001.01
本日一つ目。あともう一個。
魔法王国アルテリア。その王城『アルテリア城』からやや離れた小さな居酒。一人の少年がそこに入ると、居酒屋の隅に居た一人の壮年の男性が待ちかねたように少年を呼んだ。
「おお、こっちじゃよ。」
呼ばれた少年が彼に目を向け、軽くお辞儀をした。・・・年の頃は15辺りであろうか、鋭い目つきに細い眉、中性的でまだ幼いながらも全体的にシャープなイメージのする少年だ。
「まあ、ここに座ると良い。・・・店主、儂には酒、彼にはお茶を」
『へい』と返事をした店主を一瞥すると、ようやく席についた少年に男性は小さな声でおもむろにこう切り出した。
「さて、依頼じゃが・・・お主に、去年この国から出た【勇者】を探してほしいのじゃ。」
「?」
その依頼(話)に少年が眉をひそめたのを見つつ、男性は話を続けていく。
「儂ら『魔法王国』は現在『科学帝国』『魔王帝国』の二つの国に攻められておるのは知っておるじゃろ?」
「たしか『科学帝国』には拮抗しているけど『魔王帝国』にはやや劣勢だっていう話を聞きましたが・・・」
そこで店主から出された酒とお茶を受け取り、二人は一息ついた。
___話は変わるが、この世界は一つの大きな大陸を中心小さな島々が取り囲むような形で構成されている。
その大きな大陸は菱型になっており、南の未開拓地域を除いて北・東・西の三方をそれぞれ【魔王帝国】【科学帝国】【魔法連合】が支配下にしていた(南は未開拓)。・・・だが、ヒトの歴史には戦争は付き物というのか、およそ100年前に三国間で戦争が勃発。侵略し侵略されてを繰り返した結果、30年程で膠着状態となり一時停戦となった。
しかし、15年ほど前に起きた『とある事件』を皮切りに科学帝国と魔王帝国が手を組んでこの国に戦争を仕掛けてきた為、王国はかなりの劣勢に。が、互いに中が悪かった故に連携が成されていなかったり、また互いに潰し合ったりしてくれたのが魔法連合側にとっての救いであった。
閑話休題。
「そこで、じゃ。」
男性は机を軽く叩くと、こう言った。
「最近街で噂に上がっとる君____『万屋』の息子である君に依頼したいのじゃよ。」
少年は考え込む仕草を見せ、口を開いた。
「・・・大体事情は察しましたが、行方不明の勇者を探すと言っても今までに勇者って何人ぐらい出したんですか?」
「戦争が本格的になったのは約4年前じゃから4人じゃな。男女2人ずつじゃ。」
話によれば三年前に1人パーティーの男勇者(出発当時18)は女性型悪魔系の魔族が発見された森に行き、二年前の女勇者(出発当時16)は何処ぞの男と駆け落ちして以来連絡が無いらしい。去年の女勇者(出発当時15)は北の魔族領に行ったきり連絡が途絶えてしまっているようだ。
「・・・どうなったんですか?」
「一応生死不明扱いじゃが、もう死亡していると見て間違いないじゃろう。まあ、儂が探してほしいのはそやつらではないがの。」
男性の言うには、探してほしいのは去年出発した少年勇者(結斗と同じ14歳。この国では15歳から成人の為、まだ未成年である)だという。南下した後、連絡がとれなくなってしまっているようだ。
「私も人のこと言えないんですが、未成年を旅に出さないほうが良かったのでは?」
「タダでさえ人材不足じゃ。かと言って民間ギルドから回してもらうにも人員がカツカツじゃからなのう。」
因みに何故そうしているのか。大体察しは付くだろうが、王国軍は防衛に全力を注がざるを得ない為であり、ギルドは民の生活の潤滑剤であるからだ。
「約15年前から始まったこの戦争は今までの戦争もどき(小競り合い)とは違う。100年前の戦争の時と同じように今まで中立じゃった『科学の国』が科学帝国となって魔王帝国と再度手を組み、儂らの国を攻め始めたからじゃ。」
魔王帝国は力にモノを言わせた大攻勢・・・科学帝国はその技術力を以って各施設の無力化等を行っているらしく、王国側は辟易としているらしい。
特に魔王帝国からは彼らによって放たれたらしき魔物による被害の増加が相次いでおり、そのうちにこちらが持たなくなってしまうだろうと男性は言った。
「・・・そこで勇者が魔王を倒し、魔王帝国を機能停止に追い込む。という事なんですか?」
「うむ。魔王を暗殺することによって混乱し、戦争どころではなくなるはずじゃな。」
やってる事がアサシン(暗殺者)がすることと変わらないわけだが、あとは何とかして科学帝国をねじ伏せれば魔法王国は安泰、という訳のようだ。
「ちょっと難しそうじゃがの?」
「(いや、ちょっとどころじゃない!)」
下手すれば勇者を追って全国を周り数多の死地を巡らないといけなくなる依頼である。基本的に父親の助手として活動し、ソロで受けた経験があまりない彼からすればそれは断ざるを得ない代物であった故に当然の如く断りを入れた。
「私はまだ一人前ではなく修行中の身です。なのでそういった依頼は私にとって難しすぎると・・・」
「なーに言っとる。いくら助手とはいえその若さでA+ランクというのは十分凄いのじゃぞ?」
「えっ」
頬を掻きながら無難に断りを入れようとした少年に呆れた目をして男性がそう言うと、少年は少し頬をひきつらせた。
因みに男性の言った『Aランク』とは、この魔法連合における冒険者の強さなどをランク化したものであり、SSSを天井にSS、S、A、B、C、D、E、Fの9段階(詳しくは1ランク内にも3段階あるので全27段階)の評価がある。一般的にこの評価が高いほど冒険者として優秀であるということであり、つまりこの少年は父親とコンビを組んでいたことを思慮に入れたうえでも、冒険者として優秀であるということであった。
「まあ、受けてくれるんじゃろう?」
男性は少年に、勇者探しの依頼を再度提示した。少年は少し考え、答えた。
「失礼だとわかっていますが、それでもお断りしたいと思っています。流石にリスクが高過ぎます。それに・・・」
「何じゃ?」
「Aランクになれたのも親父が常にコンビを組んでいてくれたお陰です。私だけじゃ多分Cランクぐらいの実力しか無いと思います。」
謙虚になりすぎて逆に引く。と男性が思ったのかはさておき。
「・・・まぁ、とりあえず契約書類でも見てくれんかの?」
男性は懐から一枚の巻物を取り出すと、少年に手渡す。そこにはこう書いてあった。
「『神原結斗に14代目勇者捜索の任を与える セルジット=アルテリア』・・・!?」
「とまあ、端的に言えば儂からお主への命令なんじゃよ。行ってきてくれないかの?」
「(えっ、今『儂の命令』って、で、たしかこの名前は・・・まさか先代国王!?)」
思わず大声を出しそうになった少年【神原結斗】の口を男性・・・もといアルテリア王国の国王セルジット(愛称【セル爺さん】)が塞いだ。
「これこれ、大声を出すんじゃない」
「・・・わ、わかりました。」
結斗は思った。いかにも下町に居そうな気のいいお爺さん。そんな印象を持つ彼がまさかこの国の国王だなんて・・・と。 だが、服装と髪型を整えて軽い口調を直せば確かにあの国王になるだろうとも思った。
「本来はこちらが素での。ああいう堅苦しいのはチト苦手なんじゃよ。・・・依頼、受けてくれるじゃろう?」
「これでは、断ることは出来ませんよね・・・。ところで何故、私なんですか?」
こういった類の任務なら諜報部隊とかを使えば良いのでは? と思った結斗は国王にそう訊いた。
「いまは戦時中じゃろう? そういった者は和紙のボディーガードである儂専属の者を残してすべて派遣してしまったのじゃよ。」
「は、はあ・・・」
「だからまあ、お主には悪いんじゃが一年前に旅立った『勇者』を探して欲しいんじゃ。」
「・・・そうですか、わかりました。」
「まあ、本当のことを言えばそのまま魔王を暗殺してほしいのじゃが、そこまで無理強いは言えんのう。」
ただ今回の魔王は力でしかモノを言わない『王道な物語に出てくるような典型的な魔王』タイプらしいからのう。と国王言い、今回はここで解散となったのであった。
--魔法王国--
--王室--
「ふぅ。久しぶりに下町に行ったがやはり下町は良いものじゃな。」
直通の隠し通路から自室に這い出た国王は手早く身嗜みを整えて『国王』としての姿を取り戻したと同時、ノック音が響く。
「合言葉」
「二度あることは三度ある」
「入れ」
王室に入ってきたのは長い金髪をたなびかせる妙齢の女性。朱色のローブを着た彼女の名前は『マリー・アスタリスク』。国王の右腕と言われている若き天才女大臣だ。
「・・・下町に行きましたね?」
「い、行っておらぬぞ?」
「酒瓶」
「・・・むぅ。お主には隠し事は出来そうにないのぅ・・・」
「まあ仕事はなされてますし急な案件も無いとはいえ、せめてボディーガードぐらは付けていってほしいのですが・・・」
「一応昔はそれなりに闘えたんじゃがのう?」
「それでも危ないのは危ないんです!」
国王とマリーは暫く押し問答をした後、自然と国王が何をしてきたかの話となった。
「という事をじゃな」
「神原結斗君はそれを受けた、ですか・・・」
結斗の件が紆余曲折あった後無事進んだ事をマリーに話した国王は、常に無表情な女大臣が一瞬安堵の表情を浮かべたのを見た。気がした。
「(・・・むぅ?)」
「ああそういえば、ついさっき魔法学院の方から伝書が来ました。」
常にポーカーフェイスな女大臣は、取り繕ったように手紙を見せた。
「魔法学院から伝書? 珍しい事があるんじゃのぅ。」
「事によればあちらから魔法使いを1人付けてくれるそうですよ? もしかしたら国王がしようとしたことを事前に予想していたのかもしれませんね。」
彼女は手紙をひらひらと泳がせながら国王に内容を要約してそう言った。
「全くあやつは・・・ま、これなら旅が楽になるじゃろうな!」
そう言って国王は安堵の息をつこうとしたが__彼女の「訳ありですが」の一言につい訝しい表情を出してしまう。
「・・・訳あり?」
「訳ありです。」
女大臣はもう一度手紙に目を通す。
「どうやらその魔法使い、理論面では大丈夫ですが実技面がダメみたいなんです。」
「またそれは難儀な・・・。」
「発動直前までは行くものの、いきなり掻き消されるようになるらしいんです。かの学院長でも見たことない事例だそうで・・・。」
ここで二人ははたと考え込んだ。
「・・・まあ結斗なら何とかしそうじゃが。」
「しちゃうかもしれませんね。」
二年前に結斗とその父親に用心棒を頼んだあの日。
南の王族との会談中に起きた帝国の暗殺者の襲撃を、父親と共に呆気なく返り討ちにした少年を思いだしつつ国王と女大臣は互いに苦笑しあった。
「そうそう、その娘は国王もご存知のはずですよ?」
「む? 誰じゃ?」
「結斗君の幼馴染の女の子の方ですよ!」
「・・・ああ、あやつか! あの活発な・・・」
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※この小説は朝霧浩之の著作物になります
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