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月狩りの森  作者: 惟織
2/8

Old Tale



 いつからだろうか。何の変哲もない森が『月狩(つきが)りの森』と呼ばれるようになったのは。誰にも分からないずっと昔のことだが、その由来は長く語り継がれている。


 空に闇が降りる頃。太く高い樹木や深く茂った植物で形成された森は、夜空よりも濃く暗い影に覆われる。森は天高く昇った月の沈む方角にあるので、人の目からはその影が月を()み込んでいるように見えるのだ。そんな光景が、昔の人々には『月を狩っている』風に思えたらしい。本当は、森の影に隠されているだけなのに。


 月狩りの森は人を惑わすという。足を踏み入れたが最後、戻っては来られない。だから人は容易にそこへ近づかない。


 しかし土地の収穫が乏しかった数百年前までは、森は豊かな実りの場として重宝されていた。貴重な果実を与えてくれる森に、人々は感謝の気持ちとして生贄を差し出してきたそうだ。

 そうして時が流れ、土地の収穫が豊富になってくると人々の足は森から遠ざかっていった。生贄を差し出す慣習もなくなり、次第に彼らは夜の不気味な森の姿を恐れるようになる。


 『月狩りの森』が人を狩る森へと変貌したのはその頃からだ。




 ******




 一度だけ、月狩りの森をさまよったことがある。

 その森の近くに住む子供達なら、絶対にそこへは行くなと親に言いつけられる。森には怖い怪物がいるから、入っては駄目よ、と。

 幼い頃から物語を聞かされ、想像力が豊かな子供達はその言葉に従っていた。怪物は人を食べる存在だということを、皆知っていたのだ。

 だから子供達は間違っても森へ行かぬよう、外で遊ぶ時は人家が並ぶ広い道を選んでいた。大人の目もあるのだし、誰かが森に消える心配はなかった――――はずなのに。


 あの日の遊びはかくれんぼだった。鬼に見つけられるもんかと必死になっていた私の前に、いつの間にか森の入り口がぱっくりと広がっていた。濃淡の豊かな緑色の中に、色とりどりの花が咲いていて。

 とても綺麗で、もっと近くで見たいと思ったのを覚えている。

 そこが怪物の住処(すみか)だということも忘れ、私は深い茂みへ踏み込んだ。





 言いつけを破ってしまった。そう後悔したのは、花畑を追い駆けるのに疲れてすぐだ。

 森の入り口に飛び込んだ瞬間、目の前にあった筈の花畑が遠ざかっていた。そこに入る前は、近くにあるように見えただけだろうかと思い直して走ったが、なかなか辿り着けない。私が進むたび、花の群れも逃げているようだった。

 走り続けてついに転び、我に返った時には遅すぎた。自分がどこまで来てしまったのかさえ、分からなかった。


 『森には怪物がいるから、入っては駄目よ』


 途端、恐怖と絶望の入り混じった涙が溢れた。冷たい雫が止めどなく、服の袖にシミをつける。

 帰れない。怪物に食べられてしまう。頭にはそんな思いしか浮かんで来ず、私はただただ泣いていた。

 自分を覆う影に気づいたのは、それからしばらく経ってからだった。



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