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55.いい女はいくらでもいる

55.いい女はいくらでもいる


 知美はいつものように教室で洋子とコンピューターの画面を眺めていた。

「ねえ、どんな感じ?」

「なにが?」

「ムササビよ!」

「すごいわよ!佐々木純子。あの若さでカリスマ的存在でいられるわけがよく分かったわ」

「そんなにすごいんだ?」

「もう、言葉では説明できないわね。あのすごさは」

「それって、なんか、話しするのを面倒くさがってない?」

「うん!そうね。半分はそうかな…。でも、半分は何というか本当に説明できないの!」

二人はコンピューターの画面からは目を離さずに軽快にキーボードを操作している。

「ところで、彼とはその後どうなの?」

「彼って?」

「聖都の彼よ。孝太っていったっけ?」

「まだまだ、かな…。でも、諦めないわよ。三年間待ったんですもの。孝太君はあの子とは元々合わないと思うわ。だから、もう少し待つわ」

「以外と、一途なのね」

「以外とって、どういう意味よ?」

「あなたって、信長タイプだと思っていたのよ」

「信長?」

「そう!とても家康タイプには見えないもの」

「家康?」

「あら、知らないの?」

「知ってるわよ!ホトトギスでしょう?」

「なんだ、知ってるんじゃない」

「失礼ね。そのくらい知ってるわよ。洋子がそんな例え話をすることが私にとっては意外だわ」

「私、日本史が大好きなの。NHKの大河ドラマは欠かさず見ているわ」

「ほー、大河ドラマは私も大好きでね」

いきなり、二階堂教授が後から声を掛けた。二人はビックリして振り向いた。

「先生、忍者になれるわよ」

洋子の言葉に二階堂教授は笑って答えた。

「君達こそ私が近づいて来たことにさえ気が付かないほど集中していたのなら、すぐにプロのグラフィックデザイナーになれそうだな。と言うより、漫才師にでもなった方がいいかな」


 中庭を囲むように建てられている校舎の東棟二階部分にある渡り廊下を進むと、高台になっている中央広場がある。

そのほぼ中心に位置するのが“サンライズ”と学生達に呼ばれているコミュニティースペースだ。

1階には売店や図書室、卓球やビリヤードが出来る娯楽施設などがある。2階は学生食堂になっており、床面積の3分の1を占めるオープンテラスは開閉式の屋根がついている。

 テーブルの椅子を向かい合わせて三列ほど並べ、そこに仰向けに寝転がっていた横山司は開放された屋根からわずかに射し込んでくる夕日の光を避けるように、顔に雑誌を被せた。

その瞬間、何者かが雑誌を取り上げ替わりに自分の顔で日陰を作った。河合洋子だった。

「もう、日が暮れるわよ」

洋子はそう言って司のおでこにキスをした。慌てて起きようとした司はバランスを崩して向かい合わせにした椅子と椅子の間に回転しながら吸い込まれていった。

「きゃっ!」

洋子はビックリして、司を支えようとしたけど、一瞬早く、司は洋子ではなくコンクリートにキスをする羽目になった。

「痛ってえなあ!」

「先輩、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。コンクリートは君の唇より固いってのがよく分かったよ」

鼻の頭と唇に砂を付けたままの顔で司は答えた。その司の顔を見て、洋子は悪いと思いながらもつい、吹き出してしまった。


 洋子が知美に付き合って“磯松”に行った翌日、知美は司にこう告げていた。

「いい先輩だとは思うけど、どうしても恋愛対象としては見ることが出来ない」

司は相当落ち込むかと思ったけれど、以外とサバサバした表情で受け答えをしてくれた。

「ああ、そのようだな。いくら頭の悪い俺でもいい加減、諦めた方がよさそうだと思えてきたところさ」

 つまり、そこまで空気を読めないようなバカではないと笑って見せてくれた。そのやり取りを横で聞いていた洋子はなんとなく、司のことを見直した。

「そうよ!いい女は、廻りに、いくらでもいるんだから」

そう言って司を励ました。

ルックス重視で男を評価する洋子にとって、司は上の下といったところなのだ。

洋子自身は自称“いい女”なのだが、それは実際、誰が見ても充分“いい女”なのだった。花に例えると、知美が棘のあるバラなら、洋子はいつも太陽の方を見ているひまわりだと言えるだろうか。ただし、洋子の廻りには太陽がいっぱい廻っている。最も、その太陽のほとんどは既にこの世に存在しない歴史上の人物だった。生きてこの世に存在している司は、今や、いちばん大きな太陽になりつつあった。

 洋子は哀れな横山先輩が自分の中で悲劇のヒーロー明智光秀のように思えて放っておけなかったようだ。

その時以降、洋子は司を励ますことで自分をアピールすることに成功し、今では誰もが認める公認のカップルになっていた。知美も二人を祝福してくれた。

亨は意外な結果に司を冷やかしていたけれど、いちばん喜んでいたのは彼かもしれない。


 司は右手の人差し指で洋子のおでこを軽く押してから自分の顔についた砂を落とした。

「さあ、それじゃあ、行こうか?」

そう言って司が歩き始めると、洋子は司の腕につかまってついて行った。







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