1 拾っては見たものの
その日は快晴だった。
雲の上を飛んでいるのだから当たり前だ。
我々を乗せた飛行船、いや飛行都市はいつもどおりの運行を見せ、降りもしない
大地の上を一定の高さで廻っていた。
この飛行都市-名はなんだったかな。確か『アーク』だったはずだ-は実に寛大だ。オーストラリアほどの層が三つに重なっており、
今のところの人類を全て許容しているだけでなく、一定の場所に到達すると。
『ただいま旧日本の上を通過しております。御用の方は非常口へどうぞ』
と教えてくれるのだ。忘れ物をした時なんかは実にありがたい。
今のところダストシュートとしてしか使われていないようだが。
おや、主人公のお目覚めだ。視点を移すとしよう。
「ふぁぁぁああ…グッモーニン……別に誰かいるわけじゃないけど。」
今しがたおんぼろのアパートのベッドから起き出してきたのは蜘蛛と言う男だ。
名前が蜘蛛というだけであって見た目が蜘蛛なわけではない。
「おぉ、さぶ…朝は冷えるね……こういう日は良く面白いものが釣れる。」
そう言うと蜘蛛はアパートをフラフラと出て、近くの非常口と書かれた場所へ寄った。
そこは大きく外界への口を開いており、白い雲の海が延々と広がっていた。
「わぉ。なんも見えねぇ。これじゃ夜釣りと変わらんね。」
蜘蛛は胸元に手をやると何か細長い糸を取り出した。
端を雲海へと落とし、更に糸を出していく。
これが彼のアニマなのだろう。
「いいねぇ。気分は釋迦様だ……。着いたかな。」
暫くすると蜘蛛は糸を下ろすのをやめ、右手に持つと鼻歌を歌いながらしばらくぼうっとしていた。
彼が非常口からこうした『釣り』をするのは唯一の趣味と言っていいものだった。
殆ど釣れないが、たまに変なものを釣り上げる。
そして今日もまた珍しい日だった。
「おっとぉ!?今日は久々にあたりを引いたぜぇ!こいつは大物だ。うぅーん。魚影は見えず。
泳がせてみるか?」
腕に糸を巻きつけくるくると少しずつ持ち上げていく。
「なんだ。結構抵抗ないのね。重いけど。自動車なんか釣れた時は持って行かれそうになったもんだけど……?わぉ。」
ついに雲海を通り抜け、糸の端が姿を現した。
「おぉぅ……流石に人間釣ったのは初めてだぜぇ……。」
糸の先には自分の体を蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにした少女がくっついていた。全裸で。
少女の腰まで伸びている銀の髪がさらりと零れる。
「拾ったもんは責任もって食うか育てるかリリースかっと……。ハロハロー?起きてるぅ?」
とりあえず話してから決めようと思い蜘蛛は少女に話しかけた。
よく見れば薄い四枚の羽がうっすらと見える。
「虫系のアニマかね…?お仲間デスカー?ハロー?ニーハオー?グーデンターク?」
頬をペシペシと叩くとようやく少女が目を覚ました。
「あぅ……」
「おはようございます。お嬢ちゃん。朝から地上なんて結構エキセントリックじゃない?俺でもやらないぜそんなこと。んなことするなんて暇だったのか?」
「ここどこ……?」
「質問に答えないなんて随分我が強いお嬢さんだハッハッハ!ハァァ。相手すんのめんどくせぇなぁ。
ここはアークっつう空飛ぶ棺桶の中だよ。それでも下よかましだがな。」
「……」
「ヘイ?俺はサトリじゃないからだんまりだとわからねぇぜ。」
くぅーきゅるるるる……
間の抜けた音が少女の腹から聞こえてきた。
「……お腹すいた。」
「oh…だめだ。話聞けそうにないね。これは龍の旦那のところに行くしかないな。」
全裸の少女を簀巻きにしたまま蜘蛛は街の方へ歩き出していった。