42.特別な1本
42.特別な1本
メディアタワーの前を行き交う人々が、しばし足を止めて巨大なオーロラヴジョンを見上げている。画面には、ヴィジュアル系バンドの映像が流れている。その映像が終わると、鮮やかな緑が映える、武蔵野台美術大学を上空から撮った映像が映し出された。
すぐに、“世界へ!”の文字がカットイン。それから、各学部の活動風景が画面の上半分で右から左に流れる。映像がラップするような形で、下半分にはイタリアの工房での作業風景が左から右へ流れるように映し出されている。スポットで、デザイナー、レオナルドのインタビュー風景が流れ、コメントがインパクトのある文字でカットインしてくる。“創造”、“技術”、“情熱”、これらの文字が次々にカットインしては消えていく。その後に、“全ては愛のために…”画面の中央から飛び出すように文字が大きくなっていく。画面全体が文字と同じ真っ白になると、次に映し出されたのは、薫と智子が工房で作品を仕上げていく様子だった。
リズミカルに、手際よく、まるでダンスでも踊っているかのように二人は作品作りに没頭している。
カメラが二人の回りを廻りながら捉えた映像がラップしながら映し出されていく。
作品が完成して、床に大の字になって充実した表情の薫と、その場に座り込み天井を見上げる智子の映像が、真上から映し出され、空へとフェードアウトしていく。
場面が変わって、“HIRO”でコーヒーを入れるママの博子の手元が映し出される。
カウンター越しに向かい合う薫と智子。智子の頬を伝うひと粒の涙がアップで映し出され、薫が智子の耳元に何かをささやく。その瞬間、智子の表情がさわやかな笑顔に変わっていく。
“別れは終わりではない”の文字がカットイン。
続けて、“そして彼女は旅立つ”の文字がカットイン。
最後に再びカットイン。
“世界へ!”
校門から撮った、武蔵野台美術大学のキャンパスが映し出され、“武蔵野台美術大学春の芸術祭5月26日~27日”
メディアタワーでは、当日までこの映像を午前七時から夜の八時まで、一時間に一回ずつ、一日に合計14回流すことになっている。
沿線の、商店街の街頭テレビなどでも定期的にスポットで映像が流れるようになっている。
地元の武蔵野の森駅前商店街ではポスターが貼られ、バザーに向けてのセールなどが行われていた。
この日の“HIRO”はいつもに増して、むさ美の学生達で賑わっていた。店のテレビには、終始、バザーのPRビデオが流れていた。
智子は、忙しそうに厨房とフロアを行ったり来たりしている。ママの博子は、なぜか何もせずに、カウンターの中でふてくされている。カウンターには、手前から、薫、亨、司、の順に三人が座っていた。
「驚いたぜ!お前にあんな才能があったとはな」
亨が、テレビ画面を見ながら呟く。司も頷いて、何度もPRビデオを見ている。
「本当にすごい。そこにでているのが、俺だなんて信じられない」
「そうそう、いいわよね。あなた達は。本当に役者さんみたいで…」
ママの博子は、PRビデオが出来るのを心待ちにしていたのだけれど、届いた作品を見て、がっかりし、今日は朝から機嫌が悪いのだ。
「私なんか、プロのメイクさんに綺麗にして貰ったのに、手しか移ってないんだもの。あれじゃあ、私だと誰も分からないじゃない」
「そんなことありませんよ。とても綺麗で素敵な手ですよ」
亨は、そう言ってママの博子を励ましたが、博子の機嫌はなおらなかった。そのおかげで、智子は、今日、余計に忙しい思いをしなければならなかった。
ドアのベルが鳴って、伸一が入ってきた。伸一は、まっすぐカウンターの方へ歩いてくると、ママの博子に封筒を渡した。
「何かしら?」
ママの博子は、ペーパーナイフで封を切ると、中身を取り出した。ビデオテープが1本入っていた。
「あら、これなら、もう頂いているわよ」
ママの博子は伸一にビデオテープを返そうと差し出したが、伸一はそれを制し、訳を話した。
「もう、PRビデオは見て頂けたようですね」
「いったい、どうなっているの?あんなにキレイにしてもらったのに、手だけしか映っていなかったら意味がなかったんじゃないかしら。期待させるだけさせておいて…」
「それは違いますよ。先輩はママさんのために、特別に1本撮らせていたんですよ。メイクも衣装もそのためだったんです」
「まあ、いつの間に?それはまったく気が付かなかったわ。それで、これがその1本なの?」
「そうです。後でゆっくりご覧になるといいですよ。それから君達にも1本ずつ」
伸一は、薫と智子にも1本ずつビデオテープが入った封筒を渡した。良介が、葛西に指示して、アシスタントにメイキングビデオを撮らせていたのだ。本編でも、一部、その映像が使われている。薫が、床に大の字になり、智子が座り込んで天井を見上げたシーンだ。実際には、撮影終了後に見せた二人の表情だったのだけれど、アシスタントがメイキング用に天井に固定したカメラから撮っていたものだった。
「ありがとうございます。いい記念になるわ」
智子は、伸一に礼を言った。薫も、軽く頭を下げて会釈した。
「どういたしまして」
真一はそう言って、店を後にした。
孝太達は、バザーで出店を出してくれる、地元商店街の店を1件1件尋ね歩いて、売り出す商品や、その価格、必要なスペースの広さなどの打ち合わせをすることになっていた。
そのために商店街に訪れた孝太たちは手分けして、その作業に当たっていた。
まず、温子が駅前からの2ブロック、孝太が、その先の2ブロック、そして、涼子が最後の2ブロックを担当することになった。
打ち合わせが終わったら、噂の“HIRO”で待ち合わせすることにした。
「それじゃあ、皆さん頑張りましょう!」
温子がそう言うと、三人はそれぞれが担当するブロックへ歩きだした。
温子は、リストを見ながら、早速最初の商店へ入っていった。孝太と涼子は二人で次のブロックまで一緒に歩いた。何を話すでもなく、第三ブロックまでの道のりを、涼子は、孝太の少し後をついて歩いた。孝太の背中を見ながら。
すぐに第三ブロックについた。涼子は、立ち止まった孝太の背中にぶつかりそうになり、不意に我に返った。
「涼子ちゃん大丈夫?」
孝太は、涼子の肩に手を置き、ウインクした。
「まあ、部長みたい。」
微笑んだ涼子の笑顔に、孝太はドキッとした。それを悟られるのをごまかすように、廻りの商店を見渡した。
「俺は、ここからだから。じゃあ。後でまた…」
「ええ、がんばってね」
最初の店に入っていく孝太の姿を見送って、涼子は早足で第五ブロックまで歩いた。
打合せを終えて、最初に“HIRO”へやって来たのは涼子だった。店内には、他の客はいなかった。
「いらっしゃいませ。あら、あなた…」
カウンターの中で、雑誌を見ていた智子が、不思議そうな顔で涼子を見た。




