表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月狩りの森  作者: 惟織
4/8

Dearest Tale



 始めこそ不安げだった少女は、おずおずと少年の手を取った。少年は小さな手を強く引き上げ、拍子に体勢を崩した彼女の身体を抱き留めた。

 少年の腰ほどの背丈しかない身体だったが、温度は彼以上に温かだった。愛されながら育った証拠だろう。

 少女はまだ潤んだ瞳で彼を見上げていた。


『お花がほしいの?』


 少女が求めたモノ――――幻で咲かせた、触れることも叶わない花々を指差す。少女は無邪気な様子で頷いた。そして慌てて首を振る。


『もう帰らなきゃ……。お母さんに怒られる。友達がもう教えてるかもしれない』


 あんまり素直に言うものだから、つい笑ってしまった。


『分かった。じゃあ引き返そうか。その途中にも綺麗な花が咲いているから、それを摘めばいい』


 小さな手を握ったまま入り口までの慣れた道を辿っていると、大人しく並んで歩いていた少女がためらいがちに口を開いた。


『お兄ちゃん』


 瞬間、深紅の瞳が丸くなった。

 初めての呼び名だった。彼を指す言葉はずっと『精霊様』か『怪物』だった。


『お兄ちゃんは、怪物?』


 みんなが言ってるの、と。(おく)さず言われた言葉に、自嘲が込み上げる。


『さあどうだろうね? 「みんな」が誰と誰なのか知らないけど、もしそうだったら?』


 肯定も否定もせず問い返す。すると思ってもみなかった答えが耳を打った。


『私、お兄ちゃんが怪物ならうれしいよ。だって優しいもん。道を教えてくれるし、お花くれるし、私を食べないから』


 少女は笑った。木漏れ日が少女の身体を輝かせた。

 その笑みに、彼は何も言い返せなかった。求めていた感情に対して。





 森の入り口に広がる花畑で好きなだけ花を摘ませ、少年は静かに少女に言い聞かせた。


『いいかい。 この森に入ったことは絶対に喋っちゃいけないよ。花は野原かどこかで摘んだと言いなさい』


 口答えを許さない口調だったから、少しだけ少女の表情が曇る。胸が淡く痛んだが、言い直しはしない。


『分かった。秘密ね。……また来てもいい?』

『………それは』


 君の為にならないと思うよ。


 何故はっきり「駄目」と言えなかったのだろう。何故食べようと思わなかったのだろう。

 名残惜しかったから? 彼の存在を「嬉しい」と受け入れてくれたから?


 そんなに、彼女の傍が心地良かった?


 囁きかける己への問いを無視して、少年はぐずる少女の背中を押した。

 一旦森の外に出た彼女が戻って来ないよう、彼は入り口を塞いだ。




*******




 あれから――――そう、十年経つ。彼女は大人になっているだろう。朗らかな笑顔は輝きを増しただろうか。

 何よりあの瞳。

 大きくて愛らしい瞳。今宵の空のような、濡れた漆黒。今は誰を映しているのだろう。


 ――――無性に会いたくなる。


 来ない方がいいと告げたのは自分なのに。


 複雑に絡み合う茨の扉。硬く閉ざされていた月狩りの森の入り口が、ゆっくりと人を誘い迎える。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ