現実のようだ
さっきは気づいてなかったが、どうやら地面に大きな魔方陣のようなものが描かれているようだ。
淡い白色に光るその線を、極力踏まないようにしながら、前を行く彼女のななめ後ろ辺りに追いつく。
真後ろもしくは真横に並ばないのは、単に俺が女性に対してチキンだからだ。
だってさ、考えてみてみ?
年齢=彼女いない暦の男に、そんな勇気なんて備わっているはずがないじゃないか!
そんな情けないことを内心暴露しつつ、ついに魔方陣の一番外側の線をこえる。
と、同時に目の前に瞬く間に現れる、巨大な●ーチ城。
えーーー…。
これは流石にないわーとか思いながら、城の中に入る。
ちなみに、城の前に巨大な門があるとか、屈強な門番さんがいるとか、そんなテンプレものは存在しなかった。ちょっと残念。
城内はまあ、俺の想像とだいたい同じ感じか。
大広間だの、巨大なシャンデリアだの、これぞ城!(西洋製)と思わせるような存在感があった。
城の外装が、まんまゲームの●ーチ城だというのは置いておくとして。
それにしても、いったいどこまでいくんだろう?
たくさんの階段を上って、たくさんの角を曲がって、たくさんの長い廊下を歩いて。
もう、かれこれ十分ぐらいか?
時計とかないし、正確なのは分からないけれど、たぶんそのぐらいは経っているだろう。
いったいどこまでいくんだと、いつまでも変わらない景色にも見飽きてきた頃。
前を歩く彼女は、唐突に足を止めた。
きょろきょろおのぼりさんのように、壁の装飾やらなんやらを観察していた俺が転ばなかったことを、誰か褒めてほしい。…や、転んでも自業自得だし、別にいいけどさ。
目の前には、高さ五メートルはあるであろう、キンキラキン(死語?)に輝く黄金の門のような扉があった。
そのあまりの神々しさに怖気づく俺を尻目に、目の前にいる彼女はそれをこともなげに両手で押し開いて、中へ入っていく。
…え?や、ちょっとまって?え、これもしかしてそんな重くないの?見掛け倒し?
俺のあの感動を返せ!と叫びたくなるような事実に内心嘆きながらも、俺も彼女の後に続いて、部屋に入っていった。
部屋の中は、これまた王室!といった感じで。
扉から一直線に伸びる、皺一つないレッドカーペット。
その先には短い階段があって、その上に、玉座に座った誰か(たぶん王様)がこちらを嫌な笑いをしながら見ていた。
あ、嫌な笑いって、エロ親父的な意味じゃないよ?てかそういう笑いしてたら俺ダッシュで逃げてるわ。
…なんていうかこう、いかにも傲慢そうな、虫けらを見るような、そんな感じ。見ていて腹が立つ笑い方だ。
そいつの右ななめ後ろには、モノクル(っぽいの)を着けた、いかにも執事って風貌の、背の高い男が立っていた。
こちらは無表情で、正直王様っぽい奴より、よっぽど上に立つものっていうオーラっていうか、貫禄がある。…気がする。や、だって良くわかんないし。
そんなことを考えながら、彼女に従い、前に進み出て床に膝をつく。おお、なんか王様との謁見みたいだな。実際してるんだろうけど。
「王様。今代の勇者をお連れいたしました。」
「おお、プレネリ。ご苦労だったな。」
へえ、プレネリって名前なんだ。可愛い名前だなあ。まさしくぴったりの名前じゃないか!
なんか勇者とか聞こえたけど、俺はそんなことより、プレネリちゃんの名前を知れたことによる喜びと、もっと早くに聞いておけば良かったという葛藤の方が大事だった。
…実は今まさに、その勇者に関係することを、目の前の二人が話しあっているのだけど…そのことを指摘してくれる心強い仲間は、現在俺の近くにはいないのであった。
「…して、そやつが勇者か。…なんというか…。」
「よわっちそう!!」
ああ?!今なんつった糞ガキ!!
この世にはなあ、言っていいことといけないことが…あれ?ガキ?
突然の失礼な発言にも、にっこり笑顔を浮かべながら声のした方を振り返る、俺の菩薩のような広い心をどうか褒めてほしいと思う。大事だよね、心の許容量。
声の主は、だいたい十歳ぐらいの少年だった。目の前の王様と似たような、見るからに上質そうな服を着ているので、たぶんこの王様の子供、王子なんだろう。嫌な笑みを浮かべるところまでそっくりだ。
少年は俺を見てふんっと鼻をならすと、「パパ!」と王様の方へ駆け出して行った。
「おお、レヴィスか。よく来たな。しかし、今は地理の勉強の時間のはずだろう?どうした?」
「パパに会いたいから、勉強終わりにしてもらったんだ!勇者も見てみたいし!」
「そうかそうか。」
おい。勉強しろよ。
そして王様!親馬鹿すぎるだろ!あまやかしてんじゃねえよ!顔デレデレじゃん!
…で、さっきも聞いた気がするけど…勇者ってなんのことだ?
っは!まさか、異世界転移かーらーの、「勇者様、この世界をお救いください!」っていうテンプレものか?!
チート貰って、旅の途中でハレームつくって、魔王倒してなよくあるトリップ系ファンタジーなのか!そうなのか!!
いやー、俺の想像力、いや妄想力凄いな!夢でこんなすばらしい体験ができるなんて!異世界ばんざ「おい。聞いとるのかへなちょこが!」ああん?!
唐突に聞こえた苛つく単語に眉根をよせて声の主を睨み付けたが、上からの睨みというのはそりゃもう圧力が半端ないのです。俺チキンだしね。
そうそうそういえば、俺この部屋入ってから一言も喋ってないんだぜ?
「リターン・キャラクター」が今のところ一番最新の発言なんだぜ?
…や、だからチキンなだけなんだけど。無口なんじゃないよ?ただ話し相手がいないだけ…ぐすん。
なーんて脳内でごちゃごちゃ考えていると、王様がため息をついた。
「ふう…今代の勇者は、なにやら百面相をしたり、果てには人の呼びかけにも応えず…使えんなあ。」
「使えねー!」
ついでにガキも真似しやがった。
使えねえだと?確かに俺が悪いかもしれないけど、勇者に向かって使えねえはないだろ…俺、勇者なんだろ?
え、もしかしてここでは、勇者って実はそんな重要性高くないの?俺の夢なのに?っていうか、俺の王様と王子に対するイメージ酷いな…。
ここまでで、一言も発しない俺にとうとうキレたのだろう。や、何が癇に障ったのか全くわかんないけど。
てててっというような可愛らしい足音じゃなく、どたたっというような足音を鳴り響かせて俺の元へ王子君がかけてくる。
そしてそのままあろうことか、俺の顔面に向けてとび蹴りを放ってきた。
俺は突然のことに驚いてしまって、どうにか顔の中心への直撃は避けたものの、右頬に強烈なキックをくらい、赤いカーペットの上にずざざざっと倒れこんだ。
何が起きたのか良く分からなくて、一瞬頭が真っ白になった。
その後の俺の感情は、突然蹴られたことによる苛立ちや怒り…ではなく、ただただ驚くのみだった。
痛みが、ある。
しかもその衝撃で目が覚めないことから、ベッドから落ちたわけではない。そんなタイミングよく夢とリンクできる可能性は極わずかだし、そもそもベッドで寝ていたわけではない。
考えられるのは今の俺の脳では一つだけだった。
すなわち、ここは現実である、ということ。
…それしか考えられなかった。
…え、マジ?