30.ひたむきな想い
30.ひたむきな想い
屋上のペントハウスの屋根には、例によって司の姿があった。いつものように、武蔵野の森を眺めている。鉄の扉がバタンと閉まる音がすると、間もなく、亨と薫が上がってきた。
「大将、調子はどうだい?」
亨が司の脇に腰を下ろしながら言った。
「まあ、お前にしちゃあ、上出来だったんじゃないか?」
「告白したんだもんな。」
薫も司の後に腰を下ろして、話しに加わった。司は、相変わらず黙っている。確かに、司は、“F&N”で知美に告白した。その時は、知美に返事を求めなかったし、告白された知美は、話しをはぐらかして、返事をしなかった。若葉や綾が「ヒューヒュー」と冷やかしても、照れる様子も見せなかった。もちろん、それは知美ではなく、涼子だったのだが、司達は知る由もなかった。
三人は、揃ってしばらくの間、武蔵野の森を眺めていたが、やがて司が口を開いた。
「何も変わらない。相変わらず、先輩、先輩となついてはくれるが、それ以上を期待していないみたいだ。付かず、離れずといったところかな。」
「まあ、そのうちチャンスはあるさ。なんてったって藤村と一緒にいる時間はお前の方が多いんだからな。それより、薫、よくも俺達をかついでくれたな。」
亨がドレスコードの件を薫に問いただした。司には、その後の亨と薫の話は、ほとんど耳に入ってこなかった。
教室では、知美と洋子がいつものようにコンピューターと奮闘しながら、話しをしている。
「それで?彼とはうまくいったの?」
「だから、まだ彼じゃないって言ってるでしょう。」
知美は、そう言いながらも自然と顔がほころんでくる。
「でも、その顔を見ると、そこそこの収穫はあった訳ね。」
「まだまだよ。ねぇ、これどうやればいいんだっけ?」
知美が、画像を立体的に見せる方法を洋子に聞いた。
「ああ、それはね…。こうやって、こうやって、ねっ!」
洋子は、知美のコンピューターのキーボードを操作して、やり方を教えた。
「なるほど。ありがとう。」
「ところで、横山先輩に告白されたんだって。」
「ええ、そうみたいね。」
「なに?それ?まるで人ごとみたいに。」
「だって、人ごとだもの。」
「なんですって?」
「いや、その…実感が無くて。」
「2回も告白されておいて?」
「う~ん…ちょっとちがうんだなあ。」
「そうかしら?デザイン科の他の先輩と比べたらイケてる方だと思うんだけどなあ。」
「何がイケてるのかな?」
二階堂教授が後から声を掛けた。知美と洋子は、飛び上がりそうになるのを、何とかこらえて、言い訳を考えた。
「このキャラクター、イケてませんか?」
洋子が思わず、知美のコンピューターを指して言った。二階堂教授が、知美のコンピューターの画面をしばらく眺めて頷いた。
「ほー、これはなかなかのもんだ。」
二人はホッと胸をなで下ろした。
知美の実家は、孝太の住む団地がある町の隣町で、一つ東京よりの駅から徒歩で十五分ほどの住宅街にある一戸建ての二階屋だ。
小学校の教師をしている父親、幹生と出版社で編集長をやっている母親、優子の元で生まれ、育った。
父親の転勤で、小学校に入る前に、この町に引っ越してきてからは、ずっとこの町に住んでいる。大樹という名の弟が一人いる。今は、知美と同じ高校に通う2年だ。2年ながら、野球部のエースで、甲子園を夢見て毎日練習に励んでいる。
知美は、小さい頃から、アニメのファンで、テレビアニメだけではなく、色々なアニメーションや母親が職場から持って帰るアニメ雑誌を見て育った。
父親が、ビデオを購入してきたり、映画では、一般のロードショーにとどまらず、地元の市民会館などで上映される大学生の自主制作アニメーションや映画会なども見に連れて行ってくれたのだ。
一時、母親の影響で出版社の仕事にも興味を持っていたが、結局、アニメーション関係の仕事をしたいと、心に決め、武蔵野台美術大学に進学した。
孝太とは、中学では一度も同じクラスになったことはなかったが、高校3年間は、ずっと同じクラスだった。孝太は、1年の時は真ん中くらいの成績だったが、3年になった頃には学年でもトップを争うほどの成績を上げるようになっていた。
知美は、目的があって、努力をしている孝太のことを、3年間ずっと見守ってきた。小さい弟の面倒を見ながら、母親を助けてバイトに明け暮れながら、必死で勉強していたことも知っている。
そんな孝太のことを想えばこそ、知美もずっと孝太の貴重な時間を奪ってしまうような付き合い方を我慢してきた。だから、今更、諦めるわけにはいかないのだ。
孝太は、この春、夢への第一歩を踏み出すことになった。たった1枚のメモだけが、孝太とのつながりだった。再び孝太と巡り会うことになって、知美は生まれて初めて神様に感謝した。




