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13 私が死ぬまで

「黒、僕様の名前は黒だよ」

 トロッコレースの会場へと向かう悠人は、自分にコースを案内してくれた少年の名前を知らなかった。

 どうせあだ名しか言わない。

そういう世界なんだろうとわかっていたが、これから勝負に赴く前にしっかりと礼は言いたかった

 教えられる範囲でいいから、名前を。

そう聞いた悠人に、小さな彼はパーカーで顔を隠したままでハスキーな声でそう言った

「僕様……あーっと黒か、赤と黒ってことだね。いいコンビなんだね」

 赤を真似しているのか、様のつく一人称に一瞬返事に困る。

悟られないように返した言葉に、黒はしれっとまたも

「まあ……そうだね。頑張れよ……ハゲ」

「……ハゲじゃないから」

 照れているのにしても意地悪、言い回しは間違いなく赤譲りの黒。

あれほど注意したのに「ハゲ」という。

半ば諦め始めていたが、黒のように小さな子のいうことならば仕方のないと気持ちの低下させた悠人の背中を怒号の声援が蹴飛ばす

「ハーゲ!! ハーゲ!! ハーゲ!! ハーゲ!!」

 黄色い声など一切ない、髭面に歯抜け、下馬評を掲げる無法者たちの怒声。

トロッコのスタート駅がステージにとして前に、それを囲む奇妙奇天烈な遊園地、むき出しのパネル、割れた画面を並べるディスプレイ、提灯の篝火がそこかしこに釣り上げられたスタジアム。

かつてここにあった森の野球場でギャンブルという大地に自らを投げ出し、己をダイスと変えたろくでなしたちが唸り声をあげていてた

「おいハゲ!! 5分で死ねよ!!」

「ハゲ!! 15分まで頑張れ!! あとは逝ってよし!!」

 連呼されるハゲの呼称、願っても禿げてもいないのにハゲ扱いの悠人を圧倒する罵倒にもにた声援

「ちょっと……まってよ、だから僕はハゲじゃないって……」

 今更である。

ステージのうえに飾られた対戦ボード。

トロッコレースのメンバー表にしっかりと大きく書かれた「ハゲ」の文字に喉を絞める苦悶が顔に浮かぶ

「みなさん聞いて!! 僕はハゲてない!! 僕のなまっぐぉ!!」

「だ・か・ら・名乗るな!! てめーその頭ぁ本当にハゲ散らかされたいのか!!」

 なまこと言いたかったわけじゃあない、断じてない。

この状態でジョークを語る理由もなければ、モノホンのフライパンで強烈などつき漫才をするつもりも更々ないのに容赦のない赤からの攻撃で打ちのめされている悠人

「……だから……言葉には言葉で……物理反対……」

「だったら約束を守れ!! おらぁ!! 立てや!!」

 背骨に響いたダメージに足元をふらつかせる体が引っ張りあげられる。

赤の暴力にも、悠人の情けなさにも、観衆である輩はボルテージをあげる異様な空間

「ハーゲ!! 10分は保てよ!! あとはどこで死んでもいいからよ!!」

 つりあげられた罵声にクエスチョン、なんで時間を言っているのかと眉をしかめる

「なんで5分とか10分とかで死ねって……」

「バ・カ・か・てめーは、ハゲてめー俺様に勝てるとでも考えてたのか?」

 踏ん反り返った赤の顔は、意地悪以上に憎らしい顔を見せていう

「この勝負でお前が俺様に勝つなんてのありえないだろう。だからだ……」

 つまり最初から悠人が赤に勝てると思っているものはいないということだった。

改めて言われなくても、そんな気は薄々していた。

事実自分は初参加のレース、手漕ぎのトロッコの操作だって、ついさっき黒に教えてもらったばかり。

こんんな素人が参加する賭けが何で成立するのか?

そう考えれば当然のことだ、勝てない。

だから悠人がこのコースを何分で回るか、または何分でリタイアするかが賭けのメインオーダーとなっていた。

 並んだ板切に書かれたトロッコレース一周のタイム、それの前後何分のニアピン狙いや、スタートから何分持つかの書かれたボード。

「俺様はお前といい勝負がしたい、だから不平等にならないようにコースもトロッコの作りも教えてやった。だけどお前が百戦錬磨の俺様に勝つことは絶対にない。それじゃ賭場がはしゃがねー、賭けにもならねぇ。だ・か・ら・っお前が一周できるのか? またはどこまで保つのか? そういう賭けもやってやるてわけよ。俺様に感謝しろ」

「……それが運命?」

 威張り切った、それがいつものテンションだった赤に鋭く返された言葉。

悠人はやっと実感した楽しみを挫かれることを嫌った、自分で自分を賭けたことに後悔はしたくないという強い意志で赤を睨むと

「そんなの下らない賭けだったら運命なんて必要ないでしょう。やってやりましょう、運命の戦いだと言える賭けを」

 うろたえていた顔はなかった。

赤もそれを実感したのか満足げに腕を上げ観衆をさらなる狂乱の波へと誘った

「そうかい、そりゃあ俺様もがんばらねーとな。なあ……是非負けてくれよハゲ」

「負けませんよ」

 はっきりとそう言った、周りの乱痴気騒ぎを練り混ぜて盛り上がりの中へと進んで行く。

レースへと焦熱を帯びた心を抱いて悠人は飛び出した。



「私はいつかきっと余計なことを知りすぎて……死ぬことになりそうですね」

 そこは中層級マンションの部屋を二つ繋いで作られていた。

1つは寝室や居室をまとめてあり、もう一つは機材に場所を陣取られている。

ただし居住の場とこの部屋は確実に分けられており普段は誰も入れない。

書棚にある本、その裏面に付けられているキーコードを打ち込むことでここへ入れる、隠された部屋でもある。

 糸目のメイド鷲尾白崇(わしお・はくすう)は結っていた黒髪を解き自身が使用しているスーパーコンピューターを立ち上げていた。

大きめのデスクに4枚のパネル、横並びにさらに8枚、全てがデータを弾き出す中で唯一映像を出していた画面、そこに映る主星、青嶺織姫(あおみね・おりひめ)の顔

「……私の主人様、本当に美しいお顔ですわ。この胸の愛が搾り取られそうでキュンとしますわ」

 うっすらと開けた目、少しだけ紅潮した頬、デスクに紅茶を置き髪をかきあげる。

流れるような動作の中、片手で織姫の目を拡大、偏光をかける。

レイヤーを掛けたり減らしたりするような、この作業の工程を経て普段つけるコンタクトは作られた。

ここは白崇の情報収集と研究室である

「…最近のお顔も……また美しいですわ。織姫、その伏せた目なんかを見せつけられましては、意地悪を言ってしまいたくなるのです」

 自分の主人である織姫の姿を日常的に記録しているのは彼女の趣味だ、普段のツンケンした態度をとる彼女からは想像ができないほどの愛が溢れ、麗しの主星でありながらなかなか会うことのできない織姫に頬ずりするほどモニターに張り付く

「いつこの部屋にいらっしゃってもいいのに、私の方はいつだってオッケーなのですよ」

 何がオッケーなのか?

体をくねらす白崇は、この一週間で溜まった織姫の映像を整理する。

本社や病院にあるカメラ、いつどこにいても織姫だけを切り取り映像をファイルしている。

余計なことを知る前に、織姫に知られて殺されるのも悪くないと思うほどに白崇は彼女の姿に恋し愛していた

「ああ私の、私の母、私の姉、貴女がいることで私は生まれた。貴女のために全てを尽くす、この身の全ては貴女のもの、いつでもどこでも自由にめちゃくちゃにしてください貴女の細い指先で、整えられた爪で、澄んだ眼差しで、灼熱を宿す瞳で」

 吐息交じりの独白が怖い、うっとりとした顔が怖い。

誰かが見ていたらドン引き確実の姿だが、この白崇の変質的な趣味が人とは違う星座の子の特別な部分を発見したのも事実だ。

 めまぐるしく流れる織姫の映像をコマ送りにして見つめる目は、音声指示でシーン止める。

空を見るために上げた織姫の顔をアップに、一瞬口付けをして次に目だけをクローズアップへ。

 真紅の瞳、その白目の影、普通では見えないそれに偏光をかける事で刻印は浮かび上がる

Delilah(ディラィラ)441316、星座の名前とはまったく別の表記……どんな意味が?」

 いつも目を伏せている織姫の赤い目の玉、その外輪に打ち込まれた刻印をネームを検索にかける。

同時に今日知った二つの表記もサーチへとかけていく

「英語表記はなんとなくわかりますが、数字は何を意味しているのでしょうか」

 検索に次々にヒットが現れるが、疲れが体を支配しているのか白崇の目は本気で情報を追おうとはしていなかった。

 愛する織姫の姿に癒されながらも、実際には今日の出来事に酷く疲れていた。

平然としたふりで春山真珠の前に立ったが、内心は自分自身の心を冷静という磔刑に縛り付けていた。

それほどに乙女座の星の子からプレッシャーを感じ取っていた。

「あれが黄道十二宮の星、予想以上に手強そうですね」

 他方のモニターに映し出した仇敵春山真珠は、想像以上に鋭い動きをしていた。

あれはすでに物質としての重量を無視した動きだった。

「ニンブスの発現は、非現実と人が考えているものを超える感覚、それを身につけた証明とも言えるのでしょうね。北条の星は重力を己の力として支配している」

 回廊に設置されたカメラ、それに映し出された真珠の動きは言葉そのものだった。

柱を蹴るのではなく、柱を床とし力点ではなく地盤とした使った攻撃。

 過日に力技でやってのけた恋歌という存在もいたが、これは物質的力ではない、頂上の力によるスマートな攻撃。

このうえ天井を逆さに歩いていたら、服が地上の重力に逆らっていたら、重力を個体で制御していた事になるが少なくとも天以外の三面を足元へと、支配下に置いた彼女との戦いは並大抵でないのむはよく表していた

「手を繋げられる仲間の星がいれば、まだ対処の方法もあるのでしょう」

 実感しすぎた敵の強さ、白崇が知る限りではこの国最強の星座は乙女座の真珠で間違いなかった。

ただこの国に何人の星座の子たちがいるのかはまだ未確認でもある

「……他に十二宮の者が日本にいるのでしょうか、戦わずにすむ方法はないのでしょうか」

 白崇の望み、それは戦わないことだった。

だがそれは主星である織姫の選択に無いものだと聞かされていた。

幸いにして織姫は南洋開発会長青嶺大海(あおみね・たいかい)が療養中である自身の身の回りの世話役として捕まえており、手放す気配はない。

ゆえに大海の元にいる間は戦いの宿命から逃れられる

「何故、星座の子たちは互いの戦いを望むのですか……」

 一度だけ、織姫に聞いた

「人を超えるためには同じく人を越えようとする星を、その蓄積された感情経験値を接収する必要があるからです」

 凛とした彼女の顔、すました唇をモニター越しに指でなぞる。

感情経験値を蓄積する事でニンブスは発現する、普通の人の経験ではそれは賄えない。

マスター、ご主人様、主人、自身を預かる者をアンテナに、彼らの感情とそれに関わる者たちの感情を経験値として蓄積し心と精神を強靭化する。

そのために主人を連れ戦いに挑み、戦いの中交差する常識ではあり得ない感情を得て進化する必要がある。

 だからこその戦い。

同じように感情強化し精神を進化させた星の子を倒し、相手の感情経験値を奪う必要がある

「それが作られた人の器である私たちの運命なのです」

「そんな運命は嫌ですよ、私の、私の大切な主星様」

 現状では織姫の得られる感情は少ないのだろう。

病人の世話だけで過ごすのでは、何の起伏もない驚きも新鮮さもない日々だけで、だからこそあの悲しげな瞳は出来ているに違いない。

「私は、私はそのままの貴女が好きです。その目で私の全てを見て欲しい、私の隅からすみまでを味わって欲しい、ただそれだけが私の願いなのに。いえ欲を言えばもって色々とありますけど……そうですね、ご一緒するならバラのお風呂がいいですわ、寝室に行く時には香水だけがバスローブ、ああ」

 少しずつひねり、熱に悶えていく体を一人で抱える


「言ってくださいませ。あなたの先行きを不安に思う悲しい眼差しで、私を死ぬまで愛してくれる? と。私はハッキリとこう答えますから、いいえ私が死ぬまでよ。と」


「帰ったぞ!! 鷲尾!! 飯!!」

 妄想が天へと駆け上る、走り出した裸の心に甲高い声が差し込む

「鷲尾!! 妄想で濡れ濡れになる前に飯作ってくれよ!!」

 ヒステリックに上がった声の主、金髪ポニテの棚橋レダは居間のソファに座りローテーブルの上に両足を投げ出していた。

あの短いスカートに改造されたメイド姿であられもなく、またオヤジのように

「レダ、大きな声を出さなくても普通にただいまと言ってください」

「うるせえよ、妄想にたぎって昇天寸前だったヤツが、今更なんだってーんだ」

「レダ、私はやましい事はしていません。ただあの人の夢を見てしっとりと潤い、もう少しで花芯から蜜が溢れそうだっただけです」

 真顔、糸目で耳まで真っ赤にして真顔。

ソーモイスト、しっとり何が潤い、何を溢れださせそうなのか絶対に聞きたくない。

酸っぱくなった口をへの字につぐみ、恥ずかしくて目線をそらすレダ

「そうか……そりゃ悪かったな。良くわかったから……飯にしてくれよ」

「わかってくれればい良いのです、私のスピリチュアルな部分ですから」

「スピリチュアルね、おう、了解」

 棒のような返事のレダ。

一度は着火して怒るのだが、事この話で白崇とは争わないと決めている。

 鷲尾白崇は超合金的生真面目女だ。

参戦立案に情報収集、根気の必要と思われる仕事を軽くこなし、この部屋に集う仲間達の生活を守り家計を絞める有能極まりないスーパーメイドでもある。

その仕事ぶりを支える強靭な精神には、いくらグレ気味のミニカスメイドと果したレダでも頭を下げて従わざる得ないと思わせるほどだ。

 そうそれほどに生真面目な彼女は、生真面目なエロスでもあった。

真面目だが、そっちの方はライトに話すタイプならば、レダも話を合わせて調子に乗っていただろうが彼女のエロスはとても硬くそして堂々としすぎていた。

 エロスの妄想を、文学小説を読むかのようにそれ語る。

どんな痴態も恥ずかしがることなく正直に告げる。

 生真面目顔を耳まで真っ赤にしながらも、恥じることはないと言い切って。

この性壁がなければもう少し白崇を尊敬できたと本気で思うレダ。

 気まずい空気が圧倒的に自分の側にある事をしっかりと理解し、そして今すぐに何かを話すという行為には走らなかった。

「早く飯作ってくれよ……」

まずご飯を食べ、ただ落ち着きたい正直そう思いながらテレビをオープンにした。



 春山真珠は自分の指先を静かに見つめていた。

今日の戦いで、少しだけかけた爪。

それをどう処分していいものかと考えて

「やはり手をふるって戦うのは、見苦しい行動ですね」

「そうなの? かっこいいじゃない」

「かっこよくないですよ、そういうのは見苦しいというものです。そうこの部屋を貸した卑しい男の思慮のように」

 棘の大きな嫌味の目はあてがわれた部屋を一周して見る。

 高い天井、旧バロック様式

六郷今里家が北条愛守姫(ほうじょう・あすか)に用意したのは全方面にテラスを持つ独立したスイートだった。

 華族界において参議の役職を持つ北条家は、鉄道並び街道開発に力を発揮し地方に繁栄をもたらした事で国司の地位得て、「(ごう)」の財号を持つに至った国司今里(こくしのいまざと)にとって、もっともお近づきしたい華族だ。

もちろん新都学園の生徒は御影悠人をのぞき、全員が華族界に席を持つ財政華族だ。

その地位にその財力に合わせ多くのスイートを貸し出しているが、参議北条の地位は大きかった。

 華族界の上から二番目であり国政に大きな権力を持つ神受正三位(しんじゅしょうさんみ)

一方で今里は地方自治の最高位、国司として奏受従五位(そうじゅじゅごい)であり北条家の家格から見れば今里家など小役人扱いの地位である。

 それでもお近づきになりたい。

 贅を尽くしたスイートを用意し、不自由のない準備で彼女を迎える。そこまでする理由はもう一つある。

普段であれば優遇を効かせても相手にされない家格だが、愛守姫が北条家直系の血でありながらも三女という実においしいポジションにいるからだ。

 女では家長を継ぐことはできない。

まったくもって古い仕来りで半ばあってないような話だが、それでも長女でない愛守姫に家督争いは遠い話だった。

上に2人も男兄弟がおり、姉も2人いる愛守姫の北条家でのポジションは他家へ嫁ぐという戦略的価値しかない。

 当然今里家はそれを狙っていた。

なんとか降嫁してもらい今里家に入り北条家とのつながりを強固にしたいという願いだったが、次第に宗四郎が愛守姫に一方的に惚れて今に至る。

「品のがないですよ、所詮地方国司の息子があなたには釣り合おうなんて、見苦しいことですよ」

「どうかな、あれはあれでかわいいよ」

 ネオ・ロココを模したソファーで足を延ばす真珠、その後ろをサマードレスに着替えた愛守姫は小さな笑みを窓の外へと向けて見せている

「みてよあの馬鹿騒ぎ、これから御影くんを探しに行くんだって」

「もう16時過ぎですよ、死んでいるかもしれないでしょうに」

「それはないんじゃない、渋谷区街で資産家の子供が殺されたりしたら、一気に街がなくなるわ。それぐらいは浮浪者にだってわかることでしょ」

 あの街は金持ちと権力者から目こぼしされたもの達の最後の楽園。

その立場を忘れ資産家の息子に危害を加えれば、居場所を失うどころか命を殲滅されかねない。

だから物取りにあっても送り届けられるのが関の山だ

「今里家の警備隊総出で探すみたいだからついて行ってみようかな」

「やめましょうよ姫、そんなことで足を汚す必要もないでしょう」

「そうかな……そうねぇ」

 ホテルのロビーとは逆側、庭園に続く一角で今里家は兵を揃え今から渋谷区街へと出かけていく。

それを涼しい目で見る愛守姫、眼差しを気にしながら真珠は話題を変えた

「それにしてもこの部屋の内装も品がないものですね」

「いいじゃない、このぐらい統一感のない馬鹿みたいな装飾を見せられると歴史の長さを感じるわよ」

 贅を尽くした部屋は、それなりに中世を学んだ向きはあるが明らかに時代錯誤な部分がたくさん見えている

「こんなんじゃなくて、もっと南国仕様とか気楽な方が好きよね、真珠は」

「ええ、その方がいいですよね」

 スーツの上を脱ぎ白いカッターシャツ姿、見ていた爪をヤスリで整えて立ち上がる

「どうです、ラウンジに行きませんか」

「うんいいよ、でもぉ、ねぇや教えて、どうして御影くんちのメイドさん殺さなかったの?」

 昼間の対決、当然愛守姫はそれを一番知りたがっていた。

なぜ滅してしまわなかったのかを

「殺すほどの力を感じなかったからです。感情経験値の蓄積も少なく奪う意味も見出せなかった、やっぱり下位の星といったところです。そんな者を相手にニンブスを見せる戦いはもったいない気がしたのです」

 語りながらくねらす手首を巻くように青白い光が走る

「そっかぁ、でも人のようではなく人を超越した者として美しく勝つにはそれが必要なんじゃないの?」

「歯牙にもかからぬ者です。姫、私は決して負けませんが美しくない戦いをするつもりはありません」

 人のようには戦わないというポリシーをさん確認させるように真珠はいう。

徒手空拳で戦う恋歌とは違うというと

「相手が我に帰るような策を鮮やかに使い仕留めます。その時の輝きに合わせ、貴女を光で飾るように勝ちます。一瞬で、そう拳銃の弾を曲げるように」

 一巡して消える光

「そっ、だったらいいわ。あのちびっこメイドさんがどんな戦い方をするのか知りたかっただけなのよ」

「ただの喧嘩を全面に出す者は説明しにくいですね」

「そうよね」

 愛守姫の肩にストールを、真珠は愛する姫をエスコートしてドアを開けた

「夜を少し楽しみましょう」と。

 都内を展望できるテラスを横目にラウンジへと向かった



「我輩自ら出馬することに大いに感謝するのだぞ!!」

「もちろんですとも、感謝癇癪雨げんこつで心づくしをお返ししたいぐらいです」

 癇癪と雨と拳、どんな感謝だ。

そんな恋歌の言葉を前に、六郷今里宗四郎はノリノリだった。

白川彩奈には言論の絨毯爆撃を受け脳漿が焼け野原になったが、その荒れ野に芽吹いた一輪の花に水を注いだのは北条愛守姫だった

「明日はきちんとした交流会を行いたいのよね、今里くんしっかりしてよ」

 その一言で天にも昇る気持ちが駆け上がり、白川に叩きのめされた背筋を正した

「我輩にお任せあれ!!」と。

一方的に求愛を向けている身としては、何かが報われるような希望が見えてしまったのだ。

自分が仕掛け仕出かした失点なのに、今は踏ん反り返った救世軍の主人となる宗四郎

「ふん、だいたい我輩の教えた道を迷うなどまさに田舎者!! しかし我輩は富と繁栄を運ぶ道の司たる家の者、御影悠人よ我輩の善意を持ってその道を示してやろう!!」

 バブルシールドの中、たれ目は絶好調だった。

彼の後ろには並ぶ六郷今里の警備隊。まさに出陣の様相でのお立ち台だ。

 恋歌は宗四郎のすぐ隣に、がっちりセラミックガードの入った背嚢を姿で並んでいた

「今里さま、私のご主人様を助けに出てくださり感謝の限りです、このうえは見つけ次第しばき倒して干物にして、地べたに這うような礼を言わせてやる所存ですぜ」

「ぜ? まあ感謝を忘れないことだな、あと礼は北条くんにも……きちんと言いたまえ。もちろん我輩の功績と共に」

「ガッテン承知の助にございまする」

 たれ目がチラチラと愛守姫のいるスイートへと目配せする、そこにいる者に一番見て欲しい自分の背中その勇ましい後ろ姿。

しかし本来自分が企んだことの後始末をするだけの話なのだが、男の乗り気というものは言葉一つ、ものはいいようで全てが変わる単純なところもある。

 そうほくそ笑みながらも、同じように恋歌自身の心模様も一転していた。

昼間は悠人を見失っての戦い、感情を受信できない無為な争いに疲れていたが、主人の捜索に出向くという方向に光を見出しテンションを上げていた。

メイドらしからぬストレッチで飛んだり跳ねたりと支度は万全

「さあさあさあ、迎えに参りますよご主人様。どんな窮地に陥り息絶え絶えになっていても問題ないですよ。私をドキドキさせるあなた様の元にレッツラゴーンです!!」

 走り出した今里隊、恋歌も一緒に新宿区街へと向かっていった。



 夕暮れがオレンジの日差しを街に広げ、続いて紫の幕を空に下ろしていく。

東京は大小様々の地上の星が待ちを飾る時間帯に入っていた。

 夕方のニュースを見る棚橋レダの前、鷲尾白崇はバスルームから出たばかりの艶やかで湯気立つ肌を隠すことなく、素っ裸で立っていた。

それは驚くほど堂々と、胸も尻も、前も隠さない様で糸目を尖らせて

「19時を回りましたが、クロエはどこに行ったのですか?」

 食事を済ませシャワーを浴びたあとになって、末の仲間である白鳥クロエがいるのだが、10歳程度の少女がこの時間に帰っていないことに今更のように尋ねたのだ

「……しらねーよってか、服を着ろよ」

 堂々とした素っ裸、真面目な糸目顔を見せて首をかしげる白崇は気にすることなく話を続ける

「私が帰った時に部屋にいませんでしたが、レダは知らないので?」

「だから知らねーっつーの、そして服を着ろって!!」

 いくら同性でもがっちり目の前で裸を見せられるのは恥ずかしい、炭酸水に逆泡を吹かせるほど狼狽したレダは必死にテレビの方へと視線を泳がす。

そんな相手を気遣うことのない白崇

「知らないということは出かけたままということでしょうか」

「あーーそうだ、紅海(こうかい)のところにいってるんじゃねーか、なんかイベトンやるとか言ってたしよぉーあいつ」

「こんな時間に紅海様のところへ、ああレダ間違ってますよ、あの方のところにクロエを行かさないでと私は言いましたよね」

「そんなこと言ってもよー、私は昼間仕事してるんだぜ。今日だって16室もハウスメーキングしてベッドクリーニングだってやってきているわけで……」

 昼間白崇が抜けた穴をレダが埋めて働いていた。

普通なら半日仕事で帰ってこれるはずのところが15時を回ってしまったのはそのせいだ

そんな苦労をして帰り着いた家では白崇のテンションが危いことを感じとり、のらりくらりと話題を変え、一番重要だったはずの昼間の決闘の話もそこそこの状態で今に至るわけで、それこそ末っ子のことなど気にしていられなかった。

 その言い訳に白崇は思い悩むポーズを見せる。

顎に手、回したもう片方の腕を腰に足をクロス、裸で

「困ったことに、あんな所に通わせてはクロエの教育上よくないものを見ることになります。子供をああいう世界は触れさせたくないと常日頃あれほど言っているのにと注意もできなかったのですか……」

「そうか、だったら注意するぜ!! 服着ろよ!! 情操教育を語りてーんならマッパはやめろ!!」

 どんな厳格な注意を促そうと裸で言われるのはどうしても滑稽だ。

レダは立ち上がると椅子にかけてあった革ジャンをメイド服の上にまとう

「もういいわかった、ちょっと探してくるからよぉ。お前服着て寝てろよ」

 逃げたかったのだ、このあと白崇のいう言葉は……

もう完全に彼女の世界観を表していてどうにもならないものなのだから

「裸の何がいけないのですか、私の体に見せて恥ずかしい部位などどこにもありません。むしろ見なさい、これが成熟した女というものなのです」

「おう16際、おう成熟、了解。良くわかったから……もうだまってくれ」

 その仁王立に目眩がする。

そして一回転して空を泳ぐようなセリフに息が止まりそうになる

「今日私は織姫がつけている香水を身体中に振って寝ます、それが私を熱くし掛け布団の不要を感じることでしょう」

 ベッドは灼熱の愛だ。

聞くのが息苦しくなってくるほどに

「香水オッケーほどとぼにな、部屋中に撒くなよ。あと自室に閉じこもって好きなだけ耽ってくれ。私はクロエを見つけてすぐにかえってくるから……それまでに、お前はさ、頼むから静かに寝ていてくれ」

 後ろ手で乱暴にドアを閉め、速攻で走っていくレダ。

白崇の妄想は猛烈に走り始めている、同じように多くの者達にとって熱い夜は始まったばかりだった。





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