エピソード第一幕3 ~プロフィアとギルド抗争と意外な出会い編
エピソード第一幕3 ~プロフィアとギルド抗争と意外な出会い編
年季が入り黒ずんだ木造平屋の『カワウソ亭』という名の大きな大衆食堂。店内にずらりと並ぶ丸いテーブル、初めて来た店だからなのだろう遠慮気味に端のほうのテーブルの椅子にチョコンと腰掛けたプロフィア。
新しい武器も手に入れ、仕事探しの前にまず腹ごしらえと少し遅めの昼食をとるため、この店にやってきたのだが…。
ちなみに、ハンターは、基本的には、ハンターが寄り集まってできたギルドという団体に所属するのが普通で、少し大きめの街には、必ずと言っていいほどギルドが存在する。そこには、街の代表や、その街に住む人々からの仕事の依頼が集まっており、プロフィアのような野良ハンターは、そんなギルドに出向いて、仕事を分けてもらうのだ。
昼時を過ぎ客足の落ち着いた店内、なかなか注文取りの店員がやってこず、頬杖をつき、待ちぼうけしていたプロフィア…それもそのはず、中央あたりのテーブルにいるガラの悪い大柄の男二人が浴びるように酒を飲みながら、なにやら店員と揉めているようだ。
「こんなマズイものを俺たちに食わせようっていうのか? おいっ!!」
ガラの悪い男の一人がそう言い、テーブルの上にあった料理の載った皿を床に払い落とす。店内に響く皿の割れる音、床にぶちまけられた料理…。
「おうおう、お前ら、誰のおかげで平和に暮らしていられると思ってやがる。俺たちハンターがモンスターや夜盗を狩ってやってるおかげだろうが、ええ? 分かってるなら特別サービスの一つもしてもらわないとなぁ~くくくっ」
もう一人の男は、そう言うと近くにいた店員の女の子の腕をつかみ、グイっと自分のほうへ引き寄せ、後ろから女の子に抱きつき左手で女の子の右肩をガッチリ押さえつけると、女の子の体を弄ろうとゆっくり右手を延ばしていく…。
「やめて下さい…イヤッ…イヤァーーーっ!!」
響く女の子の悲鳴…その時、女の子に抱きついていた男が突然弾け飛び、隣のテーブルをなぎ倒して床に転がる。
杖の柄を男の頬へ突き出したプロフィア。開放された女の子を自分の背に置き、二人の男をキッと睨みつける。
「もうっ! アンタたちみたいなのがいるからハンターの評判が落ちるのよっっ!!」
腰に手を当て、そう叱りつけるプロフィア。
「このクソ女がぁーーーっ!!」
倒れていた男は、腫れ上がった右の頬をさすりながら立ち上がり、プロフィアの正面に立ち、物凄い形相で睨みつける。
「この乳クセー女が…なんなら俺が大人にしてやろうか?」
そう言って右手をプロフィアの胸元に延ばす男…その手を左手でパシンと払いのけ堂々と睨み返したプロフィアは「ついてきなさい」と言い、外へと出ていく。
「まあ少々ガキくさいが、この女で我慢するか。くくくっ、二度とそんな生意気な口が利けないよう体に教え込んでやる」
店の前の路地、拳をバキバキと鳴らし不敵な笑みを浮かべる二人の男。
「いいから、かかってきなさい」
手招きし挑発するプロフィア。キレて怒り任せに突進していく二人の男。勝負は一瞬にして決した。
男たちにはプロフィアの動きは見えなかっただろう。向かってくる左の男に足払いし、右の男の背後へと回る。プロフィアを見失い振り返った右の男…その瞬間、フルスイングしたプロフィアの杖が顔面を強打し、弾け飛んで数メートル先の地面に大の字で倒れる。鼻の辺りが陥没し白目をむいてヒクヒクと痙攣している。まさにほんの一瞬…右の男を倒したと同時くらい、足払いされた男が地面に倒れ、そこへ向けプロフィアがジャンプ。みぞおちの辺りへ杖の柄を突き刺し…男はアワを吹いて白目をむき動かなくなる。
道行く人や食堂の入り口から顔をのぞかせていた従業員たちから湧き上がる歓声。手をパンパンと払い腰に手を当て二人の男に視線を送って溜息をついたプロフィアは、倒れた男の足を持って引きずり自分の両脇に並べると、しゃがみ込んで男たちに手のひらをかざす。
プロフィアの手のひらから発せられた暖かな光が男たちを包み…パチッと目を開ける男たち。そんな男たちをなんだか悲しげな瞳で見つめるプロフィア。
「ねえ…ダメだよ…私ね、ハンターってお仕事に誇りと夢を持ってるの。みんなのために頑張れる素敵なお仕事だって思ってる。あなたたちは? お願い…ハンターを蔑むようなことはしないで…いやだよ……」
プロフィアはそう言って膝に顔をうずめ肩を震わせ…ゆっくりと立ち上がった男たちは複雑な表情で顔を見合わせると示し合わせるようにそっとうなづき合い、口々に「すまねえ」とボソリ呟いた。
立ち上がり両目をゴシゴシと拭ったプロフィアは、ニコッと満面の笑みを見せる。恥ずかしそうに頬を赤く染めた男たちはペコペコと頭を下げ、その場を去っていく。
「へへっ、じゃあね~☆」
可愛らしく手を振るプロフィア。路地の向こうに消えていく男たち…その時プロフィアのお腹がグ~っと大きな音をたてる。そこいらからクスクスという笑い声が聞こえ、「もうっ!」とお腹を叱りつけ頬を真っ赤にして恥ずかしそうにしゃがみ込むプロフィア。
食堂内、テーブルに所狭しと並べられた料理を一心不乱に食べ続けていたプロフィア。お礼になんでも好きなものを食べていいという食堂の店主の行為に甘え、貧乏性のプロフィアは、ここぞとばかりに食べたいものをすべて注文したのだ。
右手に持ったフォークをあっちに刺しこっちに刺ししては口に運び、幸せそうに頬をパンパンにしていたプロフィア。そんなプロフィアの正面の椅子に一人の男が腰掛ける。
「はじめまして、お嬢さん」
小柄で鼻の下に髭を生やした見るからに胡散臭そうな中年の男。そう挨拶して丁寧に頭を下げて見せると、プロフィアに名刺を差し出す。
「えっと…バレットループの…ギルドマスターさん? 私になにか?」
名刺を見て、口をモグモグさせながらそう尋ねたプロフィア。
ここで、この世界のギルドというものの説明を入れておきます。
この大陸の治安は、王国が配備している王立騎士団、王立魔術師団によって守られています。
ただ、常に日常的に守られているのは王宮の城下町や、その周辺地域だけで、王宮から離れた地域には、要望があれば遠征して…という程度で、ほぼ機能していない状態です。
守るものがいなければ治安は安定しない。そこで、ある程度規模のある街には必ずといっていいほどギルドがあり、街の自警団のような役割を果たしているのです。
「お嬢さん、見かけによらずお強いですな~。さっきの見てましてね、実は、お願いがあるのですよ。見かけない顔ですがこの街は初めてで?」
口いっぱいに頬張りながらうなずくプロフィア。
「この街には我がバレットループとアクアリンクという二大ギルドがありまして、大きな声では言えないのですが…そのアクアリンクというギルドをつぶすお手伝いをしていただきたいのです」
「えっと…それはできないよ~。だってギルド間抗争はご法度だもん。王立騎士団さんがきちゃいますよ」
「いえいえ、その、ワケがありまして…そのアクアリンクというギルドが酷いギルドでして、金にものを言わせて仕事を独占し、裏でこの街を牛耳る極悪非道なギルドでして、そのギルドのせいで我がギルドは崩壊寸前に追い込まれているのです。ですから我がギルドとは無縁のお嬢さんのように腕の立つハンターを集め、我がギルドの名を出さずにあのギルドを成敗していただきたいのです」
「なるほど…それなら抗争にはならないから…う~ん…でも、それだとなんか、あなたが裏で糸引く悪者さんみたいですね~」
「え、いや、しかたのないことなのです…お金もきちんと払いますから。前金でこれほど、完了していただければ、報酬としてさらに…」
キラキラ輝くプロフィアの瞳の中にGの文字が………。
「こらっ! アクアリンクっっ!! 出てきなさーーーい! 私が成敗してあげるんだからっ」
…というワケでお金に目のくらんだプロフィアは、30人からのゴロツキのようなハンターたちを従え、アクアリンクのギルド社屋の前でそう声を張り上げる。
とても悪いことをしてお金を稼いでいるとは思えない丸太作りの少しみすぼらしい可愛げのある民家ほどの大きさで2階建ての建物。なんだか適当に手書きされたギルド名が書かれた木製のプレートが掛かるドアが開き、一人の剣士の男が顔を出す。
「えっ!? あ…あーーーーーっっ!!」
驚いて声を上げ、その剣士の男を指差すプロフィア。
「あれ? キミ、この間の…」
同じく少し驚いた表情でプロフィアを指差す剣士の男。プロフィアはその剣士に駆け寄る。
「ジンさんっ!」
「キミは確か、プロフィアだったよな? どうしてここに?」
「あっ! プロさんだ! どしたの? っていうかなんか物騒なこと言ってたけど?」
ジンの横からヒョコッと顔を出したヴァル。
「うん…あの、このギルドのマスターって…」
「ん、ああ、俺だが?」
プロフィアの問いに答えるジン。
「えっと…ジンさんって悪い人…なの?」
悲しげな表情でそう問いかけるプロフィア。
「いい人だとは思っていないが、別に悪い人というワケでもないと思うのだが…」
「だってね、バレットループってギルドのマスタさんが…んんっ」
つい口がすべり慌てて口を押さえるプロフィア。しかたなくすべての事情をジンに話す。
「うむ、なるほど…金にものを言わせて仕事を独占…まあ確かに安請け合いしてしまうのがこのギルドの欠点ではあるな。そのせいというか、おかげというか確かに仕事は増えているが…」
「だよね~。そのせいで万年貧乏なんだけどね…」
そう語るジンとヴァル。
「街を牛耳ると言われても…まあボランティアで街のイベントなどは仕切らせてもらっているからな。頼りにされてしまうのは仕方のないことなのだが、まあ牛耳っていると言われれば牛耳っているのだろうな」
「…ですよね? おかしいと思ったんです。ジンさんが悪い人のハズないし…じゃあ悪者は、あのギルドのマスターさんってことだね! もうっ! 騙してくれちゃってっっ!! まあ、お金に目がくらんだ私も悪いんだけど…では、あの人懲らしめてくるですっ!」
そう言って駆け出したプロフィアは、同じく雇われたハンターたちの横を通り過ぎたところでピタッと足を止めて振り返る。
「っと言うことで私は抜けます。続き、みなさんでやってくれても構いませんけど、束になってかかってもジンさんには敵わないですよ。なんせ一人であの魔竜ゴルゴラと渡り合えちゃう人ですから。じゃ、そういうことでっ☆」
そう言い残して再び駆け出したプロフィア。ハンターたちは、ゴルゴラという名を聞いて臆病風に吹かれたのだろう,散り散りに何処かへと消えていった。
バレットループの社屋へとやってきたプロフィアは、勢いよくドアを開け中へと入っていく。
高級なBARのような内装、いくつも並べられたテーブルの席に座り酒を飲んでいるガラの悪そうな十数人のギルドメンバーたちには目もくれず、怒り任せにズカズカと歩くプロフィアは、マスター室のドアを勢いよく開け中に入りドアを閉める。
「よくも騙してくれたわねっっ!!」
黒塗りの立派な机を前に高級そうな革張りの椅子に腰掛けているマスターに歩み寄り、そう言って身を乗り出し、机越しに襟首をつかみ上げるプロフィア。
「なっ、なんのことだね?」
「もう、しらばっくれちゃって! アクアリンクのどこが悪徳ギルドなのよ! 超善良な貧乏ギルド…は言い過ぎかな…このギルドのほうがよっぽど悪徳っぽいじゃない!」
「うむむむ…しかたない。皆のものっ」
そう声を張り上げ机の上にあったハンドベルを鳴らすマスター。するとドアが開き、現れたのは…。
「お呼びかな?」
ドア枠に寄り掛かり腕組みをしたジンがそう言う。そのドアの向こうには横たわる十数人のギルドメンバーたちと、その一人の背中を踏みつけ手をパンパンと払いニコッと微笑むヴァルの姿が。
「うぬぬ…クソっ…お前たちさえいなければ…」
観念したのか、そう言い肩を落とすマスター。
「プロフィア…まあ、そのへんで勘弁してやってくれないか?」
「う…うん…」
ジンにそう言われ、うなずいたプロフィアは襟首をつかんでいた手を放す。
「すまない。現状を分かっていて何もしなかった俺にも非はある。確かに仕事は、いつの間にかアクアが独占しているような状態になっていたし…これからは共存していけるよう努力する。それで許してはもらえないだろうか? では、行こうプロフィア」
「うん…」
「ヴァルも行くぞ。いつまで踏んでいるつもりだ?」
「は~い♪」
その場を後にした三人は、アクアリンクの社屋へと向かって歩き出す。
「すまなかったなプロフィア。迷惑をかけてしまったようで」
そう言ったジンに首を大きく横に振って見せるプロフィア。
「いえいえっ! 私のほうこそ…でもお二人にこんなに早くまた会えるなんて、なんか嬉しいです。へへっ」
「私も~。ねえ、せっかくだからアクア入っちゃいなよ、ねっ?」
ヴァルの問いに答えられず言葉に詰まってしまうプロフィア。
「………入りたいです。でも…今はまだ、ここに留まるワケにはいかないから…私の旅はまだ始まったばかりだもん。もっともっと色んな人たちに出会って、もっと色んな世界を見て、もっともっと色んな経験をして…私、もっともっと…だから…」
寂しそうにうつむき、そう言ったプロフィア…そんなプロフィアの両肩に後ろからポンと手のひらを乗せたヴァルは、ニコッと微笑む。
「プロさん。私もジンさんも待ってるからねっ。夢を追いかけるのも、そのために頑張るのもいいことだと思う。でも…無理はしないでね。いつでも帰ってきていいんだよ。ここはもうプロさんの居場所なんだから。ね?」
「うん。ありがと…ぐすっ……」
そう言って涙ぐむプロフィアに優しく微笑みかけたジン。
「うむ。プロフィア…俺たちはもう友達だろう? ここは決して逃げ場所などではないさ。ここに戻ることイコール弱さではない。友達に会いに来るのだからな」
「そそ。私たち友達だもん。ね? プロさんっ♪」
「うんっ! へへっ♪ これからもよろしくです~」
スキップまじりで数歩先に行ったプロフィアは、くるりと振り返ると、そう言い満面の笑みを見せた。
「こちらこそよろしくな。仕事でしばらくはこの街に滞在するのだろう?」
「うんっ」
ジンの問いにうなずくプロフィア。
「では、ウチのギルドの二階を使うといい。積もる話しもあるしな」
「はいっ! ありがとうございますっっ!! お言葉に甘えちゃいますね♪ えっと………」
モジモジとしてうつむき、言葉につまるプロフィア…。
「ん? どうした?」
「うん…あの……私…アクアリンクに入れて下さいっ!! 幽霊ギルド員になっちゃいますけど…」
「構わんさ。大歓迎だ。改めてよろしくなプロフィア」
「よろしくねっ! プロさん」
「よろしくお願いしますっ! へへへっ」
ギルドになんて一生入らないと思っていた…頼ることのできる仲間をつくることは逃げることだと、自分を弱くする行為だと思っていた…だが、押さえきれずプロフィアの心を動かしたこの想いは…その想いは自分を弱くするのか、それとも強くしてくれるのか…自分の感情に答えが出ないまま、そんな戸惑いを隠し満面の笑みを見せたプロフィア…。
この出会いが、これから先プロフィアの運命を大きく変えていく…プロフィアにはそんな予感があったのかもしれない。
物語はゆっくりと…だが着実に進んでいく…世界を巻き込む…かもしれないほどの大きな変動へと…。
つづく