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71.ファーストキスはちょっぴり塩味

71.ファーストキスはちょっぴり塩味


 孝太は食堂から小皿を三枚持ち出してきた。テラスの丸テーブルの上にそれを置くと、フライドポテトとオニオンリングフライを入れた。片づけが終わったら一人でゆっくり飲みながら摘もうと作っておいた物だった。もう一皿には枝豆を盛った。エプロンのポケットから冷えた缶ビールを二本取り出した。

孝太は丸テーブルに椅子を二つ並べて置いた。二人並んで座れるように。涼子に缶ビールを1本渡した。そして、缶ビールを軽く掲げて「乾杯!」と言った。涼子も同じようにして「乾杯!」と言った。

「これ、孝太君が作ったの?」

涼子は、オニオンリングフライを摘むと、一口食べてから孝太にそう聞いた。

「うん。“F&N”のにはかなわないけど、なかなかだろう?」

孝太も一つ摘んで口に放り込んだ。

「うん。美味しいわ」

「風が気持ちいいなあ」

「本当!すてきな風ね」

「まるで、涼子ちゃんのようだ」

「えっ?」

涼子は、自分の耳を疑った。そして孝太の横顔を見つめた。

「涼子ちゃんは、いつも穏やかな風のようだ。君といると、いつも穏やかな風に抱かれているようだ」

孝太は真っ直ぐに前を向いたままそう続けた。そして、涼子の方を振り向いた。風になびいた涼子の髪が涼子の視界を遮った。それを手で髪を掻き上げると孝太の顔が近くなっていた。涼子は一瞬ドキッとした。けれど、そのまま目を閉じた。

孝太の唇は柔らかかった。涼子にとって初めてのキスは孝太が作ったオニオンリングフライの香ばしい塩味がした。


 良介達は、既に7件目の店に入っていた。この頃になると良介はかなり酔っていた。亨と司の肩に捕まってようやく歩けるほどだった。晃は良介から財布を預かると店の勘定を済ませた。

「さ~!次行くぞ!」

相変わらず威勢だけはいいが、もう限界だと晃と伸一は思った。おあつらえ向きに、少し離れたところに小料理屋があった。晃は亨達に良介をそこに運ぶよう指示した。思った通り、そこには座敷があった。良介を座敷の畳に寝かせると、晃は店の電話で家に電話して直子を呼んだ。

晃は良介の財布を伸一に預けた。

「現金はみんな使っていいが、カードだけは使うなよ」

と、釘を差した。そして、伸一は亨達を引き連れて、再び夜の街に繰り出した。

「二件目の店に戻ろうぜ。気に入った子がいたんだ」

亨が言うと、薫も「実は俺も」と言った。話は決まった。四人は二件目の店へ舞い戻っていった。

晃は小料理屋で冷や酒を飲みながら、迎えが来るのを待った。店の女将がお通しで明日葉のゴマ和えを出してくれた。晃はもう一品、いか納豆を頼んだ。


 ビールがなくなる頃には孝太も涼子も少しいい気持ちになっていた。しかし、意識はしっかりしていた。涼子は孝太にもたれかかった。

「私ね。孝太君がいつも温子といたから、私も孝太君と一緒にいるような気がしていて、気が付いたら孝太君のこと好きになっていたの」

「えっ?」

「だから、私、孝太君のこと好きになっちゃったの!」

「涼ちゃん?酔っぱらってる?」

「ううん、酔ってないよ。」

涼子はそう言って、孝太の顔を見上げた。涼子の目にはしっかりとした光が宿っていた。

「ごめん、涼子ちゃん。今のはなかったことにしてくれないか?」

孝太の言葉に、涼子は急に血の気が引いた。

「えっ?」

明らかに、涼子はうろたえていた。孝太はすぐに次の言葉を切り出した。

「涼子ちゃんに、先に「好きだ」なんて言わせてはいけなかったんだ。だから、今のはなしにして。お願い!そして、改めて聞いて欲しい」

そう言うと孝太は立ち上がって真っ直ぐに涼子を見た。

「広瀬涼子さん。合格発表で初めてあったときからずっと好きでした。今まで、ずいぶん寄り道をしたけど、これからはちゃんとした付き合いをしたいと思っています。だから、宜しくお願いします。」

タイミングを計るように島崎がティーポットと二組のティーカップを持ってきた。

「島崎さん、遅いよ!おかげで、格好悪いことになっちゃたじゃないか」

孝太は照れ隠しで島崎に文句を言った。

「悪い、悪い」

ティーポットとカップを置くと、そう言って島崎は食堂の中に消えていった。

「涼子ちゃん、これ。今はこれしかないから。結婚指輪の替わりと言ったらまだ早すぎるけど、ボクの気持ちの証として」

孝太はティーポットから紅茶を注いで涼子の前に置いた。涼子はそれが何の紅茶なのかすぐに分かった。

「ありがとう!」

涼子の目からあふれてきた涙を見て、孝太は「真珠のような涙とはこういう涙なんだ」と思った。それほどきれいで輝いている涙を孝太は初めてみた。







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