幻視
日が落ちて部屋の中が暗闇に包まれる頃、黒瀬はソファーに座り直す。ソファーに座ると窓が正面に見える。黒瀬はカーテンを開けたままの窓を見詰めた。窓の外では無く、窓に映った自分の隣を。
それでどうしたいの?
「それが俺にもわかんねえんだ」
まぁ良いんじゃない? みんなそんなもんよ。
「確かにそんなもんかもな。」
「お前は死にたいと思った事はねえのか?」
別に思った事無いわ。
「でもイジメられてたじゃねえか」
だから気にしてないって言ったでしょ?
「そうか、お前は強いんだな」
あなただって強いじゃない。
「俺か? 俺なんか弱えよ。お前がイジメられてんのも見て見ぬ振りしてたんだからな」
それは仕方無いわよ。私も助けを求めなかったし。あなたがイジメていた訳じゃないでしょ。
「そりゃあそうだがよ、結局俺も同じだよ。クソ野郎さ。俺は今も変わらない分タチが悪いか」
そうなの?
「そりゃそうだろ。他人を食い物にしてんだ。ロクなもんじゃねえ」
でもあなたが選んだ仕事でしょ?
「分からねえ。気が付いたらこんな仕事してたよ」
フフッ、分からない事ばかりなのね
「そうだな、分からねえ事バッかだよ」
それじゃあ、これからどうしたいの?
「これからか。どうしたいんだろな」
う~ん。じゃあ何をしたかったの?
「何をしたかったか?」
そう、例えば子供の頃の夢とか。
「バカ、夢なんて覚えてねえよ。でも『何をしたかったか』ねえ。……俺はさ、お前が死ぬ事を知っていたんだ。分かってたんだよ」
ウソ、すごい疑ってたでしょ。
「嘘じゃねえって。だからずっと不安だったんだ。……でも何もしなかった」
でもそんなのどうしようも出来ないでしょ?
「そりゃどうしようもなかったかも知れない。だが何か出来たかもしれない。別に命を救いたかったってわけじゃない。何でも良い。何かしてやりたかった。俺はお前に……」
「誰と話してるの?」
黒瀬が振り返ると長谷川菜月が立っていた。妻でも彼女でもないただの女。既に情婦でもない。
「別に。てめぇには関係ねぇ」
「また独り言? いい加減にして! こっちの頭もオカしくなるわ」
「知るか。黙って寝ろ!」
「あんた、自分の立場分かってんの? 組ナメてると痛い目あうよ」
「……もう一度だけ言うぞ」
黒瀬は体ごと振り返る。
「黙って寝ろ」
長谷川は黒瀬の迫力に何も言えず、そのまま寝室へ戻って行く。長谷川は出ていく時、後ろ手で思いっきり扉を閉めて行った。
黒瀬はまたガラス窓に向かって座り直す。そこにはもう少女の姿はなかった。