8.初めてのアルバイト
8.初めてのアルバイト
次の日、早速面接に行った。即答で採用され、その日からすぐに働くことになった。
そこは大学が近いこともあって、聖都の学生や、聖都の学生目当てに遠征してくる他の大学の学生達で開店から閉店まで客が途絶えることはなかった。
チェーン展開している居酒屋で、メニューも豊富だし値段も学生向きだった。
店長から、店のはっぴを手渡され、ロッカールームで着替えてから、あらかたの仕事の流れを聞いた。
孝太は最初、開店前の店の掃除から始め、店が開店したら客が注文した酒や料理を運びながら、注文の取り方などを先輩に教えて貰った。
店が混み始めると、孝太も注文取りに応じたが、分からない料理のことを聞かれて答えられなかったときは、かなり困った。そばで見ていた、先輩に助け船を出されてホッとする場面も、しばしばあった。
後半は厨房で皿洗いを手伝った。
十一時に店が閉店すると、残り物で食事をとらせてくれた。アパートで一人暮らしの孝太にはとてもありがたかった。
店を出ると、女の子に呼び止められた。
「広瀬君…」
店に居たときは、同じはっぴ姿で豆絞りの手ぬぐいを頭に巻いていて、孝太自信かなりテンパッテいたから気がつかなかったが、私服に着替えた彼女は、赤いスタジアムジャンパーを着ていた。
廣瀬温子であった。
「広瀬君、私のこと覚えてないの?合格発表の時に会ったでしょ?ずっと同じ店でバイトしてたのに気が付かなかったの?」
彼女はちょっとムスッとした表情で、孝太のジャンパーの袖を引っ張った。
「ごめん…俺、今日初めてだったから、なんだかテンパッちゃって余裕なくて、全然気が付かなかった。“廣“の方の廣瀬さんだよね!」
孝太は気まずさと同じくらいの驚きで、温子の全身を眺めた。
温子は、孝太に覚えて貰っていたことに少し機嫌が良くなって、ジーンズのポケットに手を突っ込んだ孝太の腕に、自分の腕を巻き付けた。
「一緒に帰ろっ!」
そう言って、腕を組んだまま駅の方へ歩き出した。孝太も引っ張られるように、歩き始めた。
女の子と腕を組んで歩くことなんて経験したことのない孝太は、うれしさよりも緊張が先に立って、何かと話しかけてくる温子に、ただ、あいづちを打つだけで精一杯だった。
駅前までたどり着いたとき、温子が時計をちらっと見た。
「終電までにはまだちょっと時間があるわね!…」
そう言う温子の言葉に、孝太は少しドキッとしながら、次の言葉を待った。
「…私、お腹減っちゃった!ちょっと付き合ってくれないかしら。」
温子は食事をせずに、店の外で孝太が出てくるのをずっと待っていたのだ。温子の目線の先には、24時間営業の牛丼屋があった。
「私、一度食べてみたかったのよ。だけど女の子一人じゃ、とても入れないもの。」
孝太は、一瞬、良からぬことを期待した自分に嫌悪感を覚えたが、すぐに気を取り直して頷いた。
「俺、さっき店で飯食ってきたけど、廣瀬さんのこと…」
「温子でいいよ。名字で呼ばれたら、同じのが三人もいるんだから誰が誰だか分からないでしょう?」
温子がそう言うので、照れくさかったが改めて言い直した。
「…温子さんのことすぐに思い出せなかったお詫びに、お付き合いさせて貰います。」
「本当?ありがとう。うれしい!私も広瀬君のこと、孝太君…孝ちゃんって呼んでもいい?」
「別に、かまわないけど…」
「やった!じゃあ、孝ちゃん早く行こう。」
温子は欲しいものが手に入った時の子共のような目で、孝太を見ながらそう言うと、孝太の腕を引っ張って店の中へ入っていった。