62.ライバルでもあり、同志でもある
62.ライバルでもあり、同志でもある
涼子は、午後の講義が終わると、リサーチ活動に出掛けていく温子と別れて“HIRO”に来ていた。“HIRO”は相変わらず、むさ美の学生達で賑わっていた。カウンターに座ると智子が水の入ったグラスを置いて微笑んだ。
「アップルティーでいいかしら?」
涼子は頷いて水を一口だけ飲んだ。
「今日も、彼を待っているのかしら?」
彼と言われて涼子は少し照れくさかったけれど、悪い響きではないと思った。
「孝太君、今日はバイトだから…」
「そう、まあ、ゆっくりしていって」
涼子はポーチをバックから出して、キーホルダーを眺めた。ハートの形が半分になっている服を着た女の子の人形がついている。智子はそのキーホルダーを見て、涼子に聞いた。
「彼もそれを付けてくれているの?」
涼子は、首を横に振った。智子は表情を曇らせた。
「悪いことを聞いたかな」
と、反省しているかのように舌を出した。。
「でも、ちゃんと持っていてくれてるのよ。無造作にポケットに突っ込んでいるだけなんだけど」
智子の表情が和らいだ。
「まあ!素敵!」
涼子も自然に笑みがあふれてきた。
「たまには、バイト先で彼を待ち伏せでもしたら?」
涼子は顔を真っ赤にして反論した。
「待ち伏せなんて、そんなことできませんよ」
「それもそうね。涼子ちゃんがそんなこと出来るような女の子なら、きっと私も応援なんてしてないわね」
ママの博子がアップルティーを持ってきた。
「お待ちどうさま」
「ありがとうございます」
涼子が軽く頭を下げると、博子は微笑んで厨房に戻っていった。涼子はアップルティーを飲みながら、キーホルダーを見ている。しばらく考えていたけれど、アップルティーがなくなる頃、ポーチをバッグにしまって立ち上がった。
「すみません。今日はこれで失礼します」
「何かいいアイディアでも浮かんだのかしら?」
「いいえ、何も思いつかなかったから、待ち伏せします」
涼子は代金を支払うと、そう言って微笑んだ。涼子が帰ろうとしたとき、司と洋子がやってきた。洋子は涼子を見るなり、口にした。
「あれっ?知美、今日は“ムササビ”じゃなかったの?」
「河合さんに横山さん!こんにちは」
「なによ、河合さんって、他人行儀に…。あなた、もしかして涼子さん?」
「はい。そうです。私、これで失礼しますから、どうぞ、ごゆっくり」
涼子は微笑んでそう言うと、そそくさと店を出て行った。
智子は二人に説明した。
「彼女、実家がこのすぐ近くなのよ。だから、バザーの後は良くここに来ているのよ。まだ、知美さんと一緒になったことはないけれど。それより、横山君とあなたがくっついちゃうなんて、以外だったわ」
「余計なお世話ですよ」
司は笑いながらそう言った。
「いちばん驚いているのは何を隠そうこのボクなんですから」
洋子も頷いて一緒に笑った。
「それより、あの子、なんだか嬉しそうにしていたけど何かいいことでもあったのかしら?」
智子はニヤニヤしながら、話を濁した。
「さあ、どうでしょうね?」
涼子は一度家に戻ると、母親に温子と約束があるから遅くなると言った。
そこへその温子から電話があった。
「涼子?これから出られる?」
「えっ?これから?」
涼子は確かにこれから出かけようと思ってはいたのだけれっど、まさか、言い訳のために、悪く言えば利用しようと思っていていた温子からの呼び出しには少々戸惑った。
本当はこれから、孝太を待ち伏せするために“磯松”へ行こうと思っていたのだから…。
「そう、今から、三人で孝ちゃん家に行こうって話しになって…」
「三人?」
「そうなの。偶然、藤村さんにあってね、今まで部室で一緒だったのよ」
「藤村さん?」
「う~ん…。詳しいことは後で話すから」
温子は孝太のアパートがある駅名と、その駅前にファミリーレストランがあるので、そこで孝太のバイトが終わるのを待とうと言った。結果的には待ち伏せすることに変わりないのだけれどが、涼子はなんだか妙な気分になった。
「じゃあ、お母さん、出掛けてくるね」
「温子さんに、ご迷惑かけるんじゃないわよ」
「分かってるって!」
涼子が店に着くと、温子と知美は既に来ていて二人は涼子の姿を見つけると、窓際の席から手を振った。涼子は温子の隣に座った。
温子は和風ハンバーグ、知美はシーフードドリアを頼んでいた。涼子もメニューを眺め、トマトソースのハンバーグと食後にアップルティーを頼んだ。
「やっぱり、アップルティーなんだ」
温子がそう言ってニヤニヤしている。
知美も頷いて、笑っていた。涼子も笑った。温子は知美と会って、孝太のアパートに押し掛けることになった経緯をざっと涼子に話した。
「こんな風に三人で食事をしながら、話しをしているのってなんだか不思議ね」
涼子が切り出した。知美も温子も「同感だ」と、言って笑った。
「ねえ、三人が初めてあったときのこと覚えてる?」
涼子が言った。
「私は覚えているわ。何しろ、あの時は藤村さんが孝ちゃんを盗みに来たと思ったもの」
温子が言うと、知美もその時の感想を話した。
「そう、そう。私は広瀬君はいつか絶対に私がもらう。なんて思ってたわ」
知美は真剣な顔で言った。しかし、温子と涼子が一瞬、引くと、知美は「な~んてね」と言って表情をゆるめた。二人は、それを見て吹き出した。
「だけど、こんな風に一人の男性を奪い合おうとしている三人の女性が集まって笑って話しをするのって、普通じゃあり得ないよね」
知美がしみじみと言う。
「最初、温子が孝太君と別れたと言ったときは、私のために身を引いてくれたのかと思って逆に遠慮していたのに、実際は温子も孝ちゃんが好きだと言うし、三人はライバルなんて言い出したときには、これからどんな修羅場が待っているのかと思って、気が気じゃなかったわ」
「そうよね。あの時は別れたのなら、キッチリ身を引きなさいよって思ったけれど、なぜか、あなたを見ていると、とてもライバルだなんて思えなくなるから不思議よね」
「そうなのよ。私は高校生の時から、ずっと温子と一緒だったから、当たり前みたいに思っていたけれど、そこが温子の魅力なのよね」
二人が温子のことをそんな風に言うので、温子は照れて、涼子の肩をポンポン叩いた。
三人は、食事が終わっても、こんな調子で話し続けた。
温子は、二杯目のジンジャーエールを、知美はコーヒーのお代わりをした。涼子は、アップルティーがなくなったので、今度はレモンソーダを頼んだ。
涼子が意識してアップルティーではないものを頼んだので、温子と知美は顔を合わせてクスッと笑った。涼子は「なによ?」とでも言いたげに、二人の顔を交互に見た。涼子が時計を見ると、既に十一時を回っていた。
「そろそろ、孝太君、帰ってくる頃かしら」
涼子が、そう言うと、温子も、知美も時計を見た。
「そうね、そろそろね」
温子がそう言って席を立つと、二人も席を立ち店を出た。




