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69.二人だけの思い出の写真

69.二人だけの思い出の写真


 孝太と知美は空港の滑走路沿いにヤシ並木を東へ進んでいた。滑走路を回り込むように、空港の向こう側の通りに出る。それから今度は、西に傾きかけた太陽に向かって南へ進む。滑走路を挟むようにして、空港のちょうど反対側の位置に八丈植物公園がある。

知美がどうしても“キョン”を見たいと言うので孝太は付き合うことにした。“キョン”というのはここで飼育されている体長60センチメートルほどの小型のシカの仲間で、八丈島の“キョン”といえば全国的にもけっこう有名なのだという。

孝太は全く知らなかったのだけれど、知美はアニメのキャラクターの題材として本物をぜひ見たいと言ったのだ。

植物公園の中はいかにも南の島といった雰囲気がして、デートコースとしてもうってつけだった。

知美は用意していた使い捨てカメラで南国の植物や“キョン”の写真を撮った。フイルムの残量を確認すると、あと二枚しか残っていなかった。

知美は今回の旅行で、どうしても叶えたいことがあった。孝太との二人だけの写真。今が絶好のチャンスなのだ。

知美はあたりを見回し、誰か写真を撮ってくれそうな人がいないか探した。こういう時に限って、ぱっとした人が見当たらない。平日の閉園間際ではそれも仕方ないところだ。しかし、神様は知美を見捨てなかった。博子と伸一に出会ったのだ。

知美は博子にシャッターを押してくれるように頼んだのだけれど、博子は機械が苦手だと断った。そして、伸一が代わりに撮影することになった。

「伸一君、知美ちゃんの大事な思い出になる写真なんだから、しっかり撮ってあげるのよ」

博子にそういう風に言われたものだから、ただ1枚写真を取ればいいだけなのに、しかもシャッターを押せばいいだけなのに、伸一はものすごく緊張してしまった。しかし、かえってそのことが逆に知美の緊張をほぐした。知美は自然な表情で写真に収まることができた。そして、最後の1枚は、通りかかりのカップルに頼んで4人で“キョン”と一緒にカメラに収まった。

このときの写真は知美がプロの売れっ子グラフィックデザイナーになった後、“HIRO”の店内に飾られることになる。

「ところで先輩、どうしてここにいるんですか?たしか…」

確か、黄八丈の民芸品を買うと言って出掛けたはずの二人がどうしてここにいるのか孝太は伸一に尋ねた。

「それがな、博子さんが…」

伸一はいつからママのことを博子さんと呼ぶようになったんだろう?ふと孝太はそんなことを思った。

「…博子さんが織元の“めゆ工房”へ行くと言ったんだけど、タクシーの運転手にこの時間じゃ遅すぎると言われて、仕方なくここへ寄ったんだ」

「そうなのよ。明日はみなさんオフなんでしょ?だから改めて明日出直すことにしたのよ」

「えっ?明日はオフなんですか?」

明日の予定は昨日もらった予定表だと、島内一周サイクリングのはずだった…。孝太はそう思って、伸一に確認した。

「実はさっき、山を下ると、副部長が足をくじいたんだ。それで急きょ明日はオフで自由行動にしようということになったんだ。部屋に戻ったら発表すると言っていたから他の連中はもう知っているはずだ」

それを聞いて知美も目を輝かせた。たぶん、温子と涼子も一緒に行動するのだと思ったけれど、それでも明日は一日中、孝太と一緒に居られる。

植物公園からは孝太と知美が乗って来た二台の自転車に孝太が知美を、伸一が博子を後ろに乗せて、滑走路を一回りするようなコースを取り、空港の旅行サービスセンターまで二人乗りで走った。

南から吹く向かい風も、夏の日差しの中では快適に感じられた。知美は孝太の前に手を廻してしっかり掴まっている。汗で濡れた孝太の背中は暖かかった。知美は孝太の背中に、意識して胸を押しつけ頬を寄せた。

滑走路の端を過ぎるとUターンするように、今度は北へ針路をとった。

博子は伸一のうしろで子供のようにキャッキャ、キャッキャはしゃいでいる。伸一も時折ふざけて道路を蛇行しながら自転車を走らせていく。

追い風が知美の髪を孝太の顔の横までなびかせる。

「ごめーん!髪の毛邪魔だね」

そう言って知美は片手で髪を押えた。

「大丈夫だから、しっかり掴まってろよ」

孝太はそう言うと、自転車のスピードを上げた。

「急がないと、夕飯の支度に間に合わなくなりそうだ」

空港について自転車を返すと、昨日“すとれちあ”まで送ってくれた売店の女の子が、昨日と同じ軽トラックで通り掛かった。そして、孝太たちに声をかけてくれた。

「乗せていきましょうか?」

孝太と伸一は「助かる」と言って荷台に飛び乗った。

「君たちはどうする?」

伸一が知美と博子に声をかけると「ご一緒させて」と言い、博子が伸一に手を差しのべた。

知美も頷いて手を出したので、孝太がその手を取って荷台に引き上げた。


 “すとれちあ”に着くと望以外の者は既に、調理場に入っていた。むさ美の連中はまだ戻っていないようだった。

孝太は早速、エプロンを身につけると、シェフ島崎のそばでバーベキュー用の食材を切り分ける手伝いをした。島崎は孝太の手つきを見ながら言った。

「将来はコックになったらどうだ?いい師匠を紹介するぞ」

もちろん孝太は丁重に断った。コックになるために聖都に入ったわけではない。


 宿泊客の夕食が終わると、島崎が孝太たちには和風の料理をふるまってくれた。新鮮な刺身に、山菜のてんぷら、明日葉のお浸し、くさや、等々。くさやは孝太たちが居ない間に焼いてあったらしい。

これらを冷たいうどんと一緒に食べるのは昨日のバーベキューの後では物足りないようにも思えたけれど、これらの郷土料理は決して東京では食べられないおいしさだった。もっとも、今日は山登りして疲れていたから、余計にこういった料理がどんどん腹の中に消えて行った。

デザートには島で育った牛のミルクで作った杏仁豆腐が出てきた。まろやかで、なかなか美味かった。







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