73.二人、一緒に居られるのなら
73.二人、一緒に居られるのなら
孝太と涼子はゆっくりとしたペースで島を南下しつづけた。南下するにしたがって上り坂が続いた。急坂を休み休み登っていくと登龍峠展望台がある。自転車を止めてポットからアップルティーをコップ代わりの蓋に注いだ。先に涼子に飲ませてから、孝太も一杯飲んだ。ウエストポーチからビスケットを出し1枚ずつ食べた。
「今ごろ、もう、みんなは起きてるでしょうね」
「ああ、少なくとも女の子達はネ」
「私、温子に手紙を置いてきたの」
「手紙?」
「そう、孝太君と二人でサイクリングに出かけるって」
「そうなんだ。温子は抜け駆けしたと怒るんじゃないか?」
「それは大丈夫だと思うわ。それより藤村さんが落ち込まなければいいけど」
「藤村なら大丈夫さ。温子もついてる」
「そうね」
二人は再び自転車を走らせた。
十時を過ぎた頃、ようやく男性陣が起きてきた。
朝食を食べるだけの食欲がないと言うので、晃の母親が二日酔いに効くからと言って、アロエのジュースを出してくれた。ほんのりした苦味はあったけど、ハチミツで飲みやすくしてあった。
温子たちが散歩から帰ってくると、男性陣は島崎に借りたクーラーボックスを担いで釣りに出かけるところだった。魚釣りと聞いて興味を引かれた温子たちも男性陣に同行することにした。
一同はペンションのマイクロバスで底土港へ向かった。港の釣り宿で釣りざおを借りて、桟橋の近くの堤防にそれぞれ陣取った。
温子と知美以外は自然にカップル同士になった。温子は知美を連れて亨の元に行った。
「ねえ、私たちも一緒にやっていい?」
「ああ、かまわないけど、涼子ちゃんと孝太君はいないみたいだなあ」
温子と知美は何も言わなかったので、亨は大体のことを察したようだった。
「ははーん、さては二人とも振られたんだな」
「違うわよ!私達が孝ちゃんを振ったのよ」
「それは、それは」
亨は二人の気持ちも考え、それ以上の突っ込みはやめることにした。
「ねえ、若菜ちゃんに綾ちゃん?私達も一緒でいいかしら?」
知美が二人に気を使ってそう聞くと、二人は揃ってこう答えた。
「もちろんですよ!二人も四人もおんなじですから。大勢のほうが楽しいわ。ねえ!先輩」
亨はニヤッと笑って「そうだな!」そう言うと海面に向かって釣り糸をたらした。
峠を越えると道は徐々に下り坂になった。末吉地区に入って来たので灯台を目指す。島の最南端に位置する八丈島灯台は小さな灯台なのだけれど、なぜか安らぎさえおぼえる趣きがあった。灯台のすぐそばには眼下に海を見下ろすことが出来る、“みはらしの湯”という露天風呂があった。
コースは再び緩やかな登りに入った。名古の展望台から西へ向かうと中之郷地区に入っって行った。
孝太と涼子は明日葉のソフトクリームが有名だという中田商店に立ち寄った。そこから歩いて裏見ヶ滝を見にいった。裏見ヶ滝では名前の通り、滝を裏側から見ることが出来た。中田商店に戻ると涼子は名物の明日葉ソフトクリームを、孝太は氷あずきを食べた。
中田商店からは北上して少し進む。すると、黄八丈の織り元“めゆ工房”がある。涼子は、そこで黄八丈織りのランチマットを買った。この辺りからは道も平坦になっていた。
更にしばらく北上を続けると大阪トンネルに入った。トンネルを抜けると展望台があり、孝太と涼子はここで昼食をとることにした。展望台からは八丈富士と八丈小島が親子のように並んで見えた。
「ずいぶん走ったわね。自転車に乗ったのも久しぶりだけど、こんな距離を走ったことなんてなかったから自分でもビックリしているわ」
涼子はそんなことを話しながら、先ほど買った黄八丈織りのランチマットをベンチの上に広げた。
「俺も高校時代は自転車で通っていたけど、実は本格的なサイクリングは初めてなんだ」
孝太は足の太股をパンパンと叩いた。
二人は朝作ってきたおにぎりを全部半分ずつにして食べた。それから、むぎ茶を飲んでしばらく休憩することにした。
「今頃みんなは何しているかなあ?」
「鵬翔先輩が、釣りに行くと言っていたからみんな一緒に行ったんじゃないかな」
「釣りかあ…。じゃあ、今夜のおかずは魚料理だね」
「さあ、それはどうかな」
温子達は孝太の予想通り、なかなか釣れなかった。途中で釣りを諦め、近くの海水浴場へ移動した。女性陣は一日中釣りをして過ごすつもりはなかったので、水着も用意してきていた。男性陣はそんな用意をしていなかったので、上半身だけ裸になりズボンをはいたまま海で遊んだ。温子は黒のワンピース、知美は花柄のビキニ。本当は孝太に見せたかったのだけれど、今となっては他の男性陣の目の保養にしかならなかった。望は上半身だけビキニの水着を着て下はホットパンツだった。智子は黒と茶色のワンピース。洋子はオレンジのビキニ。若菜と綾はそれぞれ、ピンクと白のワンピースだった。博子は水着には着替えずに浜辺に立てたビーチパラソルの下にいた。
「若い子はいいわねぇ。日焼けも気にせずにいられて」
「博子さんもまだまだいけますよ」
そう言って伸一は博子に冷えた缶ビールを差し出した。
「あら、二日酔いは大丈夫なの?」
「ええ、迎え酒です」
良介と望はビーチサイドにあるカフェでお茶を飲んでいた。望はチョコレートパフェを食べていた。しかし、良介はまだ胃の中がむかつく様で、熱い日本茶を飲んでいた。
「まったく強くもないのに威勢だけはいいんだから…。一体一晩でいくら遣ったの?」
良介は頭を抱えながら財布の中身を確認した。30万入れておいた財布の中には、まだ15万ほど入っていた。良介も途中で晃に財布を預けてからは…。と言うより、預ける前から既に記憶がなかった。
「ご、5万くらいかな?」
「バカね!6人で一晩飲み歩いて5万で済むわけがないでしょう!」
望はあきれた顔をしてパフェをスプーンですくった。砂浜のほうを見ると、温子たちがビーチボールで遊んでいるのが見えた。
「あなたは一人で爺くさ~くお茶でもすすってなさい」
望はそう言い残して砂浜の方へ駆けていった。
「あっ!望先輩!一緒にどうですか?」
「もちろんそのつもりよ」
孝太と涼子は昼食を済ますと海岸沿いを更に北上し、八丈島歴史民俗資料館に立ち寄った。それからまた北上し、はまゆうロードに出た。道は平坦で快適だった。けれど、遮るものが何もない路上では背後から夏の太陽が容赦なく照り付けている。首のうしろがジリジリと暑く、額からは汗がにじんできた。
孝太は格好は悪いけれどタオルを濡らして首からかけるよう涼子に進めた。涼子は素直に孝太の言うとおりにした。
はまゆうロードが終わると道は東にカーブし八丈循環線に出る。循環線は再び北へ向かって延びていた。
海岸線に出ると左手には再び八丈小島が目の前に見えた。孝太と涼子は順調に島の最北端にある大越し鼻灯台がある永郷展望台に到着した。二人は自転車を止めて、最後の休憩をとることにした。
「今日はいいお天気で本当に良かったわね」
「ああ、日頃の行いがいいからな。それより疲れただろう?」
「そうね、でも、孝太君と一緒だから平気よ」
涼子はこんな台詞が言える自分に驚いた。
「この後はずっと平坦な道だし、山の影になるから日射しも当たらなくなる」
「明日の予定はボランティア活動だったわよね。何をやるのかしら?」
「確か、キャンプ場のゴミ拾いをして、そのあと花火大会をやるはずだったと思ったけど」
「花火大会かぁ。きっと素敵でしょうね」
「ああ、そうだな。君と一緒ならゴミ拾いもきっと素敵だよ」
涼子は笑って立ち上がった。
「そろそろ行きましょうか」
「そうだな」
二人はまた自転車を走らせた。沈み始めている太陽が正面から二人を迎えるように照りつけていた。




