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10 できることだけ実行

「織姫様、今日も輝いていおりますね」

 最上階のグラスエリア、全面を覆うガラスはそれ自体が光学モニターとなっており、都心部では見る事が難しくなった星座たちを精密に補足し浮かび上がらせる。

超光学が磨き上げた空の向こう、夏に近づく夜を彩る輝きの星。

アルタイルを見る真紅の瞳、青嶺織姫(あおみね・おりひめ)は悲しそうにうつむいて聞いた。

「白崇さん、私に隠れて何をするも自由ですが、喧嘩はしないでくださいね。そう言ってありますよね」

 青味の強い長い髪、真っ赤に燃える織姫の目は自分の後ろに立つ糸目を責めていた。

臭うのだ、彼女の身に染み付いた血の匂いが。

普段と変わらない生真面目なメイド姿の内側に闘争心を隠している事が、本心から気に入らなかった

「私は……私についての事象には「なににも触れるな」と言いませんでしたか?」

 静かな声の裏側に冷たい刃の注意。

同じ場所にて星を見る鷲尾白崇(わしお・はくすう)を睨む

「何にもふれておりません。強いて言うのであれば、私は私の運命に対して真面目に向き合っているだけです」

 鋭利な糸目は見せぬ目玉に薄暗い希望を宿している。

当然白崇の言う意味はわかっていた

「私は……私の主人はそんな事は望んでいないのに、どうして貴女は……」

「私も私の主人に忠実であるだけです」

 間髪置かない反論。

背筋も正しいメイド服、同じものを着ているが織姫は大きめのローブを羽織り本心を押さえ込んでいるようにも見えた。

「とにかく、騒がしくしないでください。お願いです」

 白崇の見えない瞳に怯えるように、織姫は背中を向けた。

糸目の奥にある鋭い視線をまともに受け取ることを恐れていた

「お願いです。静かにしていてください。私は……私の主人の願いのために生きていたいのです」

「そうですね私は私の主人のために、貴女の願いのために生きているだけです」

 相容れない意見、言葉は虚しく広がったグラスエリアへと消えていく、何も言わなくなった織姫の背中に白崇は一例すると静かに消えていった。

「私の……私の願いは、私の主人の願いなのです」

 織姫は繰り返しそう言った。

まるで秘めている自分の想いへと言い聞かすように、胸を押さえて。



 離宮区新宿区街(りきゅうく・しんじゅくくがい)は、かつての副都心に存在した歓楽街「不夜城」のように派手な装飾の溢れる街として再構築されていたが区の内外で示すべき表示はかなり違うものだった。

 重要官庁をメインにする旧新宿副都心エリアを真円の1とし、カジノと一流ホテルに庭園を見せる旧歌舞伎町から御苑のエリアをつなく円環状のビル群。

 ここに住むのは旧来からこの地に住んでいた人達だけ、現在は厳選な審査をしたうえでしか個人的に入居は許されていない場所。

離宮区の中でも特別な場所だった。

 西日本海地震で直接的な被害を東京は受けなかった。

だが地震の恐怖は日本という国に住まう人の心を半身不随にしていた。

 西側、特に日本海に面した側の都市は軒並み大きな被害を受け、街の復興を待つことのできない人たちによって湖東側の人口は考えられない数になっていた。

日本の腰骨、石川県の根元に点在する原発への恐怖は凄まじいものだった。

地震大国である日本は、それ以前の震災のさいに原発を強襲され被害を拡大した過去から十分に対策はされており被害はなかったにもかかわらず、人々の恐怖を拭えなかった。

 あらゆる情報が錯綜する中で人々は逃げまどい、中部圏から北の人口は一気に跳ね上がり今に至る。

 どこにいても地震から逃れることができない日本において、人間は恐怖を薄れさせるために寄り合ってしまう。

そうした矛盾したせめぎ合いの結果、人は関東圏に集中した。

 関東七都県にはかつて日本の総人口1/3暮らしていると言われたが、現在はその比率を大きく塗り替え1/2がここに住むという計算になる。

日本は西に少人数の県府が、東に人口が偏っていびつな都市形成を成していた。

 この歪みは東京に住む全ての者に心の歪みを当然のように作り出し、街は奇妙な共生関係を作っていた。

離宮区、特にこの区の歪みは明確な区域分けとして存在していた。

政治中枢という国家の頭脳である重要官庁としての新宿区街、富裕層や国外の来客をもてなす遊興と観光エリアとしての区街新宿のもう一つの顔四谷御苑街。

旧来からの金持ちが根付く高級住宅街港区街、そしてもとより住んでいた一般市民とわずかな抜け穴から富にありつこうと忍び寄るの者達が混在する街、渋谷区街があった。



 新都学園交流会御一行は、各々の足を使って指定のホテルで集合する。

学園のある新港区から離宮区中央新宿区街へ。

悠人初めての、所謂社会見学はなんと現地集合から始まっていた。

何せ金持ち学校の交流会と称する小旅行だ。

全員が一緒のバスになるなんて、芋洗のようなことは絶対にしない、各々の家からSPないし侍従の者をつけて直接宿泊先に行くのは家格の見せ所という変な意識の場にもなっていたが、悠人には関係なかった。

 なにせ前日になってこの旅行を知った身だ。

人の手配何て当然できるわけないし、普通の身支度だって整っていなかった。

自宅に帰ってこのことを恋歌に知らせるや嵐のように全ての支度がまとめ、ニヤリと悪い顔を見せると

「首都の闇に討入りにましょうや」と言う始末だ。

 とにかく支度はできたが、目まぐるしすぎる出来事に落ち着きのない夜を迎えた。

 浮かれて舞う恋歌は夜通しのストレッチをして朝を迎えたようだが、悠人はなかなか寝付けずにいた。

微熱の混ざった高揚感を巡らせたまま薄い睡眠をして夜を開けていた

「何度目かであれだけど注意しておくよ、絶対に守って。こないだみたいな喧嘩は絶対になしだからね。いい、買わない売らない持ち込まないを原則に暴力反対で行くからね」

「わかってますよ。買うのは土産、売るのはスマイル0円、持ち込むのは夜酒だけです!!」

 酒はダメでしょう、しれっと何を言っているのだと思いながらも指差し確認。

 鼻息の荒い恋歌の姿に、厳重注意をしている悠人自身が浮き足立っている

「やばいよな、全然落ち着かないよ……」

 御影悠人は初めて新港区以外の街に出ることに、不思議な震えを感じていた。

三重から東京に来て以来初めて東京の別の区へと出た。

それまでは学園と自宅を行き来する実につまらない生活を送っていた。それも慣れてきて安全な道を歩くという工程に浸りすぎた心が、真新しい世界を見ることに怯えたのかもしれない。

 新宿区街を囲う、巨大なビル群。

重要官庁が集まる離宮区の中でも新宿区街はビルとビルが連結し大きな壁のようになっている。

悠人の前にはまるでダムのそびえ立っているようにも見えている

「圧倒される……これ登れとかだったらどうしようね」

「問題ないですよ、通信教育で習った私の忍術が炸裂するだけです」

「炸裂はやめよう、ごめん。ちょっとしたジョークだったのにごめん、たぶん普通に入れるよ。きっと入れるんだ……」

 相変わらずの暴力暴力だが、今はそんなことで理性を保っている場合ではなかった。

まるで新しい朝を元気よく始められたことを祝福する日差しに、「完」という字が浮かびそうなシュチュの中で悠人は疲れていた

「で、ご主人様。私達はこれからどうしたらいいので?」

「うん……どうしようね」

 今、悠人と恋歌は絶賛道に迷っていた

「おかしいなぁ、ここで降りるって出てたのに。コミュニティー・パスは狂ってないのだけど」

 自分を見る恋歌を避けて、リストパソから飛び出したマップを何回か指先で回してみせる。

緑色のラインで作られた街の立体地図、そこに真紅のルート案内を進める矢印が映っているがどう見ても目当ての方向に向かっているとは思えなかった。

「……こっちに行くと渋谷区街に出るんだけど」

「やれやれですね。普通目の前に目的地が見えているのに手前終点の駅を指定しますか?」

学園の制服に自衛隊の背嚢姿の悠人に、手持ちの大きめカバンだけを持ったメイド姿の恋歌が覚めた目線でガッチリ責め立てる

「なんでもかんでも機械頼りってのはいけませんよ。判断力のない男はモテませんよ」

「……別にモテる必要ないから、ってこれ学園で入れてもらったマップなのに……」

 八の字の困り顔がデフォ。

主従揃って似たような表情だが、本当に困っているのは悠人だけ。

「品川からの普通列車だとここが終点で新宿区街には入れない。つまりはここから徒歩ってことじゃないのかな?」

 並ぶドミノにも見えるビル群がある新宿側から一歩外にある駅、渋谷区街神宮原宿(しぶやくがい・じんぐうはらじゅく)という駅だった。

 社の森を左手に見るそこは、面前に迫った石切場のようなビル群とは一転して変わった場所だった。

 森に囲まれた場所、人口が集中し増加の一途である東京の中でこれほどまでに広い森があるのに悠人は驚き面食らっていた

「東京に森があるなんて、初めて見た」

「都会にだって憩いの場ぐらいありますよ」

 田舎者、東京は自然のない土地と信じて疑わなかった悠人を馬鹿にする声に心が凹む

「そうだね、憩いの場なんだろうね。この奥に向かえばホテルがあるんだよ、きっと」

 リストパソのマップが示すのは新宿と思われるビル群の方ではなく、森を抜けた側にある谷の方だが今はマップを信じて進むしかない

「ていうか恋歌さんも少しは真面目に考えてよ。前は学園までの道を下調べしてたのでしょ、今日は調べてないの?」

「調べませんよ。知らない世界に飛び込むことを楽しみにしてきましたので」

「こんな時に? 集合時間に間に合わなくなっちゃうよ」

「違いますよ、無用心だっただけでしょう。誰にそのマップ入れてもらいましたか?」

 一瞬で思い返した学園内での自分の地位。

最底辺の田舎者、友達ができて少々浮かれていた隙を突かれた

「間違ったのを入れられた……ってことか。はははは……」

「嫌よ嫌よも好きの内で、まんまと隙を見せちゃいましたね」

 全くもっておっしゃる通り、してやられました。

返す言葉もない悠人は駅から出た最初の道を右手に向かって下っていった

「ところで人気がないのはなぜでしょう」

 後ろを歩く恋歌の問いをこの時悠人は真剣に受け取ってはいなかった。

早めに着いたとはいえ道に迷っている現実が、遅刻を避けようと焦る気持ちを優先させた

「まだ6時だし朝早いからだよ、でも急ごう恋歌さん」

「ええ急ぎましょう、愉快な仲間達がきっと待っていますから」

 2人の苦難は始まったばかりだった。



「おせーな、悠人の野郎」

 黒服ではないが折り目正しい服の2人組のボディーガードを連れた佐伯亮司は宿泊先である「グランドハイアットホテル東京」のコンコースで朝日を浴びていた。

 ホテルといっても超がつく一流で最新設備満載のホテル。

新港区と離宮区をには直通列車であるチューブリニアがある。

出入り口は今回宿泊するホテルとも繋がっており、ホテルまでの間を天井の高い通路が続く。

高い天井を支える柱の群れが、古代の神殿を思わせる作り、大回廊の果てにある階段も大きく広く作られた荘厳なもの。

 このラインは新港区以外では羽田空港からの直通が乗り入れており、海外からの客を直接離宮区の一流ホテルへと導いている。

そのための奮発してつくりでもある。

 ともかく本来ならば学生風情が簡単に入れる場所ではないのだが、このホテルを経営する会社、新西日本総鉄の息子・六郷今里宗四郎(ろくごういまざと・そうしろう)が新都学園の生徒であり、無償で最上級の全室スイーツを貸し出していた。

 地上5階に作られているコンコースは、この鉄道の出口と繋がっている

上がったところにはロータリーがあり続々と生徒達を乗せたお抱え車が並んで行る。

国産から海外のリムジンが列をなす姿は、何かの国際会議でもあるのかと見る人の誤解を生みそうな勢いだ。

そんな中で佐伯はホテルとつながる駅回廊の前で五条白川の車を見つけていた

「おーい、白川おまえ悠人一緒だったんじゃねーのか?」

 たったいま車で到着、パールホワイトのリムジンから白川彩奈はキョトンとした顔を見せる、どうやら寝ぼけたままここに来たという感じだ

「……私は知らないよ、こっちでの予定は立ててあげてるけど。一緒に車で行くのは悪いからってぇ……たしかリニアでくるんでしょう」

 言葉もトロトロだ。

「お前が連れてくるか、リニアかどっちかだと思っていたが……」

 佐伯はお節介焼きの彩奈が半強制的に悠人を同道させるだろうと考えていたが、そこはさすがに区別したかと鼻を鳴らす

「直通リニアなんて貸切みたいなもんだろ、迷うこともないだろうになぁ」

「朝はミーティングだけでしょう、ほぉんなに……」

 大あくびの彩奈

 「お前、まさか昨日寝られなかったってやつかぁ」

 旅行の前のトキメキ、楽しみに心が躍って眠れないなんて子供みたいだと佐伯は呆れるが、そこは素早く顔見てチェックの彩奈

「違うわよ!! 交流会のマニュアルをチェックし直していたのよ!! 私がいないとあなた達色々と問題起こしそうだからね。私の寝不足に感謝しなさい!!」

「誰も頼んでねーだろ……」

 おせっかいフル回転、寝ぼけ眼が一気に開きご自慢の説教へと早変わり。

とんでもない奴に話しかけたと顔を歪めて背を向ける佐伯は、容赦のない説明から逃げた

「まてまて、北条が来たから!!」

 自分の主張を絶対とする彩奈から逃げた佐伯の前、国産の黒塗り、銀の装飾をつけた車から北条愛守姫(ほうじょう・あすか)が降りる、後ろには長身の女性を連れて

「おはよぉー、朝から元気ねー」

「おう、北条!! 悠人は一緒じゃねーのか?」

 朝日の光唇は緩やかに答える

「違うよ、こういうのは各々で集まるから楽しいってものでしょう」

 細い指先が朝日の中で躍って見せると素早い紹介で、彩奈の説教を回避した

後ろに立つ彼女を両手でお辞儀するような、チャラけた仕草で

「今回の旅行では便宜上侍従ということになるけど、間違って顎で使ったりしないでね。私の大切な友達だから」

 紹介された女は、美しかった。

金持ちばかりが集まる学園だ、生徒達も身だしなみから化粧まで手抜きしない女子が多く、結果可愛い子も多いが彼女の姿は一線を画していた

「初めまして、姫のお友達の皆さん。北条愛守姫の友達、春山真珠と申します」

 長い睫毛とまとめた美しい亜麻色の髪、大人らしい余裕のある挨拶

パッと見た感じ、一流会社の社長秘書といったパンツスーツの姿に佐伯は軽い口笛を吹く

「ということは遅刻か? やるなあ、悠人」

「ていうか、佐伯くんが一緒につれてくるとおもってたわよ!!」

 追いついた彩奈は、当然そうだと思ったと佐伯を突き飛ばすと、真珠に向かって綺麗な挨拶をして見せた

「どうぞよろしく、五条白川の彩奈と言います」

 フレンドリーな挨拶に会釈を返す真珠。

愛守姫のとなりに飛ばされた佐伯もつられて握手をする。

ほとんどの生徒が朝8時の時間に合わせホテルのロビーへと集まり始めていた。


 

 遡ること6時30分前後、悠人と恋歌の旅は唐突な佳境を迎えていた

「どこにでもいるんでいねぇ、世紀末でもないのに世紀末な人達って」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ!!」

 砂煙りを巻き上げ森を駆け抜ける、飛んだり跳ねたりしゃがんだり、超過酷なトライアスロンは苛烈な罰ゲームを課すだろう危険な輩を後ろ熱い時間帯に入っていた

「完全に遅刻だ!! もう帰りたい!!」

「愉快な仲間達ですよ、挨拶しましょうよ」

「さっきしたでしょ!!」

 森に入ったのは失敗だった。

ほのかに見えていた灯りに惹かれた虫の運命はどこにいっても同じだと悠人は痛感した。

近寄った虫を捕まえるか殺すかの差は、今後ろに迫っている世紀末的ファッション万歳の集団が決めること

「むしろ聞かなきゃよかったんだ。なんで道を聞こうなんて思っちゃったんだろう」

 盛大な反省、全速力の脱出ゲームにとっては自分を支えるものにはならなかった。

見ればわかっていた、凶相をぶら下げた煤けた服の集団がまともに相手と考えるのは甘々な考えだった。

長い森の道を行く途中、平和的解決を求めて普通に聞いたつもりだった

「あの、こちらのホテルに行く道を教えてもらえないでしょか」と

だが、答えは当然のように違った。

 ボロボロの白衣にも泥をかぶったようなジャケット。

何日も風呂に入らなかった顔は、蝋を塗りつけたように油の張った面を見せていた。

歯抜けで紫かがった歯肉の口を見せて笑っていた。

後は今のごとくだ

「まってってボンボン、いい道教えてやるから!!」

「結構です!!」

「金と持ち物置いてけ!! それで全部解決だ!! ヒャッハー!!」

「何も解決してないよ!!」

 彼らを教えるだろう良い道はきっと天国、そして行き着く先の被害者である悠人には地獄への一本道だ。

死ぬか生きるかは別として立ち止まってしまったら身ぐるみ剥がされることは確定事項だ。

とにかく逃げる、立ち止まったらまずい。

そう思っている時にこそ、失敗は必ずやってくる。

足元不確かな森の中で、緊迫に張り裂けそうだった悠人の心を木の足が見事に掬っていた。

張り出した根っこにつまずき体は見事に大回転

「うわぁぁあ」

 転がり落ちる谷へと、この都会の森で遭難の後に現地人に襲われる

「本当にここは東京なのか!!」

「まさに東京砂漠ですね、タトゥーインでいうならばタスケン現るですね」

「助けが現れて欲しいのは僕の方だっ……っああもう」

 冷静に転がる自分の後をついてきている恋歌に返す言葉もない。

とにかく立ち上がり、この場から逃げることに全てを尽くす、土を噛んだ顔を上げて膝を立たせる気力を足元が崩れへし折る

「えっ……なんでさぁ!!」

 走っていた場所は、草木に隠された屋根の上だった。

急に踏み抜けたトタン屋根から悠人の体は一瞬浮遊し重力に従って真っ逆さまに落ちていた。

「うわぁぁああぁあぁぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ」

 絶叫は落下に追随し、闇に向かってこだまする。

だんだん自分の視界から小さく消えていく悠人に向かって、恋歌の顔は酸っぱくなったままで大きな声で呼んだ

「……ご主人様!! こういう時はアイル・ビー・バックですよ!! また戻って来るって親指グットのサムシングですよ!!」

「恋歌さん!! 逃げて!!」

 長く尾を引いた悲鳴が途切れる、同時に体が何かに衝突した音が恋歌の耳に届く

「うん、あの音なら無事でしょうね」

 ダンボールを重ねた山に落ち、とぎれた声を恋歌は確認して振り返る。

自分たちを追い回していた粗暴の徒達へと。

下からは落下のショックで目を回している悠人の声が聞こえる

「恋歌さん!! ……僕はいいから逃げて……逃げて……」

 声のトーン、生存はもとより体のダメージを知るに十分だった

「私は逃げませんよ。私はご主人様の近くにいないとおもしろくないんですよ。だから早く済ませましょう、この人達をバッサリ伐採です」 

「待って……恋歌さん、暴力反対だよ!! 約束を守って!!」

 上の喧騒と迫る男たちの声、悠人の声は枯れて喉を通るのは息だけになっていた。

全身を強打した今、すぐに行動することは不可能だった

 そして二人を追っていた男達と恋歌は対峙する状態になっていた

首を左右にゆっくりと振り、しかめた面で


「できることだけ実行しましょう」


走り方のなってない群れの中へ、一足飛びのダッシュが砂塵の中に音を響かせる

鈍くて深い打撃音、朝日に照らされて残った歯までを撒き散らしい歯抜けは空を舞っていた。



「……なんだこいつ?」

 赤髪の彼は、廃棄されたビルから落ちて悶え苦しんでいる悠人を見ていた。

上を見ると小さな穴、あそこから落ちたにしてはよく生きていたという顔が笑う

「空から男が降ってきた。ハハハハハ真新しい運命がやってきたってかぁ!!」

 背中から落ちた悠人は、落ちたところに置かれていたダンボールの束もあったがすし詰めにしてあった背嚢のおかげで致命傷には至っていなかったが、さすがに意識朦朧の呼吸ボロボロの状態にまではなっていた。

朦朧とした目の前で赤髪の枯れは悠人をじっくりと見ていた

「この制服……新港区やつだな」

 上から下まで真っ黒な制服、詰襟の向こう側に牙のある歯を見せる顔。

悪い笑みの顔は近場にあった荷台に悠人を乗せると運び出した

「いいツルになってくれるかな」と。



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