78.南の大洋
78.南の大洋
孝太たち三人以外のメンバーは朝から島内観光を楽しんでいた。そして、十一時頃には八丈植物公園に来ていた。評判のガイドの仕事ぶりをこっそり見に来たのだ。
さすがに評判になるだけのことはあった。良介の話術が優れていることは全員分かっていたけれど、圧巻だったのは涼子の突っ込みが絶妙で、良介の持ち味を更に高めていたことだ。涼子にこんな才能があったとは、親友の温子でさえ気が付いていなかった。これには当の涼子がいちばん驚いているに違いない。
園長も姿が美しい涼子には、ただその場にいてくれるだけでいいと思っていた。たぶん、孝太に恋をして精神的に成長したことが、涼子を進化させているのだと温子は思った。
“キョン”の飼育場にも行ったけど、孝太は中の掃除をしていたのでメンバーと顔を合わせることはなかった。温子は愛らしい“キョン”に夢中になった。望はけものは苦手だといって近づこうとしなかった。
「そろそろお昼ね。良介達ももうあがれるでしょうから合流して何か食べに行きましょう」
「賛成!肉や明日葉にはそろそろ飽きてきたから旨い寿司でも食いに行きたいな」
伸一がそう言うと、他のメンバーも賛成した。温子達が飼育場を後にしたとき、孝太は“キョン”に餌をやるために外に出てきた。
メンバーは植物公園の入口で良介達を待った。良介達が出てくると伸一は「よっ!名ガイド!」と冷やかした。温子も涼子に「すごい才能があったものね」と褒め称えた。孝太は「そんなにすごかったのか?」と聞き「それは見たかったなあ」と繰り返した。
望がみんな旨い寿司を食べに行きたいと言っていると良介に告げた。良介は園長にどこか旨い店はないかと尋ね、園長は“銀八”の島寿司が絶品だと教えてくれた。
「銀八なら、歩いていけるな」
晃がそう言って、店を案内した。
メンバーはみんな、島寿司を注文した。甘めのシャリと、カラシが独特だった。島崎が握ってくれた寿司もなかなかだったが、さすがにプロの寿司職人には及ばなかった。
食事が終わると、島内観光の続きをするため車を停めている植物公園の駐車場に戻った。そこには、あの“ハワイアンカー”が停まっていた。
火山性の溶岩が固まってできた八丈島の海底地形はダイナミックで、多くのダイビングスポットがある。
むさ美のメンバーはこの日は朝から、体験ダイビングをするために港のショップに出掛けた。博子は泳ぎが苦手だから、遠慮すると言っていたのだけれど、インストラクターの男性が今で言うイケメンだったので、恐る恐る参加することにした。そのイケメンのインストラクターは博子に付きっきりで指導したので、博子はご機嫌になった。亜熱帯系のトロピカルフィッシュが目の前で乱舞する光景に興奮し、十分に満足しているようだった。
他のメンバーはやはり、自然にカップルになって行動するようになった。司と洋子、薫と智子、亨は相変わらず、若菜と綾の二人を連れている。どのカップルも、男性陣が女性をリードして水の中で繰り広げられている神秘の世界を堪能していた。
知美ははじめ、博子と一緒にイケメンインストラクターに手ほどきを受けていたけれど、慣れてくると“ムササビ”から借りてきた水中撮影用のカメラを持って、魚やサンゴ礁の写真を撮って回った。知美は一人で行動していたので、水中ではぐれないように常に周りに注意をしながら撮影を続けた。すると、別のグループにいたフリーのダイバーが近付いてきた。男性のようだった。知美の前にカメラを掲げて、ニッコリ笑っている。彼は驚いている知美にカメラを向けると、シャッターを切った。それから、ボンベに書かれているショップの名前を示して、同じショップだと合図し片手でKOサインをした。知美は彼の意図することをだいたい理解した。
体験ダイビングが終わると、知美達はショップに引き返してきた。ショップのテラスで一人タバコをふかしている男がいた。テーブルの上にはあのカメラが置いてあった。
男は白いTシャツにブルージーンズ、そしてビーチサンダル姿だった。髪は短めで口ひげをはやしている。真っ黒に日焼けした肌は、いかにもマリンスポーツか、そういった仕事をしているのだろうと思わせるような雰囲気があった。知美が近付いていくと、彼の方から挨拶をしてきた。
「やあ!さっきは失礼したね」
知美は軽くお辞儀をして応えた。
「いいえ、それより、少し待っていてもらえますか?着替えてきますから」
「ああ、どうせ暇だから、ごゆっくり」
そう言って、男はまたタバコをくわえた。
知美が更衣室に戻ると、博子と智子がよって来て「今の人、誰?」目をキラキラさせながら尋ねてきた。知美は海での出来事を説明した。
「まだ、自己紹介も何もしていないの。だけど、着替えてくるまで待っててくれると言ったわ」
「ねえ?私たちも一緒にお邪魔していいかしら?」
博子が聞いたので知美は「構わない」と答えた。
テラスに出ると、その男の周りには亨達がいた。彼は知美に気がつくと、手を挙げて合図をした。
「あれっ?お知り合い?」
亨が知美を見て言った。
「あなたこそお知り合いなの?」
「いや、カメラに興味があったから話しかけたんだけど…」
「私もさっき海でナンパされたばかりなのよ」
「ナンパ?されたのか!」
亨がびっくりして男の顔を見ると、彼は声をあげて笑いだした。
「ナンパか!こりゃあいいや。確かにそうかもしれんな」
知美も笑って、自己紹介をした。
「藤村知美と言います。武蔵野台美術大学でCGをやっています」
「ほう!あのむさ美でねえ。ボクは“マリンブルー”という海洋雑誌のライターをしている、南野大洋です」
そう言って男は左手を差し出した。知美は彼の名前を聞いてクスッと笑った。けれど、迷わずに握手に応じた。
「ああ、たいようはおひさまの方じゃなくて、大きな海(大洋)の方ね」彼はそう付け加えた。そして、知美は仲間を彼に紹介した。
「さて、そろそろ昼飯時だなあ。いい店を知っていますから、みなさんご一緒にいかがですか?」
「え~、いいんですか?」
博子はすごくうれしそうに大洋に腕を掴んで甘えた。
「ええ、もちろんです。何事も大勢の方が楽しいに決まってます」
一同は、大洋に案内されて近くの割烹“宝亭”に来た。大洋は、取材でちょくちょく八丈に来るから、うまい店や安い飲み屋、便利な宿など一人でタウン誌が作れるのではないかと言うくらい島のことに詳しかった。
この、割烹“宝亭”では、島のトウガラシを付けて食べる刺身定食がボリュウムもあって旨いというので、みんなそれを頼んだ。大洋はそれとは別にイセエビの刺身を注文して、味噌汁を出してくれるように言った。
「旨い!」
と司、薫。
「おいし~い!」
若菜に綾。
「トウガラシとは意外だったが、合うもんだな」
亨もうなった。
「このイセエビも美味しいわ」
洋子と智子も満足そうだ。博子は大洋の隣に座ってビールを注いでいる。知美はその反対側の隣に座って大洋の話を聞いている。大洋はダイビングのライセンスも持っており、記事だけでなく写真も自分で撮って本に載せるという。家は小笠原にあるのだという。彼もむさ美の出身だと聞いた時は、みんな驚いた。
大学を出て中堅の出版社にカメラマンとして採用され、二年でフリーになったと同時に、海の魅力に取りつかれ、一年の大半を小笠原で過ごしているという。そんなわけで、今年の初めに都内のマンションを家具ごと引き払い、父島に家を買い、カメラだけ持って島に移ったのだと言う。
「なんだか羨ましいわね。そういう生活」
と、智子。
「あら!あなただって秋にはイタリアに行くんじゃない」
と、博子。すると、大洋は智子を見て、パチンと手を叩いた。
「君!PRビデオの!どこかで見たことがある子だと思っていたんだけど、あれに出てた子だね。あのビデオはよく出来ていたよ。さすが、我が母校だ」
「あのビデオご存じなんですか?」
智子がきくと、大洋は後輩がどこかから手に入れて送ってくれたといった。
「でも、残念だけど、あれを撮ったのはうちの学生じゃないのよ」
「えっ?そうなの?じゃあ、いったい誰が…」
「知りたい?」
「ああ、興味あるね」
メンバーが口をそろえて、ニコニコしながら言った。
「今、この島にいるんだ。あれを撮ったプロデューサーが」
大洋は驚いて、ぜひ会いたいと知美に頼んだ。知美はごちそうになったお礼に、今夜、“すとれちあ”で、この島での最後の記念にパーティーをやるから尋ねるといい、そう伝えた。




