31.ばれていた!
31.ばれていた!
今日の“磯松”は、割と暇だった。孝太は、最後の洗い物を片付けて店を出た。いつものように、温子が待っていた。
「お待たせ」
いつものように、腕を組んで駅までの道を二人で歩いた。
「ねえ、お腹空かない?久しぶりにどう?」
温子の目線の先には、いつものオレンジ色の看板が見えていた。
「いや、たまにはラーメンでも食いたいなあ」
最近、駅前に屋台のラーメン屋が出ているのを孝太は思いだした。
「駅前に屋台が出ているだろう。ちょっと寄ってみようぜ」
「あっ、知ってる、知ってる!私も一度行ってみたかったの。屋台って初めて」
「へえー、そうなんだ。さすが、お嬢様だな」
そう言って、孝太は温子をからかった。
「もう…」
温子は孝太の背中を思いっきりひっぱたいた。
「…今日はごちそうして貰おうかしら」
駅前まで来ると、幸い、屋台はいつもの場所に出ていた。そこには既に三人ほどの先客がいた。スーツ姿のサラリーマン風の男が二人。そのうちの一人は、水商売風の女性を連れている。
孝太と温子は、のれんをめくると、一人でいるサラリーマンの隣に腰掛けた。
メニューは、ラーメンとチャーシューメンだけだった。二人ともラーメンを注文した。
「最近、涼子が元気無いみたいなんだけど、孝ちゃん、何か心当たりない?」
最近というのは、“あの日”以来ということなのだが、孝太はたぶん“入れ替わり”の件を気にしているのだろうと思ったけれど、分からないと答えた。
「へい!お待ち!」
屋台のおやじが、二人にどんぶりを差し出した。チャーシューが二枚、メンマに、なると、少々のモヤシ、1/4にカットされた、ゆで卵が入っている。スープはシンプルなしょうゆ味で、なかなか旨かった。二人はスープを一口すすって、目を見合わせた。
「おいし~い!」「うまい!」
二人は、同時に声を上げた。そして笑った。孝太は、久しぶりに、心の底から笑ったような気がした。
“F&N”のテーブル席。
一番奥にある、観葉植物に囲まれた席。あすかは、例によって、ハンチングキャップを目深に被り、サングラスをかけている。いつものように、楽譜に音符を刻んでいる。
店内は、遅い時間にも係わらず、けっこう混んでいる。奈津美が、直々に、オニオンリングフライとマティーニを運んできた。
「待ち人の到着よ」
奈津美の後に広瀬涼子がいた。
「遅くなってすみません」
涼子は、そう言うと、深々とお辞儀をした。奈津美はが涼子にオーダーを聞くと、涼子はアップルティーを注文した。奈津美は頷いた。
「それじゃあ、ごゆっくり」
奈津美は微笑んで立ち去った。
「まあ、座ってちょうだい」
そう言いながら、あすかは、テーブルの上の楽譜を図面ケースにしまった。涼子が席に着くと、あすかはいきなり本題に入った。
「この間のことなんだけど…」
武蔵野台美術大学とのパーティーの時、途中で涼子が知美と入れ替わっていたことに、あすかも気付いていたのだ。
涼子は、知美が孝太の高校の同級生で孝太のことが好きなこと、知美が孝太の本心を確かめたいと言ったこと、自分の気持ちを見透かして、そそのかしたことなど、全てを話した。
あすかは、黙って涼子の話を聞いていたが、涼子が話し終わると、マティーニを飲み干して、オーダーのためのベルを押した。間もなく、ウエイターがやってきた。あすかは、マティーニのお代わりと茹でたシュリンプをオーダーし、涼子のためにカボチャのケーキを追加した。
「何度か来てるから知っていると思うけど、ここのケーキは最高よ。中でも、このカボチャのケーキは絶品なの」
そう言って、涼子にウインクして見せた。涼子は、どう対応すればいいのか困った様子でいる。
「そうか…。そう言うことだったのね。孝ちゃんもやるわね。涼ちゃん、あなたも辛いわね。温っちゃんもいい娘だから、誰かをえこひいきして応援してあげるわけにはいかないけれど、誰かが傷つくことのないように見守ってあげたいわね」
涼子は、あすかに気付かれていたことには、気まずさも覚えたが、全てを話してしまってからは、心の中のもやもやが無くなっていることに、内心安堵感を覚えていた。




