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11 偶然をはらまない人生に

「恋歌さん……何もしないで、とにかく逃げて……逃げて!!」

 跳ね起きた悠人、その後に着いてきた痛みで跳ねた体か固まる

「いったぁぁあぁぁ!!!」

「う・る・せぇ・よ!!」

 頭蓋を襲う痛み、フライパンの底が悠人を打擲し各所の痛みが体の隅々にまで伝播する

「あっあ、痛いでしょ!!」

「そらいてえはずだ、俺様は手加減はしない主義なんでよ」

「えー、頭割れそうなんですけど……」

 抱えた頭、フライパンによる打撃は頭蓋直上を平らにする衝撃は背骨を伝い尾てい骨まで痛みのラインを繋いでいた。

「ああだめだぁ、目が回る痛みが……」

「頭叩くと目がまわるってか、初耳だぜ」

「僕も初めての経験なんですけど……ってここは何処ですか? 君は誰?」

  起き抜け最初の衝撃から、まわる目の前にあった風景は自分の知る何処とも違うことに気がついて聞く

「俺は「(あか)」、ここは俺様の隠れ家だ」

 ざらつく声は名乗りの名と同じく真っ赤に染めた髪の毛と悪い顔を見せて前に立つ。

夏はまだ遠い季節なのに、真っ黒な革ジャンを羽織ったタンクトップ姿で八重歯を見せて。

 そしてここは紛れもなく隠れ家らしいのだが見回した部屋の中は、はっきり言ってゴミ屋敷みたいなところだった。

ダンボールの束に、今時希少になった新聞紙、なにが書かれているのかはわからないが白黒の滲むインクで汁気の多い紙から、携帯用ペットボトルが網袋いっぱいに詰められて壁に吊されるという分別ゴミをこの部屋に詰めたという感じだった。

「あの……ここは?」

「隠れ家だって言ってるだろう、なんだ頭の打ち所が悪かったのか?」

 早口の雑言。

そう聞かれても困るし、確かにここが何処かはもう聞いた。

聞きたかった言葉が空転したのは想像を絶するゴミに、寝起きの心がついていかなかったことは事実。

その中で唯一正気を取り戻すのに一役買ったのは、皮肉にも先ほどのフライパンで殴られた痛みだった。

「今何時ですか!!」

 落下した、高所からの衝撃で気を失った。

どのくらい?

時間の経過はもっとも気にしなくてはいけない最優先事項だったが動転するにもほどがある、自分の腕にかかっているリストパソを開けば良いだけのことでもあった。

見ている赤は当然そのことに気がつき、何回の顔色を塗り替える悠人の姿に吹き出していた

「ぶはははははは、なんだこいつ想像以上に面白いやつだ!! 拾った甲斐があったぜ!!」

 景気良さげな笑みはそのまま薄暗がりだった子やの扉を蹴っ飛ばして開いた。

入り込む日差しは強い白味を床に走らせ、陽が高いことを容易に分からせている。

笑いながら外に出る背に、悠人はすがるようにもう一度聞く

「あの……今何時なんですか?」

「ヨッシャー!! 賭けは俺の勝ちだぜ!! さあ金を払っていけ!!」

 答えをもらえないまま呆然としている悠人の前で、赤は戸口から悠人を見ていた男達に向かって大笑して手を出していた。

掘建小屋の入り口に詰まった男達は汚れた顔をしかめ、手に手にもった金と品物を置いて嘆く。

「さあ払え払え!! 10時前に起きる方に張ったやつは今払え!!」

「10時……」

「おうよ、今10時05分!! いい感じに起きたなお前、おかげで賭けは俺様の一人勝ちだぁ!!」

「あの10時って……あの!! 僕の他にもう一人いませんでしか!!」

「うるせえって黙ってろ!!」

 フライパン再び、すがる顔面を張るビンタ。

勢い紙束に吹っ飛ぶ悠人に向かって赤は怒鳴る

「10時っつたら午前様の10時・だ・よ!! ここが空か海に見えるか!! 10時の方角とか言ったか俺様が!!」

 それが合っていそうな気がする太陽の位置。

戦場のような朝、悠人にとっての「交流会」はこの掘建小屋からのスタートとなっていた。



「ええ我輩が決めて差し上げましたよ。御影くんのホテルまでのルートプラン」

 一言で言えばその話し方に付随するポーズ込みで頭にくるタイプ。

顔の半分を覆う一体型のバイザー、情報を面前に映しす顔、奥にある嫌みたらしい垂れ目に拳を叩き込みたくなる顔。

 六郷今里宗四郎(ろくごういまざと・そうしろう)はリストパソを併用した面前ディスプレイで、御影悠人のホテルまでの順路を提示して見せていた。

 佐伯亮司は、目の前で呆れ返るほど堂々と嫌みたらしい顔をみせる今里に怒りを抑える事が出来なかった。ああそうかいと軽い断りを入れて勢いよく胸ぐらを掴みあげると

「お前な、なんで直通リニアを紹介してねーんだよ!! 品川から普通線列車紹介するとかありえねーだろ!!」

「あわわわわ、やめたまえ!! 暴力はいかんよ!!」

 学園指定の制服に臙脂のスカーフを巻き込み襟が伸びるほど引っ張られた宗四郎は佐伯の腕にタップしながら叫ぶ

「御影くんの出向プランを出せと言ったのは北条さんでしょう、我輩は要請に応じ分相応のルートを紹介しただけ、ナニも悪くない!!」

「出せなんて、そんな品のない言い方はしてないわよ」

 そろい踏みの交流会メンバー。

頬を膨らませて不満を示す白川彩奈の後ろ、ファイルを片手に男たちの取っ組み合いを遠巻きに見ていた北条愛守姫は手をひらひら振る

 安全な道を教えてあげてと言っただけでしょと、本音をだだ漏れで悠人に対する悪意で口を曲げている宗四郎をけん制した。

「とにかく我輩は御影くんの身分に合わせたルートを紹介した。そもそも彼のような成金貴族を六郷今里自慢のホテルの、それもスイートにタダで泊めるなど、こんな不条理があっていいわけがないであろう!! 到着できなくて結構だ!!」

 垂れ目、生真面目をつけた七三頭。

その顔に半ヘルのバブルシールドのようなバイザーディスプレイをつけた顔は、本気で嫌悪を表し佐伯の腕を振り払っていた

「佐伯くん、君の家もたかが7代続いた新生華族にすぎないのだけど、我れらと同じく「新世紀華族界(しんせいきかぞくかい)」に所属しているからまだ許せる。だが御影は違う、地方貧民の成り上がり企業。金はあっても品はない見るからに粗野で教養を持たない人間が……」

 喉を詰まらせるような引っ張り上げ、佐伯の怒りはかなりの高度に達していた

「だからなんだ、なんでお前に許してもらわなきゃなんねーんだよ!!」

 完全たる差別を語る、だがそれがこの学園の地位でもある。

 世界各国が散発的な戦争を経てしばらく、再生された経済が新しい潮流にのり、それが格差社会をより大きくした。

皮肉な事に経済財界が力を持ち、新たなルールを作った事で世界は安定し今に至る。

 日本でも、企業を家とし財力により新たな市政を施す支配階級の者たちが存在するようになっていた。

まるでかつての守護大名のように。

 累代を重ね巨大権力となった者達を「財政華族」と呼び、その者たちが作った国政審議委員会を「新世紀華族界」と呼んだ。

 今ここにいる子供達は、華族として列席する者達であり、7代を重ねた佐伯家はまだまだ新規の仲間であり、たった一代でのし上がってきた御影産業などは全くの外様の扱いだった

「だいたいだねぇ佐伯くん、君はあんな犬ころを北条さんと一緒に歩かせるつもりだったのかね? 無礼だろう、ここはひとつ僕がこの班に入って丸く収めるというのが一番いいと思うのだよ」

 自分本位は親譲り、悪いところを見習う子供。

人差し指をピンと立て、理性的なふりの言葉に腸が煮える思いを尖らせる佐伯の前で、宗四郎は

絶好調だった

「釣り合いがとれるだろう、僕のような名家が入れば北条さんに恥をかかさないで済む」

 垂れ目の視線は、羨望の相手である北条愛守姫へと視線を泳がせていた

「姫をエスコートするのは、純然たる華族にして紳士である我輩の務めと心得ている。という次第さ」

「そうかよ、じゃあまず俺からだな。お前をチャンピオンロードにエスコートしてやるよ」

 石のごとく固めた拳がはっきり見える。

有頂天である宗四郎に怒り絶頂の佐伯、互いの目線がぶつかった時、二人の間は分かたれた

「てっ!! なん事してよくれるの、このバカアホアンモニア!! わたしの努力をよくも無に帰してくれたわね!!」

 なぜアンモニア? 宗四郎が胡散臭いという意味か?

佐伯の疑問符の前にあらわれた者、それはデータチップが大量に入ったファイルを抱えた白川彩奈だった。

「わたしがこの日の為に、何も知らない御影くんの為にどれだけの資料を準備したと思っているのよ!! 答えなさい!! このおてもやん!! きもいやつ!!」

 確かにおてもやん、勝手な妄想で愛守姫と歩く事を夢見て頬を赤らめる男は気持ち悪いと言われても仕方ない。

 お節介魔人彩奈の今日の為の入れ込みは半端ではなかった。

それゆえの怒りも絶大なものだった。

後は余人の介入を許さない速射砲のような責め苦が溢れ出し宗四郎の四肢を打ちのめしていく。

さすがにここに介入はしたくない。

 戦闘巧者であるがゆえに、言いたいことを吐き出し尽くすまで止まらない彩奈の攻撃を恐れた佐伯は素早く距離をとって離れていく

「……恐ろしい……、あれにはかなわない気がする……というか耳が千切れそうだ」

「本当にねぇ、すごいわねー」

 舌戦を遠巻きに見る愛守姫の元に

「止める気はないぞ」

「いいわよ、宗四郎が凹むまで見てましょう」

 今や襲いかかる津波のような立ち位置にいる彩奈、怯える小動物のように頭を抱えて小さくなっていく宗四郎の姿に、若干の哀れを感じながら二人とも苦笑いを見せていた

「早く捜索に人を出しなさいよ!! 今里くん……君には今、御影くんに対する罪が50はある!! あと私に対する罪も200ぐらいあるから!! 今すぐ御影くんを探してきなさいよ!! わたしの資料が無駄になったら今里くんを市中引き回しにするから!!」

「そんな、なぜ我輩が、そんな目に……」

「今里くんがやったからでしょう、私の作った資料を無駄にしたいの?」

 ジリジリと宗四郎の防衛ラインは縮小されていく、電撃戦さながらの言葉攻めに

「おうよ今里、早く捜索隊をだせ、お前んちの人間使って見つけてこいよ。警察に世話になるとろくごう今里の名前が泣くぜ」

助け舟を出す気はさらさらないが、悠人の捜索は必要だろうと佐伯も考えていた。

喧騒のふたりをよそにリストパソに何度目かのコール、繋がらない悠人とのライン。

それどころかGPSも働いていないのが気ぜわしい気持ちにさせる。

「そうよ!! 早くして、今すぐ!! ダッシュ!!」

 その心配を彩奈が行動に移し、宗四郎はもはや言われるままに指示に従い、捜索の手配に向けてデータを必死に送る羽目となっていた

「そういえば、友達はどうしたんだ?」

 戦う二人からそれた気持ち、ひと段落ついた場で落ち着いた佐伯は先ほどまで愛守姫の後ろについていた長身の女、春山真珠がいないことに気がついた

「友達に会いに行ったのよ」

 交流会、この先この騒ぎを止めて本当に始まるのだろうかという疑問をよそに愛守姫はご機嫌な様子だった

「同郷の友達に」と軽く笑って言うほどに。



「Code69羅針盤座、恋歌・ピクシス、本人認証OKです」

 大回廊へと続く小さなゲートに恋歌は立っていた。

柱の奥に隠されたドア、その中で青いラインが体を測って走る中へと進んで行く。

細かな指示と承認の枠が中空を浮き、恋歌の指がそれぞれに触れて自らを証明していく

「まったくもって面倒臭いですね。私が私以外の何に変わるというのですか、早く荷物を返してください」

 めまぐるしい光のサーチの後、回廊へ入る入り口に放り出されたようにポツンと置かれたカバンに、嫌気がもたげる

「……サービス悪いですね」

「たかが一介のメイドにサービスは必要ないでしょう」

 ゲートを抜けた場所、目の前に広がる回廊の林、柱の間に彼女は立っていた。

黒のパンツスーツ、痩身の笑みは射るような視線を見せて

小さな物音さえも遠くに響かせるだろう長い回廊の奥まった場所で二人は初めての顔合わせをしていた

「緊急の呼び出しを使ったのは貴方で? えーっと北条さんちの星座さん?」

 微妙な距離と柱という遮蔽物の間で、2人の距離の取り方はキッチリ戦いの前哨一歩手前となっている

「そうですよ、私は貴女を呼びたてる事ぐらい簡単にできる身の上なのです。察しているのならば頭を垂れて挨拶をするべきですよ」

 空高い高度を見せる上から目線と、マグマが突き刺すような下からの目線。

悪い形で交錯する二人の顔、明らかに牙剥く恋歌に向け穏やかな顔の中に相手を蔑む鋭い光を宿した目。

 好意的ではなく斜に構えた恋歌は、小さくため息を落とした

「そりゃあどうも、おかげさまでご主人様を探しに行けませんでした。えーっと、それでは初めまして黄道十二宮のお上りさん。高みの見物ばかりをしているのだと思いましたがわざわざ迎えに来てくださるなんて意外と面倒臭い人なんですね」

 張り詰めた空間に亀裂を入れる言葉のジャブ、相手の出方を伺うにはちょうど良い嫌味

「ふふふふ、そんな言葉で私は釣れないですよ。名もなき星座のメイドさん。でもね今日は良い天気なんですよ、本当に」

 姿が歪み、影が消える。

次の瞬間恋歌の体は蹴り飛ばされていた。

脇腹の部分を刺すように、先の尖ったヒールは見事に刺さり、何もなかった場所から急にプッシュされたように吹き飛び隣の柱に激突していた

……見えなかった。

 横から体をくの字に折られるのは、恋歌をもってしても未体験の激痛だった。

声が出ない、肺に血が詰まるように嘔吐感とめまいで頭を振って、それでも素早く起き上がった

「熱烈歓迎が体の芯に届きましたよ。熱い熱い抱擁でもしますか、背骨が折れるほどの?」

 口に充満する鉄分の汁気、食いしばった歯茎にあふれた血で気味の悪い笑みを恋歌はみせる。

絶対に弱みは見せないという意思は鉄よりも硬かったが、相手は風に吹かれる柳のように殺意をかわして微笑むばかり

「良い天気なんですから、そんなに怖い顔をしないで。そんなに強い殺意を見せないで、私が怖いのはよくわかるけど、ふふふ、弱いって辛いのね」

 決して消えたわけじゃあない、目の前から消えたように見えたのは錯覚だ。

煽りを食らった恋歌だったが、思考は痛みでビシッと繋がった冷静さの中にある。

目線を隠すガードを前に、女が元立っていた場所からここまでを指し測る。密集した柱の森、それを蹴った跡がわずかに見える

「……柱を使った、柔らかくそれでいて剛の体術、でも起動限界が……」

「私はあなたのように貧弱な作りではないのよ。あなた程度の作りでは私の速さには届かない」

 人造人間としての思考を読まれる、自分と同じではない十二星座の女は、両手を前に出して見せた

「跪き恐れを知って泣くがよい、私の羽根が祝福をくれてあげましょう」

 手首を巻く中空のリング、同時に足元にも。

ハイヒールの足首を飾る金色のリング。

青白い光は脈打つように光の粒を走らせ、強い活動力をありありと見せつけている

 アルゲルス・ニンブス。

人超える力の結晶は、その証明である輝きを惜しむ事なく見せる1つではなく4つの輪を。

手足を巻いた輝き、彼女の笑みは誇り高く、そして無名の星を見下す甘く甘く悪意織り交ぜた蜜の唇で言う

「4つの羽根、現時点で私は智天使(クラス・ケルビム)の力を持っています。羽根無鳥(キャハナー・チキン)の貴女にとってこの力の差を埋める術はありませんよ。大人しく頭垂れて私に平服しなさい。その証としてこの足に口づけして」

 空気を押すような圧力、前に立った女・春山真珠の威光は圧倒的な力に裏打ちされた強さを惜しむ事なく恋歌に見せつけていた。



「あの赤さん……僕行かなきゃいけないところがあるんですよ……それに恋歌さんの事も心配なんで」

 太陽はすでに海に向かって沈む方向へと走っている時間。

悠人は相変わらず掘立小屋に閉じ込められ、奇妙な説得を受けていた

「うるせぇな、だ・か・ら・何度も言ってるだろう。俺様にの言う事を聞けば荷物も金も一切合切返して、そこまで送ってやる、でもってテメエのメイドは大丈夫だよ」

 とっても高圧的。

そうとしか感じようのない悪い口元。

 赤は一貫して喧嘩腰の体勢を崩さず、悠人からあらゆるものを取り上げていた。

背負ってきた背嚢もポケットの財布も、先ほどまで腕にかかっていたレストパソまで。

「大丈夫って……ここにいないし」

 時計を最後に見たのは先ほどの賭けそうどうの時までだった。

10時はすでに周り、乱闘の後むしり取られた持ち物を眺めてすでに2時間は経っているだろう。

正午を越しているとするのならば、交流会の初日をのすっぽかした事になり被害甚大だ。

「困った、どうしよう、交流会はもうダメだし、恋歌さんも心配だし」

「ああん、だ・か・ら・メイドは心配ねーっての」

 頭をかかえる悠人にゴリ押しをつ付けていた赤は顔を近づけてく面白おかしくその時の話をし始めた

 悠人落下後の事を

「いやー強いよな、やっぱり新港区のボンボン学生を守るメイドは只者じゃーねーわ」

 落下の後気を失った悠人の懸念は一つ、恋歌の事だった。

もちろん待ち合わせの時間に間に合わなかった事で、クラスの仲間からの待遇の悪化は避けられないのは今更に話だが、一緒に来ていた恋歌を見ず知らずの土地に置いたままである事の不安はもっと大きくなっていた

 いろいろな意味での不安があったが、赤の景気のいい自慢話を聞くに胃の痛い思いで安堵する事になる

「こいつをここに放り込んでから見に行った時には歯抜けのとっつぁん達はみんなぶっ飛ばされたぜ!! あの人数をぶっ飛ばすとはさすが金持ち様のガードドック。感心したぜ」

 感心されても悩むところだが、とにかく「殺す」ような事はしなかったらしい。

赤は結局、恋歌の乱闘は悠人落下直後に遠目に見た程度で、悠人を片して戻った時にはいなかったというのが話の顛末だった

「あんなにつえーんだ、一人でさっさと目的地に向かってるさ。そして今それはどうだっていい事だ。俺様の条件はわかったか?」」

「条件って、賭け事をしろって事でしょう。なんでそんな事するんですか?」

「運命だからだよ」

 前髪の下で黒い瞳が光る

運命? このドタバタの騒ぎの中でもっとも遠い言葉に首をかしげる。

悠人の印象でこの出会いは「事故」でしかないのに、赤は喜びをもって語っていた

「早朝の空から男が降ってくる、これを運命と言わずになんという!!」

「僕が落ちた事が?」

「お前の日常にそんな事が普通にあるのか?」

 あるわけない。

日常的にあってたまるかの超落下、言われてみればそれが奇妙な運命なのかもしれない

「だから賭けを?」


「偶然をはらまない人生に何の生き甲斐があるものか? 降ってきた運命と今を賭けるゲームは最高だろう!!」


 ぎらつく目は本気をよく示していた。

長い前髪、目を隠すほどのそれの奥に光る野性的な輝きに押される。

これは逃げられない案件なのだと、さすがの悠人も直感で気がつく。

「賭けに勝てば、僕の物は返してくれる?」

「ああ返す、景気良く返してやる全部!!」

 わかりやすい。

勝てばいいという事、この気っ風に理屈をこねるのは馬鹿馬鹿しいとも思えた。

どうせ遅刻、今から顔を出しもクラスメイトの冷たい視線にさらされ、佐伯にどやされて白川彩奈に怒られて、北条愛守姫に呆れられて、恋歌に殴られる。

 でもそれは割と日常だったような気もする。

恋歌の存在が、今まで規定通りの行動をしていた自分を逸脱させた。

クラスメイトとの距離感は少しだけ変わった気がする、そういう衝撃的存在が現れたことを、赤は「運命」だと言っているように聞こえたのだ。

「落ちたのは偶然だけど、それが運命の勝負につながるってことか。伸るか反るか……この運命に自分を賭ける……」

 ドクンという脈動、思考中で何かが揺らぎ自分で自分の肩を押した。そんな気がした。

 すでに今日の予定という日常からは大いに脱線している、このまま負けで帰るのはもったいない。

だったら逸脱による「運命」という言葉に従ってもいいのではないかと、心は急速に傾き赤に向き直った

「わかった、賭けに参加する。その前に連絡だけ撮らせてもらえないかな、恋歌さんに一言断っておけば……」

「ダ・メ・に・決まってるだろ!! お前が勝って帰れば、それが吉報だろうよ!!」

「吉報……わかったよ、やってやる……」

「そうこなきゃ、奇跡の運命へと波乗りをたのしもうぜ!!」

 日没の迫る野外、悠人の孤独な戦いは今始まったばかりだった。





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