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50.温子の気持ち

50.温子の気持ち


 家に戻った温子は夕食もとらずに部屋にこもっていた。

「確かめた方がいいのかしら…」

 涼子が、孝太に思いを寄せていることは明らかだ。“HIRO”で孝太に会っていたのは涼子なのか、藤村知美なのか…。

「よし、とりあえず、明日“HIRO”に行ってみよう」

 温子は翌日、午後の講義が終わると武蔵野の森へ出かけて行った。孝太は今日、バイトがあるはずだから鉢合わせする心配はない。

 入り口のドアを開けて店に入ると、小田切薫と皆川亨が来ていた。温子の姿を見て、亨が手招きした。温子は亨の隣に腰かけた。

「昨日は悪かったな。早速、偵察にきたのか?」

 智子が、温子の前に水の入ったグラスを置き、注文を聞いた。

「コーヒーを」

 その後、温子はしばらく、黙っていたけれど、智子に聞いてみた。

「孝ちゃんがここによく来るのは本当ですか?」

 智子は薫と亨を交互に見て、おしゃべりね…。そんな表情をした。

「ここへ来たのは三度ね。一度目はあなたたち三人で来た時。二度目は一人だったわ」

「三度目は?」

「三度目は藤村さんと一緒だった」

「涼子ではなくて、藤村さんだったんですね?」

「ええ、最初は涼子ちゃんかと思ったけど、話の内容からして藤村さんで間違いないわ」

「どんな話をしていたか覚えてますか?」

「高校時代の思い出話かな。それから、あなたのこと」

「私のこと?」

「そうよ。藤村さんは孝太君のことが好きだと言っていたわ。だけど、孝太君はあなたがいるから無理だって」

「それで?」

「それでって?」

「その後、藤村さんはどうしたんですか?」

「それでもいいって。今まで、待っていたんだからもう少し待ってみるとか、二人の邪魔はしないとか、そんな話をしていたと思ったわ」

 亨と薫は二人のやり取りを黙って聞いている。

「そうですか」

 温子は少し安心したようだった。

「なっ!気にするほどじゃなかったろう?」

「あなたは黙ってて!」

 智子はそう言うと、亨を睨みつけて話を続けた。

「あなたが余計な心配をする羽目のなったのには私にも責任があるの。だから、全部話をするわ。実はこの話、今のでおしまいじゃないのよ。問題は二度目に来た時なの」

「二度目?だって一人で来たんでしょう?」

「そう、来た時はね…」

 智子はまだ話した方がいいのか迷っているようだったけれど、ここで辞めたらそれこそ、温子を苦しませるだけになってしまう。それに、この後、どうなるかも判らない。今、このことを聞かせるのは残酷な気もするけれど、どの道、避けては通れない道だと覚悟を決めた。

「…その日、涼子ちゃんも来ていたの」

「涼子も?」

「ええ、別に、待ち合わせとかではなくて、彼女も一人で来ていたの。会ったのは本当に偶然だったみたいだけど」

「…」

 温子は黙って聞いている。

「わたし、小田切君たちから話を聞くまではあなた達が付き合っていたなんて知らなかったから、余計な事をしちゃったかもしれないわ。彼女の方はね、むさ美のバザーの後、何度か来ていたの。たぶん、ここに来ていれば、いつか孝太君に会えるんじゃないかってね。あの日もそんな感じだったわ。藤村さんとは、姿は似ているけれど、性格は全く違うから、孝太君とは彼女がいちばん合っているような気がしたの。それで…」

「それで?」

「それで、彼女に、あなた達とてもお似合いだから頑張りなさいなんて言ってしまったわ」

「孝ちゃんとは、涼子がいちばんお似合いですか…」

「ごめんなさい。でも、あなた達がお似合いではないということではないのよ。孝太君自身はきっと、あなた以外は考えていないと思うわ。それに、涼子ちゃんはあなたから彼を奪おうなんてこと絶対にしないでしょ?」

「涼子が孝ちゃんのことを好きなのは私も気が付いたわ。問題なのは私の気持ちなの。でもまさか涼子が…」

 今まで黙って聞いていた亨が口を開いた。

「だけど、当然と言えば、当然の結果だったんじゃないのか?うちの若菜と綾みたいに四六時中一緒にいれば、情も移るってもんだ。まあ、あいつらはちょっと引き合いに出すには極端すぎるがな」

 温子は昨日の彼女たちの話を思い出した。

「そうね、私たちはデートの時まで一緒にいないもの」

 そう言って温子は少しほほ笑んだ。







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