“プロローグ” 合格発表会場にて
「合格おめでとうございます!」
よく通る元気な声を出して女子生徒は学校のパンフレットと書類の入った袋を手渡す。
「ありがとうございます。」
それを受け取った男子生徒は丁寧に頭を下げる。
まだ初々しい顔立ちに中学の制服、もう中学校は卒業しているのだがその容姿はやはり中学生にしか見えない。
(確か壱中のだったかな…
あの制服。)
壱成中学校。通称壱中
この学校の学区内にある公立中学だ。生徒数も学区内の公立中学では一番多く
本校からも近い為非常に多くの生徒が進学する。
壱中以外にも沢山の中学生がそれぞれの学校の制服を着て混在している。
この女子生徒の出身中学の絵秋中学校の生徒も多く見受けられる。
(懐かしいな、一年前かー。)
女子生徒は来年から二年生になる為一年前にもこの情景を見ている。
本日はここ私立創英高校の合格発表日である。
阿鼻叫喚の合格発表が広場で行われた後、こちらの体育館に見事を合格した生徒が書類等々を受け取り入学式までの日程などを確認して帰るといった段取りになっている。
そして、委員会や有志などで選ばれた来年の二年生が書類を渡す係となっている。
女子生徒もその一人だ
(やっぱり中学生とか可愛いなー)
女子生徒はそんな事を思う。
まだ高校生にもなっていない少年、少女達の顔立やたどたどしい挨拶や感謝の言葉は母性を少しくすぐる。
(いっこしか変わらないのにね)
確かに歳で言うと一つしか変わらない。なのに母性を感じてしまうというのも可笑しな話だが
それだけ中学生と高校生では精神年齢が違うのだ。
高校生もまだ子供には違いないが、高校という場所で人は一気に大人に近づく事が多い。
この子達はどんな高校生活を送るのだろう。
楽しい学校生活になるといいな…
ふと、そんな事を思った。
「合格おめでとうございます!」
女子生徒は気を取り直して次の合格者に書類を手渡す。
「ありがとうございます!」
元気の良い声が返ってくる。
(きゃっ、この子可愛い顔してる。)
そこに居たのは少年だが中性的な顔をしてた。
ぱっちりした二重瞼、爽やかな笑顔とこぼれる八重歯。
俗に言われるジャニーズ系。そんな表現がぴったりな顔立ちだった。
(ちょっとタイプかも…)
この女子生徒は自分ではまだ気づいてないがおそらく年下の母性をくすぐるような男性がタイプなのだろう。
「こちらが本校のパンフレットと入学式までに記入が必要な書類になります。」
女子生徒がそう言って袋を差し出すと、少年はその手を早業で掴む。
「えっ!ちょ、ちょっと!」
「おねーさん!
いや、違うな…先輩!
俺、晃希。大神晃希って言います!先輩は?」
「…あ…天野です。」
女子生徒は勢いに押されて質問に答えてしまう。
「天野先輩!俺この学校の事知りたいんで、良かったらこの後案内してください」
晃希は身を乗り出して女子生徒に迫る。
「えっ…でも私、これ配らないと…」
手を握りられたままの天野先輩は机の上の書類に目配せする。
「大丈夫ですよ!こいつが変わりに配るんで。」
「ちょ!おい晃希!
話違うよ!全然話違うよ!」
晃輝が指差す方にいつの間にかいた
ほぼ坊主に近いスポーツ刈りの少年が慌てふためく。
「うるさいなー。元」
晃輝がジト目で元を見る。
「うるさいなー。じゃないよ!
高校生活でスタートダッシュ決める為に一緒に先輩に知り合い作ろうって言い出したの晃希じゃないか!」
「だから、こうやって有言実行してるんじゃないか。」
晃輝は天野と繋いだままの手を見せる。
「一番大事な“一緒に”ってとこがまるまる抜けてるのですがー!」
「おい」
晃輝と元が言い争う後ろから声が聞こえる。
晃輝も元も天野先輩もそっちを見る。
(でかっ!)
(こいつ本当に中坊か?)
(見慣れない制服。)
立っていたのは身長180cmは超えているであろう大柄の中学生だ
髪は少し長く茶色をおび、目は切れ長の垂れ目で晃希達を見下していた。
「あとも、つかえたんだから早くしろよ。」
正論だった。
並んでいる生徒たちの列は長く伸びていた。
「なんだよでかいの。
俺のスタートダッシュを邪魔するなよ。」
その正論に晃輝は訳のわからない反論をした。
晃輝と大柄の中学生はにらみ合う。
「おい…晃輝…そのへんに」
元が止めに入ろうとしたその時だった。
「はいドーン。」
ガコン!
「うべっ!!」
もの凄い物音の後、晃輝が奇声をあげて吹っ飛ぶ。
一同がその光景に唖然となる、突如現れた女子生徒が鞄で晃希の頭を殴打したのだ。
「…たくっ、外で待ってても全然出て来ないから様子を見に来てみれば…
何やってんのよ晃希。」
殴打した鞄を肩に掛け直すと女子生徒はもはや虫の息である晃輝に言葉を投げつける。
「元ちゃんもよ」
女子生徒は冷たい目で元を見る。
「いやぁーごめんね、加奈子ちゃん。」
完全にビビッてしまっている元はあははと乾いた笑いをもらす。
(…美人な子ねー。)
天野は不機嫌そうな顔してる加奈子の横顔をみながら思う。
少し吊り目がちの目や化粧などからキツイ印象をやや受けるが、スラっとした鼻筋や小さい顔は女の子らしく。身長も高くスタイルもよく見える。
加奈子はかなり美人な部類に入るであろう。
「痛ってー!なにしやがんだ!かーこ」
頭を高速でさすりながら晃希が復活する。
「あっ、起きたか。」
「起きたか。じゃねーよ!
頭ガコッていったぞ!大体、お前の鞄どうなってんだよ?
なんで鞄が凶器になるんだよ!」
「JKの鞄には男子生徒の夢、希望、ロマンが詰まってるの。」
加奈子が鞄を持ち上げながら重量感をアピールする。
「お前、まだJCだから。
たくっ、古畑も真っ青だよ。」
晃輝が某名探偵の初めての迷宮入りを杞憂する。
「そんな事より、早くカラオケ行こ。晃希の奢りで」
加奈子は晃輝の首根っこを掴み歩き出す。
「なんでだよ!そんな事一言も…」
「おっ、良いっすね姉御。」
元が太鼓持ちに転ずる。
「おいハゲ、何乗ってんだよ。」
引きずられながら晃輝が抗議する
「姉御言うな。」
周りの注目を一心に集めた三人組は出口に向かって行った。
「あっ。」
加奈子は思い出したように振り向く。
その視線の先には晃輝と睨み合っていた大柄の中学生が、
「ごめんね。迷惑かけて。
来年から宜しくね。」
加奈子は笑いかけて言うと。出口から出て行った。
大柄の中学生は出口をぼーっと見ながら呟いた。
「…俺は、誰とも宜しくするつもりねーよ。」
大柄の中学生は書類を受け取るとさっさとと出口から出て行った。