37.“頑張る気持ち”のおかげ
37.“頑張る気持ち”のおかげ
“HIRO”の入り口の扉には閉店の札が掛けられている。けれど、店の中にはまだ明りが付いていた。
薫を中心に、伸一と智子がそれぞれ両側に座っている。ママの博子が瓶のバドワイザーの栓を開けた。三人に一本ずつ、グラスと一緒に置いた。
薫は、智子のグラスにビールを注ぎ、自分は、そのまま、いっきにラッパ飲みした。
グラスのビールを一口飲んで、智子が口を開いた。
「私は何をすればいいのかしら?」
「それは、僕のお願いを承諾してくれると理解していいんですか?」
「そうね。恥ずかしいけれど、さっき、初めて気がついたわ。彼の想いに…。そして、自分の気持ちに」
智子は、そう言って薫の方をちらっと見た。薫は、ビールのせいなのか、智子のせいなのか判らないが、顔を真っ赤にして正面を見据えている。
ママの博子が口をはさむ。
「あら、私はずっと前から気が付いていたわよ」
洗い終わったティーカップを拭きながら、更に続けた。
「智ちゃんにとって小田切君は弟みたいな存在のつもりでいたんでしょ?たぶん、それは、あなたが、自分にそうしなきゃいけないって言い聞かせていただけなのよ。小田切君のことになると、すぐむきになっていたもの。まるで、小学生が好きな子を、わざといじめるみたいに」
その後は、しばらく誰も何も語らなかった。そんな時、店の電話が鳴った。ママの博子が受話器を取る。
「高倉さん、お電話よ」
伸一は、受話器を受け取る。電話の相手は、良介だった。
「どうだ?そっちは?」
「先輩のにらんだとおりでした」
伸一は、その後、しばらく良介の話にうなずいていた。受話器を置いて、ママの博子に礼を言うと、智子の方に向き直り、良介からの話を伝えた。
「明後日から、“ファントム”のスタッフが、バザー用のPRビデオの撮影に入ります。明日、プロデューサーが下打ち合わせに来ますので、詳しいことはその時に。時間は、午後の9:00でいですか?」
薫も智子も、美大生だけあって、“ファントム”のことは良く知っていたので、驚いた。
「“ファントム”のスタッフですって?あなたたちっていったい…」
伸一は、良介ならこんな風に言うに違いないというようなせりふを吐いた。
「なぁーに、あなたたちのがんばる気持を応援したいだけだすよ。そのために、一番効果的な手段で仕事をするだけです」
これは、決まった…と伸一は思った。が、他の三人は顔を見合わせ、どっと笑い声をあげた。
「それって、あの日下部って人の物まねかしら」
翌日、店が終わるころに、“ファントム”のスタッフがやってきた。スタイリストの三浦羽菜とカメラマンの葛西武史だ。
カメラマンの葛西は、プロデューサーのコンテに従って、ここに来る前、伸一と一緒に、むさ美のキャンパスを下見しているので、最後に被写体を確認しに来ただけだと言って、すぐに帰って行った。
スタイリストの三浦は、予め、もらっておいた写真をもとに、イメージした衣装をスーツケース二つ分も持ってきていた。これから、ざっと合わせてみるという。
女性陣が、二階の住まいの方に上がっていくと、薫と伸一は二人でバドワイザーを開けた。
「おい、伸一。プロデューサーってやつは来ないじゃないか」
「もう、そろそろ来る頃さ」
ちょうどその時、店のドアが開いて、良介が入ってきた。
「女性陣は、今、衣装合わせのころかな?」
そう言って、カウンターの後ろのテーブル席に腰をおろした。
薫は、拍子抜けしたような声で呟いた。
「なんだ、あんたか…」
伸一が、ひとつ咳払いをして、薫に改めて紹介した。
「“ファントム”の敏腕プロデューサー、日下部良介さんです」
「なんだって?」
衣装合わせが終わって、女性陣が二階から下りてきた。
「おわったか?」
良介が三浦に尋ねると三浦はうなずいた。
「素材がいいので、きっと、いい画が取れると思うわ。それじゃあ、プロデューサー、私はこれで失礼します」
スーツケースを両手に抱えて、三浦は店を出て行った。
智子が良介を見て怪訝そうな顔をして聞き返した。
「プロデューサー?あなたが?」
良介は、ウインクをして、カバンからレポート用紙を出してテーブルに置いた。
「じゃあ、コンテの説明をしよう」
良介から、コンテの説明を受けた三人(薫、智子、博子)は興奮気味に、口をそろえて言った。
「こんなCMは見たことがない。たかが大学のバザーにPRビデオを作るというのも驚いたけど、こんな映像、よく思いつきますね?」
良介は、伸一の肩に手をおいて、言った。
「昨日、こいつがかましたギャグじゃないけど、すべては君たちの“がんばる気持ち”のおかげだよ」
一同は、良介のさりげない言葉に、昨日の伸一と重ね合わせてみた。
いつも、ブレザーを着こみ、根っからのお坊ちゃんでありながら、かなり、危ないことまでやってのける良介と、体育会系でジャージ姿がよく似合う、伸一を並べて比べてみたのだ。答えは、考えるまでもなかった。




