67.彼女の周りにはいつも穏やかな風が吹いている
67.彼女の周りにはいつも穏やかな風が吹いている
CIPのメンバーと直子が空港のレストランでバイト代替わりの昼食をして、パッションフルーツの生ジュースを飲みながら、しばしの休憩をとっていると、売店で働いている女の子がやってきた。晃の父親が送り届けた客のバーベキューの準備で戻れないから、帰りは歩いて帰れということを伝えてくれた。しかし、その子は自分も車で来ているし、これから帰るところだから、送って行くと言ってくれた。メンバーはその言葉に甘えることにしたあ。
彼女は着替えてくると言って、一旦、戻って行った。戻ってきた彼女は半袖のニットセーターに膝上でカットしたジーンズをはいていた。彼女に連れられて従業員用の駐車場に行くと、車が三台止まっていた。1台はマイクロバス、1台は乗用車、そして軽トラックだった。彼女がキーを差し込んだのは軽トラックだった。
望は荷台に乗るくらいなら、一人で歩いて帰ると言い張ったので、助手席に乗せてもらった。残りの7人は、はしゃいで荷台に乗り込んだ。
ペンション“すとれちあ”に戻ると、晃の両親とシェフの島崎は忙しそうにバーベキューセットの盛り付けをしていた。どういう訳か、むさ美の連中も駆り出されて、ワゴンで料理を運んだりマキを割ったりさせられていた。
“すとれちあ”の庭にはバーベキューの料理をワゴンで運ぶための道が芝生の間を縦横にいくつか通っている。
むさ美の連中は全員、ストレチアの花の絵にペンションストレチアのロゴが入った、直子が身につけているものと同じエプロンを着けていた。戻ってきたCIPのメンバーに気が付いた亨が大声で怒鳴った。
「遅ーい!早く手伝ってくれよ」
「何でお前らが手伝ってんだ?」
伸一が聞いた。
「お前らが配ったビラの効果が思ったより良くて、次から次と客が絶えないんだ」
薫がマキをリズミカルに割りながら、伸一に答えた。
「だからって、どうして?」
温子も尋ねた。
「お昼にとても美味しいお寿司をごちそうになったの。どこに出かけようか相談していたら、なんだかお客さんがどんどん来ちゃって。お寿司のお礼に手伝うことにしたのよ」
今度は知美がジョッキに生ビールを注ぎながら答えた。孝太たちもエプロンを着けて、それぞれ手伝いについた。
「これじゃあ、担当も何もないわね」
望がポツリとつぶやいた。
午後八時のラストオーダーを終えて、客が全部帰ったのは九時少し前だった。孝太たちはかなり疲れて、地面やテーブル席に座りこんだ。だが、シェフの島崎が運んできたワゴンを見て一斉に立ち上がった。脂が乗った牛肉のブロック、八丈沖で補れた高級魚の刺し盛り、自家製のソーセージに新鮮な野菜等々。
島崎は中央のテーブルまで食材を運ぶと、肉のブロックを切り始めた。分厚く切られた肉の塊を網で焼き始めると、何とも言いようのないにおいが漂ってきた。孝太たちは忙しさのあまり空腹さえ忘れていたのに、この瞬間、あちこちから一斉に腹の虫のなく声が聞こえてきた。
博子は島崎を手伝って食材をステンレスの串にさして網に並べた。レアの肉を島崎が切り分けると、孝太たちはむさぼるように食べ始めた。
「よく、カニを食べる時は無口になるって言うけど、こんなにひたすら肉を食べていられるのはすごいネ」
綾がぽつんと言った。しかし、だれも反応しなかった。
少し空腹がおあまると、島崎はすしを握ると言って焼き方を博子と孝太に任せた。もちろん、博子は料理に関してはプロなのだけれど、孝太の手つきがいいのを島崎は、ちゃんと見ていた。孝太は串に刺すように、ちょうどいい大きさに肉や野菜を切り分け、塩・コショウを手際よく振っていく。博子は新鮮な生野菜でサラダとドレッシングをこさえて、女性陣に差し出した。肉があまり好きではない望は喜んだ。そして、若菜が温子にこう言った。
「あまりたくさん食べて体重が増えると、帰りの船に乗れないらしいわよ」
温子は食べる手を止めて、固まった。
「え~!それ本当?どうしよう…」
涼子の方を見て泣きそうな顔で訴えた。
「…どうしよう?私、島から出られないかもしれないわ。肉を取るか、船を取るか…。どうしたらいいと思う?」
涼子は呆れた顔をして言った。
「バカね!そんなことがあるわけないでしょう!」
温子は若菜の方を見た。若菜は必死で笑いをこらえながら、亨達の方を見て言った。
「ここにも居たよ!」
「ああ、居たな」
亨は若菜と綾の頭を撫でて、微笑んだ。ほかのむさ美のメンバーも笑っている。若菜がここにもと言ったので、涼子は彼らが何で笑っているのか大体の察しがついた。そのことを温子に説明すると、温子は顔をしかめてこう言った。
「え~っ、それじゃあ、わたしはあの不思議ちゃん達と同じレベルってこと?」
「まあ、そういうことだ。元気印!」
亨が嬉しそうに、温子を見た。
島崎が握った寿司は、絶品だった。〆には晃の母親がそうめんを茹でてくれた。みんな腹一杯になって満足すると、博子が入れてくれた紅茶を飲みながら、月の光に照らされた八丈富士を見上げた。良介が明日はその八丈富士に登ると言った。時計は既に十一時を回っていた。そして、それぞれ、部屋に引き上げていった。
孝太は最後まで後片付けを手伝うと言ってその場に残った。涼子は一緒に残りたかったのだけれど、温子がくたくただから早く寝たいと言ったので、仕方なく一緒に部屋へ戻った。
シャワーを浴びてベッドに横になると、温子も望も五分と立たずに寝息を立てた。涼子は眠れなくて窓から外を眺めていた。ウッドデッキのテラスに、孝太と博子、薫、智子がいるのが見えた。涼子はそっと部屋を抜け出し、テラスへ降りていった。
「あら、あなたはどちらの彼女かしら?」
博子が尋ねると、智子が「涼子さんよね」と自信たっぷりに言った。
「そうなの?良く見分けが着くわね」
博子が言うと、智子は自信満々に答えた。
「確かに、知美さんとそっくりだけれど、彼女の廻りには、いつも穏やかな風が吹いているわ」
「穏やかな風…」
確かにそうだ。孝太は思った。




