3 没個性を避けるために
「あぁ、いいや。うん。名前を銀から非常食に変更すっかな?どうよ銀。このスタイリッシュな名前。」
「や。」
「あ、そう。じゃあ仕方ない。個人の意見は尊重しますよ俺は。あ、龍の旦那。仕事ない?銀の名前が非常食に変わらないくらいの。」
そう言うと机の上の書類が重なっているところからぴっと一枚取り出す。
その拍子に上に重なっていた書類が全部床に散らばった。
「……」
「「……」」
「ちょ、ちょうどいいのがあるぞ。」
「おぅ、カッコつけようとして失敗したの誤魔化すのやめてくれよ。銀、手伝ってやれ。」
「わかった。」
「銀はいい子だなぁ。それに比べて蜘蛛ときたら。」
「おぅ、こっちチラ見すんのやめてくれよ。照れるだろ……んで?依頼はこれか。」
二人が地面の書類を集めている内に机の上に置かれた依頼の紙を確認する。
「ドラッグ?え、なにこれ非常食を食べれないようにする気?」
その言葉を聞いて書類を拾い終えた銀が頬を膨らませる。
「銀。」
「あぁ、そうだ。まだ銀だったな。」
「銀!」
「これからも銀だといいな。んで、龍の旦那はなんでこれをチョイスしたの?」
襲いかかってくる銀をいなしながらアイリーンに問いかける。
薬物関係は色々と厄介だ。
「他は荒事しかないからだ。」
「なるほど。これなら調査だけだもんねー。途中で荒事になる気配が一文字一文字から感じるけど。」
「まぁ、そうなったら銀を置いていけばいい。」
銀の拳が身長の関係で腰程の高さを重点的に叩いてくる。
「それじゃあ荒事のほうが楽じゃねぇかよ。銀。ちょあぶねぇ!お前の拳は男を殺せるぜ…いや、いいから。お前飛べるか?」
「飛べるよ?」
「ちょっと飛んでみろ。」
「君が言うとチンピラのようだね。」
「ほっとけ。」
「わかった。」
銀はそう言うと後ろの羽を動かしその場に飛んだ。
巻き起こった風で書類が飛んでいく。
「あぁっ!」
「よし、銀。その場で止まれ。」
そう言うとぴたっと空中で静止した。
「ほむ、そのまま後ろに飛べ。」
言葉通り後ろに引かれるようにして飛ぶ。
「もういいぞ。蜻蛉だな。」
「こうなることをわかっていたな蜘蛛……恨むぞ。」
アイリーンを見るとまた地面に落ちた書類を集めていた。
「そいつは俺の管轄だ。龍の仕事じゃない。まぁ、飛べるなら逃げられるだろ。この依頼受けるぜ。ほかに情報は?」
「ないな。だから残っているんだが。」
「…まぁ、気長にやるさ。二三日早くなっても中毒者が少し増えたり減ったりするだけだろ。」
「……お前なぁ。銀にあんまりそういう所を見せるなよ?」
「早めになれておいたほうがいい。この保護もなにも糞みたいな世界で生きていくなら。」
「ん?」
銀は何も知らない童女のような娘だ。
「壊れないことを祈るぜ。壊れたら非常食だ。」
「や!」
「非常食が嫌なら頑張れよ。」
「うん。」
「それじゃあ行ってくる。俺が帰ってこなかったらその時は……。」
「わかったわかった。お前の家を爆破しておいてやるから行ってこい。」
「いってきまーす。」
蜘蛛がそう言って扉を開けようとすると銀が不可解な目でこちらを見ているのに気づいた。
「……?」
「ん?あぁ、いってきますってのはな。家からどっかに出かけるときに言う言葉だ。お前も覚えておけよ。」
「うん。」
「それじゃさんはい!」
「「いってきまーす。」」
「はいはい。いってらっしゃい。」
小さく手を振るアイリーンに銀が真似して返す頃には既に蜘蛛は階段を下りきっていた。
「銀。おいてくぜ。」
「や!」
「仕方ねぇお嬢さんだ。」
降りるのを待ち、隣に来るのを確認すると蜘蛛はまた歩き出した。
「どこ行くの?」
「ん?スラム。なんでもそこにスーパーマンもビックリな力をくれるお薬を処方してくれるとこがあるそうだ。」
「嫌い?」
蜘蛛の眉間に皺の寄った表情を見たからだろうか。
そんな質問をする。
「スラムが?いや、スラムは大好きさ。あそこまで正直に生きてる奴らはそうそういない。お薬は嫌いだね。死ぬ程。いや死なないけど。」
「そう。私も嫌い。一緒だね。」
「そうだな。その前にここだここ。」
そう言って蜘蛛が入っていったのはビルとビルの間の細い道だ。
周りのビルも使われている雰囲気がなく、廃ビルと呼んでも差し支えのないものだ。
「ここ?」
「ここは入口だ。まぁ支店だけどな。」
そう言うと蜘蛛はマンホールの蓋を叩いた。
2回、3回、1回、2回。
すると中からくぐもった声が聞こえた。
「パスは。」
「『閑古鳥の丸焼き』」
そう言うとマンホールががこと音を立て横にずれた。
「入れ。」
「遠慮なく。」
「わわっ!」
そう言うと蜘蛛は銀を抱き抱えするりと穴の中に入った。
中は下水等とはつながっておらず、普通の部屋のような雰囲気を出している。
壁はコンクリートを隠すようにタペストリーがそこらじゅうに貼られていた。
マホガニーの机が部屋の中心に置いてあり、その一辺に一つづつ椅子が置いてある。
床もカーペットが敷かれており、もともとの素材は見えなくなってしまっていた。
「今日は何用かにゃ。」
振り向くとマンホールの扉を閉めた女性がこちらを見ていた。
「お薬についてちょっとね。」
「ふぅん……そっちの子は誰かにゃ?彼女?」
せわしなく頭の上についた猫の耳がピコピコと動く。
「拾い物だ。ほれ、挨拶。」
「ぎ…銀です……。」
「銀ちゃんっていうのかにゃー?私の名前はシャーム。よろしくね?」
「はい…。」
「そんなに睨んでやるなよ。怯えっちゃってんじゃんよ。」
「失礼にゃ!好奇心がくすぐられてるだけにゃ!」
ふしゃー!と蜘蛛を威嚇するが蜘蛛はそれに反応せずあたりを物色している。
「そいつに殺されないうちにお話しようぜ。こっちのほうが刺激的だ。」
そう言うと蜘蛛は適当な椅子に座るとシャームの方を向いた。
「最近ここらでドラッグが流行ってるらしいな。」
「そうだったかにゃー?」
「1万。」
そう言うとシャームは目を輝かせた。
傍から見てわかるレベルである。
「そういえばそんな話も聞いた気がするニャー。確か『ウェイク』といったかにゃ。」
「『起きる』……ねぇ。どんな効果だ?」
「さぁ?」
すっとぼけたような反応を返す。
「2万追加。」
「聞いた話によるとアニマを変える、または強化するらしいよ?」
「アホらしいお薬ですこと。んなもん食ってなにしたいんだか。」
「いつの時代にも力を求める人はいるもんだにゃ。」
「……そうだな。売ってんのは具体的にどの辺だ?」
「知らないにゃ。」
「そんじゃあこんなもんか。はいよ。」
そう言うと蜘蛛は財布からお札を三枚抜くとシャームに渡した。
「毎度ありぃ!あぁーあー。蜘蛛が来るってわかってたらもう少し熱心にあつめたんだけどにゃぁ。」
「ほんとに好きだよなぁお前。猫に小判って知ってるかよ。」
呆れたような視線を向けるとにやりとシャームが笑う。
「知ってる。猫には猫なりの価値観があるんだにゃー。そこらへんほかの人よりも抑えてるから蜘蛛は好感持てるにゃ。」
「猫に好かれてもいいことねぇよ…んじゃ。行きますかね。懐寒いし。」
「お茶くらいならご馳走するよ?昆虫さんたちは寒いの苦手じゃない?」
「俺は昆虫じゃないけどな。まぁ、もらえるならもらってくか。銀。お前も座れ。」
わかったにゃと返事をしてシャームがタペストリーを寄せて出てきた扉を開き、中へ消える。
お話をしている間タペストリーをキョロキョロと見ていた銀は呼ばれて蜘蛛の元へ移動した。
「どこに座ればいい?」
「俺の膝の上。」
「わかった。」
「分かったのかよ。」
重力を感じさせない動きでふわりと体を浮かせるとそのまま蜘蛛の膝の上に座った。
「お待たせー……随分懐いてるみたいだにゃ?」
「まぁな。美味しくなるまで育ててみるつもりだぜ。」
「今すごいほんわかしてた光景が捕食シーンにしか見えなくなってきたにゃ…。はい。お茶。
別に猫舌ってわけじゃないから安心して欲しいにゃ。」
「ジャスミンか。相変わらずいい趣味してる。」
茶色よりも黄色に近いその茶は彼女がブレンドしたのだろう。
ほかで飲むものよりも華やかな香りを伝えてくる。
「美味しい……。」
「それは猫冥利につきるにゃ。お茶のお代としてふたりの馴れ初めを聞いてもいいかにゃ?」
シャームの目はキランと光っており、気になっているという気配を全身から発していた。
話すことを渋れば無駄な時間を暫く取らされた挙句話すことになるのを蜘蛛は経験から知っていた。
「わかったよ。お茶終わるまでの間な。」
「話がわかるにゃぁ。お代わりもあるから全部話していくといいにゃ。」
そうしてシャームに軽く説明を終える頃には手元のお茶もなくなり、いい頃合になった。
「んじゃそろそろ行くか。」
「うん。」
「いい話聞けて良かったにゃ。」
「お前その語尾そろそろやめたほうがいいぞ。年が…いや、みなまで言うまい。」
「大体理解できるにゃ。でも濃い世界で生き残るにはアイデンティティーが必要なんだにゃ。」
「そうか。大変だな。詰まったらまた来るぜ。」
「いってきます。」
銀がそう言うとシャームはぱちくりと瞬きしてにやっと笑い、
「行ってらっしゃい。」
と告げた。
蜘蛛はマンホールを開けると銀を引っ張り上げ、蓋を閉めた。
「こういう、家じゃないところから出るときはお邪魔しましただ。」
「わかった。なにもお邪魔してないときは?」
「そういう時も言うんだ。謙虚な心がモテる秘訣だぜ?」
「わかった。」
「それじゃあ行くぞ。」
蜘蛛は迷いなく歩き出した。
目的地が分かっているかのようだ。
「どこに行くの?」
銀もはぐれないように蜘蛛の後を追っていく。
「ステキなお薬を処方してくれるトコ。」