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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ありファンシリーズ

作家と約束

作者: 文房 群



「ではまず――私の生涯について語らせてもらおう」






       *



 ――何故私がある男と交わした約束を語るにおいて、私自身の生涯について語る必要があるのか?

 それは私もこの物語における、登場人物の一人だからだ。

 私抜きにこの物語は語れない。

 何故なら、私がこの物語のキーパーソンであり、傍役であり、語り手であり、読み手であり、主人公であり、傍観者であり、主要人物であり、観測者であり――記録者であるからだ。

 云わば狂言回しのような人物なのだよ、私は。

 故に『中二乙』というキミのコメントに対して一つ、反論させてもらおう。


 そう言うキミの存在も、相当中二だと思うがね。


 そう嫌そうに顔をしかめるな。いつものポーカーフェイスはどうした?

 まあ、自覚しているようならこれ以上私から語ることはない。

 精々自分の存在に悶々とした葛藤を抱えながら、今有る生を謳歌するといい。

 人生は楽しんでこそ人生なのだから。


 ――さて。どこまで話したか…………嗚呼、私の生涯について語る理由についてだったか。

 先程述べたように、私は記録者である。

 在ったことを、実在した事実を有りの儘に語るのが、記録者としての役割だろう?

 尤も――記録者と言っても今から語る物語の主人公は私であるから、どうしても主観的な内容になるのだがね。

 その辺は考慮してくれ。私も人間なのだよ。

 …………そこで訝しげに首を傾げられても、私は人間なのだよ。

 何だキミ達は、揃いも揃って。

 生物学的にも私は歴とした人間だ。

 人間でなかったら一体私は何だというのだ。


 ――――狂人?

 狂っていれど人間ではないか。疑いもなく。

 ――――変人?

 世間一般から変わっていれど人間ではないか。間違いなく。

 ――――能面?

 それは無表情という意味か、端正な顔という意味か、どちらだ。どちらにせよ人間であるが。

 ――――作家?

 今キミは作家と言ったが、具体的に言うなればどのジャンルの作家か?

 …………『ノンフィクションをフィクションのように記録する作家』、か。

 ほう、なかなか的を射た観察眼ではないか。これだから私は昔からキミが苦手だ。

 キミは相手の嘘や隠し事を見抜いた上で利用するからな。時が来るまで待つ、のではなく。

 隣の幼馴染みを少しは見習いたまえ。つまり正直になりたまえよ。


 ――おや。いつの間にか雑談に走ってしまったか。

 今のキミ達の自由には制限が有るからな。手短に語るとしよう。



 まずは私の生まれだが――――




       *




 七大貴族の一つ、テネブレリーダ家を遠い血族に持つ中級貴族、インディエトロ家嫡男。

 それがこの世に生まれた瞬間より私に課せられた、肩書きだ。

 嫡男、といっても建国した時と変わらず、この国は一夫一妻制であるからな。

 愛妻家だった父の子としてこの世にいるのは、今でも私だけだ。兄弟ぐらいは欲しかったがね。それは仕方無い。


 私を産んだと同時に、母は死んだのだから。


 元々病弱だった母は出産の負荷に耐えられなかったらしい。私の産声を聞くや彼女は、安らかにこの世を去ったと聞いている。

 何、同情する事はない。

 ひどく幸せそうな表情で逝ったと、その場に居合わせた者や父から証言を得ている。

 お陰で私は自分の生に咎を感じることなく成長した。

 罪悪感を子に残すことなく去った母には感謝している。

 …………何? 『性根が腐っている』だと?

 何を言うか。私は何一つ自らの生に罪を感じることなく少年時代を過ごせたことを、丁寧に母に感謝を捧げているのだぞ?

 性根は腐ってなどいない。断じて。

 あえて言うなら感性が歪んでいる、だろう。

 その辺を間違えるな。言葉は正しく使え。


 ――話を元に戻す。

 そうして生まれた私は、母譲りに病弱だった。

 体調を崩す度に慌てる父の姿は見物だったな。

 この地の領主が真夜中に診療所の扉を叩き、城まで引き摺ってでも医者を連れて来る様は、今思い出しても腹が捩れる。

 五回目辺りから医者も慣れてきたのか、焦る父を宥めながら部屋に入ってきた時には、流石に大声で笑いたくなったものだ。熱でそれどころではなかったが。

 とはいえ、普段から厳格である父が仕事に手をつけられなくなる程、頻繁に寝込んでいた私に同年代の友はいなかった。領地の者とは顔見知りであったがね。

 そんな私の唯一の暇潰しというのが、読書でな。

 五つになる頃から城に置いてあった蔵書に手を出していたのだよ。

 文字を習う必要は無かった。読んでいる内に言葉も常識も教養も身に付けていったからな。

 所謂私は天才というものだったらしい。

 勘違いするな。嫌味ではない。ただの事実だ。

 その学習能力の高さがあってか、十の頃には殆ど今と変わりない知識量と自己を持っていた。

 大人と変わらない知性と意思を持った、子どもらしくない子どもであったな。

 体のせいもあり、やけに達観した可愛くない子どもだった。

 故に健康体となった後も周囲と馴染めず、孤立した児童期を過ごしたのだよ。


 だが、私は満足していた。

 無理に他者と接触するより、部屋に籠もって書物を読みふける方がよっぽど自身のためになるからだ。

 だからそのような可哀想なものを見る目で私を見るでない。

 『コミ障乙』と言われるとまさに、その通りだとしか言い様がないがな。

 だからそんな哀れむような目で私を見てやるな。なぜだか泣けてくる。


 …………ふむ。まあ、自分でも寂しい子ども時代だったとは自覚している。 実際に学園に入学するまで、私に同年代の友はいなかった。

 いや、そもそも友と呼べる人物がいなかったか。

 領地の図書館にいる受付の老齢の男性とは、茶飲み友達ぐらいになったがね。


 そんな対人能力が皆無な私が十六になる年。

 この王国の国民としての義務を果たすために、生まれ育った土地を離れ一人、央都に住まうこととなった。

 キミ達もいずれ入ることになるだろうあの学園だ。全寮制の、この国に唯一存在する魔法士養成学園へ私はめでたく入学し――そこで。



 キミの父親と、出逢ったのだよ。



 衝撃的な出逢いだった。

 今でもその時のことは年を重ねようと、色褪せずに覚えている。

 無事に入学式を終えたその日。私は寮に戻る前に、図書館に寄ろうと思ったのだ。

 他国の書物までもが集められていると言われる、王国最大の図書館。

 僅かに浮き足立ちながら向かっていれば、行く道に人間が倒れているのを発見した。

 いくら世間を達観した私であれど、倒れている人間を無視して先に行くほど冷酷ではない。

 私は当然、地面に伏せていた彼を助け起こした。

 大丈夫か、と声をかけた私に、彼は掠れた声で紡いだ。



「に……にわとり」



 ワケが分からなかったな。

 何故倒れていたのか、や。制服からしてこの学校の生徒か、や。

 色々訊ねるべきことは他にもあっただろう。

 しかし、脈絡無く唐突に紡がれた『にわとり』という言葉に、私は戸惑いを隠せずにいたのだよ。



 何故、にわとり――と。



 その時丁度良く彼が盛大に腹の虫を鳴かしたため、空腹なのだと察した私はわざわざ彼を食堂まで運んだのだが――以来、親密な関係になってな。

 呆れるかもしれないが、これがキミの父親との出逢いだった。

 そして彼こそ、私の人生を変えた恩人なのだよ。


 そんな彼はなかなか規格外なことを仕出かす名人であってな。

 授業中に『そうだ、山に行こう』と身一つで近隣の産地へ足を運び、ありったけの山菜を持って帰るような人物であった。

 他にも『魚を捌きたくなった』と学園長が愛用していた釣り竿を無断で拝借し、サメを釣って本当に捌いて食べたは良いが――釣り竿を壊してしまい、学園長に叱られたり…………ああ。レディースデーというものを作って、女性ならば食堂のメニューを半額、という革命も引き起こしたことがあったな。

 その日以来、彼は学園にいる半分の女性を味方につけた。私はその全てに巻き込まれたな。

 その他にも男子トイレを爆発させたり、全裸に剥いた男子生徒を生け花のごとく生けたり、学園に在籍する全ての男性の下着を盗んだりしたが――見事、私はその全てに巻き込まれたな。

 お陰で学園に入学してから半年で彼は『風雲児』、私は『策士』と呼ばれるようになってしまった。

 彼はまんざらではなかったようだがね。

 完全なとばっちりを食らって私は、一時彼と縁を切ろうと真剣に考えていたのだが――ある時。


 ふと思い立ち、私は彼に訊ねた。



 キミはなぜ、このような奇行に走るのか。



 すると彼は当然だとでも言うように、こう言った。



「キミがつまらなさそうにしてたから」


 つまり彼は――私の表情が暗かったため、私を愉快な気持ちにさせるために、奇抜なことを仕出かしていたのだという。

 顔が暗いのは生まれつきだ、と反論したかったがね。

 私が意見を述べる前に、彼は言ったのだ。



「友達の顔が暗かったら、誰だって笑わせようと思うだろう?」



 至極、当たり前かのようにそう主張した彼の言葉が――私は、嬉しかった。

 不覚にも、泣いてしまいそうになったな。

 それほどに、今の五倍はひねくれていた私を『友』と呼んでくれたのが、私には嬉しかったのだよ。

 何せそれまでの私の友は、茶飲みの老人か本だけだったからな。


 私の初めての同年代の友は、私からするとあまりに常識外れな人物であったが――根は真摯な人物だった。

 けして腐った上級貴族のように人を嵌めたり、裏切ろうとはしない、信頼に値する人間だった。

 今の私がいるのは、彼がいたからだと断言出来る。

 あのままもし、私が彼の元を離れていたならば、私はこのように社交的で、大衆に愛されるような人間ではなかっただろう。

 今のような冗談も茶目っ気も、無かっただろうな。

 …………だから『愛されているか……?』などと首を傾げるな。冗談だと分かっていても少しへこむ。

 …………まあ、彼の影響で私も多少の無茶や、常識を覆し大衆の驚愕や呆気にとられた顔を見るのが好きな性格となったワケだが。

 ともあれ、彼は今の私を作った恩人なのだ。

 感謝しても、しきれない。




       *




「――――さて。

ではここで本題――私が彼と交わした約束について、語ろう」



      *




 学園を卒業した私はその後も、彼との交友を続けていた。

 流石に成人した彼は学生時代とは変わって、大人しくなった。

 代わりに私が大いにはっちゃけ、そのせいで現在の二つ名が付けられたのだが…………若気の至りというものだ。大目に見ておいて欲しい。


 卒業後、病気で父が死去したため家督を継いだ私は、領主としての仕事の合間を縫いギルドで依頼を受けるという、多忙な日々を過ごしていた。

 この時コンビを組んでいたのが彼でね。

 彼は父を亡くし精神的に荒んでいた私に気を使ってくれたのか、何も言わなかった。

 何も言わずに、傍にいてくれた。その心遣いは有り難かった。


 しばらくして父の死から立ち直った私は――余計にはっちゃけた。

 ……何故かと訊かれると、若気の至りと先程の言葉を繰り返させてもらうしかない。

 とにかく、私ははっちゃけた。

 はっちゃけ過ぎて、彼と共に『帝』の一歩手前まで名を上げてしまった。

 それが原因で王から召集されてしまってな。

 央都からやって来た使者に領民達は仰天していたな。

 あれは愉快だった。

 召集を受けた私より、領民の方が慌てふためいていてな。

「何しでかしたんですか!」と商店の者が団結して城に乗り込んで来た時には、戦争でも起きたのかと思ってしまった。

 弁解したが「ちゃんと謝ってきてくださいね!」と誤解を受けたまま民に見送られた時には少し落ち込んだ。

 そんなに私を信用していないのか、と。


 まあ、召集理由が『「帝」に昇格して央都に移り住まないか』という誘いだったために、その後無事に領民の誤解は解けたがね。


 誘いの返事は――私がここにいることから予測できるだろうが。

 はっきりと断った。


 知っての通り、『帝』の名を襲名すれば七大貴族と同等の発言力とある程度の年収、土地、生活が国によって保証される。

 実力さえあれば平民でも貴族のように豊かな暮らしが出来るようになる、一種の救済措置だ。

 中流貴族である私にもそれは非常に良い話であったが――生憎。

 私は興味が無かったのでな。断ったのだよ。


 今以上に豊かな暮らしなど興味はない。土地は代々先祖が治めてきたこの領地がある上、生活も安定している。

 何より、幼い頃から私を見守ってきた領民達と別れることが、私は嫌だった。

 本には書いていない、友から教わった人との繋がりの大切さを、私は知っていたからだ。


 故に、私は『帝』という名誉を放棄する事にした――代わりに上流貴族と同等の発言権と、領地の独立自治権、他地域・国への貿易権を貰ったがね。

 というのは、召集をかけた最たる理由が、災害レベルに匹敵する魔物を先日一掃したことについての謝礼というものであってな。

 手っ取り早く実力者を傘下に入れたいという思惑が王族にはあり、『帝』への誘いをかけてきたのだろうが……私は王族より、領民の方が好きなのでね。


 だがしかし、予想外だったのが彼が誘いを断ったことだった。


 当時、既に婚約者がいた彼にとって王の誘いは、生涯安定した収入と生活を得る、千載一遇のチャンスだった。

 身分的な後ろ盾が無い彼にとっては、尚更だ。


 しかし、彼は断った。


 『帝』としての名誉も、代わりの権力も、財産も、土地も、生活もいらないと。

 ならばお前は何が欲しいのか、と王が訊ねると、彼は私を見て言った。



「俺には心から信頼できる、友がいる」

「俺を心から愛してくれる、妻がいる」

「そしてもうすぐ、俺が心から愛する――子どもが生まれる」



「これ以上に幸福なことは、この世にあるだろうか」



 故に何もいらない――と。

 王と、出席した上流貴族の当主と、数々の『帝』の前で、堂々と彼は惚気てみせたのだよ。

 いやはや、隣で聞いていてあれほど恥ずかしいことはなかった。

 彼の言う『幸福』の中に私が含まれていることは光栄であったが……公言した場所が場所なだけにな。

 泣きたくなった。感動ではなく、羞恥的な意味でな。


 そんな、今思い起こしても恥ずかしい王との謁見の帰りだ。

 私は彼に、母校である魔法士養成学園の寮に連れてこられた。

 防御結界と人目を掻い潜り、卒業以来初めて訪れた屋上で、のんびりと夜空を眺め。


 そこで彼は私に、ある告白をした。



「――子どもが生まれると同時に、妻は死ぬだろう」



 開口一番、星を仰ぎながら自らの伴侶の余命を宣告した彼は、驚く私に薄く笑いながら続けた。



「体が持たないんだと。昨日、泣きながら告げられてさ」



 それでも子どもは無事に産んでみせる、と。

 私の出自を知っている彼は『女は強いな』と少し目を細め――唐突に、告げた。



「俺も――三十になる前に、死ぬ」



 絶句する私に、彼は宣言した。

 まるでこの後に起こることを――有り得ない話だが、未来を予知しているかのように。

 まさに、見通しているかのように。



「病気か、負傷かは分からない」

「だが子どもが十になる前に、確実に俺は死ぬだろう」

「我が子を一人、この世に残していくだろう」

「傷跡として一生、あの子の心に刻み込まれて」



 予言者のごとく、つらつらと不特定な未来を『既に特定されたこと』のように語った彼。

 私はただ、言葉を失って彼を凝視していた。


 彼が放った数多の言葉は、他者からすれば素晴らしい演技の冗談だと受けるだろう。


 しかし、そもそも彼が人の生死に関わるような冗談を吐く人間ではないと、知っている私には――現実味の無い彼の言葉が、全て事実であるように感じられた。


 そして彼は――どこの誰から聞いたか今の私でも定かではないその不遇な未来を、受け止めているように見て取れた。

 自らの死を。

 死が訪れると言われたその未来を、一片たりとも変えようと考えていないようでもあった。


 冗談か、事実か。

 彼の言葉の真意が分からない私がその場で、彼にかけるべき言葉を模索していると――彼はここで初めて、屋上に来てから私の顔を、正面から見据えた。


 暗がりで見た彼の表情は、昼間王と謁見した時見せたものと同じ――満たされた、いかにも幸せそうな顔であった。

 その表情を見た瞬間、私は察した。

 彼の告げた未来は、本当にこれから起こることなのだ――と。


 実証が無い話ではあるが、衝撃的であった告白に何も言えずにいる私に、彼は言った。



「友であるキミに重荷を背負わせてしまうが――俺が最も信頼を寄せている人物と見込んで、頼みがある」



 ――今思えば、前にも後にも。



「俺が死んだ後、俺の代わりに、子どもの傍にいてくれないか?」



 ――彼が私に物事を任せたことは数多くあれど、正面から頼み込まれたことは――これきりだったな。



「出来ることなら――子どもの、助けになって欲しい」

「欲を言えば、キミが養父になってくれると良いんだが――妻の家柄、そうはいかないようなんだ」



 世の中うまくいかないことに、な。

 そう言って嘆息した彼は、私が見たことがない顔で――懇願するように、問うてきた。



「酷く身勝手な頼み事だが……俺のただ一人の子どもを、頼んでも良いか?」



 その時私は黙り込んだが、答えはとうに決まっていた。

 立て続けに並べられた宣言やら宣告、予言の処理に手間取っていたのだ。

 ようやく頭が彼の頼み事を理解しきったところで、迷わず私は頷いた。



 ――約束しよう。

 ――キミの代わりに、キミの子どもを傍で支えよう。



 私の答えを聞いた彼は、寂しそうでありながらも――嬉しそうに、微笑んだ。



「約束、か」

 ――ああ。約束だ。

「そうだな……結婚式には、俺の代わりに出席してくれるかい?」

 ――当然だ。たとえ迷惑がられても、押しかけることにしよう。

「はははっ。それは頼もしいな――約束だぞ」

 ――無論、約束しよう。



 ――――それが、私が彼と交わした約束。

 私の人生を豊かなものに変えてくれた友との、ただ一つの約束だ。


 そうして――彼の宣告通り、キミが生まれたその日に、彼の妻はあの世へ旅立った。

 幸せそうな顔をして逝ったらしい。まるでどこかの誰かのようにな。

 それから度々赤ん坊であるキミの顔を身に足を運びながら、彼と共に依頼をこなす日々を過ごし――一年の歳月が経った、ある日。



 私が薄々恐れていた、彼の予言した日が――訪れた。



 『魔性の(デヴィリズム・ノッテ)』を知っているか?

 聞いたことはあるだろう。

 近年稀に見る、最悪の災厄の日。

 極めて残虐性の高い魔物が群れを率いて人里に進出して来た、死者七百人、重傷者三百人に及ぶ、軽傷者合わせ千五百人が犠牲となった――魔物側の、侵略行動だ。

 一週間に及ぶ防衛戦にて魔物の四分の三を撃退、残りを国境外へ退けた、戦争と言っても過言ではない事件。


 これにより、ギルドランクS以上の者は強制出兵された。

 無論その中に、私と彼は含まれていた。


 飲まず食わずで実に七日七晩、満身創痍となりながら最前線で戦い続けた彼は最期、私に遺言を残し、共に戦った仲間をその身を挺して――護り、死んだ。

 彼自身の魔法の効果で、骨すら残さず――彼は、逝った。



「約束――――、頼んだぞ」



 全てに満足した、安らかな笑顔で。

 私に、キミを託して。



 ――彼の遺品の中には、キミの親権に関する書類が含まれていた。

 本来ならこの事件が終わった直後に、私は何よりも早くキミを迎えに行くべきだった。

 だが――残念なことに。

 事件が終わる直前より、重傷を負った私はそのまま生死の狭間をさ迷い続け――次に目を覚ましたのは、事件の傷が大方癒えた、四年後の未来だったのだ。


 まず私は世間と自分の記憶が四年分食い違っていることに驚き、随分変わってしまった環境に、困惑した。

 妙な気分だった。

 知り合いの大半が老け、あと一週間目覚めなければ棺桶の中に入れられるところであったと聞かされた時には、肝を冷やしたな。



 それでも――一番大切な約束だけは、しっかり覚えていた。

 これから私は何をすべきなのかも、明白に見えていた。



 四年の昏睡から目覚めて、二週間後。

 人間は気合いと根気さえあれば何でも出来るらしい。

 たった十四日間で四年間眠っていた分のブランク――国の情勢や流行の最新情報を頭に詰め込み、衰えていた体力を常人にまで戻し、キミを引き取る準備を完全に整えた私は、キミが預けられたと人伝いに聞いた、キミの母方の血縁者が住まうという上級貴族の元を訪ねた。

 その場でキミを引き取れるように、万全な態勢でな。


 しかしまさか――キミが貴族用語でいう『廃棄処分』を受けていたとはな。


 全くの予想外だった。

 聞いていた話とは違う、と客間で三時間粘り続けておいて良かったな。

 二時間を過ぎた辺りから相手の顔に疲れが見え始めていたが、粘ってよかった。


 キミは病死したと言い張る身元引受人とその奥方に『だが知り合いが昨日この家を出入りするキミの姿を見た』と、私が何度も問い質し続けるが『そんなわけない』と彼らは首を横に振り続ける。

 そのような問答を三時間続け、全く主張を変える気配がない二人にキリがない、と判断したその時だ。


 客間に嵐の如く乱入者が現れ、私の対応をしていた二人に向かって激昂したのだ。



 あの子をどこへやった、と。



 その一言でキミがあの家にいた事と、彼らに何かされた事が明白に明かされた。

 即座に私は乱入者に話を聞いた。


 そして乱入者から全てを包み隠さずつげられた私は――激怒した。

 人生の中であれほど殺意を覚えたことはないだろう。

 その場で乱入者が身元引受人を責め立てていなければ、おそらく私は彼らを五体不随にしていただろうな。

 乱入者のお陰で私はその場での理性を保てた。あの場で私が暴れれば、色々と取り返しのつかない事になっていただろう。

 乱入者には感謝している。



 ――まあ、後々きちんとそれなりの報復はさせてもらったがな。



 現在、それが原因であの家から泣き縋られているが、それは身から出た錆というものだ。

 当然の報い、というものなのだよ。

 これで彼らも無闇矢鱈に私に手を出すとどうなるか、学習してくれることを祈っておこう。



 ――さて。 こうしてキミが『廃棄処分』され、人間が手を出せぬ、魔物の住まう魔大陸(メリディオナーレ)に転送されたと知った私は、直ぐ様キミを保護するためにこの国を発った。

 領地の管理は私が知っている中で最も信用出来る者に任せ、手紙で指示を送りながら単身で魔大陸に渡ったのだ。

 現地での路銀と伝手を得るため、本を書いては売りながら、私は旅をした。

 途中、ワケの分からぬ事件に巻き込まれながらな。

 そうしてようやく、大陸に辿り着いた時には――既に、目覚めてから五年の歳月が経っていた。


 数々の調査団、歴戦の猛者達を拒み、葬ってきた魔大陸――別称『魔界』。

 大人でさえ一週間も生きていられぬと言われる場所。そのような場所に、まだ自衛の方法も知らぬ子どもが送られたとなると――一日も持たずに魔物に殺されるだろう。


 それだけではなく、キミが転送されて五年も経っていたのだ。

 生存の見込みは、皆無であった。

 皆無どころか、骨すら残っていないだろう。幼子にでも分かることだ。

 私にも、可能性が無いことぐらい分かりきっていた。


 だが――私は魔大陸に足を踏み入れた。


 ただ一つ友と交わした約束を、果たすため。

 私の帰りを待っている、領民のため。

 何よりも、私の友が生涯をかけて愛した子を――再びこの手で、抱き締めるため。



 入り口まで同伴してくれた案内者の忠告と心遣いを振り払い、私は『魔界』を突き進んだ。

 無限に襲い来る魔物を片っ端から薙ぎ払いながら、大陸の奥へと赴いた。

 全盛期、災厄級の魔物を一掃した時より、実に多くの魔物を退けた。

 言っておくが私の目的は魔物の虐殺ではなく、人捜しだったのでな。故に、殺しはしていない。



 ――『魔界』探索に乗り出してから三度日が沈み、四度目の朝が来た。

 その日はそれまでの朝とは違い、魔物の唸り声や気配すら無い、静かな朝であった。

 奇妙に思ったが、しかし私は一瞬たりとも気を抜かず、まともに飲み食いしていない体を引き摺る様にして、先へ進んだ。


 ――――そして。

 私は――奇跡を、目にしたのだ。



 全身傷と泥にまみれ、最後に見た赤ん坊の姿など見る影も無くなっていたが――しかし。

 ちゃんと、生きている。

 何人もの戦士が死んだ土地に、その足で立ち、息をし、こちらを見上げている。

 目立った大きな外傷もなく――生きている、キミの姿を。



 …………あの時は本当にすまなかった。

 何せ、死んでしまったとばかり思っていた子が、生きていたのだ。


 代わりといっても――私は父親だ。

 我が子の無事に滂沱して、何が悪いのだ。



 ――それから先はキミと、キミの幼馴染みも知っての通り。


 キミと、キミと共に生活していた子ども達を全員この地に連れて帰り、私の子どもとした。

 里親に出すというのも一瞬考えたが――離れ離れになるのは嫌だろう?

 幸いにも、私の書いた書籍がこの国でも人気だったのでな……印税は知らぬ間に積み重なっていた。

 あと三十人は成人まで余裕で養っていける程にな。


 親権も問題無かったな。

 元より、存在自体を無かったことにされた者達ばかりだ。

 全員我が子としたところで、誰も文句はあるまい。


 そもそも私自身が、この国の貿易の大半を担う権力者だ。

 他国での私の著名度もあり、迂闊に手を出したなら他国からどの様な目で見られるか――はっはっはっ!

 有名人は辛いな!



 ――――さて。

 何はともあれ、私の冒険譚はこの様に、ハッピーエンドで終わっている。

 様々な出逢い、別れ、喜び、悲しみ、苦難の物語であったが――最終的には全て、報われた。

 それは何故か?



 ――家族がいるからだ。



 幼い頃から私を支え、信用してくれた領民。

 忙しくも月に一度は酒盛りをし、語らえられる友。

 そして――かけがえのない、私が愛する子ども達。


 私の全てが、ここにある。



 かつて、私の人生の恩人は言った。 ――友がいて、妻がいて、我が子がいる。

 これ以上に幸福なことは、この世にあるだろうか――――と。



 恥ずかしい話だが、私は今になってようやく、彼が何も欲しなかった、本当の理由が分かった。


 既に満たされているから――ではなく。

 死期が近いから――ではなく。



 彼は――ただ一人の『人間』でいたかったのだよ。



 『帝』という、国の力ではなく。

 『貴族』という、国の富ではなく。


 『人間』として当たり前に友と語らい。

 『男』として当たり前に妻と寄り添い。

 『父親』として当たり前に我が子を、愛する。


 そんな『当たり前』な存在に、彼はなりたかったのだ。



 それは、今の私も同じ。

 ただ一人の人間として――肩書きも二つ名も権力もない、『クロウズ』として、私は在りたいのだよ。



       *




 ――――これが、真実。


 私がキミの父と交わした、たった一つの約束。

 その真相と、顛末だよ。


 …………おっと。

 弁に熱が入ると共に、少し地が出かけていたらしい。

 すまない。客人の前だというのに、少々言葉遣いが乱暴になってしまった。


 ――この口調の方が乱暴だとキミは言うが、この様な態度でなければ、上手く事が運べない御時世でね。

 下手に出ると、あっという間に性悪共に良いように流されてしまうのだよ。

 特に貴族という、『狐と木樵』のような輩は。


 …………強く賛同しているところ悪いのだが、私の記憶に間違いがなければ、キミ達も貴族の出の者ではなかったか?

 それに、かなり上流身分の者と見受けているが……………………そうか。



 なるほど。理解した。

 そのような繋がりがキミ達にはあったのだな。


 ふむ。ならば私がここでしゃしゃり出るのは、場違いであろう。

 ならば老人はここで退室して、後は若い者同士で語らって――――うん?


 ………………………………。

 ……………………はは。


 ――そうか。

 そう言う人物であったな、キミは。は、ははははっ――ああ。

 ならば後ほど、私にも報せてくれ。 私の立場から出来る限りの、全ての事をしようではないか。




 キミの父がそうであったように、キミも存分に周囲の人間を巻き込み、数多の物語を引っ掻き回すがいいさ。





 く――っははははははははは――ッ!

 これはこの先が楽しくなってきた!


 また良い物語が生まれそうだ!

 嗚呼、心が躍る! 嗚呼、腕が鳴る! 嗚呼、筆が乗る!


 いやはや、これだから人生は辞められん!

 これだから私は、記録者という我が運命が愛おしいのだ!


 ははっ、ふははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ――――ッ!!



 ――ふ、はははっ――ああ。

 それでは興も乗ったので、キミ達の帰りを待ちながら庭で稽古をしている彼に、ちょっかいをかけてくるとしよう。


 今朝採れた林檎をふんだんに使ったパイが、先程焼き上がったらしいからな。

 差し入れに持って行ってやることにしようではないか。

 ふふ――ふははははははははははっ!




      *




 ――数分後。

 昼時とあって賑わう繁華街にて。


 高らかに哄笑しながら疾走する男性。

 男性を模造剣を片手に鬼の形相で追跡する少年。

 少年を宥めようと後を追う数名の少年少女の姿が目撃された。


 楽しそうに駆け回る彼らを、住民達は『またか』と呆れたように呟き、微笑ましそうに見守っていたという。




<了>



*あとがきと挨拶*



 初めまして、文房(ぶんぼう) (ぐん)と申します。


 この度短編『作家と約束』を投稿させていただきました、中二病歴九年となる、『なろう』初心者でございます。

 初投稿作品がこのような中二病臭むんむんな作品となってしまい……申し訳無い思いでいっぱいです。


 『小説家になろう』へは友人に紹介されてやってきました。

 文章を見ての通り、かなり頭の悪いオタクが書いております。

 日々『空から美少女(できればロリ)が降ってこないかなー』と頭上を仰いでいますが、鳩がフンを落とすだけです。ナニコレ切ない。


 最初こちらに登録した時には閲覧専門でいようと思ったのですが、皆様の素敵なお話に触発され、投稿させていただきました。

 需要がない、まさに俺得な作品ばかり投稿していく所存ですが、今後ともよろしくお願いします。


 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!




<完>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小さな喜劇をみているようで面白かったです。
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