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49.噂の真相

49.噂の真相


 メディアタワーからさほど離れていない小高い丘に“ムササビ”のオフィスがある。知美と二階堂教授はそこへ向かう坂道を歩いている。この辺りまで来ると、駅周辺のにぎやかな雰囲気とはがらりと変わって、どこか違う世界のようにさえ思えてくる。

坂の両側には低層の高級住宅が立ち並び、どこの家の駐車場にも外車や高級国産車が停まっている。ちょうど、坂を登りきった辺りに5階建ての高級マンションが建っている。二人はそのマンションの正面にあるレンガ造りの門をくぐり、庭園の脇をエントランスの方へ歩いていった。

大きなガラスのドアを開けると、床には赤っぽい御影石が貼られていて、表面がザラザラのバーナー仕上の石と、ぴかぴかに磨かれた石とをモダンに組み合わせている。大理石が貼られた壁の真ん中に、緑色の石で縁取られたブース状の一角があり、オートロックの機械とインターホンが備え付けられている。

外に2台、エントランスホールにも2台の防犯カメラが天井から二人を見下ろしている。二階堂教授は、5・0・1・呼と、順番に4つのボタンを押した。

すぐに、女性の声が聞こえた。

「はい。ムササビです」

「二階堂です」

二階堂教授が名乗ると、女性は明るく返事をしてドアのオートロックを解除してくれた。

中に入ると左側に管理室があり窓口から制服姿の警備員が座っているのが見えた。二階堂教授が左手を上げて挨拶すると、警備員は立ち上がって敬礼した。

廊下は毛足の長いじゅうたんが敷き詰められていて、エレベーターホールまでの壁もエントランスと同じ大理石が貼られている。

二階堂教授が△のボタンを押すと、二台あるエレベーターのうちの右側のエレベターの扉が開いた。二人はエレベーターに乗り込み、5のボタンを押した。

5階のエレベーターホールの床もじゅうたんが敷かれており、壁と天井には布のクロスが貼られている。正面と左右に部屋の入口があり、501号室はエレベーターを降りた左側の部屋だった。

部屋の入口の前にもインターホンがあり、ドアの取っ手部分にはテンキーが設置されている。二階堂教授はインターホンには触らず、テンキーを押してドアを開けた。

 部屋の中に入ると硝子のスクリーンがあり、トレードマークのムササビのイラストがデザインされたロゴをあしらったパネルが飾られている。

二階堂教授が受付カウンターからオフィス内を覗くと、奥のデスクにいる30歳前後くらいの男が立上り手を振った。

「おやじ!」

その男、二階堂護(まもる)は中へ入ってくるようにデスク脇の応接セットを指した。

 知美がここを訪れるのは、この日で2回目だった。最初に訪れた日に、例のキャラクターの他に何点かのイラストを持ってきたのだけれど、その時にストーリー性のあるカットで10枚のイラストを作成してみてくれないかと社長の二階堂護から宿題を与えられていたのだ。

知美は早速その日から教室にこもって、10枚のイラストを作り上げたのだった。二階堂教授は知美から10枚のイラストが入った封筒を受け取り護に渡した。護はすぐに中身を取りだし、1枚1枚真剣に見た。知美はどんな評価を受けるのかドキドキしながら待っていた。

「いいね!この前のイラストもなかなか個性のあるキャラクターだったけど、これも独特でいい」

そう言ってイラストをテーブルの上に置いた。

「まだまだ、コンピューターの操作もおぼつかないんだがね。いい感性をしているだろう?」

二階堂教授が後押しするように言った。知美はホッと胸をなで下ろした。

「おやじがここに生徒を連れてきたのは君が二人目でね。そして、最初の子があの子さ」

そう言って護が目を向けた先のデスクに座っているのは佐々木純子だった。佐々木純子といえば、今、売り出し中のイラストレーターだ。雑誌の表紙や企業のポスターを手掛ければ売れ行きが倍増するとまで言われている。今やこの業界では第一人者として確かな地位を築いている佐々木純子だ。当然、知美にとっても尊敬するデザイナーであり、目標でもあった。

「藤村さんといったね?荒削りだけど、将来有望だよ。どうだい?ここで、働いてみないかい?」

護の言葉に知美は思いもよらず笑みがあふれてきた。

「本当ですか?是非お願いします」

「ただし、基礎は大学でしっかり学んでもらわなければいけない」

「ええ、解かっています」

「とりあえず、アルバイトという形で学校が終わってから来られるときに来ればいい」

「解かりました。じゃあ、早速今日からでもいいですか?」

「今日?何ともせっかちだな。まあ、君さえよければ」

二階堂教授は、護と知美のやり取りを楽しそうに聞いていた。そして、護に告げた。

「よろしく頼む」

護が二階堂教授に手を振って応えると、二階堂教授は頷いて帰って行った。

「それじゃあ、みんなに紹介するからついて来て」

知美は護に従ってフロアを順に挨拶して回った。


 いつものように、この日も温子はリサーチ活動に励んでいた。大学の講義が終わってから活動しているので、一日に尋ねていける店の件数は限られている。この日はスポーツ&パーティーをテーマに時間貸しをしているスポーツ施設を見学していた。しかし、なんとなく、気が重かった。

「涼子が孝ちゃんのことを好きだったなんて気が付かなかったわ」

そのことを思うと、複雑な気持ちになった。カフェのオープンテラス。日除けのパラソルが立てられている丸いテーブル席。温子はそこでMサイズのコーラをストローですすりながら、ため息をついた。

「おや!CIPの元気印が今日はなんだか落ち込んでいるように見えるのは気のせいかな?」

声をかけてきたのは皆川亨だった。例によって、石川若菜と米村綾も一緒だった。

「ご一緒させてもらってもいいですか?」

若菜が声をかけた。面倒くさい奴にあったなあ…。温子はそう思ったけれど、一人で考えこんでいるよりはましだと思って申し出を受けた。

「あなたたちって、不思議よね?二人とも、こいつのことが好きなんでしょう?」

いつも、二人で一緒に亨について歩いている若菜と綾に温子は言った。

「おい、おい、年上の、しかも、こんないい男を捕まえてこいつはないだろう?」

亨が半ば冗談っぽく口を出した。若菜も綾もクスクス笑っている。そして、若菜が温子の問いに答えた。

「私たち、中学校のころからずっと一緒で、趣味も一緒だし、とても気が合うの」

すぐに、綾が続けた。

「そうなの。歌手や俳優さんも、いつも同じ人を好きになるのよ。もっとも、どちらかが先にこの人カッコイイね。って、そう言うともう一人も、あっ、本当。みたいな感じで」

まあ、仲がいいのは分った。そういう意味では温子と涼子も仲良しなのだけれど、大抵のものは好みも考え方も違う。

「だけど、男の人を好きになるっていうのは、歌手や映画俳優に憧れるのとはわけが違うでしょう?」

女の子三人の話を亨はタバコを吸いながら面白そうに聞いている。

若菜と綾は、お互いに目を見合わせて笑った。

「あら?そうかしら?一緒にいた方が楽しいと思うんだけど」

若菜が、そういうと、綾が続けた。

「そうですよ。別に結婚とかまで考えているわけじゃないし、たまたま、好きになった人が一緒だったから、一緒にお付き合いしているだけよ」

温子には到底理解できなかった。

「あなたは、こういうの、どうなの?」

温子はたばこの煙をリング状に吐き出しながらニヤニヤしている亨に聞いてみた。亨はいきなり話をふられて少しむせったもののこう答えた。

「ノープロブレム!別にいいんじゃないか。下手に隠れて別々の女と付き合うよりは」

「そんなのおかしいわよ。孝ちゃんならそんなことしないわ。たぶん…」

「どうだか…。あいつも所詮そこら辺の男と大して変わらないんじゃないか?」

うすら笑いを浮かべて亨が温子の言葉を否定した。

「どういうことよ!」

「最近、“HIRO”でよく藤村と会っているらしいぞ。その孝ちゃんとやらがさ」

温子はショックだった。

「うそよ」

「うそなもんか!智ちゃんがそう言っていたって薫から聞いたんだ」

「うそうそ!そんなのうそよ!藤村さんはもう、孝ちゃんとは関係ないはずだもの」

「それじゃあ、仮に、それが藤村じゃないとしよう。そうなると孝ちゃんのお相手はお前さんと仲良しのそっくりさんの方だってことになるんだぞ。どっちにしても、お前さんの知らないところでよろしくやっていることに変わりはないだろう?」

「…」

「亨ちゃん!」

若菜と綾が、亨を肘でつついた。

「いけね!余計な事を言っちまったかな?まあ、そう気にしなさんな。ただの噂だ。元が薫だから話半分くらいに聞いておけ」

気休めにもならない言葉を吐いて亨達は去って行った。温子は一人取り残され、呆然とした。







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