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81.それぞれの想い

81.それぞれの想い


 直子の運転するマイクロバスが港に着くと、昨夜、竹芝を出たさるびあ丸が既に到着していた。

「急いで!」

直子は良介たちを乗船窓口まで誘導すると「気をつけてね!」と言って晃の手を引いた。晃も「じゃあ、9月になったら」そう言って手を振った。晃は8月いっぱい直子と一緒に“すとれちあ”を手伝うことになっているのだ。

乗船手続きを済ませ船に乗り込むと、デッキから晃と直子に手を振った。知美は一人で別の方を見ていた。南野大洋がボートで海上から手を振っている。大洋は今日も潜りに行くと言っていた。出発時間を合わせてくれたらしい。5分ほど並走してから、大洋は東へ針路をとり遠ざかって行った。

知美はバッグから1枚の封筒を取り出した。昨夜、大洋が“すとれちあ”のお別れパーティーに来てくれたとき渡されたものだった。海中で驚いた顔をしている知美の写真と、大洋が小笠原の海で撮った魚たちの写真が数枚、そして、父島の大洋の家の住所が書かれたメモが入っていた。知美は他の誰かに気づかれないうちにそれをバックに戻した。

 船室に入ると伸一と薫がブースを一区画確保していた。復路では宿泊する必要がないので往路ほどのスペースは必要ないのだけれど、月曜日だということで比較的すいていたので誰はばかることなく十分なスペースを確保することが出来た様だ。

今日は朝早くから慌ただしく過ごしてきたので孝太たちはブースに腰を下ろすと、ぐったりしてため息をついた。

「とうとう八丈島ともお別れね」

温子がしみじみと言った。

「色々あったわね」

知美も感慨深げに天井を見上げた。司と洋子は荷物を降ろすと、すぐにまたデッキへ戻った。

孝太は自分のリュックをまくら代わりにして横になった。涼子は孝太のそばに座ると、自分のバッグからウォークマンを取り出し、孝太の耳にイアホンの片方を差し込んだ。そして、もう片方を自分の耳に当てて、ウォークマンの再生ボタンを押した。ビートルズのサムシングが流れてきた。孝太は一旦顔をあげて涼子を見た。涼子は笑ってカセットテープのラベルを見せた。

60分のカセットテープにはバラード系の曲ばかり16曲が収められていた。どのアルバムのものという訳ではなく、涼子が独自に編集したもののようだった。

「私も中学校の頃から大好きで、アルバムはほとんど持っているのよ。温子に孝太君も好きだって聞いたからカセットを何本か持ってきたの」

「ちょうどいいタイミングだ。今は“サムシング”の気分だと思ってた」


温子と知美はもう、この二人を完全に認め、今まで自分たちが孝太をめぐっていろいろな駆け引きや芝居を演じたりしてきたことも完全に過去のこととして、アルバムのポケットにしまうことができた。

この八丈島にみんなで来たことは、孝太と涼子にとっても温子と知美にとっても計り知れないいろんなものを与えてくれた。


 良介は花火大会の件で父、良太郎の抜け目のなさと“ファントム”の魂にふれた気がした。“ファントム”の偉大さ、CIPの結束、親不孝通りでの醜態、八丈植物公園での特別ガイド、望の怖い顔。大いに楽しんで働いた。申し訳ないとは思ったけれど、望にはまたたくさん心配をかけてしまった。望の怖い顔、可愛い顔、いつも望のいろんな顔が良介の頭の中には存在している。


望はそんな良介のことが、ただの腐れ縁ではなく本当に好きなのだということを改めて実感した。だらしない良介、ちょっと格好いい良介、おせっかいな良介、親切な良介。何につけても良介のことばかりを考えていた。

くさや臭くて、狭っ苦しい軽トラック、品のないハワイアンカー、けもの臭い“キョン”。八丈島には臭いものしかないのかと思ったけれど、八丈富士からの景色にだけは今回も心を打たれた。良介と一緒でなかったら、こんなところ絶対にごめんだという思いは変わらないけれど。


晃は直子との関係をより確かなものにして、ゆくゆくは“すとれちあ”を継ぐということを決めた。


伸一は喫茶店“HIRO”のママ博子の気持ちを少しだけではあるけど、掴みかけている。

八丈植物公園の看板修理、親不孝通りでは良介がつぶれた後むさ美の男性メンバーを引連れて闊歩した。別行動が多かったけれど、一緒にいられる時は極力、博子のそばで年下だが頼りになる男をアピールした。島崎の登場により一時、危うい状況にもなったけれど、それはそれでいい試練になった。


亨は相変わらず若菜と綾の相手を一人でこなしている。レンタカーの駐車場で“ハワイアンカー”と出会った。孝太にふられた温子と知美を亨なりに慰めたこと。むさ美グループのリーダー格として、メンバーを統率できたこと。CIPとは別のスケジュールを決めて予定通り実行で来たこと。亨は亨なりに、リーダーとしての自覚を深めた。


反対に若菜と綾はこの八丈島でいろいろな恋愛の形を目にして考え方に大きな変化が見え始めてきた。亨のことが好きなのは今まで通り変わらない。温子、知美、涼子の関係を見ていて羨ましく思ったし、涼子が孝太と結ばれた後の三人の関係にも憧れていた。これからはライバルとしてお互いを磨いていこうと話し合った。

島崎と由美子の結婚式も素敵だった。それを思いついて形に出来る涼子達が自分たちと同じ年であることを改めて意識させられた。


薫は秋に旅立つ智子との最高の思い出を作ることができた。二人で潜った八丈の海は今後の二人の未来のように色鮮やかなものだった。ハワイアンカーの中ではずっと並んで座っていた。薫が運転する時は智子が必ず助手席に座ってくれた。バーベキューの時に、智子が作ってくれた特製の串焼きには感激した。

島崎と由美子のために、急きょ珊瑚を削って指輪を作った。由美子の指のサイズを確かめるのに、孝太の感覚を聞きながら智子の指と比べながら四苦八苦した。


智子は旅立つに当たり、十分な充電ができたし、イタリアに行っても薫のことを忘れずにやっていける自信がついた。普段は“HIRO”か工房でしか一緒にいることができない。東京に戻れば、お互いにデーとする時間もない。島でずっと一緒にいて、お互いの良いところ、悪いところ、今まで気が付かなかったこともある程度わかってきた。それでも、嫌になるどころかますます薫の人間臭さに惹かれていった。


洋子とカップルになったばかりの司は最初の旅行で好きな女の子と一緒にいられたことを心から喜び、満足していた。一緒にいた知美に心がなびくこともなく、しっかり洋子を受け止めてやれる自信がついた。知美が孝太にふられた時も、亨と一緒にさりげなく慰めてやることができた。

男として少しは成長したという自覚はあった。来る途中の船で渡した誕生日のプレゼントを洋子が喜んでくれたことも自信につながった。曜子の誕生日を教えてくれた知美に感謝した。


歴史が大好きな洋子にとって、この八丈島は流人の島として興味深い島だった。八丈島歴史民俗資料館では司をそっちのけで食い入るように展示品や資料を見た。海水浴場では同じボートの上で外洋近くまで行き、釣り糸を垂らし洋子の仕掛けに食いついた魚を司が自分の針で引っ掛けて大騒ぎになった。八丈島植物公園では“キョン”の糞を掃除していた孝太をからかって“キョン”の糞を投げつけられた。司が盾になってかばってくれた。

司とはこれらまだどうなるかわからないけれど、司が自分を大切に思っていてくれていることは充分に解かっている。


博子はバザーの時から伸一には好感を持っていたのだけれど、この旅でもう少しだけ近い存在になったかなと感じていた。島崎が独身だと聞いてときめいたことや、イケメンのインストラクターと潜った海のきれいだったこと、わざと伸一を困らせて楽しんだことも子供の頃に戻って人生をリセットしたような気分に浸ることができた。

若者たちと一緒にいて、自分が年を取っていると感じるどころか、精神的にも感覚的にも彼らと同じだという錯覚に陥っているのだと思っていたのだけれど、それは錯覚ではなく博子の本来の姿なのだと伸一が言ってくれたのは嬉しかったし、その言葉を聞いただけでもずいぶん若返ったような気がした。島から帰って店を開けたら、10歳は若くなったと評判になることだろうと良介たちも言ってくれた。


知美は結果として孝太にふられてしまったけれど、孝太を好きでいたから温子や涼子、それにCIPという個性的な人々に会うことができたし、普通に学生生活を送っていたのでは味わえない様な体験をする機会に恵まれた。本当はもっと孝太と一緒にいるはずだったのだけれどCIPは合宿だし、こっちは便乗してきただけの遊びなので当然スケジュールが合うはずはなかった。それでも、同じ八丈島の空気を吸っているのだと思うと、喜びが込み上げてきた。

しかし、来て早い時期にどん底に沈んだので、後は這い上がるしかなかったし、自分も同じ心境だったに違いない温子がずっと気遣ってくれたのには本当に助かった。知美はこの体験を決して無駄にはしまいと思った。ボストンバッグの中には唯一、孝太とのツーショットを撮った使い捨てカメラが入っている。知美はこのカメラの中に入っているフィルムを現像に出すことはないのかもしれない。

そして、彼女には新しい希望も見え始めていた。南野大洋だ。


温子はこの旅でついに涼子と孝太をくっつけた。もちろん、孝太が今までのように、ずっと自分のそばにいてくれたらどんなに幸せだっただろう?そういう風に思ったことはないと言えばうそになる。一週間じっくり考えた答えだったから、自分自身に悔いはない。たとえ、孝太が知美を選んでいたとしても、今の温子なら涼子と同じように許せるだろうし、祝福してやることができるだろう。

幸いにも温子が最初に描いた通りの結果になったのは単なる偶然ではないと温子は確信していた。温子は孝太の思い出を八丈島の海に置いていくことにした。明日からまた忙しくなる。

涼子と孝太の世話を焼いている間に恋愛に関しては知美に先を越されているのだから。温子曰く、こういう事なのだ。

「越されたかどうかはまだ分からないわよ。何しろ、敵の獲物は超長距離だからね」


涼子は今までにないほど自分自身に正直に行動できたし、大胆になれた。そして、強くなれたと思った。これは大自然の中に身を置いたからとかいうものでもなく、温子の気持ちが乗り移ったとしか考えられなかった。しかし、それは涼子自身の心の奥深くにずっと潜んでいたものなのだと温子は言った。

結果を気にすることなく孝太に思いを告げることができた。二人で島を一周したことはお互いの気持ちを確かめるのにはちょうど良かった。孝太は口数の多い方ではないから、長い間一緒にいられていろんな体験ができたのは、孝太の表面だけでなく内面から出てくる本当の優しさや、強さ、そして弱さを感じることができたと思う。ありのままの本当の自分を孝太に知ってもらうこともできたと思う。何よりも収穫だったのは、このことで温子との友情が確かなものだと確信できたことだった。

オニオンリングフライの塩味がした、ファーストキス。直子と二人で徹夜して縫った由美子のウエディングドレス。由美子が投げてよこしたストレチアの花束。“キョン”が突進して台無しにした孝太のウエディングケーキ。何をとっても素晴らしい体験だった。

涼子は温子とは逆に、孝太との思い出を島からいっぱい持って帰ってきた。


 孝太は島で山ほども貴重な体験をすることができた。島崎と出会い、生活のための料理しかしなかったものを、食べる人が(たとえそれが自分だけだったとしても)楽しんでくれるような料理の仕方を学んだし、カリカリベーコンを褒められたのは嬉しかった。

また、由美子と出会い突然キスされた時には驚いたけれど、結果として島崎との仲を取り成す形になって結婚式まで挙げてやることができた。

知美の気持は痛いほど伝わってきた。だけど、それに応えられない自分が情けなく思えたし知美に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。温子が訳の分からない同盟だとか何とか言って、知美に一人でさびしく過ごさなければならないような場面を与えなくて済んだのには感謝している。そういう風に廻りを見ながら、涼子と知美の間でうまく立ち回りながら、涼子が孝太に近づきやすい状況を演出してくれていたに違いない。

そんな温子と知美のためにも、何があっても涼子を守ってやろうと思った。そして、孝太自身、いつまでもこの穏やかな風に抱かれていたいと願った。







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