36.プロデューサーは俺がやる
36.プロデューサーは俺がやる
聖都大学や武蔵野台美術大学の沿線を走る、通称キャンパス線、その始発駅は、東京のファッションやメディアの発祥地と言われている街だ。
その街に、ひときわ高くそびえ立つビル、俗にメディアタワーと呼ばれるビルががある。そのビルの52階に国内トップのシェアを誇る広告代理店“ファントム”のオフィスはある。
40階より上の高層階までの直通エレベーターの中に良介はいた。強化ガラスで覆われたエレベーターシャフトの窓からは、ちょうど、武蔵野の森へと沈んでいく太陽がエレベーターの中にいる良介を照らしている。
ブザーが鳴って、扉の上に表示されている階数表示の52の番号が点滅を始めた。良介は、沈みゆく太陽に背を向けると、エレベーターの扉が開くのを待った。
エレベーターホールの正面に、ガラスの壁で仕切られたスペースがある。両側に引き分けられた自動ドアを通り過ぎると、受付のカウンターがあり、整った顔立ちの女性が二人、静かに立ち上がり、会釈をした。
「いらしゃいませ、良介様。社長がお待ちでございます」
左側の、やや細身の女性が右手を出して社長専用応接室への通路を指し示した。もう一人の女性が、内線で良介が来たことを社長の日下部良太郎に告げている。良介は、右手をあげて、女性に応えると、早足で社長専用応接室へ向かって歩いて行った。
社長専用応接室は、一流ホテルのスウイートルームのような、豪華で、落ち着きのある空間だった。良介は、中央の応接セットの長椅子の真ん中に腰を降ろして良太郎を待った。程なくして、社長室側の扉が開き、良太郎が入ってきた。良介が、立ち上がろうとすると、良太郎は、左手でそれを制し、父親としてではなく、企業人としての目で、良介に話しかけた。
「コンテはできているのか?」
良介は、ここへ来る途中、タクシーの中で書いたコンテを取り出した。良太郎は、そのコンテを受け取ると、しばらく、険しい表情で見ていたが、やがて、ニヤッと笑い、そのコンテをシュレッターにかけた。アイディアが他に漏れないようにだ。
「相変わらず、大したもんだ。大学になんぞ行かせているのが惜しくなってくるわい。それで、いつまでにやればいい?」
「一週間」
「わかった。それで、先方のスケジュールは調整できるのか?」
「問題ない」
「それじゃあ、早速、二日後からスタッフを派遣する。プロデューサーは…」
「俺がやる」
「ほーぅ、ずいぶんな熱の入れようだな?じゃあ、あとは任せたぞ。経費はCIPの口座から落としておいていいんだな?」
「ああ」
二人は、握手をして別れた。
薫は、ブロンズ像の原型となる粘土の像の仕上げに入っている。伸一は、その傍らで黙ってその様子を見守っている。薫は、集中しているので伸一が来ていることにさえ気が付いていない。
衣服の微妙なしわや、風になびいている自然な曲線。動作から生まれる、筋肉の微妙な起伏。まるで、その人物がそこにいて、今にも動き出しそうなほど見事な出来栄えだ。そう、江藤智子が、そこにいるような。
薫は、額の汗をぬぐって、ペットボトルの水に手をやった。その時初めて伸一の姿に気がついた。
「おどかすなよ!いつからいたんだ?」
「かれこれ一時間になるかな。邪魔しちゃ悪いと思って、声は掛けなかった」
薫は、ペットボトルの水を一口飲む。
「企画のほうは進んでいるのか?」
「ああ、あとはお前次第というところかな」
「どういうことだ?俺は、智子先輩を世間のやつらに認めてもらいたいからお前に頼んだんだぞ」
「彼女はそんなことは望んではいない」
「それと俺とどう関係があるんだ?」
「実は、今日、うちの先輩も“HIRO”に来たんだ。それで、ママに色々と情報を貰った。俺も気付かなかったけど、彼女はお前の才能を高く買っている。お前のためなら、きっと一役買って出てくれるだろうと思う」
薫は無言で、考えている。伸一は、薫が作った、粘土の像の廻りをゆっくりと廻りながら食い入るように見ている。
「しかし、驚いたなあ。確かに、高校の頃も工作は得意だったが、ずば抜けているとは言えなかった。たった一年でこれほどになるとは…」
「智子先輩のおかげさ」
「惚れてんだろう?」
「そんなんじゃないさ。一人の芸術家として尊敬している。もちろん、女性としても素晴らしい人だと思う…。本当は、イタリアなんかに行って欲しくない」
「こいつはどうするつもりだ?」
伸一は、粘土の像の方を見た。
「どうもしない」
「彼女に見てもらったらどうだ」
「バカ言え!恥ずかしくてそんなことできるか」
「そんなことないわ。こんなに気持ちのこもった作品は、私にも創れないわ」
薫がギョッとして振り向くと、工房の入口に智子が立っていた。




