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八百歳の彼女 一

作者: 北こういち

 私の「過去」は「記憶」の中にある。




 この十六年、私はできる限り目立たないように生きてきた。得体の知れない何者かの気配を時折感じつつ、今年高校に入学するこの年齢まで生きてきたのだ。

 気配といっても、本当に何か確信が持てるほどのものではない。もしかしたら、ただの勘違いかもしれない。ただ、どうしても前世の記憶から、何かの違和感が拭いきれないのだ。

 それが何なのか……答えは出ないまま、疑問だけが延々と繰り返されている。




 「才菜、よかったね」

 本当にうれしそうに、満面の笑みをたたえながら母が言った。

 「ハイハイ、何度も、分かったから……早く行くよ」

 私は、少々食傷気味に答えた。

 母と私は搭乗手続きを済ませ飛行機に乗り込んだ。

 母は超難関の高校に合格した私のことが自慢で自慢で仕方がないのだ。だからこそ何度も何度も、喜びの台詞を私にぶつけてくるのだ。私が学校附属の女子寮に入るこの日、空港まで見送りだけと言って付き添ってきたのだが、旅客にキャンセルが出てその空席が、たまたま私の席の隣りと知るとどうしても一緒に入寮手続きをすると言って無理矢理、同乗してきたのだ。

 座席のベルトを締めながら隣りの母に言った。

「入寮手続きくらい、私、できるよ。もう、子供じゃないんだから」

「確かに才菜は小さい時から何でもひとりでできたわね。でも、一生子供よ。お母さんにとってはね」

 母は優しい人だった。優しくてさらに洗練された美人だった。母が参観日で学校にくる時なんかはとっても鼻が高かった。沢山の母達の中でも一際目立つ美人だった。

 私が両親のもとを離れわざわざ遠くの高校へ行くのには理由があった。勿論、幼少の頃から医者志望の私にとって、入学が決まった今回の高校には都合のいい専門進路コースが敷かれている。いわゆる医者養成の名門校だった。ただ、それ以上に私にはどうしても医者になる必要があった。いや、正確に言えば前世で、既に医者だった。私は前世の南城実姫という女性だった時に既に医者だった。研究室での仕事が中心の外科医だった。どうして研究中心だったかと言うと、自分自身のこの「輪廻」とでも言うべき状況の解明にあった。今の私には物心付いた頃から前世の記憶がすべてあった。だから受験にはたいして苦労はしなかった。知識はそのまま記憶されたままだったのだ。だからさほど勉強はしなくても合格することができたのである。これは今後も医者になるまで続くとこの時は思っていた。

 私がどうしてこんなことになっているのか、今度こそは脳外科医として解明したかったのだ。

 私は何度も生まれ変わっている。厳密に言えば前世の記憶を持ったまま生まれ変わっている。遡ると前世では南城実姫という女性だった。その前は何十年か隔たりがあって今の長野県付近に住んでいた女性だったこともある。ただ一つ共通しているのが記憶にあるのは必ず女性だということ。稀に、習ったこともない知らない国の言葉がわかってしまうこともある。もしかすると他にも生まれ変わっていて、時々デジャブとして感じるのかもしれない。とにかく、ハッキリと記憶があるのは今の自分と前世の南城実姫、それに何十年か前の佐須羅姫百合と名乗っていた自分だ。

 異変が起きたのは飛び立って十五分後。後部座席の方からざわめき、やがて悲鳴が聞こえた。

「お母さん、私、ちょっと見てくる」

「才菜、気をつけて」

 母とはこれが最後の会話となった。

 後部座席付近では見覚えのある大男が暴れていた。搭乗前に空港の歩行路で邪魔になった子供を突き飛ばしていた酷い男だった。その大男が機体の側壁を大きな拳でバシバシと殴っていたのだ。強化されている筈の内壁が、やがて軋み始めた。乗客達が何人もその大男を取り押さえようと試みたが頑強な拳に殴り飛ばされていた。皆、大男の行動を茫然として見ているしかなかった。

 私は背後に回り込み転身しながら大男の右手を両手で掴み、小手返し技を繰り出した。だが、大男の力は想像できない強さだった。私は上手く支点をつくって小手返し技をかけたのだが、大男の腕は、およそ人間のものとは思えない力と硬さと冷たさを持っていた。びくともしなかった。その屈強な身体を持った大男に抱き締められた。その時、母がいたと思われる座席付近で爆発が起きた。 

「お前が何者なのか知っている……目的は達成された」

 大男は私の耳元でそう呟くと、私を座席の間に突き飛ばしてから走り出し爆発で穴のあいた機体から飛び降りていった。間もなく一番前の、操縦室と思われる付近からも爆発が起きた。

 飛行機は墜落し、大好きだった母と共に私は死んだ。こうして十六年前、平賀才菜であった私は死んだのだ。

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