68.孝太のおにぎり
68.孝太のおにぎり
八丈富士への山道の入り口は“すとれちあ”のすぐそばにある。
孝太達7人は、バターロールにスクランブルエッグ、カボチャの冷たいスープ、自家製ソーセージ、パッションフルーツの生ジュースで朝食を済ますと、自分たちでこしらえた握り飯とペットボトルに凍らせた麦茶をリュックに詰めて、参道の入口に立った。
「いいか、全員で頂上まで行くぞ!一人の脱落者もでないようにみんなで協力するんだ。自信がないヤツは今からでも遅くないから、部屋に戻ってもいいぞ!」
良介が号令をかけると、全員がやる気満々で良介の顔を見た。
「よし!それじゃあ、出発だ。」
良介を先頭に、7人は参道を歩き始めた。
しばらく歩くと、浅間神社の鳥居が見えてきた。
神社そのものは頂上にある。
道中はまだ長い。
山の中腹までは、それほど急ではない登り道をひたすら歩く。
途中、休み休みゆっくり登っていった。
まだまだ、みんな余裕がある。
林道に入ると、急カーブを登ったり下ったりしながら、ジグザグに歩いた。
展望台に到着すると、さすがに女性陣には疲れが見え始めていたが、そこから見える景色は、まさに絶景で今までの疲れも吹き飛んだ。
ペットボトルの中には、凍った麦茶がまだ解けきっていなかったので、解けた分だけを飲んだ。
孝太は、温子と涼子が解けた麦茶を一気に飲み干したのを見て、自分はなるべく飲まないようにした。
30分ほど休憩をした後は、鉢巻道路を少し北上し、登山道へ入り、一気に頂上まで登った。
頂上付近は、巨大な岩が累積していたが、その間には草木が密生していて、その大部分は牧場を思わせるような草原のようになっていた。
頂上に着くと、浅間神社にお参りをして、昼食をとった。
「山登りなんて、高校生の時に林間学校で日光に行ったの以来だわ。」
温子は昆布の入ったおにぎりを頬ばりながら言った。
朝、みんなで自分のおにぎりは自分で作った。
温子は昆布とおかかのおにぎりを作った。
涼子は鮭と焼きたらこのおにぎりを作った。
「そうね。あの時は、わたし、風邪をひいてしまって山登りには参加できなかったから、今日はとても楽しみにしていたの。頂上まで来られてホッとしたわ。」
涼子は、高校生の時の林間学校は、行く前日から体調を崩していたのだが、母親の反対を押し切って参加し、結局熱を出して、一人部、屋で寝ていたことを思い出していた。
「そうね、そんなこともあったわね…ねえ、やっぱり、その焼きたらこ半分交換して。」
温子は、おかかと焼きたらこを最後まで迷ったのだが、三つは食べられないと思って焼きたらこをあきらめたのだ。
しかし、涼子が食べているのを見たら、どうしても欲しくなってしまった。
これが、普通に学校の教室で食べていたのらこんな気持ちにもならなかったかもしれないが…
「ほらっ、これ食えよ。」
そんなやり取りを聞いていた孝太が、温子におにぎりを差し出した。
きれいな三角形をしたおにぎりだった。
孝太は、一つ一つを少し小さめに握って、5種類のおにぎりを作ってきていた。
焼きたらこ、鮭、昆布、高菜の油いためをみじん切りにして混ぜ込んだもの、そして王道の梅干しの5種類だ。
その中から、焼きたらこを温子に渡した。
「えっ?いいの?うれしーい!」
温子はそう言って、代わりに、ほぼ、野球のボールのような、おかかのおにぎりを孝太に半分差し出した。
「さすが、孝太君ね!小さめに握って、種類をいくつも作るなんて。しかも、きれいな三角形。」
涼子は、孝太の弁当箱の中を見てそう言った。
「ただ、欲張りなだけだ。それに、この豪快なおにぎりは、おふくろのおにぎりを思い出して、なんだか懐かしいよ。」
孝太は、温子から受け取ったおにぎりを見つめた。
そばを通りかかった良介と望も、孝太の弁当箱をのぞいて、次からは孝太に任せるのがいいと言った。
一時間ほど休憩してから、登山道の入り口まで下りてくると、一同は、鉢巻道路を一周することにした。
大賀郷の八重根海水浴場は島の西側に位置し、空港からは、ほぼ南に当たる。
細長い入り江に囲まれた海水浴場は、岩場が多く、砂浜はほとんどない。
むさ美の連中は、この海水浴場の入り江の中でゴムボートを浮かべ、水遊びを楽しんでいた。
入り江の先にはマリンブルーの外洋が果てしなく広がって、海の藍と空の青が融合し、遙かかなたで一体になっている。
四つのゴムボートには、それぞれ、司と洋子、亨と若菜に綾、薫と智子、そして知美は博子と一緒に乗っていた。
知美は、ゴムボートに仰向けになって、上空を見ている。
眩しい日差しを避けるよう麦わら帽子をかざした。
ふと目に入った八丈富士を見て、ため息をついた。
「あら、知美ちゃん、富士山に登ればよかったと思っているのかしら?」
何となく、知美が楽しめていないような気がしていたので、博子は、きっと、孝太たちのことが気になるのだろうと思っていた。
「ええ、やっぱり、一緒に行けばよかったと後悔しているわ。」
「正直ね。」
博子は、そう言うとボートを漕ぎ始めた。
「ほら、あなたも漕いでちょうだい。今からなら、ちょうど降りてきた彼らと参道の入り口あたりで会えるわよ。」
岸に着くと博子は智子に向って「先に帰る。」と大声で怒鳴った。
智子と薫は手を振って「わかった。」と合図した。
知美は水着の上からホットパンツとヨットパーカーを、博子はジーンズにアロハシャツを着て自転車にまたがった。
むさ美のメンバーは、レンタサイクルを借りて遊びに来ていたのだ。
鉢巻道路まで下りてくると、まずは、北上し、そして西へ、南へと、時計と反対回りに進んで行った。
船で到着した底土港を眼下に見下ろすと、その先には広大な太平洋が広がる。
はるか北には、御蔵島や三宅島がかすかに見える。
島の西側からは、八丈小島が目の前に浮かんでいる。
さらに南下してくると、南原千畳敷から八重根港、そして、空港の滑走路が見えてくると富士山道をゆっくり、麓まで歩いた。
良介が先頭を歩き、望は良介の横を寄り添って歩いた。
次に、伸一、が歩いている。
ちょっと離れて温子と孝太が続いている。
涼子はいつものように、孝太のすぐ後ろをついて行く。
最後尾を晃が、八ミリカメラを片手に歩いている。
参道の入り口まで下りてくると、そこには、博子と知美が待っていた。
伸一は、二人の姿に気が付くと、良介たちを追い越して二人の元へ走った。
「わざわざ、出迎えてくれたんですか?」
伸一は、博子にそう言って深々と頭を下げた。
「だって、向こうはカップルばかりでつまんないんだもの。」
博子は、伸一にウインクして、続けた。
「この後の予定はどうなっているのかしら?」
「はい、一度“すとれちあ”に戻ったら、少し休憩して、またバーベキューのお手伝いです。今日は宿泊客だけですから、早く終わると思います。」
「そう、それなら、お仕事が始まるまで、付き合っていただけないかしら?」
博子は、黄八丈の民芸品を買いに行きたいから付き合って欲しいと伸一に言った。
伸一は、二つ返事誘いに応じた。
博子は、ここまで乗って来た自転車を孝太に預けた。
「孝太君、知美ちゃんと一緒にその自転車返しておいてくださいな。」
博子は、伸一の腕を引っ張りながら、そう言うと、伸一が停めたタクシーに乗り込んだ。
いきなり自転車を渡され戸惑っている孝太をよそに、温子が二人の間に顔を出した。
「仕方ないなあ、今日は私と涼子の二人で孝ちゃんを取っちゃったから、特別サービスね。ちょっとしか時間ないけど、その間だけ二人でデートしておいでよ。」
「そうね。たまには、いいかもね。」
涼子も賛成した。




