ肩幅広い立派な体躯、だが老いにより体は少しずつ確実に干からび始めていた。

そのうえで長く病気を患う大海、改善しているような肌ツヤは決して見えないが、それを見切られたくないという意地だけが彼を支える。

一瞬で上がった血圧を下げるように、大きな息を吐き出すて

「わしの体のことなど心配せんで良い、お前は……そうだいつもわしのそばにいて、どこえも一緒に行けばよいのだ」

 苛立ちの咳払いを終え、大海は自身を落ち着かせる。

織姫のうつむいたままの顔に、少し怒った声を聞かせると奥に控えている者を呼ぶ

「おい、モニターを付けろ。渋6放送(しぶろくほうそう)が始まる時間だ」

 衰えている。

そう思われるのは許せなかったが、織姫を叱りつけるのは好きではなかった。

ただでさえ物静かで出しゃばることを知らない大人しい女だ。

自分の威勢を見せつけすぎては口をきかなくなってしまうかもしれない、小さな心配を表に出せない不器用な男は口を酸っぱく尖らせたままモニターを睨んだ。

 開かれたライン、中空にモニターの枠が描かれ画面が広がる、渋谷区街で開催されている貧民どもの宴が映し出された。

 トロッコを前に、メインイベントに熱狂するその日ぐらしのロクデナシども。

渋谷区街のロクデナシ、これを略して渋6と呼び彼らの賭け狂いを垂れ流す放送のことを渋6放送と言った。

老齢の彼が呼ぶには少し突飛な名前の番組は、海賊放送として配信されている全くもって超法規的番組だがファンは多い。

普段の上品な生活に飽きた富裕層たちが、族が放送するこの番組に金を払って観戦する程に。

この放送を大海もまた好んで見ている

「はははは、よいな今宵も阿呆どもが盛り上がっておるではないか」

 上機嫌な顔は、昔のやんちゃしてきた血の気を思い出すこの番組を大いに贔屓としていた。

不定期イベントのこの放送をを、手の者を使い確実にキャッチして見る。

それが大海の療養生活での楽しみにもなっていた

「おお今日も粋がっておるのぉ、紅海(こうかい)のやつめ」

 画面中央、レース直前のスタートピットで貧乏人を煽る真っ赤な髪はよく目立つ、赤の姿を大海は指差し顎髭をさする

「本当に生き生きしておる」

「……紅海様はまたもそんな危ないところに」

 織姫の目にもそれは確認できていた、細い眉をしかめ眉間に窪みを作った彼女の顔は自分の主人とは対照的なもの。

大きく手を振り観衆をヒートアップさせていく赤の姿に、大海は上機嫌だ

「あやつは……そうだ、わしの若い頃によく似ておる」

「大海様に?」

「おうよ、まあわしのが男前だったがな」 

 ロクデナシの輩を煽る赤こと紅海。

場を興奮へと昇華させる演出に老体は心を躍らせていた

 今でこそ老境に入り体を蝕まれた身ではあるが、かつては時勢の荒波に飲まれ半壊した会社を立て直し累代の名誉を守り切った男。

青嶺大海、彼こそが南洋開発ブルーシーン会長その人だ。

日本国における建築業界の雄、その会社を自らの手でさらなる高みへと押し上げた立役者である大海は白ヒゲを揺らし上半身を起こすと引きずるチューブをものともしない態度で赤に向かって拳を振るう

「ああああかーぁ、口惜しいものよぉ。わしがあと少し若ければあやつに挑戦してコテンパンにしてやるのにのぉ」

 そう言うや大海は手を上げて織姫の退出を指示した、急にトーンを落ち着いた声で

「織姫は騒がしいのは嫌いであろう、今日はこれで良い部屋に戻るが良い」

「嫌です」

 画面に向かって目を丸く開いて織姫は静かに反抗した。

大海背中を向けたままニヤリと笑いヒゲの顎をいじる。

 織姫はいつもそうだ、騒がしいことを嫌いおとなしくしている芍薬(しゃくやく)のような女だが、自分と離れることを嫌う。

そこが可愛くて仕方ない。だから少し意地悪に言ってしまう

「なんじゃ、騒ぎは嫌いであろう。わしは猛るぞ、こういうものに血を騒がす男ぞ」

 かつてそうだった、いまもそうであるという意地悪な背中。

織姫の唇は少し震えながら答える

「騒ぎは……いえ、貴方様のお側にいると私はそう言いました。静かな時はよくて、騒ぎの時はダメと言われる方が嫌なのです」

 それは嬉しい、本妻さえ寄り付かぬ老いぼれにはそばに花が咲いていてくれるだけでも嬉しいもの。

思わず緩む頬を隠したまま手招きする

「そうか……そうか、ならば共にこの馬鹿騒ぎを見ようぞ」

 招かれるままベッドに添う椅子に座った織姫は、喜ぶ主人の姿以上に画面に釘付けになっていた。

 どんちゃん騒ぎのロクデナシたち、彼らが作った原始的で粗野な空間を飾る色とりどりのライト、レース会場に並ぶ板切のオッズボードに、トタン屋根で作った簡素な飯屋が客を呼ぶ。

上流の暮らしの中にいてはまず見ることのないざわめき。

大海が腕を挙げ大声で観戦するそれを、織姫は毎回胸を押さえ深く押し黙った姿勢でみる

「この人たちは、毎度同じゲームをしています、なのにどうして騒げるのでしうか?」

「こやつらはのぉ、その日暮らしで食いつないでる貧民よ。明日を生きるためにその日に稼いだ金を賭ける。食えなくなるかもしれないのに明日食うために全てを賭ける。なんでそこまでするのかと問われればじゃな……賽の目が当たれば今日とは違う明日が来るからじゃ。それは毎度同じ賭けであっても別の朝を連れてくる。じゃからこそその日の戦いに命を燃えして猛る、まったくもって愛すべき阿呆どもじゃ」

「命を燃やす……」

 胸の前で自らの腕を抱いた織姫は振られたスタートフラッグに合わせ拳と怒号を上げる男たちの姿をただ静かに、真っ赤な瞳で見つめ続けていた。



 心臓破り、そう名付けられた序盤の山を赤と悠人は若さで乗り切っていた。

普通の挑戦者ならばここで息が切れめまいで中空を浮くレールから転落している所だが、10台の若さは一気に山を駆け上るという驚異のスタートダッシュを見せていた

「やるな!! ハゲ!!」

「影だよ!!」

「ハーゲ!! ハーゲ!! 地べたにすっ転んで俺様にひれ伏しや・が・れ!!」

「まだ負けてないでしょ!!」

 息が切れる、喉を通る熱くなった蒸気が声を割る。

上着を脱いできたのは正解だった、そういうしかない汗を下り坂の風が吹き飛ばす。

 レースはトロッコ2両が走る並走レーンで行われる。

もともと樹林地区にされた渋谷区街に最初に角ついたエコロジー貧乏人たちが敷いたラインだったが、いまはほとんどが寸断されこのコースへと形を変えている。

 ジェットコースターのようにムーンループをするようなコースはないが、かつての繁栄を縫うようにビルの間を走り、時に窓から窓へと場を移す。

山あり谷あり障害物ありを、机や本棚、崩れかかった鉄骨の間を通ることで再現する。

さらに途中で単線化する所も多々ありという、相手を拳で振り落とすというバトルも楽しめるコースは渋6自慢のイカれたサーキットだ

 赤と悠人が現在使っているトロッコは台車の部分しかない裸列車だ。

簡単に言えば床下に4つの車輪、中央に突き出した主導のポンプ棒が生えているという全くもって簡素な造りだが最高速80キロでる。

トロッコは現在50キロ程度のスピードで緩急果てしなく続く下りカーブを走っている

「……なんで離されてる?」

 汗だくの悠人の前、台車を起用に操る赤、直線では並んでいたのにカーブに入ってから急に引き離されたことに焦りが口から出る。

それを見切ったように笑う赤

「直線と坂を突っ切った時はビビったがまたまだ素人だなハゲ!! 醍醐味はこの道で波乗りできるかというところだぜ!!」

「波乗り……ってうわっ!!」

 言い合いの間に飛び出す障害物、飛び出していた木の枝を避ける悠人。

赤は自分の尻を叩いて囃し立てる

「惜しいぞ!! 髪に引っ掛けて見事に禿げろ!!」

「赤こそ禿げてみなよ!!」

 ハゲに優しくない会話、禿げてみろとか言ってはいけない言葉が逸った気持ちで飛び出してしまう。

 直線では同等のスピードだったが、悠人の運転はカーブにかかって危ういものになってきていた

「怖い……スピード出したらひっくり返る、こんなカーブの連続をどうやって飛ばしているんだ……」

 右へ左へカーブに合わせ方輪をあげて踊ってしまう悠人のトロッコ、安定している赤の小気味の良い走りに引き離される

「赤と何が違うっおっ!!」

 再び目の前をかすめる枝、昼間は木々が生い茂る涼しげな森だが夜は別の顔になる、それもスピードに乗って。

猛進するトロッコに向かってくる枝は研ぎ澄まされたナイフのように悠人の頬を切る。

立ったままで、漕いだままで、ストレートにレールを走っていけるようなコースじゃない。

薄暗闇から手を伸ばす危険に対して、悠人の体は台車の上で踊る。

障害物は木々だけではない、それに沿った壁や、崩れかかった建物、海千山千の危険な閉所をまさに縫うように走る。

 危険を避けながら、腕を前にライバルを睨む。

自分と違う点を探していく

「直線ではいけたんだ、こつがあるはずなんだ」

 不思議なものだ、自分を躾けてきた冷静さが程よく働く。

いじめにあった時の外野の声を頭から放り出せたように、ここでどんな騒ぎが起きようとも冷静でいられる。

というよりも熱くなっている自分が本気でこのゲームに勝とうと冷静さを呼び起こす

「大丈夫、できるはず。同じ人間なんだ。コントロールだろう……曲がる側に踏み込む、ターンして反対に踏み込む……そうだ!! 体重移動だっけど……」

 赤のドライブテクニックをを見る、自分より優れた走りをする相手に走りながら習う。

素早い修正、体が動きをトレスするよりも早く回っている世界の動き。

 思考に体が追いつかない。

迫るカーブを今の速度で曲がり切ることは……

「だったら!!」

 台車は右に曲がるカーブに合わせ踊る、片足を上げて横転の一歩手前へと

「死ね!! ぶっとべハゲ!!」

「俺のために落ちろ!! 5分のうちに落ちろ!!」

 オッズボードの5分枠、そこに金を張った輩たちの大狂乱が耳に響くが気にしない

「落ちてたまるか!! ここだ!!」

 斜めになった台車、浮き上がった状態から悠人の体は手漕ぎ用のバーを持つ、半ばヒューマンフラッグの形で傾いた台車を戻すために迫り来る壁を蹴った。

思考を中断、本能の危機回避を信じ現状でできることを体に伝えて使う

時速50キロ弱、普通なら体ごと持っていかれそうな危険な行動だが、そこに至る精神は研ぎ澄まされていた。

「マネ出来なくても追いつく!! 負けない!!」

 形などどうだっていい、追いつくという行動において成否を問われる必要もない。

転ばない悠人の姿が、イベント会場のモニターに映る。

無謀にも見える方法でスピードを維持したままカーブを曲がる姿に一喜一憂のロクデナシたち。

「落ちろよぉぉぉぉ!!」

「おいおいおいおい!! 誰がそんなに頑張れって言ったよぉ!!」

 強引な方法だが前に進んでいれば勝負は続行だ。

古臭いデジタル時計がパタパタと5分を超えるラインへと走れば、切った張ったの悲鳴が響く。

 今まで最初の坂で落っこちた初心者や、カーブで阿波踊りしたリベンジャーでもない、新しい挑戦者の姿だったがここでそれが賞賛されることはない。

懸命な舵取りをする悠人の背中には怒涛の嵐が追い立てる

「おいおい!! もうすぐ5分だぞ!! 早く落ちろハゲ!!」

「もっと突進しろ!! 5分切る前にダイブしろ!! 俺に儲けの黄金を降らせろ!!」

 最初の坂での離脱を賭けた連中が肩を落とす中で、5分目の賭けにヒートアップする男たちが拳を上げる

今にも悠人を殴りかからんばかりの観衆に耳の奥が痛い

「騒音なんて聞こえない……聞こえないたら聞こえない……僕が戦っているんだから」

 響き渡る怒声を跳ね返す鉄の意志、いつも自分に言い聞かし自分を律することに使った繰り返しのセリフが今ここに効果を出し始めている。

「うぎゃぁああああ!!! おちろやハゲ!!!」

 絶叫と共に飲みかけの酒瓶やグラスが飛び交う、遠藤で見ている男たちの顔が真っ赤だ

「落ちるものか!!」

 飛び交う悪意をひらりとかわす、かわした体が力いっぱい壁を蹴ってカーブを切る

スピードをほとんど落とさず迫る悠人に赤が吠える

「燃やしてくれるじゃねーか!!」

 ジリジリ、そんな甘い迫り方じゃない。

拳をぶつけてくるような大胆な音を響かせ迫る悠人に牙を剥く


「こいや!! ハゲ!! 俺に熱い血を注げ!!」


 赤のトロッコが5分のラインを切り、その後に続いて悠人のトロッコが滑り込む

一斉に拳を上げて通過を喜ぶ男たちと、散財にへたり込む者達の明暗は分かれ会場の温度は上がっていく。

 悠人は自分の自信に息を飲み、決意を抱いて呟いた

「絶対に負けない」と

 完全なる集中力と燃える瞳で悠人は外野の声など物ともせず次の難関と10分生存ラインへと2人の戦いはヒートアップしていった。



「反応ありなのだ」

 バブルシールド内部に情報を走らせるバイザービジョンに光が溢れる、それが宗四郎の垂れ目が光ったかのようにも見える

「生きてましたか!!」

「両足を失っていてもつれ帰る!! そのための救助隊なのだぞ!!」

「私的には5割引瀕死でも許します!!」

「5割6割当たり前で結構!! 任せておけ!!」

 5割死んでていいのか? それを任せろとはどうなのか?

 ツッコミ不在の二人組、六郷今里宗四郎は顔を覆うパプルシールドの中で情報を光らせ、共に谷への下り道を走っていた恋歌の目はギラギラに輝いていた。

打楽器を打つような野太い音がこだまする森とビルの間を4輪ホバーバイクの隊列が会場に向かって走っている

 山あり谷ありの中に倒壊した建物や陥没した地下鉄もあるハードな道を、20センチ浮いた形、4つの光を曳く最新鋭のホバーバイクの上で宗四郎は大威張りだった。

 その姿はウィリアム・スミス・クラークがごとく水平に指差し、愚民をみる帝王がごとく絶好調の遠吠えする。

「北条くんの目に我輩は頼もしく映ることであろう!!」

「もちろんにございます!! 月を射殺す勢いです!!」

「ああ北条の姫を射殺す、その心をほぉ!!」

 殺すのはダメだろう、今里家の私兵たちが反応に困る中で物騒な合いの手を入れる恋歌にも目をくれず指揮をとる宗四郎。

 白川御前こと白川彩奈にボコボコにされた後、豊穣の温情で復帰した男はしっかりちゃっかり自らの活躍を記録させるためのテレビクルーを連れてきている。

「右下の角度を保つのだぞ!! それが我輩のベストショットだ!!」

「かっこいいですー、スルメみたいで味わい深いです!!」

 とことんおかしい恋歌の合いの手に、かみ合わないまま絶頂である宗四郎。

この二人と共に捜索隊として進む男たち。

凸凹でまとまりのない集団は、それでも確実に賭場のメイン会場へと進んでいた

「道の司、国司今里(こくしのいまざと)を甘く見てもらっては困るよ!! 我輩のいくところが道となることを、そしてこの道によって御影が救われること、大いに感謝するがよーい!!」

 白熱の戦い進む賭場へ、自分勝手な愛に生きようと懸命な宗四郎。

徐々にテンションを挙げ、熱狂の鼓動に同期し始める恋歌。

熱く燃える夜はまだ始まったばかりだった。


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