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エピローグ

エピローグ


 まさに、マリンブルーといった海の上を一台のYAMAHAマリンジェットが疾走する。

大洋はカメラを片手にクジラを追っている。

「ダメだ!そんなに近づいちゃ!やられちまうぞ!」

大洋はマシンを操る助手を怒鳴りつける。助手からは強気な声が返ってきた。

「大丈夫!距離感はこの前覚えたわ。ここまでなら大丈夫よ。あなたこそ撮り損ねたらただじゃおかないわよ」

背中のうしろでカメラを構えている夫に知美は大声で叫んだ。

「今よ!」

大洋が一眼レフを連写する。軽快なシャッター音が知美の頭の中でマシンのエンジン音とシンクロする。

「OK!」

大洋が叫ぶと、知美はマリンジェットをジャンプターンさせてクジラのそばを離れた。振り落とされない様に大洋は知美の背中にしっかりしがみついた。

「しかし、いつ見ても君の背中はセクシーだな」

「ええ、背負ってるものが違いますからね」


 あれから、もう7年になる。

知美は大学を卒業して“ムササビ”に正式に採用された。そして、すぐに売れっ子のデザイナーになった。けれど、島から帰った後も大洋とは文通をしながら連絡を取り合っていた。最初の年の年末年始には父島の大洋の家を訪れた。それから毎年、年末年始は小笠原で過ごすようになった。大洋に手ほどきを受けて、カメラの扱いもマスターした。もともと感性が強い知美は被写体のとらえ方がいいと大洋は褒めてくれた。


 “ムササビ”に入って2年後のある日、部屋に戻るとドアの前に大洋が座り込んでいた。大洋はポケットから小さな箱を取り出すと、ふたを開けて中を知美に見せた。ダイヤモンドの指輪が入っていた。大洋はその指輪を知美の左手の薬指にねじ込んだ。

「本当は君が卒業したら迎えに来るつもりだった。ちょっと遅れたけど一緒に小笠原に帰ろう!」

知美は嬉しくてその場で大洋に抱きつきキスをした。大洋はそのまま知美を抱きかかえると、部屋には入らず階段を下りて行った。タクシーを拾うと「葉山まで」と言った。大洋はそのまま葉山マリーナに泊めてあったヨットで小笠原まで知美を連れて帰った。

数日間、知美と連絡が取れなかったので“ムササビの”のスタッフやむさ美の仲間たちは大騒ぎをしていたのだけれど、船に乗る前に温子にだけは報告していた。

「私、結婚する。今から彼とヨットで小笠原に行くわ」

「やったネ!知ちゃん。がんばって!」

温子はそう言って祝福してくれた。


 受話器を置いた温子は編集部のデスクで原稿のチェックをしていた。

温子もまた聖都を卒業して、明星出版社に入社していた。

「誰?友達?」

向い側のデスクから三田村一樹が声をかけた。

「そう!結婚したの」

「そいつは目出たいな。よしっ!今日はもう終わりにしよう。その友達のためにお祝いだ」

温子はデスクを片づけると、三田村の腕にしがみついてエレベーターホールへ向かった。

三田村は合コンラリーの時、明星出版社のリーダーだった。合コンラリーで三田村は泉陽女子大の小笠原とカップルになって付き合っていたのだけれど、一か月もたたないうちに別れてしまった。その後、偶然会った温子と何気なく会って食事をしたり、仕事の話をしているうちに付き合うようになった。

温子が明星出版社に入社して来ると、人事部の上司にコネを使って同じ編集部に配属してもらったのだ。

「なあ、俺達も秋頃にはどうだろう?」

「えっ?なあに?」

「俺たちもそろそろ結婚しようぜ」

「なに言ってるのよ。私、まだ会社に入ったばっかりなのよ」

「仕事は続ければいい。君と一緒なら俺も励みになる」

「本当に?」

「ああ!」

温子は三田村に抱きついた。キスをしようとしたところでエレベーターの扉が開いてそこにいた上司がコホンと咳払いした。

二人はあわてて離れると「失礼します」と言って出て行った。


 孝太は“ファントム”の資材部で浜田の下について働いていた。一流大学を出て一流企業に就職をした。良介とは仕事でよく顔を合わせるけれど、学生の時と違って、厳しく、シビアに浜田とも議論を交わしている。活気のある職場で仕事もやりがいがある。

父親を亡くしてから心に決めたことが一つ、また一つと形になって表れてきた。高校時代を犠牲にして手に入れたものにはそれだけの価値があった。

 一年前に知美が結婚したと温子から連絡があった。その温子も秋には結婚すると言っていた。孝太は就職して三年。ようやく貯金もそこそこたまってきた。結婚式を挙げて、新居を購入する目途がどうにか付いた。そして決心した。


 涼子は夢をかなえて弁護士になっていた。事務所の電話が鳴ったので涼子が出た。孝太からだった。

「今、忙しいかい?」

「いいえ、今日はもう帰るところよ」

「ちょうど良かった。今、下にいるんだ」

涼子が窓からのぞくと、すぐ下の電話ボックスから手を振っている孝太の姿が見えた。

「今下りていくわ」

涼子は受話器を置いて「すみません、今日はお先に失礼します」そう言ってお辞儀をすると、先輩の弁護士が「彼?」そう言ってニコニコした。

涼子が務めている弁護士事務所はすべて女性の事務所だった。涼子は「はい!そうです。今下にいるんです」そう言って事務所を出た。先輩の女性弁護士は事務所の窓から孝太のもとへ降りて言った涼子が孝太と手をつないで歩きだすのを見て「若いやつはいいねえ!」とつぶやき、缶チュウハイのプルトップを開けた。


 孝太は予約してあったイタリア料理のレストランに涼子を連れてきた。ワインで乾杯すると孝太は黙ってテーブルの上に指輪の入った箱を置いた。

「今まで待たせてごめん!」

「その分、幸せにしてよね」

涼子は箱から指輪を出した。孝太に指輪を渡すと左手を差し出した。孝太は細くてきれいな涼子の指にダイヤの指輪を飾り付けた。

「式はいつごろあげようか」

「夏がいいわ」

「それはちょっと急じゃないか?」

「じゃあ、もう一年待ちましょうか?」

「いや、それは…。わかった!なんとか調整するよ。それで会場は…」

「“キョン”」

「えっ?」

「“キョン”って言ったのよ」

「“キョン”ってあの、八丈島の?」

「ええ、そうよ。大学一年の時の合宿覚えてる?」

「ああ、島崎さんと由美子さんの結婚式だろう?」

「そう!私、あの時から、私たちの結婚式もここがふさわしいとずっと思っていたのよ」

「悪くないな!じゃあ、早速、鵬翔先輩に連絡するよ。こりゃあ、あの時の合宿の再現だなあ。面白くなりそうだ」




 ペンション“すとれちあ”には当時のメンバーが全員集まっていた。

知美は大洋を、温子は一樹を同行してきた。

司と洋子はまだ結婚まではしていないけれど、大学を卒業する前から既に同棲している。

亨は結局、若菜とも綾とも付き合わず、油絵に没頭している。最近では少しは名の知れた絵描きになっていた。

若菜は勤めた画廊のオーナーに見初められ結婚した。今日は、久しぶりの外泊で羽目が外せるとはしゃいでいる。

綾は地元の高校で美術を教えている。まだ浮いた話はないという。

薫は智子の勧めでレオナルドの工房に入った。二人は今、イタリアで一緒に生活している。

智子はイタリアでも売れっ子の彫刻家になっていた。今回は二年ぶりの帰国で、完全オフにしてやってきた。

良介は言うまでもなく望と結婚して、今や“ファントムの”社長に収まっている。

伸一は田舎で家業の工務店を継いで、やはり社長と呼ばれている。

博子は今でも“HIRO”でむさ美の学生相手に忙しく、しかし、楽しく過ごしているという。

鵬翔と直子は予定通り結婚して“すとれちあ”を継いでいる。既に子供が二人いた。今日はメンバーのために貸し切りにしてくれた。先に予約が入っていた客を、頼みこんで他のペンションやホテルに引き受けてもらった。

島崎と由美子はあの後、正式に結婚式を挙げ幸せに暮らしていると言った。

みんな、孝太と涼子を祝福するために集まってくれた。当時のメンバーだれ一人欠けることなく。


 翌日は園長の計らいで八丈島植物公園は臨時休園になっていた。

7年前、由美子が着たドレスを涼子は着た。孝太は自分の礼服を持ってきていた。7年前と同じように園長が神父の役を買って出てくれた。7年前と同じメンバー、公園のスタッフ、そして八丈島の“キョン”たちに見守られて孝太と涼子は最高の瞬間に溢れる想いを噛みしめた。

今日も二人の周りには“穏やかな風”が吹いている。







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