54.納得するしかない
54.納得するしかない
温子が一週間ぶりにCIPの部室に顔を出すと良介と望がいた。
「どうも~。ごぶさたで~す」
「おお!ちょうど良かった!まあ、座れ」
良介は温子の顔を見ると、いきなり次の仕事の話しを始めた。
「昨日は来なかったからな」
「何があったかは知らないけれど、連絡くらいは入れなさい」
望もそう言ってプロジェクトの内容を告げた。
今度の仕事はこうだ。新学期が始まって3ヶ月ほど経つこの時期、ちょうど7月の初め頃に毎年企画されているイベントなのだが、数校の大学と2社ほどの企業間で合同コンパをやる。
合同コンパと言えば基本的には2つのグループで実施するのだけれど、CIPでは登録のある大学・企業を全て総当たりで実施する“合コンラリー”として開催しているのだ。
良介も望も温子がリサーチしていた情報が役に立つと思ったのだ。
「エントリーしている大学・企業のリストを渡すから、会場と組み合わせをマッチメイクしてちょうだい」
望がそう依頼すると良介が更に付け加えた。
「いいか、エントリーしている学校や企業の特徴、参加メンバーの好みや性格まで分析して最高の舞台を演出してくれよ。エントリーしてきた大学や企業については晃が詳しいから協力するように言ってある。さあ、分かったらさっさと行って来い!」
温子は俄然、燃えてきた。
「はい!解かりました」
温子は元気良く返事して部室を出ていった。けれど、すぐに戻ってきてドアを開けた。
「あの~、鵬翔先輩は今どこに?」
孝太は部室がある厚生棟1階のカフェにいた。オープンテラスのテーブル席で紙コップのコーヒーを飲んでいた。テーブルの向かいには鵬翔晃が座っていた。
パッと見た目にはすごくモテそうな鵬翔なら、女の子の気持ちがわかるかもしれない。そんな期待を込めて孝太は鵬翔に聞いてみた。
「先輩には彼女とかいるんですか?」
「どうしたんだ?やぶから棒に」
「女の子の気持ちってわかんないもんですねぇ」
「お前、そんなの当たり前だろう!俺達は男なんだぜ」
鵬翔の答えがあっけなかったので、孝太は肩透かしを食らった感じで少しがっかりした。けれど、鵬翔は話を続けた。
「分からないからこそ、コミュニケーションが大事なんだ」
「コミュニケーションですか?」
「そうだ!コミュニケーションだ」
「う~ん…」
「まあ、経験を重ねればお前にも分かるよ」
「ところで…」
孝太が合コンラリーについて鵬翔に尋ねようとした矢先に鵬翔が立ち上がって手を振って誰かを手招きをしたので、孝太も一旦、言葉を切って後を振り向いた。温子が誰かを探しているようだった。鵬翔に気が付くと、温子はこちらへやってきた。
「あら、孝ちゃんもいたの?」
「あのさあ、昨日の話なんだけど…」
「ごめん、孝ちゃん。それ、また今度ね」
温子は良介に依頼されたと言って、鵬翔に合コンラリーにエントリーしている学校について聞き始めた。
孝太は仕方なく席を立って、その場を離れた。温子は後ろ髪を引かれる思いで立ち去る孝太を見送った。
「孝太のヤツ、何か話しがあるみたいだったけど大丈夫なのか?」
鵬翔は二人の様子が変だと気が付いたけれど、温子が否定したのでそれ以上は詮索しなかった。
“磯松”のバイトが終わって店を出ると温子が待っていた。
「お疲れさま」
温子は孝太の腕を引っ張り歩き出した。
「ご飯はお店で食べてきたよね?」
「いや、今日は食べてない。今日は…。昨日から食欲もなければやる気も出ない」
「よかった!じゃあ、牛丼食べに行きましょう!」
「牛丼?」
「ねえ、私の顔見たらお腹減ったでしょう?」
「そんなことより、ちゃんと説明してくれないか?」
「そうね、だから立ち話も何でしょう?」
「牛丼屋でそんな話し出来るのかよ?」
「あら、孝ちゃん、怒ってるの?」
「なあ、真面目にやろうぜ」
「ごめん。わかった。じゃあ、“HIRO”にでも行く?」
一瞬、孝太はドキッとした。
「冗談よ!あそこにしましょう」
そう言って温子は駅前の喫茶店を指した。
二人は奥の席に座った。孝太はコーヒー、温子はナポリタンとレモンティーを頼んだ。孝太がこの席に座ったのは三度目だった。
「あの時以来だね、ここ」
孝太は急に後ろめたい気持ちになった。
「あのね…」
温子は話を続けた。
「あのね、孝ちゃんのことが、嫌いになったわけじゃないんだよ。それに、もう会わないとかそういうことでもないの」
「じゃあ、何で、別れるなんて言ったんだ?」
「孝ちゃんって、とってもいい人ね。だから、私が独占しちゃうのは辞めようと思ったの。だから、孝ちゃんも私のこと独占しようなんて思わないでね」
孝太はしばらく黙っていた。
ウエイターが、コーヒーとレモンティーを持ってきた。
「ナポリタンの方はもう少々お待ち下さいね」
ウエイターはそう言って、にこやかに去っていった。
ウエイターが立ち去るのを見届けてから、孝太は口を開いた。
「誰か他に好きな人でもできたのか?」
温子は小さな両手でティーカップを抱えて一口飲んだ。
「違うよ。今でも、孝ちゃんが好き。その気持ちには変わりないのよ」
孝太はコーヒーを一気に飲んだ。
「意味が分からないよ」
「ねえ、孝ちゃん?藤村さんのことは嫌い?」
「嫌い?そんな風に聞かれたら、嫌いじゃないさ」
「じゃあ、涼子のことは嫌い?」
「いや」
「そうよね。どちらかと言えば、好きでしょう?」
「まあ、どちらかと言えば…」
「そうでしょう?だから、そういうことなの」
「益々、意味が分からないよ」
「だから、他の女の子ともきちんとお付き合いした方がいいと思うの。私と付き合っていたら、そのことを後ろめたく思うでしょう?そんな付き合い方をして欲しくないの。そして、私自身、そのことを悩まなきゃいけないとしたら、とても辛いことだと思うから」
孝太は少し考えた。温子のナポリタンがきた。温子は待ってましたとばかりにナポリタンをほおばった。
「孝ちゃんが本当に好きになった人と付き合えばいいの。孝ちゃんが誰かを本当に好きになるまでは恋人ではなくてちょっといい感じのお友達でいたいの。友達以上恋人未満ってやつかな」
「今の俺は温子のことを本気で好きじゃないとでも言うのか?」
「分からないわ。孝ちゃんは神様に誓える?」
そこまで言われると確かに孝太にも自信はなかった。
「ねっ!だから、安心して」
多少、煮え切らないところもあったけれど、孝太は納得するしかないと思った。けれど、自分の中で次第に大きくなっていく涼子のことがふと頭をよぎり、もしかしたら温子はそのことを察しているに違いないと考えた。
温子の決心が並大抵の物ではないことは分かった。
「ほら、今度の仕事、合コンラリーだっけ?」
「ああ」
「私、今日、部長に仕事頼まれたの。今までのリサーチ活動が役に立つだろうって」
「そうか。良かったじゃないか」
「孝ちゃんも手伝ってね」
「ああ、協力するよ」
「ねえ、孝ちゃんも食べる?」
“開き直った”という言い方が正しいのかは判らないけど、ある程度、自分で納得した途端に孝太の腹の虫が叫んだ。
『ギュル~』
温子も孝太も声を出して笑った。二人で笑ったのは久しぶりだ。




