51.最後のデート
51.最後のデート
CIPの部室で温子はソファーにもたれて孝太と涼子を見ている。必要以上の会話はほとんどない。しかし、涼子の表情は明らかに以前とは違う。生き生きしていて楽しそうだ。孝太はいつもと変わった様子はない。
孝太が浮気をしていないことは、先日の“HIRO”での話からも明らかだった。浮気という言葉が正しいのかどうかは判らないけれど、少なくとも温子はそう感じていた。そして、それは悪いことなのかどうかも判らない。あとは、自分の気持ち…。温子はそう思った。
「温子?具合でも悪いのか?元気ないぞ」
孝太が心配して近づいてきた。
「大丈夫。ねえ、それより孝ちゃん今日バイト休める?」
「店長に聞いてみないと何とも言えないなあ。なんでだ?」
「久しぶりに、デートしよう!」
「デート?」
「そう!デート!」
そう言うと温子は立ち上がり孝太の手を引っ張って歩き出した。部室を出てドアを閉める時に涼子に向ってこうささやいた。
「涼子、ごめんね。ちょっと孝ちゃん借りるわね。大丈夫!すぐに返すから」
涼子は不思議な顔をしていたけれど、温子は構わずにドアを閉めた。
孝太は途中、本館ホールにある公衆電話で“磯松”に電話をかけた。
「まあ、仕方ない。今日だけだぞ!」
店長はそう言って休みを認めてくれた。
「さて、どこに行こうか?」
「そうね、少しおなかがすいたからご飯食べに行きましょう。今日は全部私が御馳走するわ」
“大学堂”は相変わらず聖都の学生でいっぱいだった。
孝太と温子は座敷に向かい合って座っていた。いつもの女店員がハヤシライスを運んできた。
「懐かしいわね。合格発表の時以来だよね」
「ああ。だけど俺はこの間副部長と…」
「あっ!そうだったわね」
「そう言えば、お前たち、途中で冷やかしに来ただろう?」
「違うわよ。孝ちゃんが心配で様子を見に来てあげたのよ。そしたら、副部長と目が合っちゃて」
「あれには参ったよ。また、そろそろ始まる頃じゃないのか?」
「そうかもね」
そう言って二人は笑った。
「ねえ、初めて会った時のこと覚えてる?」
「ああ、覚えてるさ」
「その時、孝ちゃんは私より涼子に興味があったんじゃない?」
「そんなことはないさ。ただ驚いただけさ」
「藤村さんに似ていたから?」
「そう」
孝太はハヤシライスをかき込みながら頷いた。温子も一口食べた。
「ボウリング場で藤村さんと再会した時は嬉しかったんでしょう?」
「嬉しいというより、戸惑ったという方が正解かな。あの時はもう温子と付き合っていたからな」
「もし、私と付き合っていなかったらどうなっていたかしらね?」
「正直、彼女はきれいだけど中学でも高校でもほとんど話しをしたことがなかったから、好きだと言われてもピンとこなかった」
「へー?好きだと言われたんだ!」
「ああ、うん。一度、“磯松”に来たことがあった。それに “HIRO”で会ったこともある」
「まあ、知らなかったわ」
「いや、隠すつもりはなかったんだけど、温子も忙しくしていたから言い出す機会がなかったんだ。でも、今、話したろう」
「うん。そうだね。それで、孝ちゃんはなんて答えたの?」
温子の話しぶりは穏やかで、まるで、物語でも聞かせているような感じだった。
「温子がいるし、今は、考えられないってはっきり言ったさ」
「孝ちゃんにしては、よく言ったわね」
「お前、俺達のこと疑ってただろう?」
「それはそうよ。愛するダーリンが他の女に取られやしないか気が気じゃなかったわ」
「だけど、俺を信じてくれた?」
「そうね。私にも孝ちゃんしか考えられなかったから、信じるしかなかったもの」
二人ともハヤシライスの皿が空になった。温子はコップの水を一口飲んだ
「お腹いっぱい」
そう言ってお腹をポンと叩くと話を続けた。
「欲しいものがあるの。付き合ってくれる?」
ハヤシライスの料金を温子が二人分支払った。“大学堂”を出ると温子は孝太をボウリング場に連れて行った。そして、クレーンゲームのコーナーへやって来た。以前、孝太に取って貰ったぬいぐるみの色違いのものを指した。
「お願い、あれ取って」
そうねだった。
「お安い御用だ」
孝太はいとも簡単にぬいぐるみを獲得した。温子はそれを孝太に渡して言った。
「それ、持っていて。私の代わりに。ねっ!」
明らかに今日の温子はいつもと違う。孝太はそう思いながらも理由を温子に聞くことは出来なかった。
「さあ、ちょっとお茶でも飲みに行きましょうか?」
二人はボウリング場の隣にある喫茶店に入った。温子はレモンティーを、孝太はブレンドを注文した。
「むさ美の皆川って人を覚えてる?」
「ああ、小田切さんの親友でいつも、女の子を二人連れている人だろう?」
「そうそう、あの子たちったらおかしいのよ。二人とも皆川って人のことが好きなんだって。それで、デートも三人一緒なのよ。変よね?」
「へー、そうなんだ」
「孝ちゃんだったらどうする?」
「どうすると言われても、判らないなあ」
「じゃあ、仮によ。仮に、私と涼子が孝ちゃんのことを好きで、二人に付き合ってくれと言われたらどうする?」
「そんなこと有り得ないだろう?それにあったとしても、二人同時にはなあ…」
「そうだよね。どちらかを選ばなくちゃいけないよね。そして、多分どちらを選ぶのか、すごく悩むのよね」
アルバイトらしい女の子がレモンティーとコーヒーを持ってきた。温子はレモンティーを一口飲んでから話を続けた。
「だけど、横山さんって人は可哀想ね」
「ああ、藤村にふられたんだって?」
「まだ、ふられたわけじゃないわよ!だけど、彼女のことだからいつかはきっと、そうなるかもしれないわね」
店内にカレーのにおいが漂ってきた。他の客が頼んだのだろう。
「うわー、なんかいいにおいがしてきた」
「まさか、また食べるなんて言うんじゃないだろうな?」
「バカねえ!さすがの私でも、今はまだ食べられないわ。それにカレーはやっぱり、孝ちゃんの作ったカレーが一番だわ」
「愛情のスパイスが効いている?」
「そう!愛情のスパイス!」
温子はそういうと満面の笑みを浮かべて孝太を見た。
既に、あたりは暗くなっていた。二人は喫茶店を出てしばらく歩いた。孝太の腕には、温子の腕が絡みついている。
「ねえ、今日は孝ちゃん家に泊ってもいい?」
「家の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫!」
「晩飯はどうする?」
「途中で買い物して帰りましょう。今日は私が何か作ってあげるわ」
「本当に?」
「なによ?不満?」
「いいえ、めっそうもございません」




