表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

妖精Tの古記録 <下>

~変更点~


・ミサの言霊が当社比2倍に長くなりました。(詠唱時間18秒)

・認定魔法使い→エトワール・ウィザード

・☆があって尚且つ不自然な部分を直しました。



まだ、ミスはきっとあると思います♪

ビシバシ指摘してやって下さい♪


 ジュー……ジュワワワー……

 グツグツ、グツグツグツ……

 タンタン、タンタンタン……



 グゥー……キュルルルル……



 おなかすいたなー。

 カレーはもう温めてあるし、ヒトシの取ってきたウサギは下処理して焼いてるし、ご飯も何とか食べられるぐらいには焦げてなかったし!

 あとは、ロンと……ルーテが来るだけだね!


 グーキュルリ。


 あー、お腹がへったよぉ。




 ◇◆◇◆◇◆




 「遅れて申し訳ございませんでした。」

 テントを張っていたロンが、今戻ってきた。

 「あー大丈夫だよ、ロンさん! まだ、完成していないからね!」

 そう、まだ終わっていない。

 「ルーテが来てないから!」

 ビシッとポーズを決める。

 みんなの視線がボクに集まる、突き刺さる。

 から、ら、ら……と木霊が響く。

 ヒューと一陣の風が目の前を過ぎる。

 うっ、みんなっ! 視線が厳しすぎるよっ!

 「……ルーテさんは、さっき見かけましたよ?」


 そして、ロンの空気を読まない発言。

 「ほら。」

 ロンが目でさした茂みはガサリと動いた。

 そこから、目を下に伏せて少し服が土まみれなルーテがゆっくりと出てきた。

 「…………。」

 ルーテは黙ったまま、動かない。

 「自分が来る前にはもう、いらっしゃっていたようですが。」

 ロンがしれっとした顔でそう付け加える。


 「こっ、これ!」

 ルーテは手に下げていた紙袋(・・)を前に差し出す。

 何故か、グーとお腹が鳴った。

 「ミサ、ごめんなさい! ワ、ワタクシ、間違って……いたわ! ごめんなさい、ミサ! ワタクシがつまらないプライドでミサを妬んでいたなんて、ワタクシも大人げなかったの! 申し訳ありませんわ! ……ワタクシは十分優秀ですから、貴女(・・)を蹴落としてまでもっと高みに登る必要はなかったと気がついていたら、こんなことにはなりませんでしたのに。本当に申し訳ございませんでした。よかったらこれ、召し上がってもよろしくてよ?」

 あーー……。

 これは……。

 空気が凍った気がした。……誰か、急速冷凍(コキュートス)唱えたのかなぁ。

 そして、これは謝った内に……入るの、かな?


 「・・・・・・ダメ。」

 ……だよね。

 「なっ、何でですのっ! ワタクシが謝って差し上げたではありませんか!」


 ……………………。

 何その上から目線な謝り方。そんなんじゃ、仲直り出来るものも出来ないよ。

 「・・・みんな・・・・・・に、謝る・・・?」

 「そっ、それで許して下さるのですね?!」

 「・・・・・・ん・・・」

 えっ、そんなので許しちゃうのっ!?

 いいんだろうか、そんな甘い行動で。

 「皆様、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。」

 何となく誠意の籠っていそうな無さそうな声で謝る。そして、一礼。

 「これで、いいんですの?」

 クルリとミサさんの方に振り返り、尋ねる。ふわりとスカートが外套(がいとう)と共に広がった。

 「・・・みんな・・・聞く・・・。許す、・・・OK・・・?」

 え、ボクらに丸投げするの?

 「わっ、分かりましたわよ。皆様、もちろん許して下さりますわよね?」


 一瞬の静寂。

 スゥと誰かが空気を吸う音がした。

 「……あのな、ルーテ。」

 ピンと張りつめた空気を乱したのはヒトシだった。

 「その、謝り方はないだろ? なぁ、ルーテ。舞台裏は知らないが、それは本当に謝る態度なのか? さっきのから判断するに、お前がミサに勝手に宣戦布告でもしたからなんだろ? ミサは巻き込まれただけなんだろ?」

 違うか? とヒトシはルーテの目を見る。


 「ちっ、違わないわけではないですけど……。」

 ルーテが目を背ける。ヒトシを見たくなさそうに。

 「な、ルーテ。ちょっと考えてみろ。例えばオレにカレーをぶっかけられたとして、」

 カレー鍋を掴んで中身をばらまくような、動作をする。

 「すまん、悪かった、不注意だった、後悔している、と謝られたらお前はどう思う? そしてどんなことを……言う?」

 「そっ、それはもちろん『もっと誠心誠意謝りなさい!』って言うと思いますわ……。」

 ヒトシはルーテを睨め付けていて、ルーテは目をあらぬ方向へと動かしている。……あ、目があった。助けて欲しそうな目をしていた。

 「じゃ、何でそう思った?」

 ユーリが手をワキワキさせてウズウズしていた。そんなユーリをユーマが宥めている。

 「そっ、それは……、反省していないように思えましたから……。」


 「なるほど。」

 ヒトシは目を伏せて、腕を組む。風が吹く。ぶるりと体が震えた。ボクはもう少し下の方に行きたかったけど、動けなかった。

 ……空気が、冷たい。


 「なら、さっきのミサへの謝り方はどうだった?」

 あくまでも、自発的な反省を促すそれは、ところどころにささくれを含んでいた。


 「確かに……反省の言葉は含まれていませんでした。しかし、わたくしはちゃんと反省しておりましたわ。」


 また、一瞬の間があって。


 「何で“人”は喋れるんだ?」

 唐突にヒトシは尋ねた。そうは言ってもヒトシは“人”じゃない。

 「えーっと……。」

 わからないのか、とヒトシは再び目を向ける。

 「その……、意志疎通をするためですわ。」

 「そうだ、口に出さなきゃ物事は伝わらねぇ。自然の摂理だ。」

 ヒトシは遠い目をする。

 ……これは、彼のトラウマ(・・・・)なのだろうか。

 「感謝の心も、謝罪の気持ちも言葉に出さなきゃ相手にはわからねぇ。だろ?」


 ――――そう。そうなんだよ。

 気持ちを伝えるのに“態度”だけだったら、ものすごく時間がかかるんだ。


 「そ、そうですわね……。」

 ルーテに戸惑いの声が表れる。



 「そーだよ、ルーテ! だからは、ムグゥッ!」

 空気を乱したユーリの口をユーマは塞ぎ、ヒトシにどうぞと促す。


 ヒトシはくしゃりと笑って。


 「あーあ、興がさめちゃったなー。ほら、ルーテ。早くミサに謝って仲直りしなよ。」

 手を頭の後ろで組み、後ろを向く。プラプラと数歩歩いた。

 「そーだよ、ルーテ! ミサはやさしいからきっと許してくれるさ! だからねっ!」

 ユーリはピッとウインクを飛ばす。

 ユーマはユーマで目を反らしている。


 「ルーテさん、仲間(・・)は大切なんだよ?」

 なんか、ボクも言わなきゃいけなそうな雰囲気だったのでらしい(・・・)ことを言ってみた。


 「ミサ、申し訳ありませんでしたわ。もう二度と、このようなことは致しませんのでどうか許して下さい。」

 ミサの方を向いて、頭を深々と下げた。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 ミサは口を開かない。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 ミサは黙ったまま、動かない。


 「・・・・・・・・・・・・・・・ゥ」

 「何かあるなら……! あ、ど、どうぞ……。」

 ちょうど良く、……良くはないけど声が重なった。

 「・・・ルーテ、迷惑・・・掛けた・・・・・・みんな、・・・謝る・・・・・・許す。・・・・・・・・・仲直り?」

 断片しか聞き取れないけど、みんなに迷惑をかけたのだから謝りなさい、許してくれたら仲直りしようよ。と言うことなのかな?

 別にボクらにはそんなに迷惑掛かってないはずなのに。


 「……ユーリ、ユーマ、ヒトシにティム、あと、ロン。わたくしのせいで皆様に多大な迷惑をお掛けしました。ごめんなさい!」

 「ああ、気にすんな。」

 「大丈夫だよー。」

 「……平気。」

 「いいよー。」

 「自分は迷惑を被っておりませんゆえ。」

 口々になぐさめの言葉が出てきた。

 「・・・・・・・・・仲直り?」

 ルーテに差し出されたのは小さな腕。

 「もちろんですわ、ミサ。わたくし達は永遠に友達ですわ。」

 ルーテも手を出して、ミサの小さな手を握った。


 握手。

 親愛・友好の情としてのそれは、ミサとルーテの間に“永遠に”交わされた。



 「グー…キュルルル……」

 誰からか、お腹が鳴る音が聞こえた。

 ミサが目を下に向けた。犯人はミサさんらしい。

 そういえば、お腹が空いたなぁ。



 「では、そろそろ夕食にしましょうか。」

 ロンの一声によりボクらは盛り付けを始めた。

 串焼きにカレーにサラダにルーテの持ってきたケーキに。

 ケーキは腹立ち紛れに狩ったモンスターの素材を売ったもので買ったらしい。

 えーっと。

 ……少し怖いな。

 怒らせたらどうなるんだろうと思いつつ、食事の準備をした。




 「「「「「「いただきます」」」」」」

 それを皮切りとして始まった晩餐は五臓六腑に染み渡るほどおいしかった。

 仲間の団結が深まったから……なのかもしれない。




 ◇◆◇◆◇◆




 「忘れ物はないかー?」

 ロンの声が森の一角で発される。

 忘れ物は……ないなっと。

 朝日がボクの体に突き刺さり、翅は軽やかに動く。

 フワァー……、よく寝たなぁ。

 ぐぐっと背筋が伸びるようにすると、パキポキと音が鳴った。首も一応鳴らしておく。

 「よーし。」

 ヒトシの肩の上に着陸して、屈伸・伸脚・前後屈。アキレス腱に手首足首。


 深呼吸っと。


 「ヒトシー、今肩を借りてたよー!」

 「ああ、知っとるよー。」

 「ありがとねー。」

 「どう、いたしましてー。」

 ヒトシの肩に乗っかり、座る。ヒトシはやさしいし体も大きいから、僕が乗ってもバランスを崩さないし、許容してくれる。



 あ、翅の運動を忘れてた。

 翅を上方で回す。下方で回す。翅を出来るだけ広げ、出来るだけくっつけて。

 後ろに手を回して触ってみると、硬くピンと張っていた。

 今日も元気だ。

 いつもと同じ……か、それよりも良いかもしれない。昨日のご飯が良かったのかな? わかんないけど。

 今は森の中。獣道を辿ると魔王城に着くらしい。ボクはみんなの肩に乗って少し休憩させてもらう。まあ、魔王の攻撃が一度でも当たったら強化魔法を掛けても即死のひ弱なボクだからね、や、別に楽をしてる訳じゃないからね!

 それはさておき。

 さあ、行こう。



 魔王退治へ!!!




 ◇◆◇◆◇◆




 ほにょー。

 なんかすごいなぁ……

 魔王城……。


 感嘆の声しか出なかった。ものすごく、大きかった。おどろおどろしくて、瘴気が溢れている。

 どれだけの期間で出来たんだろ、きっとプレハブみたいな即席仕様なのかな、と思ってみたり。

 まあ、どーでもいい。

 ボクにとって大切なのは、魔王を倒さないと帰れないこと。魔法師1名、魔術師4名、魔導師1名の総勢6名で。

 前衛0人、但し前衛を張れる人は2人だけど、後衛前衛のバランスがおかしい。

 というか、魔王を6人で葬ろうというのがおかしい。ま、きっと3000位以下の弱い魔王だろうけど、魔王には変わりはない。

 あー、やになっちゃうな。


 ヒトシが魔王城に入ったのでヒトシの肩に乗っていたボクも入ることとなる。

 悪趣味な内装は豪華だが色彩がひどく、ホコリまるけで調度品は泣いていそうだった。

 そんな部屋に入った途端、ピシッ、ピシピシピシッ、と何かが凍りつくような音がした。

 部屋は青い氷に覆われていて……、


 「おい、これ、氷じゃないぞ!」

 ヒトシが驚きに声をあげる。

 確かに、壁をなぜると冷たくはない。

 サラリとした感触。

 「あれ? ドアが開かないですわよ!?」

 入ってきたドアを開けようとしたルーテがよく通る声で叫ぶ。



 前言撤回。

 この部屋は青い結晶に

覆われていて……、ボク達はこの部屋、この魔王城に閉じ込められたのだ。




 ◇◆◇◆◇◆




 「で、どうしますの?」

 ルーテが杖をキュッと握りしめながら尋ねる。ここはいわば敵地、いつ襲われるか分からない。

 ボクもラグーナ族のステッキを手に深く握りしめた。スベスベとした革の触感と、生暖かい感触が伝わってくる。

 「いや、どうしようもこうしようもないだろー? おれらは魔王討伐にやってきたのであって、魔王に尻尾巻いて逃げに来たわけじゃないしな。さっさと、倒して帰ろーぜ。」

 銛を持つ手ごと首の後ろに回している。後ろに強い体勢だ。

 「で、でも、退路がないっていうのは……どうなんでしょうか?」

 ルーテが不安そうに尋ねる。ボクも不安だ。だけど……、

 「ルーテ、あたし達にはまだ(・・)後が残ってるんだから、そんなに慎重にならなくてもいいんじゃないかなー?」

 ユーリは左腕を右腕に当てて、右腕は頬っぺたに当てて、首をコテンと曲げてぶりっこポーズ。

 いやー、本性を知ってる今となってはかわいいともなんとも思わないなー……。

 「わ、わかりました! わかりましたわ! このまま突き進みますわ! それでいいので「失礼します。」しょう……?」

 ルーテの声を遮って、ロンの声が発せられる。

 何か、屈折率が変わった――透明な壁だろうか――モノが辺りに広がる。

 「ブモー―……」

 左上あたりから聞こえた声に反応してみんなが一斉に振り向く。

 ミサさんだけは始めから向いていたっぽい。


 「……モー……」

 その声を最後に“ぷちっ”と潰れたのはミノタウロスだった。いや、だったモノだろうか。

 血がダラダラとその“だったモノ”の固体の部分から流れ出て、結界かなんかを伝って落ちていく。

 固体なモノは主に皮と肉と白っぽいナニカとか、なんと言うか……あ、目玉。

 で、その固体なモノもノタリノタリとある境界線からずり落ちていく。あ、壁に引っ掛かった。



 なんて素敵にグロテスク☆



 そんな言葉がぴったりな風景。臭くはないね。

 ま、慣れてるからこんなので気分悪くはしませんとも!


 「うっ……」

 あれ、ルーテが気持ち悪そうに……

 「な、何を見ていますのっ!」

 見つめていると、ルーテに怒鳴られた。これ以上見つめていると魔法が飛んできそうな雰囲気が伝わってきたので目を90度反らすと、“だったモノ”が真正面に……



 うぇ……。




 ◇◆◇◆◇◆




 ルーテは部屋の隅っこに小間物屋を開いて(吐いて)しまったみたい。臭いがアレになってたから、小さな結界を張り直し、みんなで入った。そして大きな結界は解かれた。

 ベチョと残骸が落ちたのは見ていない、見ていないんだー!(必死)



 「で、どうします? 」

 結界を張り直したロンが聞いてくる。メガネをクイッと上げる。

 というか、スーツで動けるの、ロン? ……いつ見てもパリッとしているんだけど。

 「どうしようもこうしようもないでしょう?」

 そう言ったルーテは願いよ、と呟く。

 「もう、進むしかないのですわ。」

 ブワァと一瞬のうちに小間物(ピーー)が炎に包まれ、一瞬で鎮火した。そこには煤しか残っていない。

 「ヤる(・・)しか、ないでしょう?」

 ニヤリと狂乱めいた笑みを浮かべた。

 「だよなー、ルーテ!」

 ヒトシもまたニンマリとこれまた狂気が溢れだしそうに笑う。


 「だそうですが、お三人方はどうしますか?」

 お三人方……って誰?

 「あたしは進むべきだと思うなー!」

 「……右に同じ。」

 ユーリが手を挙げながら、ユーマはいつもと同じように言った。

 「……それで、ティム様はどういう意見でありますか?」

 「……ほわっ!?」

 急にボクに振られてビックリしたよ!

 「ななな、何ですか? ボッ、ボクの意見でですかっ?」

 「ええ。」

 ロンの声が返ってくる。

 「ま、魔王を倒しに行きましょー!」

 高らかに声を張り上げる。

 「「「「おーーーーー!」」」」

 みんなの声が結晶部屋に響き渡る。

 但し、ミサとロンの声は聞こえたような聞こえなかったような。




 ◆◆◆◆◆◆




 カツーン、コツーン。

 足音が響き渡る。

 装飾が豊かだったのはいつの日か、所々にある燭台はロウにまみれ、欠けているものもある。大理石の床もひび割れ、響く足音が均一でない。綺麗な模様が刻まれている壁に手を伸ばすと大量の埃がつく。

 「イックシッ!」

 歩いたせいで積もっていた埃が舞い上がり(くしゃみ)がでた。この廊下を歩くのは久し振りだ。

 今日、この屋敷に闖入者がやって来たようだ。心臓の反応からすると6人、しかし頭数となると7個だ。

 ほう、一人は技術革新世界で有名な“ロボット”というやつだろうか、ということは彼らは異世界人なのだろうか。我の有名さは他の世界にも響き渡るほど有名になったというのか。

 ふむ、悪くない。



 ワッハッハッ、ワーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ……


 ふぅ。

 笑い疲れた。

 笑うのも体力を使うものだ。


 「おい、デモ太郎!」

 反応は何にも返ってこない。

 そうか。

 もう、死んじまったか。気に入ってたのにな。まあ、しょうがないか。最近、よく侵攻されているからの。

 今日もなんか四天王が出張っているが、早く魔族を補給しないとこの世の勇者様じゃなくとも、騎士とか王子様に簡単に潰されちまうわ。

 生きにくい世の中になったもんだ。



 カツーン、コツーン。

 靴音が響く。

 一つの溜め息と共に。




 ◆◆◆◆◆◆




 「あら、こんなにも簡単でいいのかしら?」

 ルーテは呟く。

 それはボクもそう思う。

 ルーテの「願いよ!」で牽制をしつつ、誰かの魔術で丸焼きにする。終了。

 終わるの早! というか、弱! まだ、外にいた奴等の方が強いような?

 それから何よりも、雑魚がいない! 弱い奴なら数で攻めるのは常識でしょ、みたいな!




 さて、ボクらは今、悪趣味な装飾のドアの前にいる。

 さっきまでのドアとはちょっと違う意匠のそれは、妙におどろおどろしく、いかにも魔王が構えていますよ然している。

 少しの恐怖を覚えるが、気力で押さえる。

 さあ、魔王だ、さあ、魔王だ、さあ、魔王だ。さあ、魔王だ、さあ、魔王だ、さあ、魔王だ、さあ、さあ、さあ、さあ、さあ、さあ、さあ、さあ、さあ、さあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあしかし強い方がいい――――!


 「ティム様、ティム様?」

 「はっ、はい?」

 あれ、ボクは今、何を考えていたんだろう……?

 「作戦は変更無しで、突撃は一分後です。隊列は自分が先頭で後ろにティム様、ルーテ様、さらに後ろに他の方々が並びます。よろしいですか?」

 ロンがにこやかな裏のありそうななんともいえない笑顔で確認を求めてくる。

 え、ちょっと怖い。

 「あ、はい……」

 そんな返事をして、そそくさと隊列につこうとする。

 「戦闘中、ぼさっとするなよー!」

 ユーリがボクにグサッと突き刺さる言の葉()を吐いた。

 泣きたくなったはなったけれど、この雰囲気が和んだのならそれはそれでいいのかなと思った。




 ◇◆◇◆◇◆




 「アハハ、ボク、ミ〇〇ーだよ!」

 ドアを開けたとき、そんな声が聞こえた。

 ロンのメガネ顔がひきつって。

 次の瞬間その悪趣味なドアを閉めた。

 バシーンと大きな音がして。

 「な、何ですか、アレは!」

 ロンが取り乱す。

 え、アレ。そんなにダメなやつだったの? 魔王には見えなかったけど! 黒くて赤いズボンで、肌色だったけれど!

 ロンのご主人様であるミサさんを見てみると何にも反応はしていない。

 ……もう一回開けてみよう。


 開ける。

 ボクの筋力では開かない。

 見かねたルーテがドアを開ける。

 「ボク、ドラ〇〇……」

 セリフの途中なのにドアが閉まった。

 下を見ると、ロンがorzの形になりながら、ドアを押さえている。

 ……大丈夫?

 もう一回開けてみようか。


 「……真実はいつもひとつ!」


 さっきとは違ったトーンの声に、ルーテは驚いて、その手はドアから離れた。

 キィィィーーーバッタン、という音がしてドアは閉まる。

 「うわあぁぁぁ!」

 ロンが奇声をあげて床を転げ回る。

 どうしましたかー? 気が狂いましたかー?

 なんて、言えるはずもなく。

 ただ、彼のことを冷ややかな目で見ていた。

 「ロンさーん! 大丈夫かなー? 落ち着いた方が、良さげじゃないかなー!」

 ユーリだけは声を掛ける。だけど、状況は変わらない。ロンが奇声をあげて取り乱し、回りのみんなが――あまつさえご主人様であるミサさんも――冷たい目で見ている、この状況は。




 ◇◆◇◆◇◆




 「申し訳ございませんでした。」

 奇声をピタリと止め、すっくと立ち上がり、身仕度を整えてからの第一声がこれだー。((ワン)(トゥー)(スリー)と言ってみたい。)さらにさらに90度の最敬礼付き。

 ……何だろう、この豹変ぶりは?

 「で、では魔王狩りに行きましょう。」

 メガネをクイッとあげてそう言った、でも顔は赤い。

 「何があったのさ、ロンさーん?」

 ユーリ! ユーリィィー!

 も、もっと空気を読んでよ! 頼むから、ね? この空気、すっごく寒いんだよ、知ってる? お隣さんは知ってるみたいだから、ユーリは聞いて覚えようか? ……と言いたい。

 「いえ、何でもありませんが。」

 そして、ロンはしらをきり通す。

 「ふーん。」

 ユーリはユーリで空気を読まずに聞いたのに、追及はしないこのいい加減さ加減!


 「気を取り直して、突入しましょうか?」

 ルーテの一声。


 「そうだね!」

 「……ああ。」

 「・・・・・・(コクリ)。」

 「うん!」

 「では、参りましょう。」

 ユーリ、ユーマ、ミサさん、ボク、ロンの順に声をあげた。


 ロンが両開きのドアを音が出るほど勢いよく開ける。

 薄暗かった廊下から一歩、魔王の間であろう部屋に入る。

 これを雌伏の網から出ると言うのか?

 ……いや、言わないね。



 もう、いいや。





 さあ、魔王だぁ!!




 ◇◆◇◆◇◆




 「願いよ!」

 手始めに発動したルーテの水魔法は魔王のぬらりとした皮膚に馴染んで消える。


 「ぅ゛ぁ゛……ぅぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」

 魔王のうめき声が聞こえる。ぐずぐずな口のような穴からそんな音がにじみ出てくる。目であろう場所は体表とは違い煌々と光っていて、ぬらりとした体の所々にある尖った角はトゲトゲした犬の首輪みたいに恐ろしさを醸し出している。色は赤黒く、血生臭い色……まるで、今まで殺した人の血の色のような――――


 ……多分この魔王は、“ドッペラー”だ。だからきっと、赤くて黒くて肌色な生き物になり、ロンを発狂させたのだろう。


 「願いよ! 願いよ! 願いよ!」

 風の刃が魔王の表面を散らし、火の玉が降り注ぎ、土くれが魔王にまとわりつく。

 が、次の瞬間、『何事もなかった』かのように動き出す。

 足もない、手もないスライムのような動きで流動してくる“それ”は何とも気色悪い。


 「無声音声(サイレント)ッ!」

 “ドッペラー”の注意点は『変身能力』だ。それをされると、弱点が全く変わってくる。強さも変わるのでされると、すごく困る。

 それは名前と外見を一致させることによってその生物の外見からステータス、ましてや性格まで真似てしまう、厄介なやつだ。

 アイツがボクらの名前を口に出したとき、アイツの変化は始まる。


 だから、まずは無声音声(サイレント)を掛けて、発動がしないようにした。

 「ペイントしますわ、願いよ!」

 けっこう全身が真っ赤になる。

 「ワタクシは牽制を続けますわ! 願いよ願いよ願いよ願いよ願いよ願いよ願いよ願いよ願いよ願いよ願いよ願いよ願いよ―――――」

 風が魔王に当たって当たって当たりまくってる。


 “ドッペラー”の弱点は、本体そのものの色は発色できないこと。たいていの“ドッペラー”は乳白色だが、強いやつはカラフルだ。乳白色の“ドッペラー”はそこら辺の星の冒険者(探求者とかともいうらしい)でも難なく倒せる。

 しかし、カラフルな“ドッペラー”は中々厳しい。但し、それは『冒険者』にとって。

 ボクらみたいな認定魔法使いエトワール・ウィザードだったら、紙切れのように殺せるはずだ。


 なのに、ルーテの怒涛の魔法連発は効かない、つまりは一般人に倒せるような輩じゃなくて、やっぱり「魔王なんだ。」


 魔王、魔王だ。

 魔王、魔王、魔王。

 さっきの無声音声(サイレント)が効いているようだったから、魔術は効いて、魔法は効かないのだろう。

 “ドッペラー”みたいな実体のないというか流動性があるというか、そんな生物は、物理攻撃が効きにくい。

 ……ということは、魔王はかなり耐久力があるということ。騎士なんかはともかく、魔術師のヒトシやユーマなんかでは傷はつけられないだろう。

 「――汝、何を望むか? 金か? 名誉か? いいだろう。この世の理をねじ曲げて、その望みを捕まえる。」


 あれ、これは――

 ヒトシの言霊?

 たくさんの水がキモいこと極まりないあれに掛かる。


 ……動きが鈍る。

 魔術は効くみたいだ。


 うげ。

 “ドッペラー水”がこっちに流れてきたよ……



 さて、ボクもっと。


 見ての通り、“ドッペラー”は赤黒い。

 つまりは、火属性と闇属性は強いということ。

 じゃあボクは、光属性の……


 「ティム! ぼさっとしてないよねっ!」

 「してないよ! ……ボクの夢は世界平和。人種差別のない世界であってほしい。だからボクは、For the All――.」

 体が加速、思考が加速、相手(魔王)は減速。

 も、いっちょ。

 「ボクの夢は世界平和。人種差別のない世界であってほしい。だからボクは、For the All――.」

 座標指定:緯度北緯56’33”24、経度西経73’20”96、高度276.5、威力:73529ルクス、急速加速(アクセル)付与。


 いっけぇー!


 「キィン!」


 ……効かないとか。

 「ティムー、さっき何したのさー?」

 ユーリから声が飛ぶ。ユーリは何をしてるのかな?

 振り返りたくも、振り返れない。目の前に魔王が鎮座していながら、よそ見はできない。

 「体内に、光魔法!」


 やけくそに答えつつ、こいつの弱点を探す。

 物理はダメ、体内もダメ。ついでに魔法もダメ。

 じゃあ、何が……

 「よーし、ユーリ、ユーマ、業火練りまーす!」

 ユーリの元気な声が響く。……魔王が“ドッペラー”って忘れてない?

 名乗るのは自殺行為だよ?


 「あたしは死ぬ。」「僕は死んだ。」

 「死ぬまでに」「死んだけど」

 「できること」「生き返る。」

 「しっかりやって」「僕は夢。」

 「おかなければ。」「僕は幻想。」

 「あなたにも」「あなたにも」

 「最大限!」「最小限。」


 二人が魔王を指さしたとき、魔王が炎上した。キャンプファイアーの最初のときみたいな、大きな大きな炎。

 それはどんどん大きくなって、魔王を火だるまにして、ボクは無声音声(サイレント)をかけ直して……


 「ッ!?」



 突然の息苦しさ。




 それは、急速に増していき。






 視界は黒く、意識は……「ねっ、がいよ……」




 あれ、ルーテ……?



 「ユッ、ユーリ! 密閉空間で火は燃やさないの! 早く消しなさ――、早く! 願いよ!」



 バックドラフト。

 密室の火事のとき、急にドアを、窓を開けるとどうなるか。はたまた、魔法で空気(酸素)を生成したらどうなるだろう。


 言わずと知れたこと。


 ボクの体は一瞬炎に飲み込まれ、熱いと感じる暇もなく炎は消えた。

 息苦しさ、いやもっとひどい辛さ、ましてや痛さを残して。

 魔王は表面が焼け爛れ、見るも無惨なボロ雑巾になっていた。


 「願いよ!」

 凛とした声が鳴ると、胸の重圧が薄れ、頭のもやが取れてくるような気がする。


 「誰か、魔術で酸素作って、わたくしのは10分しかもちませんの!」

 ルーテの声が広がると、すぐさま、

 「おれ、やるから!待ってろ! …汝、何を望むか? 金か? 名誉か? いいだろう。この世の理をねじ曲げて、その望みを捕まえる。」

 とヒトシの言霊が返ってくる。


 今のうちに作戦を考えようか、そう思っていた。でも、戦闘中に他事なんて考える暇なんて、なかったんだ。

 例え、それがとっても重要なことだったとしても、せめて。せめて、魔王から目を話してはいけなかった。




 ◆◆◆◆◆◆




 『ぅ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛……』


 唸り声が発されるが体を伝わっては聞こえるものの、空気からは聞こえない。

 気味が悪い。

 あの、異世界から来た不思議な奴等に変な術でも掛けられたか、気味が悪い。

 お蔭で変身が出来やしない。

 出来れば死にたくないし、逃げたいが、調子に乗って結晶で覆ってしまった以上、逃げることも出来ず、魔族は一人も居ないため時間稼ぎも出来ない。


 『ぉ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛』


 何だ、この熱いのは?

 おぅ、体が溶けるように熱いぞ……



 『ぉ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」


 お、音が空気から伝わって来るように……


 「無声音声(サイレント)。」

 炎の中からやけに鮮明な子供らしい声が聞こえたと思ったら、また、空気からの音が無くなった。


 熱い、熱いぞ……!

 いくら我が液体だからといって、熱に強いとは限らないのだぞ!


 あちぃ、あちっちちちー!


 「ね、がいよ……」

 やけに元気のない女の声が聞こえたと思ったら、温度が跳ね上がった。


 『ほ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ろ゛ろ゛ろ゛……』


 あづい、あづい、あづい、……焼げる、焼げる、焼げるーー!


 ヴォムっという音がして、少し涼しくなったなと思いきや、一気に火は消えた。


 『う゛ぉ゛う゛ぉ゛ぅ゛……』


 焼け爛れた表面が痛い。



 我、(イカ)ル。

 故、彼ラニ報復ス。



 『ぅ゛ょ゛ょ゛ょ゛ょ゛ょ゛ょ゛ょ゛』


 我の巨体が飛んだ。

 殴られた、そう解ったのは着地したあとだった。


 起き上がって見てみると、そこには黒くてピシッとした服を来ている男が。


 我、怒レリ。

 我、彼ニ報復ス。

 汝ノ名ハ――――――――――




























































































































































 ――――確カ、“ロン”ダッタヨウナ――――




 ◆◆◆◆◆◆




 「ぅげぶ!」

 ボクは吹っ飛んだ。

 唐突に吹き飛んだとか言われてもわからないと思うけど、ボクもわからない。言霊を唱えていたとき、吹き飛んだ。

 何で吹き飛んだのかもわかんないけど、わかることはただひとつ。


 「ぅ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛……」


 無声音声(サイレント)が、解けたということ。


 「ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ“ロ、ン”……」


 ロン、そんな言葉が耳に入った。

 まさか、まさか、まさか!

 変身、される――――!


 「ティム、大丈夫かーい?」

 「うん、大丈夫! 無声音声(サイレント)解けちゃった、ごめんっ!」

 「いーよ、そんなことは。しょうがないよ! それより、“ドッペラー”がロンになったら不利だよー……。とりあえず、あたしらは光属性で拘束(バインド)かけとくから、よろしくねー。」

 言い終わるや否や、言霊を唱え始める。

 “ドッペラー”はまだ、ロンの姿形をとっていない。

 「…………“ドッペラー”が、その人の性格までも映すのならば……、自分の弱点はご主人様です。他に弱点という弱点はありません。得意属性は水と若干風、苦手属性は……、火と闇ですかね。魔術も魔法もほとんど効きませんですし。」


 ロンから声が飛んできた。

 確か、“ドッペラー”はそれ自身の得意属性もその変身したあとに付随したはず。

 うげげ。

 弱点が――――ない!?



 「グギャオォォォォォォォ!!!」


 ひっ!

 あまりの恐ろしさに足がすくむ。

 恐る恐る振り返るとそこには……





 全長50メートル以上ありそうな大きな大きな黒色の……東洋龍がいた。




 ◇◆◇◆◇◆




 「グガオォォォォォォォ……」


 再びあの鳴き声が轟く。


 「自分が牽制を、ご主人様はとどめ、皆さんは魔導を使える人は使って使えない人は援護を行って下さい! いいですか?」

 ロンは徒手空拳で恐ろしい黒龍に向かっていった。

 みんな、口々に了解の言葉を表す。

 「動きやすくなる魔法を掛けますわ! 効果は10分! 願いよ! 願いよ! 願いよ! 願いよ! 願いよ! 願いよ! 願いよ! 願いよ! 願いよ!」

 「ルーテありがとー、2重に掛けてくれてー!」

 いつもの2倍ぐらい速く走るユーリ&ユーマがいた。

 「当然ですわ。業火を練りますの? 手伝いますわ。」

 「ありがとね! じゃ、ユーマいくよー!」


 ……ボクもやること見つけなきゃ。

 「ロンさーん! 援護いるー?」


 恐ろしい黒龍に向かったロンは何でもなさそうな普通(ヒト)の爪で鱗に傷痕をつけていた。

 すごいな!


 「あー、自分にはいらないですね。ご主人様とか、ヒトシ様とかを援護した方がよろしいかと思います。」

 「わかった! 無声音声(サイレント)はいい?」

 「ええ。」

 ロンの集中を切らさないように、手短にやり取りをする。

 「了解です!」

 ボクはほとんど魔導を使えないからサポートに徹さなければ……。

 加速と動きやすくなる魔法のお蔭で数秒でミサの元にたどり着けた。

 言霊の詠唱中だ。とりあえず、声を出さなくても意志伝達ができるような魔術をしなきゃな。

 「ボクの夢は世界平和。人種差別のない世界であってほしい。だからボクは、For the All――.」

 (ミサさん、何かする事ある?)

 『・・・特に・・・』

 (わ、わかった……。)


 「グオォォォォォ……」

 地の底から這い上がってくるような声が聞こえた。恐怖を揺り起こすような声。

 「ブレスが来ます! 範囲は全域です! 魔術でなら防げます!」

 ロンの必死な声が耳に入った。

 わかった!

 なんて思う暇もないと思う。


 「風よ、我らを死の息吹から守りたまえ!」

 言霊は唱えなかった。噛みそうだったからだ。

 噛んだらきっと、遅れて目にも当てられないようなことになること請け合いだ。

 風の、緑の障壁が目に見えるように展開される。あの息吹ははたして何属性なのだろうか。土では……あるまい。

 ウゲゲ!

 全属性!

 「ボクの夢は世界平和。人種差別のない世界であってほしい!」


 息吹は一回風の障壁に阻まれ、だけど直ぐに壊された。

 間に合えー!

 頼むから!


 「だからボ「願いよ!」クは、For the Allッ!」



 「……? あれ?」


 死ぬかと思ったけどボクは今生きてるし、ミサさんも生きている。

 ボクの言霊は間に合わなかったはず……?

 「ティム! ボサッとしないで下さります? あなたはミサの騎士(ナイト)なんでしょ?」

 「あっ、ルーテか! ありがとう!」


 ちょっととはいえ、謎は解けた。

 ルーテのお蔭で息吹は回避出来た。ルーテの魔法が一瞬だけど時間を稼いでくれた。だから助かったのだろう。


 「――――但しあなたの重き思い、決して手元に戻りません・・・」


 ミサさんの言霊の詠唱が終わった。

 何が起こるのだろうか。



 どんがらがらがらがっしゃーん!


 可愛らしく言うとこんな感じ。

 リアルには表現できないかな、うん。

 光が半端なくて目が見えないね。

 半端ない目潰しだぁー!

 これだったら、あの龍も死んだだろうね!


 少しずつ耳から入ってくる情報によると、“ドッペラー水”のお蔭でビリビリが伝わっているらしいし。

 ……ボクは空中にいるから関係ないんだけどね!


 『よろしいですわ。喰らいなさい、願いよ!』

 (嘘だよー、ごめんね!)

 『そんなこと分かってますわよ。誰か、目が見える人はおりますか? 特に施行した本人なんかはどうでしょうか?』

 『・・・見えない。』

 『……んなことより、言霊で直した方がいいんじゃね?』


 「あ、目が慣れてきた……。」

 そんなことなんて思いもつかなかったよ。

 見えるようになってきた目で、ピントがあってきた目で前を見ると、焦げてボロボロになった龍が目の前に迫っていた。

 「急速加速(アクセル)! 急速加速(アクセル)!」


 1つは自分。もう1つは……、

 ビューンと加速したボクの体はミサさんのコートのフードを掴み……というか引っ掛け、そのまま壁へ……


 「願いよ!」


 は突っ込まずに、ふわりと柔らかい何かに着地、いや着壁した。

 「ありがとね! ルーテ!」

 「他力本願はよろしくなくてよ。」


 「うん『・・・』。わ『酸素』かってる……?」


 「あなたに夢が有るならば、私は叶えてせんじよう。絶対叶わぬ夢なれど、必ず私は叶えます。――――」

 ミサさんは言霊を唱え始めていた。龍はボクらがいたところに突っ込み、あの結晶にぶつかっていた。……なのにそれはヒビすら入らない。

 それは、今更だけどボクらでも出られないのじゃないかと。

 恐怖がそそられる。


 「――――どんなに重い思いでも、私はしっかり受けとめて。その思いを世界に捧げ、あなたの願いを叶えます。」


 そろそろ“酸素”の準備をしなければ。

 「ボクの夢は世界平和。」


 これで終わり、なんて油断してた。


 「人種差別のない世界であってほしい。」


 黒龍が死力を尽くしてボク……いやミサさんに突進してきた!


 「だからボクはFor the Allッ! 急…(ア…)


 緊急離脱、間に合うか!?

 

 無意識の内に瞑っていた目を開くとそこには、



 「決して手元に戻りません――――?」


 ミサさんの詠唱が終わって。






 龍の形をしたぼろ雑巾はその炎で簡単に炎上し、完全に灰も残らずに燃え尽きて。


























 「ロン!」


 自分の声がクワンクワンと頭に響いた。

 目の前には、血だまりのなかに二分された足と腰が倒れていた。

 ボクに、ものすごい大きな哀しみが襲ってくるような。


 「ぅゎぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!」


 なにかの叫び声。

 を、意識した瞬間、全身に衝撃が走った。




 ◇◆◇◆◇◆




 「ティム、ティム! 生きてるかー?」


 ……んあ、なーに?


 「大丈夫ですわ。認定魔法使いエトワール・ウィザードに選ばれたんですもの。大丈夫に決まってますわ。」


 ……どういう意味ー?


 「きっとまだ寝てるんだよー。起きろー。」


 ん、やめろよー。くすぐったいじゃないかー。


 「……起きてる。」

 「だね、ユーマ!」


 なんだよ、うるさ

 「ヘブシッ!?」

 な、何だ、何なんだあ? この衝撃は!

 「あっ、起きたー!」

 「ユーリ?」

 「うん、そうだよ!」

 ああ、目は覚めたさ。お蔭様で。

 小さいボクにとって人間は大きいのはわざわざいうことではないけれど……。

 顔が近かったので、後ずさって尋ねた。

 「…………。魔王って倒せたっけ?」

 見たところ、ミサさんとロンがいない。

 2回死んだのだろうか?


 「うん! 倒せたは倒せたよ!」

 あまりにも元気な声。それはまるで空元気のような。

 「でも、ロンは胴を2分されて即死、ミサちゃんは暴れて今は気絶中。他の被害は魔術で直してなかったこと(・・・・・・)にしてあるかな! とりあえず、先輩魔女さんが来て、合格だって! これから1日は休暇で自由行動だってさっ! やったね!」

 ピースしているユーリを横目で見つつ、ユーマに話しかける。

 「ミサさん……は?」

 「………………。」

 ユーマは目を伏せた。

 「……ロンが死んだのを認識してから、制御がなくなった。風が吹き出て、ティムは壁に激突して気絶。みんなでミサをなんとか押さえつけて今ここにいる。」

 「なるほど。」

 ってことは、ボクは早々に戦線離脱しちゃったってとこみたいだな。

 「そうですわ。魔王を倒すよりよっぽど大変でしたわ。」

 「ルーテ、言い過ぎだろ? ティムは1番近くにいたし、1番軽いんだからしょうがねぇじゃねぇか。」

 「みんな、ごめんね。そしてヒトシ、ありがとうね。」



 「どぉーってことない!」

 みんな口々に色々なことを言っていたけれど、一番耳についたのはヒトシのどことなく安心感のある声だった。

 「んで、みんなで遊びに行くか?」

 「いいわね。王都とかをぶらぶら回るというのも面白そうですし。」

 「さんせーい!」

 「あ、ボクはミサさんが目を覚ますのを待つよ。」


 「ん? 何でなのさー?」

 「えー、何か恥ずかしいけど…………。やっぱり今回のMVPは誰かと言ったら……、ミサさんじゃないかなって。……だから目を覚ましたときぐらいは居れたらなぁって。」

 「へー、じゃあ今起こせばいいじゃん。ほら、ユーマ! 言霊唱えるよ!」

 「……ね、姉ちゃん!」


 「あたしは死ぬ。死ぬまでにはできること――――ってやらないの?」

 「や、わわわわかったよ。わわかったってば!」

 「よろしい。じゃあいくよー?」


 せーのと間に挟んで。



 「あたしは死ぬ」「僕は死んだ」

 「死ぬまでには」「死んだけど」

 「できること」「生き返る。」

 「しっかりやって」「僕は夢。」

 「おかなければ。」「僕は幻想。」

 「あなたにも」「あなたにも」

 「最大限!」「最小限……。」




 ノリノリなユーリと嫌々やってそうなユーマのコントラストは面白いな。


 「・・・・・・ん、・・・にゅー・・・・・・」


 この誰かが作った真っ白な結界の中の一角に有った花がこんもり繁っていた場所から黒い髪の少女が頭を出した。

 ……あれ、あれはいつからあったのだろう?


 「・・・あれ、ここ・・・・・・どこ?」

 目を擦りながらそう呟いていた。

 「ミサー! おはよー!」

 ぴ゜よーんとウサギのようにミサに向かって跳んでいった。

 ユーマは軽量化の魔法が掛けられているらしく、力の抜けたままユーリに付き添っていた。

 「願いよ…。」

 後ろの方でルーテの言霊が聞こえたような気がしたが、気のせいだったか?

 「・・・ぶべっ!」

 ユーリの手がその小さな肩に掛かり、重力に従い落ちていく。

 と思ったら背中に大輪のバラが大量に咲きほこり始めて、ちょうどクッションのようにミサとユーリ(ついでにユーマ)を受け止めた。


 「ル、ルーテ?」

 やっぱり聞き間違えじゃなかったのか?


 「わたくしがいたしましたわ。BL(薔薇)GL(百合)もどろどろの三角関係も大好きですわよ?」

 クスッと妖艶に笑った。

 あれ、背筋がゾッとしたよ?



 「ミサー! おはよー!」

 ユーリはミサににへっと笑いかける。ユーマは虚ろな目をしている。


 「・・・・・・はょございぁs・・・」

 ミサさんはピントの合っていなさそうな目で答えた。さらに、むにゅむにゅと謎の言語を話していた。

 「早く起きて買い物行こー?」

 にぱぱと明朗に笑ってミサの目を見つめていた。


 「禁じられた、女子同士の恋愛……♡」

 鼻息荒く呟いているルーテの声が後ろから聞こえる。

 いや、そういうシチュエーションじゃないと……あれ、悪寒がするよ?

 ……考えるのを止めよう。


 「・・・・・・ロン、は?」


 キョロキョロと辺りを見てもロンの姿が見えなかったらしい。

 当然っちゃ、当然だけど。




 「亡くなったよ。」

 冷徹な、でも感情的でもありそうな、耳によく通る声でそう言った。


 「・・・ぅわぁぁぁぁあああ」

 風が溢れ出してくる。


 「ああああああああああああ」

 その風はうねるように渦巻いて。

 「願いよ!……っきゃ!」

 ルーテの即効性の魔法も効かない。

 普段はミサさんの気力で押さえつけられているそれは、竜巻並の力をほこる。


 「無声音声(サイレント)!」

 それこそ、魔導を発動されたら困る。


 「――――――――――――――!」

 ミサさんは声にならない声で叫び続ける。

 風はみるみる強くなり、背景にあった花は風と共に渦巻いている。

 みんなは飛ばされないようにしゃがんで、ボクはヒトシのコートのポッケの中に入った。

 「汝、何を望むか? 金か? 名誉か? いいだろう。この世の理をねじ曲げて、その望みを捕まえる。」

 上の方からヒトシの声が。


 バシャッと水が落ちる音がして、風が弱まった。

 ああ、良かった。ポッケの中にいても振るくられて酔いそうだったんだよ、うっぷ。


 「ティム!」

 「な、なんだよー?」

 「今日はやっぱり魔術も魔導も効きづらい! とりあえず、土系の障壁で風をどうにかしてくれ。とりあえず、おれは水で力押しするから。」


 「あ、うん。わかった……。ボクの夢は世界平和。人種差別のない世界であってほしい。だからボクは、For the All――.」

 「汝、何を望むか? 金か? 名誉か? いいだろう。この世の理をねじ曲げて、その望みを捕まえる。」

 「あたしは死ぬ。死ぬまでにはできること、しっかりやっておかなければ。あなたにも最大限。」

 「僕は死んだ。死んだけど生き返る。僕は夢。僕は幻想。あなたにも最小限。」



 二重奏(デュエット)になるかと思っていたら、四重奏(カルテット)となった。

 ユーリ、ユーマ?


 「あたしらにも手伝わせてよね! 土系の障壁! 作ったから!」

 「……同じく。」

 「み、みんな……!」

 風がほとんど感じられなくなったので、ポッケから顔を出す。

 「ありがとな、ユーリ、ユーマ!」

 見上げると、潤んだ目をしたヒトシが。


 ……感動し過ぎじゃないか?



 「ミサ?」

 さっきの四重奏(カルテット)に参加していなかったルーテが土のドームに囲われたミサに尋ねた。


 「――――――――――――!」

 声は聞こえない。

 あ、無声音声(サイレント)掛けっぱだった。


 「ミサ、『魔法』は使わないこと、約束してくれ。風もちゃんと制御して、魔導を使わないことを約束してくれ。約束出来るならそのドームを2回叩け。」

 ヒトシはドームに近づき、話しかける。


 …………………コツ、コツ――――。


 答えは「是」。

 「じゃ、まず、土のドームを開いて、ルーテとユーリ、ユーマは攻撃に備えて言霊の準備でもしておいてくれ。わかったか?」

 みんなはコクリと頷いて、ボクとユーリ、ユーマは土のドームを開いた。


 そこには口をパクパクとしている幼女がいた。

 頬には涙の跡がある。

 指で床に文字を描いていた。


 読み取れる限りでは、“かみ”と。

 「ルーテ、紙!」

 「わかりましたわ! 願いよ! ほら、紙ですわ!」

 ルーテがミサさんに直接渡す。

 “無声音声(サイレント)は解かないでほしい。ロンが死んだのは本当か?”


 魔力で書かれたその文字はうっすらと輝いていた。


 「無声音声(サイレント)。」


 解けそうな予感がしたので、もう一回かけ直す。

 「本当だ。……お悔やみ申し上げる。彼は本当にいい、“水龍”だった。」



 声をあげようとしてもあげられない、風が起きそうなのを無理矢理押さえつける、そんな状況にいた彼女はボロボロと大粒の涙を溢し始めた。


 “本当の本当に――――?”


 再び紙に映った文字は悲痛な叫びを伴っていた。





 ◇◆◇◆◇◆







 ……パシャ――――ッ!!








―――――――――――――――――――――――――――――――――



 これがボク達の最終試験でした。色々あったけれど、こんな経験が出来て良かったです。あっ、記念写真を同封しておいたので見て下さい。

 コサギ君も、早く認定試験に合格して、早くボク達といっしょに働けたらいいね!


 じゃあ、またね。




                                                    敬具



 追記


 さっき、ボクの種族は絶滅したって言ったけど、実は違う星で生きていたんだ!

 次の休みに行くつもりだから、また、手紙を送るね!


挿絵(By みてみん)

«写真を見たときの反応»

ルーテ:なかなかきれいに映ってますわね。

ティム:ボクが見切れてるじゃんかー!

ヒトシ:ミサ、大丈夫か?

ミサ :・・・・・・・・・・・・。(わめきすぎてぐったり中)

ティム:取り直しをし……

ユーリ:そんなことより、王都名物パイタコ饅頭食べにいこーよ!!

ユーマ:ね、姉ちゃん! 痛い痛い! 引きずるな!

ティム:パイタコ饅頭って……?




                             ーENDー






あと、残すところ一話となりました。

最後まで、読了していただければありがたいです。


ついでに、4万文字突破!!

はしょりまくってすみません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ